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第二章 うちあげられた少女
12.
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ソニアのことをもっと知りたい。
出会った頃のアンリが重なり、タイラーの心が動く。
(ほんのひと時だ。海辺の街にいる時だけ……)
短い付き合いになる年端のいかない少女に期待させる気は無い。
ただ、ちょっとだけ。
一緒にいる時だけ。
他愛無いことで垣根を感じず、話し、笑いたい。
そんな気持ちにかられて、タイラーは提案する。
「敬語はやめないか」
ソニアが目を丸くする。
「俺は、ソニアに親近感がわく」
怪訝な表情を浮かべるソニア。
亡くなった恋人のアンリに似ているとは言えないタイラーは、体のいい言い訳を語る。
「シーザーには俺も困っている部分があるんだ。
彼は友人と言ってくれても、俺は不動産の営業にすぎない。やはり営業職として距離を取っておきたいという本音があるんだ」
なるほどと納得したかのように、ソニアの首が上下に動く。彼女なりに共感する点があるのだろう。それを狙っての話題ではあるが。
「ソニアもロビンに振り回されているように見えてしまってね。自分と重なって見えてしまったんだよ。
使用人の立場も分かってほしいとね」
食いつくように見つめてくるソニアに、タイラーは両目を細め、口元をほころばせた。
「やっぱり、困っているように見えます?」
「距離感にね。困るんだよね」
「そう。そうなんです。
ロビンはすぐ友達のようにふるまいたがるけど、一応立場はあるの。でも、彼女の状況を考えたり、私のこともあるし。ちょっとだけ、ちょっとだけね。どうしたらいいかわからなくなるのよ」
「俺も一緒。シーザーに友人と言われてて、面食らった」
「同じね」
「同じだ」
秘密を共有したきになった二人は笑いあう。
共通点を見出すと、心も解れる。
ソニアがさっぱりとした笑顔をタイラーに向けた。
「朝食を食べてから、買い物行くの。楽しみだわ」
「よろしく頼む」
「もののついでよ。ああ、もう食事を作る時間だわ。台所に行かなくては。またね、タイラー」
食事作りのため食堂へとソニアが手を振り、向かう。
「俺も、楽しみだよ」
その背を見送るタイラーは本音をぽつりとこぼした。
一人になり、居間の窓辺に近づく。
大きな窓を開けると、潮の香りをのせた風が流れてくる。
デッキに出て、空を見上げた。奇麗な青空に両腕を伸ばす。身体を捻り、寝起きの硬さをほぐしていった。
見る限り、庭も丁寧に掃除され、囲む草木も整えられている。デッキには椅子が二脚あり、プールには水が張られていた。
(ここの維持費はどれほどのものなのだろう。そもそも、数あるうちの一つにすぎないだろうし……。一般人には想像できないな)
身体をほぐし終えたタイラーは腕を組み、苦笑した。
室内に戻り、食堂に向かった。
二人の少女が談笑しているかと思えば、ロビンはまだいない。
ソニアは髪を後ろで一つにまとめ、ライトグレーのワンピースの上に、ベージュのエプロンをつけ、せっせとキッチンで料理を作っている。
タイラーはアイランド型キッチンの端に立った。
「朝から忙しいね」
「本来はこういうのが仕事だもの」
ソニアは手際よく動く。
「この仕事は長いの」
「そうねえ、三年くらいになるかしら……」
手を止めたソニアが顔をあげる。つられて横を向くタイラー。
食堂の入り口に目を擦りながらロビンがあらわれる。
「おはよう、二人とも」
眠そうなか細い声で、あくびをかみ殺しながら、ロビンが挨拶する。ふらりと歩いてくると、キッチンに近い側の椅子に座った。少しうとうとしているのか、身体が左右に揺れている。まだ体が十分に起きてはいないようだ。
ソニアが手をふき、ロビンのそばに寄る。
「水のみますか」
ロビンがこくんと頷く。昨日の夜見せた元気というか、癖のある雰囲気がなりを潜めている。
