26 / 40
第四章 人魚姫
26.
しおりを挟む
翌日、二人は人魚島に向かうため、定期船に乗った。
晴天の青と海の青がかち合う水平線まで、海はきれいな波模様を描く。
波音が絶え間なく耳朶を打ち、海鳥が飛んでいく。
鳥たちは、時折ゆりかごのように揺れる海上へおり、水面に浮遊していた。
生き物ほど見ていて飽きない物はない。風を浴びながら甲板でくつろぐタイラーは、鳥を眺め楽しんでいた。
海の透明度も高く、水面近くを泳ぐ大きな魚の背が見えた。
尾で海面を叩いたのか、水しぶきがあがり、甲板に立つタイラーに水滴を振りまく。
飛沫が照り返す光に目を細める。
息を吸えば、日差しの暑さを緩和するたわわな水滴を含む空気が心地よかった。
船内を眺めてきたソニアが甲板に出てくる。
タイラーをみつけ駆け寄ってきた。売店で買ってきたと思しき、紙コップ二つ持っている。
「タイラー。コーヒーは飲める?」
「えっ……。ああ、飲めるよ」
ソニアから紙コップをタイラーは受け取る。二人並んで海を眺める。
熱い紙コップを口に寄せると、かぐわしいコーヒーの香りが鼻腔を抜けていった。
最後に待ち合わせた時、ガラス越しにアンリを見つけ、飲み干したほろ苦さを思い出す。
海難事故を知った時も、アンリと決別してほしいと彼女の母に宣告させた時もコーヒーを飲んでいた。
さらに、ここはアンリを飲み込んだ海の真上だ。
(気のせいだろうが、節目ごとにコーヒーを飲んでいる気がしてしまうよ)
紙コップのコーヒーはドリップのコーヒーより湯温が高い。息を吹きかけ、冷ましながら、しばし香りを楽しむ。
「懐かしいな」
「コーヒーが?」
「ああ……。シーザーの屋敷では出なかったからね。家ではよく飲んでいたが……」
「好きだった?」
「割とね」
アンリを飲み込んだ海をソニアと眺める。
一人ではこんなにも穏やかに眺められなかったかもしれない。
(一緒にソニアがきてくれて、良かった)
心から、そう思った。
横を向くとソニアもタイラーを見つめていた。
目が合うと、二人自然に笑顔になる。
海へ視線を流したタイラーが冷めつつあるコーヒーに口をつける。
屋敷とソニアが呟いたことで、昨日の一幕を思い出した。思い出せば、実は今も肝が冷える。
「昨日はシーザーに見つかって寿命が縮むかと思ったよ」
「そうね、私も慌てたわ。
どんなに早くても昨日の夜だと思っていてもの。まさかお昼に来るなんて……、シーザーもひどいわよね」
「俺は、ソニアがシーザーを呼び捨てにしていることに驚いたよ」
(それであらぬ方向に誤解したんだよな)
タイラーは苦笑いを浮かべ、珈琲を飲む。
「あの兄妹よ。ありえるでしょ。あなたも私も、あの二人に気に入られているのよ」
「まったく、なぜだろうね」
「どうしてでしょうね」
「俺は、あなたとの仲が、公認になったようでうれしいですけどね」
ソニアの腰に手を回そうとして、叩かれた。
「シーザーも言っていたでしょ。場はわきまえなさい、と!」
「はい……、そうですね」
しゅんと手を引いて、ジンジンする手の甲を見つめる。いくつの女相手でも、尻に敷かれるものなんだなと、タイラーは思い知った。
しだいに近づく人魚島にちらほらと小さな民家が見え始める。戸数は数えるほどであり、各家が点在している。小さな港があり、漁船も何隻か泊まっていた。
定期船からおりた人魚島の第一印象は、寂れた漁村だ。
「街の装いとはだいぶ違うな」
島の中央に小高い山があり、そこに向かってのぼる坂の斜面上に平屋が散見される。海辺の街で見られた数階建ての建造物は見当たらない。隣り合う家々が均整がとれた配置になるよう計算された街の造りとは異なり、平屋はそこここに無秩序に建てられていた。
「街は、王族や貴族が支配していた頃に開発されてしまったけど、島はそれ以前の生活様式がそのまま受け継がれているそうなのよ」
「なるほどね。そう言えば、ここは海へ潜って魚介を採るんだろ」
