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新年になり、心が入れ替わる。暖かくなったら、旅に行こう。

旅の始まり

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「でも、この握り方の方が安心するでしょ。僕、母さんと寝てたとき、こうやってもらうと凄く安心したんだ。だから、こうやって握りながらなら、人と一緒にいても大丈夫なんじゃないかなと思ってさ」

「た、確かに……。ちょっと安心するかも」

「でしょ。人といる空間の時は出来るだけこうしていれば怖がらずに済む。だから、出来るだけこうしていよう」

「う、うん。わかった。ニクスと手をずっと繋ぐなんて本当はすっごく嫌だけど……、仕方なく、握っていてあげる……」

 ――耳と尻尾が凄い動いているのにルパは気づいていないのかな……。ほんと、素直じゃないんだから。

 僕とルパが乗り込んでから、数人が乗りこんだあと馬車は動き始めた。馬車が大きめなので比較的振動は少ない。でも、ガタガタとお尻に伝わってくる振動は結構強い。

「ルパ、お尻が痛くなったら僕の膝に乗ってもいいからね」

「う、うん。私が乗っていた馬車より振動が少ないからまだ大丈夫」

「そう。なら、少し遅いけど朝食にしようか」

 僕は走ってきた途中で買っておいたパンを片手で半分に千切り、膝の上に置く。ナイフで切りこみを入れたあと干し肉を挟んでルパに渡した。

「はい、ルパ。急いでたから量は少ないけど何度も噛んで食べればお腹は膨れると思う」

「ありがとう……」

 ルパは左手でパンを受け取り、パクリと一口食べた。モグモグと三○回以上咀嚼し、飲み込む。二口、三口と食べ進み、ものの数分で食べきってしまった。まぁ、大食いのルパにとってはパンの半分なんて水と同じか。僕は分かっていたのでパンを食べていなかった。案の定、ルパは僕のパンを見ている。

「ルパ、パンが欲しいの?」

「え、いや……。別に」

 『グルルルルルルルル~!』

 馬車の中に腹の虫の声が響く。

「ルパのお腹はお腹が空いているみたいだけど、パンは本当に要らないの?」

「ほ、欲しいけどニクスのだから……」

「じゃあ、僕のパンをあげるよ。僕は別に一食くらい抜いても問題ないから、ルパが食べて」

「え……。いいの?」

「うん。いいよ。僕が食べるよりもお腹のすいているルパに食べてもらったほうがパンも嬉しいと思うし、僕はルパのモグモグしているところが見たいんだよ」

「は、恥ずかしいからあんまり見るなよ……」

 僕はルパにパンを渡す。ルパはモグモグとパンを食べ進めていった。やはりルパは可愛い。恥じらいながらもパンを食べているところを見せてくれる。窓の方を向いて食べてもいいのに、わざわざ、前の座席を見ながら食べてくれるなんて、いい子だなぁ。

 馬車は街を出た。乗っている人数は五人ほど。綺麗な服を着ている男性が三人、あとは僕とルパだ。きっと仕事で街に来ていた人達だと思う。それか、街から他の場所に仕事に行く人かもしれない。お金を稼ぐために仕事をしている人達だと思うと僕たちはどう見えているのだろうか。まぁ、多分冒険者だと思われてるんだろうな。

 馬車の周りには冒険者が四名ほど守っていた。魔物や山賊に襲われても対処できるように移動には護衛を着けるのが一般的だ。

 まぁ、騎士の方が護衛はむいているんだが、自警団と冒険者ギルドしかないので雇える護衛が冒険者しかいなかったのだろう。強さ的にはCランクかDランクくらいだと思う。

 冒険者はDランク帯が一番多いらしい。Cランクに上がるにはちょっとした経験が要り、Bランクは上級者、ベテランの人達。Aランクは才能のある者たちでSランクは怪物だそうだ。

 まぁ、騎士の階級の特級騎士と同じくらいらしい。昔から、よく論争が巻き起こっている題材でもある。

 Sランク冒険者と特級騎士のどちらが強いのかという話だ。まぁ、勝負なんて戦う相手の向き不向きで変わる。万人に勝てる者が一人の弱者に負けることだってある。誰にも勝てないけど、一位の者を倒せる可能性がある。まぁ、対外は強い者の方が勝つんだけど……。

 馬車が走り始めて日が一五度ほど傾いた。一時間経ったらしい。馬車は何の変哲もない農村に到着し、いったん停留する。どうやら馬の休憩をするそうだ。距離にして一五キロメートルほど進んだらしく、三○分間休憩したあと再度出発するらしい。

「ルパ、外に出て少し歩こうか。三○分ここにいるのももったいないし、いつもと違った風景が見えるよ」

「うん! 見たい!」

 ルパは散歩に連れ出される犬のようにはしゃぎ、僕の手を引っ張り、馬車を降りる。

 僕は御者さんにまた馬車に乗るので遅れても帰ってこないようだったら少し待っていてもらうよう伝えておいた。こうしておけば、おいて行かれずに済む。

 村に名前は無く、冒険者のコロニーや開拓者のコロニーが大きくなったような場所だった。街から比較的近く、子供や大人が多かった。家の所々に穴が開いてあり、わざと開けているのかと思ったが、以前大量発生した角ウサギの大群がここらあたりにもいたらしく、家をどついて回ったらしい。角ウサギの角が刺さったままの家もあり、直す手間が掛けられないそうだ。今は村の周りの策を直している途中らしい。

「ルパ、あんまり遠くに行くとはぐれるよ」

「ニクスが遅いの~! 早く早く~!」

 ルパはずっと座っていたのが辛かったのか、思いっきり走っていた。獣族にずっと止まっていることなど辛い以外の何ものでもない。ストレスを発散させるには走らせるのが効果的だと、ルパと一緒に過ごしてきてわかっていた。

 僕とルパは村の端っこまで移動し、広大な荒野を見ていつもと違うように見えるのが不思議に思っている。

「何か、いつもと違う……。同じ草なのに、見え方が全然違う」

「そうだね……、解放感があって気持ちのいい景色だ。旅の楽しさを早速に知れた気がするよ」

「うん……、同じ景色でもこんなに綺麗に見れるのならもっともっと綺麗な景色はどんな風に見えるんだろう……」

 ルパは目を輝かせ、爽やかな風を感じている。髪と尻尾、羽織っているローブがはためき、旅の始まりを感じさせた。

「ルパ、ゆっくり歩いて馬車まで戻ったら多分、二○分くらい掛かるから、そろそろ戻ろう」

「うん」

 ルパは僕のもとに駆け寄り、右手で僕の左手を握ってきた。

 周りの家にいる人達は女性ばかりで男性はいなかった。きっと街に働きに出ているのか、畑にいるのだろう。

 周りに人族しかおらず、獣族はいなかった。まぁ、草原地帯にいるのは遊牧民が多いのは当たり前だ。獣族に会いたいのなら、森の中かもっと人気のない場所に行くしかない。

 村の露店で美味しそうな干し芋が売ってあり、つい銅貨五枚で購入してしまった。お腹が空いていたので仕方がない。僕は紙袋から細く切られた干し芋を摘まみ一口食べる。甘みがありとても美味しい。朝食がわりにはちょうどいい量だった。僕が食べている間はルパと手を放している。
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