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新年になり、心が入れ替わる。暖かくなったら、旅に行こう。

感謝の気持ち

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「じゃあ、皆、武器を持って打ち込み合いだ。強くなりたいやつは真剣にやれよ、死にたくないはもっと真剣にやれ、わかったか!」

「はいっ!」×冒険者見習い。

 地面にへたり込んでいた者は皆、自分の得意とする武器を持ち、二人組になって打ち合いをしていた。グラスさんも中に入り、見習いと打ち合いをしている。グラスさんが入って丁度偶数になるらしい。舎弟の一人が砂時計をひっくり返し、三分間打ち合ったあと、他の相手と打ち合う。これの繰り返し。皆大きな声を出したりせず、淡々と行っている。だが、皆の額には汗がしたたり落ち、息が上がっていた。

「うずうず……、うずうず……」

「ルパも打ち込みをしたいの?」

「皆が頑張ってるのを見たら、私もやりたくなってきた。ニクス、相手して!」

 ルパは瞳を輝かせ、プルスの大好きな戦闘民族になっていた。

「ぴよ~、主、今日は負けませんよ~」

「もう、プルスが頭に乗ると剣筋がずれちゃうから、乗らないでよ」

 プルスは獣族が大嫌いだが、ルパとは仲が良く、僕と打ち込みをする時は対外、ルパの方へと加勢する。

「プルスを落とさないように剣を振ると、体幹が鍛えられるから、強くなれるよ。体の軸を動かさないようにする訓練に持ってこいだ。あと、今僕は冒険者見習いの子達を見ないといけないから、打ち込みは出来ない。素振りで我慢してね」

「うぅ……、わかった。素振りで我慢する」

 ルパは僕の持っていた剣を使い、素振りを始めた。僕と毎日素振りを行っているので、もう慣れたものだ。綺麗な打ち込みに目を奪われる。ルパは音もなく素振りをし、プルスも頭の上で寝てしまうくらいに体感の揺れがなかった。

 僕は打ち込みを一五分ほぼ見ていた。気づいたのは周りをみていないという点だった。皆、目の前にのみ集中している。周りへの配慮が足りていないため、肩がぶつかったり、背中が当たったりと言った接触が何度も起こっていた。周りをみながら戦うのは冒険者も騎士も同じだ。これが出来ていないと、不意の攻撃に対処できない。

 そう思っていたころ。

「ニクスさん、素材の査定が終わりました。受付までお戻りください」

 僕はテリアさんに呼ばれた。戻る前にさっき感じたことをグラスさんに言っておこう。

「グラスさん、ちょっといいですか」

「ああ、いいぞ。何か気づいたのか?」

「皆、打ち込みに集中しすぎているので、周りが見えていません。もっと広々と使って、周りを警戒しながら打ち合う方が実践的でいいと思います」

「なるほどな。確かにそうだ。当たり前すぎて見落としていた。ありがとうな、ニクス」

「い、いえ。僕は思ったことを口にしただけなので、感謝されても困ります」

「そうか。お前はそう言う性格だったな。それより、おチビちゃんの素振りが綺麗すぎるんだが、いつから剣を始めたんだ?」

「えっと……、六カ月くらい前からですかね。毎日僕と一緒に素振りをしていたら、ここまで綺麗になりました」

「六カ月。そりゃあ、すげえな。ここまで洗礼するにはいったい何回素振りをする必要があるんだろうな……。想像できない」

 ルパはグラスさんに褒められた。だが、ルパはグラスさんに感謝の気持ちを露さない。

 僕は感謝の意は伝えるようにしているので、ルパにもありがとう、ごめんなさいを言えるように育ってほしいのだが、未だに人に感謝をしたり謝ったりすることが出来ない。

 この点を解決しなければ、ルパは人の世界で生きて行けないだろう。それくらい、感謝の言葉と謝罪の言葉は大切だ。敬語とか関係なしにありがとうとごめんなさいの二言があればいいだけなのだが、なかなか難しいようだ。

 ルパは剣を褒められて嬉しそうなのだが、僕の後ろに回り込み、隠れる。

「すみません、ルパはまだ人と話すのが苦手で……」

「いや、いいんだ。ニクスにそれだけなついていれば、いずれ人にも興味を持ってくれるさ」

 グラスさんは笑顔で答える。ルパは声を出そうと頑張っているものの、出せずに耳をしょんぼりさせた。尻尾も垂れ下がり、申し訳なさがひしひしと伝わってくる。

 僕はルパの頭を撫でて、人前に出られるようになっただけでも成長だと言い聞かせ、気持ちを切り替えさせる。

「じゃあ、僕達は行きますね」

「ああ。またいつでも来い。冒険者になるなら大歓迎だ」

 僕とルパはグラスさん達のいる訓練場から出て、道を歩きギルドの受付へと戻る。

「うぅ……、ニクスの前だと話せるのに他の人になると口が回らなくなっちゃうよ……」

「焦らなくていいよ。初めは僕を殺そうとしたくらい人が嫌いだったんだ。人の街を歩けるようになっただけでも、ルパは成長しているよ。えらいえらい」

「そうやってすぐ甘やかす……」

「全然甘やかしていないよ。何なら、厳しいくらいだと思う。人嫌いなルパを人の街に連れてくるなんて、相当辛いことのはずだよ。ルパは頑張ってる。もう、すっごく頑張ってるよ」

 僕はルパの頭を抱きかかえるようにして胸に当て、宥める。

「ありがとう……、ニクス……」

 ルパは聞き取れるか聞き取れないかギリギリの小さな声でつぶやいた。僕は何もいわず、ルパの頭をポンポンと撫で、よく出来ましたと言う気持ちを伝える。

 ルパは頬を少し赤らめ、恥ずかしそうにしていた。

 僕とルパはギルドの受付に到着し、テリアさんのもとに向う。

「ニクスさん。今回は角ウサギの角二○○本と毛皮二○○枚、魔石二個の買い取りとなり、金貨一〇○枚となります。お受け取りください」

「ありがとうございます。えっと、少しいいですか?」

「はい。何でしょう?」

 僕は胸もとから、一枚の小切手を取り出し、テリアさんに見せる。
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