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本編

49,太子御所に詰める

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 太子御所の門へと続く階段をのぼる。二人の会話はそこで途切れる。互いに、人に聞かれてはいけない話題に触れてしまうことを恐れ、他者がいる場では無言になった。

 開け放たれた門をくぐる。横にいた近衛騎士が御所内部へと報告に走る。

 いつも通り、殿下に仕える女官が迎えに来た。案内を受け廊下を歩く。近衛騎士副団長が現れたことで、事前に示し合わせた通り、従事している者たちが、一斉に引き払う準備を始めた。御所内部はいつもより慌ただしくなる。
 応接用の一室に案内された。待つように依頼した女官もすぐに退室する。残された二人は、立ったまま顔を見合わせた。

「御所まで歩くなかで、見てきた霧をデュレクはどう見立てる。例えば、これは魔の仕業か、人の仕業か、検討がつくだろうか」

 前線の経験がないセシルには、この霧が貴族による人為的なものか、魔族生の生物によるものか区別がつかない。経験値の高いデュレクの見解を知りたかった。

「人か魔か、簡単に区別はつかないよ。そもそも、人の霧がどんな代物か知らないしな。元がなにかは、魔眼により発生源を突き留めてからじゃないと……。
 前線で見てきた、野営地を襲う呪いの霧と似ていると言えば似てる、かな」
「野営地で霧が発生した場合はどう対処する?」
「俺がいるから、真っ白になる前に、発生源を突き留める。突き留めたら、叩く。昼でも、夜でもね。簡単だろ」

 口で説明する分には簡単でも、実際に行うとなると違うだろとセシルは口を挟みたくなったが、やめた。

「前線とは厳しいものだな」
「あそこは特殊だ。魔族生の生物が住む世界と隣接し、大小の戦闘が常に繰り返されている。ここ数年は特に厳しい」
「好ましい時間帯、霧の濃度はあるか?」
「俺はいつでもかまわないよ。これだけ霧がかかり始めたら、いつでも始められる。前線で昼夜は関係ない。早い方がいいんじゃないか、俺たちも巻き込まれるだろ」
「この霧は殿下以外狙わない。対象人物が決まっている」
「なんで、対象が殿下だと分かるんだ」
「初回発生時、外出中に霧を吸い込んでしまわれ、一時的に倒れられた。同行していた女官たちが無事だったため、この霧は殿下のみ狙うと判断している」
「殿下狙いか。あからさまだな」

 扉が開かれ、二人と共の御所に残る殿下の副官たる女官が現れた。

「セシル様、デュレク様。殿下がお呼びでございます」

 再び、部屋を出て、案内される。すぐに、門からたどってきた道を引き返していると悟った。

 開け放たれた門の前に殿下がいた。

「よく来たな。セシル、デュレク」

 セシルは深々と頭を垂れる。一歩引く立ち位置でデュレクもセシルに習う。

「面を上げよ。騎士と女官は下がらせた。デュレク、ひとまず門を閉めてくれ」
 
 命じられるままに、デュレクは門へと進む。両開きの扉を、右、左と順番に閉じてゆく。立ち去っていく女官と騎士の背が見えた。
 霧がかかりはじめ、昼間なのに道はどこか仄暗い。
 
 ぴたりと門を締め切り、デュレクは振り向く。
 
 ストロベリーブロンドの髪を無造作になびかせる、白銀の瞳をもつ王太子殿下。
 アッシュブラウンの髪を束ねる、菫色の瞳を持つセシル。
 殿下の副官という、褐色の髪を結いまとめる女官。よく見れば、彼女は瞳も褐色、平民の色をしている。
 褐色の髪と片目に、紅の瞳を持つ片目に眼帯をかけるデュレクは、はたと気づく。

(なぜ太子御所。しかも、殿下の副官という立場の女官が、平民の髪と瞳の色をしているのだ)

 要職と言える立場である。その地位を、貴族が担わないわけがない。いずれは王になる人物の傍に、平民を置いて、貴族がやっかまないわけはないのではないか。

 真顔のセシル。
 訝し気な表情を浮かべるデュレク。

 殿下は二人をさらりと見て、微笑を浮かべる。流された視線が女官に向く。

「待たせた。これで、子どもを救い出すことができる」

(子ども!?)

 セシルとデュレクは二人して、殿下の発言に耳を疑う。

「殿下、子どもを救い出すとは、どういうことでしょうか」

 震えるセシルの声に、殿下は淡い笑みをたたえる。

「この霧を発生させているのは、女官の子息だ」
「殿下! 犯人が分かっておいでだったのですか」
「うん」

 仰天して、声を荒げてしまったセシルは、殿下の軽い返答に絶句する。

 デュレクはというと、(さすが魔窟。前線より、ある意味厳しいな)と呆れていた。
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