「古くからの漁法ね。島外の人なのに、よく知っているわね」
「昔、聞いたことがあるんだ」
あっとソニアが口元に手を寄せる。
「いいよ、気にしないで」
アンリから教えてもらったと察してくれただけで、タイラーはうれしかった。
「まずは、例のおばあさんの家を目指そうか」
「船から見たら、海沿いの端っこにあったわよね」
タイラーがすっと手を差し出す。手を繋ごうと、無言で誘ってみた。ソニアは、迷う素振りを見せてから、左右に視線を動かして、タイラーの手を恐る恐る握った。
「行こうか」
愛らしい恋人にタイラーは笑いかける。
もう片方の手で一泊旅行の荷物が入ったかばんを持つ。ソニアは恥ずかしがりながらも、嫌がることなく、タイラーと並んで歩き始めた。
(アンリとは、こんな雰囲気になることはなかったな)
比べる気は無いが、アンリとソニアは似ている様で別人だと改めて思った。
歩きながら、柔らかく絡める互いの手を握りなおそうとした時、タイラーは指先で彼女の手のひらをさわさわとくすぐった。
ソニアの指がくすぐったがり、ふわっと浮く。彼女の指と指の間に自身の指をタイラーは滑り込ませた。
逃げられたくなくてすぐさまぎゅっと握ると、彼女の手が一瞬強張り、緩み、握り返してきた。
すれ違う島民が、ソニアをちらちらと見ていく。スカイブルーの髪は島にはいると聞いていただけに、その視線や反応に違和感を覚えた。
「この島には、ソニアのような髪色の娘もいると聞いていたんだけどな。なんでこんなにも、君を見ていくんだろう……」
「青い髪の子は島外には出さないもの。私みたいに外から来たらおかしいでしょ」
ソニアがタイラーの腕にすり寄ってきた。
「私。街へ帰れないかもしれない……」
「どういうことだ」
耳元近く、ソニアがささやく。ただならないセリフに驚きつつ、タイラーも冷静にささやき返す。
「私みたいにふらふら島外で暮らしている人なんていないもの。理由があるのよ、島を出さない」
「島から出るなと誰かに言われる可能性があるのか」
「そこまでは……」
「どこで暮らすかなど、個人の自由じゃ……」
タイラーは身についている常識から、当たり前に湧き出てきた結論を飲み込んだ。
「違うな。島には島の常識がある。ここではそれが優先されるよな……。前に座敷牢の話をしたことを覚えているか」
「ええ」
「今、そのことを思い出したよ。家にとって都合の悪い子を閉じ込めておく部屋を座敷牢というんだ。島全体が、青い髪の子を閉じ込めておく牢と見ることもできるよな」
「似ているかもしれないね」
「なぜ島民は、青い髪の子を囲うんだろうな」
「なぜかしら……ね」
知っていることをすり合わせても出ないであろう結論に、互いに沈黙をもって話をしめる。離れ離れにならないように、タイラーはソニアの肩に身を寄せる。絡めた指先をさらに深く握りなおし、ソニアもまた彼の腕に絡んで、寄り添った。
海沿いを並んで歩けば、人通りはさらに少なくなる。はじっこに一軒だけぽつんとたたずむ大き目の平屋は否応なく目立つ。海上からもすぐに確認できた。家の目と鼻の先には砂浜がある。
軒先で老女が掃き掃除をしていた。前かがみの軽い猫背、たどたどしい足取りで、長い柄にもたれるかのように、ほうきを左右に動かしていた。海風が吹く。玄関先にたまっているのは海辺の砂のようであった。
「すいません」
おもむろにタイラーが声をかけると、ほうきを動かす手を止めて老女がのっそりとふりむいた。
呆けた表情で老女はタイラーとソニアをしたからずいっと眺めあげる。
「海辺の街で、宿を営んでいるとききました。本日、一晩泊めてもらえませんか」
「ああぁぁ、ああぁ」
まるで久しぶりに喉を鳴らすかのように、枯れた声を発する。
「お客さんだねぇ。いらっつしゃぁい」
老女が壁にほうきを立てかける。ソニアを見て、両目をくわっと見開いた。
「おやぁ。あんたぁ、元気だっつたかい。久しぶりだあねぇ」
ソニアが左右を見回す。明らかに自分を見て話していると察し、戸惑う。
