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五章 死体とハーレム
53話 社畜精神と恐怖の優しさ
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「……君が仕事したくないなら、しなくてもいいんじゃないかな?」
なにか!
なにか仕事をくださいと意気込む俺に向かって、クロタカさんが言った。
無理して働かなくてもいいと。
言われなくても働きなくないときには働かない。
だが、今の俺は働きたいのだ!
『経験値』としての仕事がない日は、かつての俺ならば、ただ、貰った金貨で美味しいものを食べてゴロゴロするという、夢のような生活を送っていた。
だが昔の俺は死んだ。
今の俺に休日なんてない。
いや、休みは貰っているんだけど、俺が休みたくないと言うのが本音だった。
動いていないと不安になる。
まさか、自分がそんな勤勉な気持ちに、異世界でなるとは思っていなかった。現実じゃ、早々に出世争いから離脱してるし。
皆、出世してまで何が欲しいのか、生きる意味を求めてることに躍起になりすぎていると思っていたのだけれど、今になって気持ちが理解できた。
きっと、将来が不安だったのだろう。
理解しただけで、元の世界に戻れたら、働くことに価値を見出すのかと言われればそんなことはないのだけど。
だた、不安な気持ちを振り切るために、がむしゃらに走り抜くという行為は、余計なことを考えなくていい。
だから、俺は、休みの日もダラダラとすることなく、分身たちと共に畑仕事を行うか、ケインやアイリさんに、戦い方を教えて貰うようしていた。
カラマリの主力たちと共に鍛錬を積めば、俺の戦闘技術も上がるのかと少しだけ期待したけれど、殆ど変化はなかった。
悲しいな。
ただ、究極的に言えば、俺はカラマリの主力達を使って時間を潰しているだけなので、結果が付いてこなくても気にしない。
頑張ることに意味があるのだ。
そんなわけで、暇な時間を潰そうと、俺は今日も特訓を依頼すべく、天守閣に来たのだが、次の戦が指示されたということで、皆さんなにやら忙しそうだった。
流石に戦の準備を止めてまで、俺の時間つぶしに付き合ってもらうつもりはない。
ならば、畑仕事でもやろうと、天守閣から降りて、城の外に出た。
天気もいいし、絶好の仕事日和だ。
カラマリ領にも四季はあるようで、今は冬の入り口。少し乾いた空気が日の光を鋭く人々に届けていた。
「寒くもなく暑くもない。最高の天気だ!」
赤く染まったカラマリの森林が火花のように揺れている。
俺もやっぱ、日本人だな。
現実世界では、気温をコロコロ変えやがって、としか思わなかったけど、異世界だと感慨深いもんな。
ぐっと天に向かって両手を組んで伸ばす。
最近は訓練と畑仕事のお陰か、心なしか筋肉が付いてきた気がする。グッと力を込めると、腕に筋が通る。
細マッチョって感じでモテるんじゃないのか、今の俺!?
「ま、現実世界に戻れたらだけどな」
そもそも、自分でモテるとか思う人間がモテるわけもない。
さてと。
今度は身体を捻るストレッチの振りをして、後ろを確認する。
……やっぱり、まだいるよな。
天守閣から去る俺の後を、ずっと付いてくる一人の男。
これが、サキヒデさんやケインとかなら、全然、気にもならないのだけれど、しかし、今、俺の後ろにいるのはクロタカさんだ。
怖いよー。
殺されるよー。
しかも、無言で後を付いてくる。
いや、落ち着け、俺。
クロタカさんが俺を殺すつもりなら、黙って後を付いてくるなんてことはしない。黙って殺すだろう。
なら、一体なにが目的なのだ?
そう言えば、さっきも天守閣で訓練を申し込んだ俺に、真っ先に反応したのがクロタカさんだったし。
……俺は意を決して、そろそろと、機嫌を伺うようにゆっくりと足を進めていく。そんな俺を見てはいるのだろうが、視線は合わせずに横目で確認するクロタカさん。
「あの、なにかありましたか?」
「……いや、もし、訓練したいなら、僕が相手になろうかなって」
「えっと……」
異世界にも『ドッキリ』ってあるのかな?