ソニアはキッチンに引き返し、冷蔵庫から冷やされたガラス瓶を出す。冷えた水と一緒に輪切りにされたレモンときゅうりが浸されていた。
「タイラーもいる」
「いただくよ」
ソニアはグラス二つ取り出し、水を注ぎ入れる。グラスの一つをタイラーに渡すと、ロビンの横の椅子に座り、彼女にもう一つのグラスを差し出した。うっつらうっつらするロビンに「起きるのつらかったら、呼んでくれていいのよ」と声をかける。
「大丈夫よ。今日はね、少し眠いだけ」
ロビンは、両手でグラスを握り、一呼吸置く。ゆっくりと持ち上げ、唇へ寄せ、なめるように飲み始める。
タイラーは手にしたグラスを傾け、一気に飲み干す。空いたグラスをキッチンの台へとのせ、ロビンの様子を観察する。
(体が弱いのか)
この家に初めて入った時も、ソニアは妙にロビンを気遣っていた。何らかの持病を抱えている可能性は否定できない。
それでも、ロビンは水を飲むごとに、息を吹き返していくように見えた。とろんとした紫の瞳がタイラーをとらえる。
「見苦しい姿を見せてしまったわね」
弱々しくも、癖のある一面がのぞき、タイラーは少しほっとする。
「朝と言わず、私はこうなの。体がね、弱いのよ。生まれつき」
タイラーは首を振った。気にしていないし、気にしないでほしかった。
ソニアが「いいの、話して」とロビンの横から心配そうに口をはさむ。
「隠しても仕方ないことよ。驚かせるなら、早いにこしたことないわ」
ロビンが背筋を伸ばし、しゃんとする。長い黒髪をかき上げた。
「タイラー。私ね、昔、お兄様と病院からホテルへ戻る時に、もっと楽にすごせる自分専用の部屋が欲しいとわがままを言ってしまったの。
ただの愚痴だったのに、お兄様ったら、その場ですぐにマンションを買ってしまったわ。
あなたは覚えていないかもしれないけど……」
「覚えていますよ」かみしめるようにタイラーは答える。「俺の仕事上の大きな転機だった」
「あの時、車から見てたのよ、私」
ロビンが、ふっと笑った。
「体が弱いの。母に似たのだわ。私を産んですぐに亡くなっている。どうしてかはわからないけど、こういうよくわからない体の弱い者が、うちは時折産まれるのよ」
凛とした見た目より、すぐれないのだろう。言葉に抑揚がない。ソニアがロビンの背を撫でる。ロビンが気持ちよさそうな表情で目を閉じた。
「ロビン。休みたいなら、部屋の方がいいわよ」
「いいのよ。ここの方が気が紛れるわ」
「でも……」
「人がいるのはいいわ。本当に、気が紛れる」
ソニアがため息をつく。
タイラーがロビンの前に座った。
「ソニア、ロビンの様子は俺が見ているよ」
迷うソニアにタイラーは笑いかける。
「じゃあ、お願い……」と呟いて、ソニアはキッチンに戻った。
「ロビンがいたのは気づかなかったけど。シーザーと始めて会った時はよく覚えているよ」
「そう」
「とても印象的だった。あれから、だいぶ、なんと言うか。運が上向いていった」
「なによりね」
タイラーの話を気持ちよさそうにロビンは聞き入る。話す内容が面白いとは思えないが、少しは彼女の気を紛らわせられればいいと願って思っていた。
「あの取引から、俺は営業で一位になることが増えた。なぜか、シーザーによく使ってもらえてね。彼は俺の転機にかかわっている」
雰囲気だろうか。ロビンの静けさに、するりと言葉が誘われる。こうやって言葉にして、少しづつ過去に変えていくものなのかもしれない。
タイラーはゆっくりと話し続ける。
「今回の別荘への滞在も……、なんというか。俺の転機になっている。
俺はね。三年前に、恋人を例の海難事故で亡くしているからね」
ロビンが自らの弱みをさらしたからかもしれない。
思わず、語ってしまった過去にタイラー自身が一番驚いていた。
口に出してしまうと、あとは流れるままだ。
「シーザーが無理に誘ってくれなかったら、きっと今も吹っ切れずにいた。
いや。本当は今もちゃんと吹っ切れてはいないんだ。