「えっ……、と」自身を指さす。「わたし、ですか」
「おやぁ、おぼえていないかい」
老女は残念そうな表情に変わる。
島に行けば、もしからしたらシーザーに助けられる以前のソニアを知る人もいるかもしれないとタイラーは考えていた。彼女を知る可能性がある人物との早い出会いに内心驚く。
「ごめんなさい」
「さみしいねえ。いいさあ、どれくらいぶりかあも、わからんしなぁ」
老女は二人に背を向け、家の玄関へと向かう。
「さあさ、いらっしゃあい」
タイラーはソニアから手を離さず、老女の後ろをついていった。
奥の部屋へと案内された。さすが老女の一人暮らしだ、人生でため込んだ物がそこここに飾られている。家は広いようだが、その床面積の大半を思い出の品が占領しているようであった。
今使えるのは二部屋、最盛期は五部屋稼働していたそうだが、そこまで掃除はできないと老女は話していた。二日に一度は使ってなくても、掃除はしているよと、歯の抜けた口を広げ笑った。久しぶりの客に喜んでいるようでもあった。宿泊費を前払いし、一緒に食べてくれるなら、夕飯を用意するというのでお願いした。田舎の島である。夜に食べ歩ける店はなさそうだ。頼むしかないとタイラーは判断した。
老女が去ってから、タイラーは窓を開けた。海風がざざっと部屋に入り込み、まとめていなかったカーテンが躍った。海風の強さに仰天し、開く窓幅を数センチまでしめる。
掃除はしていると言っていた部屋は存外きれいだった。
「荷物を置いたら、俺は外に行くよ。ソニアはどうする」
「一緒に行くわ」
「俺、昔の恋人の足跡を探そうと思っているんだよ。それでもいいの」
「かまわないわ。むしろ、ぜひ一緒に行きたいわ」
晴天の青と海の青がかち合う水平線まで、海はきれいな波模様を描く。
波音が絶え間なく耳朶を打ち、海鳥が飛んでいく。
鳥たちは、時折ゆりかごのように揺れる海上へおり、水面に浮遊していた。
生き物ほど見ていて飽きない物はない。風を浴びながら甲板でくつろぐタイラーは、鳥を眺め楽しんでいた。
海の透明度も高く、水面近くを泳ぐ大きな魚の背が見えた。
尾で海面を叩いたのか、水しぶきがあがり、甲板に立つタイラーに水滴を振りまく。
飛沫が照り返す光に目を細める。
息を吸えば、日差しの暑さを緩和するたわわな水滴を含む空気が心地よかった。
船内を眺めてきたソニアが甲板に出てくる。
タイラーをみつけ駆け寄ってきた。売店で買ってきたと思しき、紙コップ二つ持っている。
「タイラー。コーヒーは飲める?」
「えっ……。ああ、飲めるよ」
ソニアから紙コップをタイラーは受け取る。二人並んで海を眺める。
熱い紙コップを口に寄せると、かぐわしいコーヒーの香りが鼻腔を抜けていった。
最後に待ち合わせた時、ガラス越しにアンリを見つけ、飲み干したほろ苦さを思い出す。
海難事故を知った時も、アンリと決別してほしいと彼女の母に宣告させた時もコーヒーを飲んでいた。
さらに、ここはアンリを飲み込んだ海の真上だ。
(気のせいだろうが、節目ごとにコーヒーを飲んでいる気がしてしまうよ)
紙コップのコーヒーはドリップのコーヒーより湯温が高い。息を吹きかけ、冷ましながら、しばし香りを楽しむ。
「懐かしいな」
「コーヒーが?」
「ああ……。シーザーの屋敷では出なかったからね。家ではよく飲んでいたが……」
「好きだった?」
「割とね」
アンリを飲み込んだ海をソニアと眺める。
一人ではこんなにも穏やかに眺められなかったかもしれない。
(一緒にソニアがきてくれて、良かった)
心から、そう思った。
横を向くとソニアもタイラーを見つめていた。
目が合うと、二人自然に笑顔になる。
海へ視線を流したタイラーが冷めつつあるコーヒーに口をつける。
屋敷とソニアが呟いたことで、昨日の一幕を思い出した。思い出せば、実は今も肝が冷える。
「昨日はシーザーに見つかって寿命が縮むかと思ったよ」
「そうね、私も慌てたわ。
