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四章 ハクハ領の救出作戦

49話 裏切は『死』でしか償えない

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 池井 千寿。
 俺の会社の同僚で、職場の天使。
 その彼女は、もう、この世界に存在しないと――ユウランは言った。

「池井さんを殺したって、本気で言っているのか?」

 落ち着け。
 ハクハの言うことを信用するな。この状況で俺を混乱させるために嘘を付いているのかも知れない。
 それに、異世界人は、最下位に与えられる〈統一杯〉優勝の切り札だ。普段は一人しか存在しないが、今回は全ての領・・・・に存在している。
 いくら、現在一位とは言え、その切り札を自ら捨てる真似はしない筈だ!

 俺を混乱させても、ハクハに何の得もない。そんな当たり前のことが理解できないほど、俺の思考は崩れていた。

「異世界人を殺すのは痛いですが、まあ、既に十分すぎるほどに、『武器』は充実してます。故に武器を生み出すよりも、裏切ったことの方が許せないよね」

 どれだけ力を持っていようが、裏切られては扱うことができない。
 敵に渡ることが分かっているならどうするのか。
 答えは簡単で、殺せばいい。
 だから、裏切者は処刑したのだと。

「むしろ、死んだ後も利用してあげたから、感謝して欲しいくらい。ですが、いくらなんでも、教えるのが速すぎですよ、ミワさん」

「ごめーん。大事なことはシンリを通して言ってくれない?」

 謝ってはいるが、申し訳ないとは欠片も思っていないのだろう。シンリを通して伝えなかったユウランが悪いと。
 その口ぶりにユウランは、小さく笑って肩を落とした。

「ハクハの幹部は変人ばかりですね。その分、トウカには期待していたんだけど、幹部として、センジュの話を教えたら、いきなり、シンリ様に斬りかかるんだもん。びっくりだよ」

 ……正々堂々、正面から戦う信念を貫くトウカちゃんに取って、池井さんを殺し、俺を騙していたことは、耐えられなかったのだろう。
 故にハクハに反旗を翻し――敗北した。それが、トウカちゃんの怪我の理由だった。

「それでも、なお、生きているのはシンリ様の「面白いから生かしておけ」という言葉のおかげ。生かしとくのは、いいとしても、幹部に置いたままだなんて……」

 シンリ様の考えは、僕には分かりませんと、好奇心に満ちた瞳で笑う。
 自分では考え付かないような世界を見せるシンリに、ユウランもまた心頭しているのだ。
 誰が誰に憧れようが、そんなのはどうでもいい。

「ふざけんな!」

 池井さんを殺したことよりも、シンリの言葉が大事なわけがないだろう! 
 俺はユウランを殴ろうとする。力のない拳が通用しないことは分かってる。でも、それでも俺の手で殴らないと気が済まない。

 だが――、

「駄目です……。どうやっても勝てません」

 立ち上がった俺の脚にトウカちゃんが抱き着いた。
 一度、本気で手合わせをしたから、俺の実力を知っている。レベルの低いトウカちゃんに圧勝されたのだ。幹部であるユウランに、武器もなしに勝てる訳がないのだと。

「トウカちゃん! 放してくれ!」

 俺じゃユウランに勝てないなんて分かってる。
 でも、それでも、俺は挑まなければ気が済まないんだ! 
 
 カラマリ領が(統一杯)で優勝すれば、俺の願いで生き返らせることは出来る。だが、『経験値』として、『死』を味わっているからこそ、池井さんを同じ目に合わせたくなかった。
 俺は、〈戦柱《モノリス》〉に与えられた力によって、最初は半信半疑だったとはいえ、生き返ることが分かっていた。

 でも、池井さんは違う。

 生き返る可能性もなく殺されたんだ。
 その恐怖は――戦国の世界で生きる住人には分からないだろう。平和な世界で生きてきた俺達にしか分からない。

「ハクハを倒すには――〈戦柱《モノリス》〉を使うしかないんです」

 池井さんの力で『武器』を手にしたハクハを倒せる領は存在しない。トウカちゃんはそう考えているようだった。
 全ての領が倒せなくても、たった一つだけ、滅ぼす方法はある。

 この世界のゲームマスター、〈戦柱《モノリス》〉だ。
 アサイド領が、黒霧に満ちた亡霊の国になったように、〈戦柱《モノリス》〉に逆らえばハクハも同じく変化するはずだと。

 確かにその方法ならば――強さは関係ない。
 そして、幸いなことに、現在、玉座には、シンリとカズカはいない。

『武器庫』にいると言っていたか……?
 そこがどこにあるのかは分からないが、チャンスであることには変わりがない。ましてや、今の俺達にはカラマリ領の大将――カナツさんがいる。

 俺が玉座の裏に隠されているという、ハクハ領の〈戦柱《モノリス》〉に触れる時間は稼いで貰えるだろう。

「そんなこと、させる訳ないよ!」

「そうね……。シンリにも「俺達以外の人間を〈戦柱《モノリス》〉に近づけるなって言われてるし」

 二人の幹部が玉座の前に並んだ。
 ミワさんは鞭を。
 ユウランは拳銃をそれぞれ手にしていた。

「ううー、私、あの子の『拳銃』は苦手なんだよねー」

 殺意のない弾丸。
 タイミングと射線が分かれば防げはするが、それは『殺意』によって影響されるらしい。故にシンリやカズカといった『殺意』の塊が拳銃を使えば、回避率も上がるらしいが(勿論、そんなことが出来るのは、限られた人間だけだ)、ユウランには『殺意』がない。

「なら、俺《ぶんしん》を使ってください」

「……いいの?」

「ええ。戦闘は出来なくても盾くらいには出来る筈です」

 分身の俺は簡単な命令ならば、実行することができる。
 鍬を上げて振り下ろす。決められた場所に水を運ぶ。位ならば可能だ。だが、例えば、作業の最中に雨が降って来たから中断する。と言った、状況に応じての判断はできない。

 だから、分身をハクハまで連れてくる間に、何度、彼らは命を落としそうになったのか。
 目の前に崖があろうが、川があろうが、『歩け』と言う命令に従い続ける。

 自身の意思がなく、判断が出来なくても――盾ならば問題はない。
 意思がなく、痛覚もない人形ならば弾丸を受けるには持って来いだ。唯一問題があるとしたら、俺自身が撃たれる姿を見るのが、複雑というだけだ。

 これは、俺が我慢すれば良いだけのこと。

 池井さんの仇を取るためならば、この程度は我慢にすら値しない。

 俺は分身に命じる。
 カナツさんの前に、並び人間の壁を作った。

「完成ー! 名付けて『リョータの盾!』」

 カナツさんが壁の後ろで叫ぶ。
 出来れば名前とか付けて欲しくないんだけどな。でも、これだけの分身がいれば銃弾はカナツさんには届かない。

「ハクハのことを、非情と言う割に、そっちの方が酷い気はするけど?」

 自身の拳銃が防がれると言うのに、ユウランは余裕を含めて笑う。
 他になにか『武器』があるのか?
 俺はユウランの動きを注視するが――、

「人の壁なんて、私には通じないんだけど?」

 ユウランの余裕は、隣にミワさんがいるから生まれていたのだ。
 そのことに気付いた時は、手遅れだった。
 10人いた分身の内、8人が黒い鞭に絡めとられていた。

「なっ……」

 ミワさんが握っていた鞭が――8本に分岐していた。
 それぞれが意思を持つかのように、バラバラに分身を捕らえて、壁から剥ぎ取られたのだ。

「センジュの『武器』を作る力は――こんなのも作れるんだよ?」

 作っていたのは拳銃だけじゃない。
 その他にも多数、生み出していたのだと言う。そうなると、カズカの刃が連なった『武器』も池井さんが力を使って生み出したものか。

「カナツさん!!」

「うわ、ちょっと!」

 壁が消えて剥き出しになったカナツさんに発砲する――と、俺は思っていた。
 が、ユウランが狙ったのは俺。
 何の戦力にもならない俺を、ユウランは真っ先に狙ったのだった。
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