この海辺の街にいる間に、吹っ切りたいなと。そう、思っている。
この旅行の真の目的はシーザーからの依頼ではなく、とてもプライベートなことなんだよ」
出会った頃のアンリが重なり、タイラーの心が動く。
(ほんのひと時だ。海辺の街にいる時だけ……)
短い付き合いになる年端のいかない少女に期待させる気は無い。
ただ、ちょっとだけ。
一緒にいる時だけ。
他愛無いことで垣根を感じず、話し、笑いたい。
そんな気持ちにかられて、タイラーは提案する。
「敬語はやめないか」
ソニアが目を丸くする。
「俺は、ソニアに親近感がわく」
怪訝な表情を浮かべるソニア。
亡くなった恋人のアンリに似ているとは言えないタイラーは、体のいい言い訳を語る。
「シーザーには俺も困っている部分があるんだ。
彼は友人と言ってくれても、俺は不動産の営業にすぎない。やはり営業職として距離を取っておきたいという本音があるんだ」
なるほどと納得したかのように、ソニアの首が上下に動く。彼女なりに共感する点があるのだろう。それを狙っての話題ではあるが。
「ソニアもロビンに振り回されているように見えてしまってね。自分と重なって見えてしまったんだよ。
使用人の立場も分かってほしいとね」
食いつくように見つめてくるソニアに、タイラーは両目を細め、口元をほころばせた。
「やっぱり、困っているように見えます?」
「距離感にね。困るんだよね」
「そう。そうなんです。
ロビンはすぐ友達のようにふるまいたがるけど、一応立場はあるの。でも、彼女の状況を考えたり、私のこともあるし。ちょっとだけ、ちょっとだけね。どうしたらいいかわからなくなるのよ」
「俺も一緒。シーザーに友人と言われてて、面食らった」
「同じね」
「同じだ」
秘密を共有したきになった二人は笑いあう。
共通点を見出すと、心も解れる。
ソニアがさっぱりとした笑顔をタイラーに向けた。
「朝食を食べてから、買い物行くの。楽しみだわ」
「よろしく頼む」
「もののついでよ。ああ、もう食事を作る時間だわ。台所に行かなくては。またね、タイラー」
食事作りのため食堂へとソニアが手を振り、向かう。
「俺も、楽しみだよ」
その背を見送るタイラーは本音をぽつりとこぼした。
一人になり、居間の窓辺に近づく。
大きな窓を開けると、潮の香りをのせた風が流れてくる。
デッキに出て、空を見上げた。奇麗な青空に両腕を伸ばす。身体を捻り、寝起きの硬さをほぐしていった。
見る限り、庭も丁寧に掃除され、囲む草木も整えられている。デッキには椅子が二脚あり、プールには水が張られていた。
(ここの維持費はどれほどのものなのだろう。そもそも、数あるうちの一つにすぎないだろうし……。一般人には想像できないな)
身体をほぐし終えたタイラーは腕を組み、苦笑した。
室内に戻り、食堂に向かった。
二人の少女が談笑しているかと思えば、ロビンはまだいない。
ソニアは髪を後ろで一つにまとめ、ライトグレーのワンピースの上に、ベージュのエプロンをつけ、せっせとキッチンで料理を作っている。
タイラーはアイランド型キッチンの端に立った。
「朝から忙しいね」
「本来はこういうのが仕事だもの」
ソニアは手際よく動く。
「この仕事は長いの」
「そうねえ、三年くらいになるかしら……」
手を止めたソニアが顔をあげる。つられて横を向くタイラー。
食堂の入り口に目を擦りながらロビンがあらわれる。
「おはよう、二人とも」
眠そうなか細い声で、あくびをかみ殺しながら、ロビンが挨拶する。ふらりと歩いてくると、キッチンに近い側の椅子に座った。少しうとうとしているのか、身体が左右に揺れている。まだ体が十分に起きてはいないようだ。
ソニアが手をふき、ロビンのそばに寄る。
「水のみますか」
ロビンがこくんと頷く。昨日の夜見せた元気というか、癖のある雰囲気がなりを潜めている。
ソニアはキッチンに引き返し、冷蔵庫から冷やされたガラス瓶を出す。冷えた水と一緒に輪切りにされたレモンときゅうりが浸されていた。