俺はプラカードを持ったカナツさんがいないか、筋取れによって、力が増強した身体で探すが、カナツさんどころか、人影すらなかった。
「そうだよな、あるわけないよな……」
そうなると、やっぱ、考えられるのは、クロタカさんが戦いたくなったのか。そんなに頻度が多い訳ではないけれど、零ではない。
戦前だから、余計気持ちが高ぶったのか。
それでも、こうして俺に話しかけてくることはない。
いきなり背後から殺されたり、俺を殺す順番を無視して、殺しに来たりと好き放題していた。なのに、何故、今日は「訓練に付き合う」などと言う、見え見えの嘘を付いて俺を誘うのか。
「分かりましたよ」
誘い方はどうであれ、俺が殺されなきゃ、また、カラマリ領で暴れ出しかねない。
先日、ハクハ領のカズカとクロタカさんが争った後は、まだ修復されていない。
故に、俺の平家はハリボテと呼んでいいほど薄かった。
雨風が凌げないほどだ。
冬が来る前に修復したいけれど、俺に建築技術はないので、カラマリ領の職人たちに頼るべきだ。
ま、最悪、愛馬の為に作った小屋で暮らせばいっか。
これからの時期、俺のような犠牲者を出さないためにも、クロタカさんの狂気を鎮めるのは俺の役目だ。
自分にそう言い聞かせながら、出てきたばかりの城の中に戻る。
目指すのは、普段から、俺が『経験値』として仕事している、無機質な一室だ。カチャカチャと慣れた手つきで、自分の両足に枷を着けて、左手を固定する。
こうなると、右手の固定は自分で出来ないので、クロタカさんにやってもらうか、このまま殺されるのか。
好きな方を選んでくださいと目を瞑る。
「……君はなにをしているんだい? 特訓をしたいんじゃないの?」
潔く死を待つ俺にクロタカさんがそう言った。
うん?
どうしたんだ?
目の前に肉があるのに、猛獣が飛びつかないなんて。今日は雨かな? さっき、晴れてるのを確認したばかりなんだけども
俺は恐る恐る目を開ける。
武器すら構えていないクロタカさん。
なんだ!?
今の俺には何が起こっているんだ?
プチパニックに陥る俺に、「大丈夫? 少し落ち着いたら?」と声を掛けるクロタカさん。
「夢だ……。これは夢なんだ!」
動く右手で自分の腹を、足を何度も殴りつけるが、一向に眼は覚めない。むしろ痛みで眼が冴えた。
「特訓したいなら、ここじゃ駄目でしょ?」
ほら、早く外に出ようよと、俺の枷を外してくれた。拘束が解かれていくはずなのに、なぜか、死に近づいている気がする。
まさか、クロタカさんから、こんなことをされるとは……。
「え、でも……」
俺を殺さなくていいんですかと聞いてみた。
「どうしても死にたいと言うのなら、考えるけど……?」
「あ、いえ。そんなことは全くないです」
クロタカさんは俺で遊ぶ気はないようだった。
狂人状態のクロタカさんは、しつこく粘着質に痛めつけるので、殺されないことは嬉しい。
だけどなー。
受け入れられない幸運は、むしろ気分を沈ませるようだ。
「なら、外の方が動きやすいでしょ」
「はい……」
クロタカさんの後に続いて、俺は城の外に出た。その間に、何度か脱走を試みたが、その度に、「どうしたの?」とか、「体調悪いの?」と優しく声を掛けてくれた。
今まで、優しい言葉どころか、日常で話したこともないのに!
優しさで逃げ道を封じられた俺は、どんどんと森の中に入っていく。さっきまでの清々しい紅葉が、今は鮮血にしか見えない。
森の中に入ってしばらく歩くと、少し開けた場所に出た。テニスコート三面分くらいの広さだ。
ここならば、訓練するに申し分ないだろう。
雑草や枝もない。
俺にとっては最高な環境だ。
……ここに連れてきてくれたのが、クロタカさんじゃなければだけど。
狂人が何を考えているのか。
それは大将だろうと策士だろうと――読み取ることは出来ないだろう。
なら、俺に出来る訳がないな。
いつ殺されてもいいように――俺は覚悟だけは決めておく。
なにか!
なにか仕事をくださいと意気込む俺に向かって、クロタカさんが言った。
無理して働かなくてもいいと。
言われなくても働きなくないときには働かない。
だが、今の俺は働きたいのだ!
『経験値』としての仕事がない日は、かつての俺ならば、ただ、貰った金貨で美味しいものを食べてゴロゴロするという、夢のような生活を送っていた。
だが昔の俺は死んだ。
今の俺に休日なんてない。
いや、休みは貰っているんだけど、俺が休みたくないと言うのが本音だった。
動いていないと不安になる。
まさか、自分がそんな勤勉な気持ちに、異世界でなるとは思っていなかった。現実じゃ、早々に出世争いから離脱してるし。
皆、出世してまで何が欲しいのか、生きる意味を求めてることに躍起になりすぎていると思っていたのだけれど、今になって気持ちが理解できた。
きっと、将来が不安だったのだろう。
理解しただけで、元の世界に戻れたら、働くことに価値を見出すのかと言われればそんなことはないのだけど。
だた、不安な気持ちを振り切るために、がむしゃらに走り抜くという行為は、余計なことを考えなくていい。
だから、俺は、休みの日もダラダラとすることなく、分身たちと共に畑仕事を行うか、ケインやアイリさんに、戦い方を教えて貰うようしていた。
カラマリの主力たちと共に鍛錬を積めば、俺の戦闘技術も上がるのかと少しだけ期待したけれど、殆ど変化はなかった。
悲しいな。
ただ、究極的に言えば、俺はカラマリの主力達を使って時間を潰しているだけなので、結果が付いてこなくても気にしない。
頑張ることに意味があるのだ。
そんなわけで、暇な時間を潰そうと、俺は今日も特訓を依頼すべく、天守閣に来たのだが、次の戦が指示されたということで、皆さんなにやら忙しそうだった。
流石に戦の準備を止めてまで、俺の時間つぶしに付き合ってもらうつもりはない。
ならば、畑仕事でもやろうと、天守閣から降りて、城の外に出た。
天気もいいし、絶好の仕事日和だ。
カラマリ領にも四季はあるようで、今は冬の入り口。少し乾いた空気が日の光を鋭く人々に届けていた。
「寒くもなく暑くもない。最高の天気だ!」
赤く染まったカラマリの森林が火花のように揺れている。
俺もやっぱ、日本人だな。
現実世界では、気温をコロコロ変えやがって、としか思わなかったけど、異世界だと感慨深いもんな。
ぐっと天に向かって両手を組んで伸ばす。
最近は訓練と畑仕事のお陰か、心なしか筋肉が付いてきた気がする。グッと力を込めると、腕に筋が通る。
細マッチョって感じでモテるんじゃないのか、今の俺!?
「ま、現実世界に戻れたらだけどな」
そもそも、自分でモテるとか思う人間がモテるわけもない。
さてと。
今度は身体を捻るストレッチの振りをして、後ろを確認する。
……やっぱり、まだいるよな。
天守閣から去る俺の後を、ずっと付いてくる一人の男。
これが、サキヒデさんやケインとかなら、全然、気にもならないのだけれど、しかし、今、俺の後ろにいるのはクロタカさんだ。
怖いよー。
殺されるよー。
しかも、無言で後を付いてくる。
いや、落ち着け、俺。
クロタカさんが俺を殺すつもりなら、黙って後を付いてくるなんてことはしない。黙って殺すだろう。
なら、一体なにが目的なのだ?
そう言えば、さっきも天守閣で訓練を申し込んだ俺に、真っ先に反応したのがクロタカさんだったし。
……俺は意を決して、そろそろと、機嫌を伺うようにゆっくりと足を進めていく。そんな俺を見てはいるのだろうが、視線は合わせずに横目で確認するクロタカさん。
「あの、なにかありましたか?」
「……いや、もし、訓練したいなら、僕が相手になろうかなって」
「えっと……」
異世界にも『ドッキリ』ってあるのかな?