どんなに早くても昨日の夜だと思っていてもの。まさかお昼に来るなんて……、シーザーもひどいわよね」
「俺は、ソニアがシーザーを呼び捨てにしていることに驚いたよ」
(それであらぬ方向に誤解したんだよな)
タイラーは苦笑いを浮かべ、珈琲を飲む。
「あの兄妹よ。ありえるでしょ。あなたも私も、あの二人に気に入られているのよ」
「まったく、なぜだろうね」
「どうしてでしょうね」
「俺は、あなたとの仲が、公認になったようでうれしいですけどね」
ソニアの腰に手を回そうとして、叩かれた。
「シーザーも言っていたでしょ。場はわきまえなさい、と!」
「はい……、そうですね」
しゅんと手を引いて、ジンジンする手の甲を見つめる。いくつの女相手でも、尻に敷かれるものなんだなと、タイラーは思い知った。
しだいに近づく人魚島にちらほらと小さな民家が見え始める。戸数は数えるほどであり、各家が点在している。小さな港があり、漁船も何隻か泊まっていた。
定期船からおりた人魚島の第一印象は、寂れた漁村だ。
「街の装いとはだいぶ違うな」
島の中央に小高い山があり、そこに向かってのぼる坂の斜面上に平屋が散見される。海辺の街で見られた数階建ての建造物は見当たらない。隣り合う家々が均整がとれた配置になるよう計算された街の造りとは異なり、平屋はそこここに無秩序に建てられていた。
「街は、王族や貴族が支配していた頃に開発されてしまったけど、島はそれ以前の生活様式がそのまま受け継がれているそうなのよ」
「なるほどね。そう言えば、ここは海へ潜って魚介を採るんだろ」
「古くからの漁法ね。島外の人なのに、よく知っているわね」
「昔、聞いたことがあるんだ」
あっとソニアが口元に手を寄せる。
「いいよ、気にしないで」
アンリから教えてもらったと察してくれただけで、タイラーはうれしかった。
「まずは、例のおばあさんの家を目指そうか」
「船から見たら、海沿いの端っこにあったわよね」
タイラーがすっと手を差し出す。手を繋ごうと、無言で誘ってみた。ソニアは、迷う素振りを見せてから、左右に視線を動かして、タイラーの手を恐る恐る握った。
「行こうか」
愛らしい恋人にタイラーは笑いかける。
もう片方の手で一泊旅行の荷物が入ったかばんを持つ。ソニアは恥ずかしがりながらも、嫌がることなく、タイラーと並んで歩き始めた。
(アンリとは、こんな雰囲気になることはなかったな)
比べる気は無いが、アンリとソニアは似ている様で別人だと改めて思った。
歩きながら、柔らかく絡める互いの手を握りなおそうとした時、タイラーは指先で彼女の手のひらをさわさわとくすぐった。
ソニアの指がくすぐったがり、ふわっと浮く。彼女の指と指の間に自身の指をタイラーは滑り込ませた。
逃げられたくなくてすぐさまぎゅっと握ると、彼女の手が一瞬強張り、緩み、握り返してきた。
すれ違う島民が、ソニアをちらちらと見ていく。スカイブルーの髪は島にはいると聞いていただけに、その視線や反応に違和感を覚えた。
「この島には、ソニアのような髪色の娘もいると聞いていたんだけどな。なんでこんなにも、君を見ていくんだろう……」
「青い髪の子は島外には出さないもの。私みたいに外から来たらおかしいでしょ」
ソニアがタイラーの腕にすり寄ってきた。
「私。街へ帰れないかもしれない……」
「どういうことだ」
耳元近く、ソニアがささやく。ただならないセリフに驚きつつ、タイラーも冷静にささやき返す。
「私みたいにふらふら島外で暮らしている人なんていないもの。理由があるのよ、島を出さない」
「島から出るなと誰かに言われる可能性があるのか」
「そこまでは……」
「どこで暮らすかなど、個人の自由じゃ……」
タイラーは身についている常識から、当たり前に湧き出てきた結論を飲み込んだ。
「違うな。島には島の常識がある。ここではそれが優先されるよな……。前に座敷牢の話をしたことを覚えているか」
「ええ」