「タイラーもいる」
「いただくよ」
ソニアはグラス二つ取り出し、水を注ぎ入れる。グラスの一つをタイラーに渡すと、ロビンの横の椅子に座り、彼女にもう一つのグラスを差し出した。うっつらうっつらするロビンに「起きるのつらかったら、呼んでくれていいのよ」と声をかける。
「大丈夫よ。今日はね、少し眠いだけ」
ロビンは、両手でグラスを握り、一呼吸置く。ゆっくりと持ち上げ、唇へ寄せ、なめるように飲み始める。
タイラーは手にしたグラスを傾け、一気に飲み干す。空いたグラスをキッチンの台へとのせ、ロビンの様子を観察する。
(体が弱いのか)
この家に初めて入った時も、ソニアは妙にロビンを気遣っていた。何らかの持病を抱えている可能性は否定できない。
それでも、ロビンは水を飲むごとに、息を吹き返していくように見えた。とろんとした紫の瞳がタイラーをとらえる。
「見苦しい姿を見せてしまったわね」
弱々しくも、癖のある一面がのぞき、タイラーは少しほっとする。
「朝と言わず、私はこうなの。体がね、弱いのよ。生まれつき」
タイラーは首を振った。気にしていないし、気にしないでほしかった。
ソニアが「いいの、話して」とロビンの横から心配そうに口をはさむ。
「隠しても仕方ないことよ。驚かせるなら、早いにこしたことないわ」
ロビンが背筋を伸ばし、しゃんとする。長い黒髪をかき上げた。
「タイラー。私ね、昔、お兄様と病院からホテルへ戻る時に、もっと楽にすごせる自分専用の部屋が欲しいとわがままを言ってしまったの。
ただの愚痴だったのに、お兄様ったら、その場ですぐにマンションを買ってしまったわ。
あなたは覚えていないかもしれないけど……」
「覚えていますよ」かみしめるようにタイラーは答える。「俺の仕事上の大きな転機だった」
「あの時、車から見てたのよ、私」
ロビンが、ふっと笑った。
「体が弱いの。母に似たのだわ。私を産んですぐに亡くなっている。どうしてかはわからないけど、こういうよくわからない体の弱い者が、うちは時折産まれるのよ」
凛とした見た目より、すぐれないのだろう。言葉に抑揚がない。ソニアがロビンの背を撫でる。ロビンが気持ちよさそうな表情で目を閉じた。
「ロビン。休みたいなら、部屋の方がいいわよ」
「いいのよ。ここの方が気が紛れるわ」
「でも……」
「人がいるのはいいわ。本当に、気が紛れる」
ソニアがため息をつく。
タイラーがロビンの前に座った。
「ソニア、ロビンの様子は俺が見ているよ」
迷うソニアにタイラーは笑いかける。
「じゃあ、お願い……」と呟いて、ソニアはキッチンに戻った。
「ロビンがいたのは気づかなかったけど。シーザーと始めて会った時はよく覚えているよ」
「そう」
「とても印象的だった。あれから、だいぶ、なんと言うか。運が上向いていった」
「なによりね」
タイラーの話を気持ちよさそうにロビンは聞き入る。話す内容が面白いとは思えないが、少しは彼女の気を紛らわせられればいいと願って思っていた。
「あの取引から、俺は営業で一位になることが増えた。なぜか、シーザーによく使ってもらえてね。彼は俺の転機にかかわっている」
雰囲気だろうか。ロビンの静けさに、するりと言葉が誘われる。こうやって言葉にして、少しづつ過去に変えていくものなのかもしれない。
タイラーはゆっくりと話し続ける。
「今回の別荘への滞在も……、なんというか。俺の転機になっている。
俺はね。三年前に、恋人を例の海難事故で亡くしているからね」
ロビンが自らの弱みをさらしたからかもしれない。
思わず、語ってしまった過去にタイラー自身が一番驚いていた。
口に出してしまうと、あとは流れるままだ。
「シーザーが無理に誘ってくれなかったら、きっと今も吹っ切れずにいた。
いや。本当は今もちゃんと吹っ切れてはいないんだ。
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