俺はプラカードを持ったカナツさんがいないか、筋取れによって、力が増強した身体で探すが、カナツさんどころか、人影すらなかった。
「そうだよな、あるわけないよな……」
そうなると、やっぱ、考えられるのは、クロタカさんが戦いたくなったのか。そんなに頻度が多い訳ではないけれど、零ではない。
戦前だから、余計気持ちが高ぶったのか。
それでも、こうして俺に話しかけてくることはない。
いきなり背後から殺されたり、俺を殺す順番を無視して、殺しに来たりと好き放題していた。なのに、何故、今日は「訓練に付き合う」などと言う、見え見えの嘘を付いて俺を誘うのか。
「分かりましたよ」
誘い方はどうであれ、俺が殺されなきゃ、また、カラマリ領で暴れ出しかねない。
先日、ハクハ領のカズカとクロタカさんが争った後は、まだ修復されていない。
故に、俺の平家はハリボテと呼んでいいほど薄かった。
雨風が凌げないほどだ。
冬が来る前に修復したいけれど、俺に建築技術はないので、カラマリ領の職人たちに頼るべきだ。
ま、最悪、愛馬の為に作った小屋で暮らせばいっか。
これからの時期、俺のような犠牲者を出さないためにも、クロタカさんの狂気を鎮めるのは俺の役目だ。
自分にそう言い聞かせながら、出てきたばかりの城の中に戻る。
目指すのは、普段から、俺が『経験値』として仕事している、無機質な一室だ。カチャカチャと慣れた手つきで、自分の両足に枷を着けて、左手を固定する。
こうなると、右手の固定は自分で出来ないので、クロタカさんにやってもらうか、このまま殺されるのか。
好きな方を選んでくださいと目を瞑る。
「……君はなにをしているんだい? 特訓をしたいんじゃないの?」
潔く死を待つ俺にクロタカさんがそう言った。
うん?
どうしたんだ?
目の前に肉があるのに、猛獣が飛びつかないなんて。今日は雨かな? さっき、晴れてるのを確認したばかりなんだけども
俺は恐る恐る目を開ける。
武器すら構えていないクロタカさん。
なんだ!?
今の俺には何が起こっているんだ?
プチパニックに陥る俺に、「大丈夫? 少し落ち着いたら?」と声を掛けるクロタカさん。
「夢だ……。これは夢なんだ!」
動く右手で自分の腹を、足を何度も殴りつけるが、一向に眼は覚めない。むしろ痛みで眼が冴えた。
「特訓したいなら、ここじゃ駄目でしょ?」
ほら、早く外に出ようよと、俺の枷を外してくれた。拘束が解かれていくはずなのに、なぜか、死に近づいている気がする。
まさか、クロタカさんから、こんなことをされるとは……。
「え、でも……」
俺を殺さなくていいんですかと聞いてみた。
「どうしても死にたいと言うのなら、考えるけど……?」
「あ、いえ。そんなことは全くないです」
クロタカさんは俺で遊ぶ気はないようだった。
狂人状態のクロタカさんは、しつこく粘着質に痛めつけるので、殺されないことは嬉しい。
だけどなー。
受け入れられない幸運は、むしろ気分を沈ませるようだ。
「なら、外の方が動きやすいでしょ」
「はい……」
クロタカさんの後に続いて、俺は城の外に出た。その間に、何度か脱走を試みたが、その度に、「どうしたの?」とか、「体調悪いの?」と優しく声を掛けてくれた。
今まで、優しい言葉どころか、日常で話したこともないのに!
優しさで逃げ道を封じられた俺は、どんどんと森の中に入っていく。さっきまでの清々しい紅葉が、今は鮮血にしか見えない。
森の中に入ってしばらく歩くと、少し開けた場所に出た。テニスコート三面分くらいの広さだ。
ここならば、訓練するに申し分ないだろう。
雑草や枝もない。
俺にとっては最高な環境だ。
……ここに連れてきてくれたのが、クロタカさんじゃなければだけど。
狂人が何を考えているのか。
それは大将だろうと策士だろうと――読み取ることは出来ないだろう。
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