「今、そのことを思い出したよ。家にとって都合の悪い子を閉じ込めておく部屋を座敷牢というんだ。島全体が、青い髪の子を閉じ込めておく牢と見ることもできるよな」
「似ているかもしれないね」
「なぜ島民は、青い髪の子を囲うんだろうな」
「なぜかしら……ね」
知っていることをすり合わせても出ないであろう結論に、互いに沈黙をもって話をしめる。離れ離れにならないように、タイラーはソニアの肩に身を寄せる。絡めた指先をさらに深く握りなおし、ソニアもまた彼の腕に絡んで、寄り添った。
海沿いを並んで歩けば、人通りはさらに少なくなる。はじっこに一軒だけぽつんとたたずむ大き目の平屋は否応なく目立つ。海上からもすぐに確認できた。家の目と鼻の先には砂浜がある。
軒先で老女が掃き掃除をしていた。前かがみの軽い猫背、たどたどしい足取りで、長い柄にもたれるかのように、ほうきを左右に動かしていた。海風が吹く。玄関先にたまっているのは海辺の砂のようであった。
「すいません」
おもむろにタイラーが声をかけると、ほうきを動かす手を止めて老女がのっそりとふりむいた。
呆けた表情で老女はタイラーとソニアをしたからずいっと眺めあげる。
「海辺の街で、宿を営んでいるとききました。本日、一晩泊めてもらえませんか」
「ああぁぁ、ああぁ」
まるで久しぶりに喉を鳴らすかのように、枯れた声を発する。
「お客さんだねぇ。いらっつしゃぁい」
老女が壁にほうきを立てかける。ソニアを見て、両目をくわっと見開いた。
「おやぁ。あんたぁ、元気だっつたかい。久しぶりだあねぇ」
ソニアが左右を見回す。明らかに自分を見て話していると察し、戸惑う。
「えっ……、と」自身を指さす。「わたし、ですか」
「おやぁ、おぼえていないかい」
老女は残念そうな表情に変わる。
島に行けば、もしからしたらシーザーに助けられる以前のソニアを知る人もいるかもしれないとタイラーは考えていた。彼女を知る可能性がある人物との早い出会いに内心驚く。
「ごめんなさい」
「さみしいねえ。いいさあ、どれくらいぶりかあも、わからんしなぁ」
老女は二人に背を向け、家の玄関へと向かう。
「さあさ、いらっしゃあい」
タイラーはソニアから手を離さず、老女の後ろをついていった。
奥の部屋へと案内された。さすが老女の一人暮らしだ、人生でため込んだ物がそこここに飾られている。家は広いようだが、その床面積の大半を思い出の品が占領しているようであった。
今使えるのは二部屋、最盛期は五部屋稼働していたそうだが、そこまで掃除はできないと老女は話していた。二日に一度は使ってなくても、掃除はしているよと、歯の抜けた口を広げ笑った。久しぶりの客に喜んでいるようでもあった。宿泊費を前払いし、一緒に食べてくれるなら、夕飯を用意するというのでお願いした。田舎の島である。夜に食べ歩ける店はなさそうだ。頼むしかないとタイラーは判断した。
老女が去ってから、タイラーは窓を開けた。海風がざざっと部屋に入り込み、まとめていなかったカーテンが躍った。海風の強さに仰天し、開く窓幅を数センチまでしめる。
掃除はしていると言っていた部屋は存外きれいだった。
「荷物を置いたら、俺は外に行くよ。ソニアはどうする」
「一緒に行くわ」
「俺、昔の恋人の足跡を探そうと思っているんだよ。それでもいいの」
「かまわないわ。むしろ、ぜひ一緒に行きたいわ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
大金星のメルセデス
坂本 光陽
ライト文芸
幕内力士の俺は、どうしてもメルセデスが欲しかった。横綱に頭を下げて頼み込んだところ、一つの条件をつけられる。「俺から金星をあげてみせろ」というのだ。優勝45回の大横綱に対し、俺は一度も勝てていない。一体どうすれば、俺は大金星をあげることができるのか!?
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる