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一話

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王妃ははが俺の婚約者選定で、茶会を開いているだと!!」

どんと執務机を叩き、王太子殿下が激昂する。
片耳に指を突っ込み、殿下の怒声をやり過ごす秘書官は口元をみみずのようにうねらせる。

しんと静まり返る。
耳から指を離し、秘書官は居ずまいを正した。

「はい。そして、出来れば殿下にも一言挨拶を求められております」
「断れ!」

切れ長な目をした王太子ヴィクター・ヴァレンティンは赤い瞳に怒気をたぎらせ、言い放った。
艶のある黒髪は総毛立ち、憤怒のオーラを纏う。

眉間に皺を寄せる秘書官アラン・リマーは大仰にため息を吐く。
榛色の髪と瞳をした整った顔立ちの、色素と影がどことなく薄い細身の秘書官は、ぴっちりとスーツを着こなす。

若くして有能さを認められたアランは、ヴィクター専属の秘書官として、スケジュール管理から、仕事の下準備まで幅広い仕事を行っていた。
テキパキとそつなく仕事をこなし、ヴィクターを影日向になり支えている。
そんな殿下の片腕たるアランにも悩みがあった。

それこそが王太子の婚約者問題。
結婚を急かしたい王妃といつまでも先延ばしにする王太子殿下の間で板挟みになっていることだった。

今日も王妃から事前に茶会の打診を受けていたアランはヴィクターにそれと知られないようにこっそり、茶会が開かれる時間帯の予定を執務室で行う書類仕事として調整していた。

王妃は早めに王太子妃を定めてほしいと願っている。
三十路を迎える王太子が妃を迎えていない現状は、高齢の王に代わって仕事が忙しいという理由も分かるが、さすがに示しがつかない。
王妃の焦りや考えも、同意するところがあり、アランは協力することにしたのだった。

主人を裏切るように見えて、長い目で見れば、主人のためになると割り切り……。



「分かった。俺が直々に行けばいいのだろう、その茶会とやらに!」

黒く禍々しい憤怒のオーラを足元から立ち上らせ、ヴィクターは立ち上がる。
椅子を後ろへと投げやりにずらして、大股で歩き出す。

「殿下! お待ちください」

急展開に、秘書官のアランも慌てて追いかける。
執務室を出た二人は早足で茶会会場へと向かう。

追いかけるアランがヴィクターに話しかけた。

「殿下。各家選りすぐりのご令嬢が集っています。王妃様への怒りは分かりますが、ご令嬢方へのお怒りはどうかお納めください。彼女たちはなにも悪くないのです」

ピタリとヴィクターが足を止める。
追いかけていたアランが背にぶつかりそうになってつんのめる。

「アラン。お前は、俺が王妃ははに怒りを抱いていると思っているのか」

問われた内容の意味が分からず、アランは両目を見開く。
その反応にヴィクターは舌打ちして、返答も待たずに、すぐさま前を向き歩きだした。

「殿下」

本気で歩き出したヴィクターに、アランは追いつけない。
闊歩するヴィクターはどんどん先に進んでいく。城内の廊下を走ることもできず、距離は広がるばかりだ。

アランの呼吸が早くなる。
鼓動がせわしなくなり、胸元の衣服を握りしめる。

ヴィクターの背はどんどん小さくなっていく。

おいて行かれる感覚に襲われ、息苦しくなるアランがすがるように手を伸ばしかけ、もう片方の手で手首をつかみ、無理やり降ろした。

追ってはいけない自制心が働く。
深呼吸を繰り返す。
歩みをすすめられず、アランは立ち止った。

(ご令嬢たちも慣れているし、王妃様も殿下が現れれば、どうなるか分かっている。だけど……、本当は秘書官の私が殿下にきちんと茶会で挨拶するように薦めねばいけないのに……)

うまく立ち振る舞えなかったと後悔すると同時に、どこかでホッとしている浅ましい自己を自覚し、アランは唇を薄く噛む。



アランにとって、アラン・リマーという名は偽名である。
本名は、アリソン・アーヴィング。

アーヴィング公爵家次女であり、ヴィクターの友人であり、かつて最も王太子妃に近い立場にいた。
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