婚約したら初恋の人と偶然会っていい感じになってしまった夜

6.小1での淡い思い出

　あれは忘れもしない。小学1年の時の話である。同じクラスに麗華（れいか）というリーダー格の女の子がいた。スポーツ万能で頭も良く、いつも元気な子で統率力のある子だった。見た目も可愛らしい。スーパーエリート幸守君の隣にいてもなんの遜色もない数少ない存在だった。

　麗華と私はピアノ教室が一緒で発表会では連弾を一緒にした事もある。こんな地味目の私にも気さくに話しかけてきてくれるので好きだった。

　オマケに社長令嬢でお家がめちゃめちゃデカい。麗華の家を見た後に自分の家を見ると犬小屋にしか見えないほどに。マカロンという美味しいお菓子を初めて食べたのは麗華んちで、専属のパティシエが作ってくれたそうだ。

　麗華は中学受験をしたので、その後疎遠になってしまったが、麗華んちのグランドピアノでよく遊んだのを覚えている。楽しかった。

　とある日の掃除の時間だった。私は教室掃除担当でせっせと机を運んでいた。机運びが終われば掃除は完了というところで麗華と幸守君がやってきて麗華が私に小声で話しかけてきた。


麗華「弥生って好きな子いるの？」


　その質問に頬を赤くし、つい黙ってしまった。幸守君の目の前で言えない。えーと、えーと、とドギマギしながら曖昧な事を言っていたら、麗華が信じられない事を耳打ちをしてきた。
　

麗華「幸守君が弥生の事好きなんだって。弥生は幸守君の事どう思ってるの？」


　聞き間違いか？いや脳がバグを起こしているのか？それとも夢か？きっとちゃんと聞き取れていなかったに違いない。麗華はニコニコしているが幸守君はちょっと離れたところで明後日の方向を向いている。私は弥生にもう一度聞き返した。


麗華「幸守君が弥生の事好きなんだって。弥生は幸守君の事どう思ってるの？」


　間違いない。私の脳は正常運転してるし、これは現実だ。私は天にも昇る思いだったが、顔が緩むのを必死で抑えた。

　なぜならここで両思いが発覚したらクラス半数いるだろう幸守ファンを敵に回す事になる。いやクラスだけではない。この学年、この学校のファンをだ。ちなみに麗華もだ。そんな覚悟と器、私にはない。

　麗華が急かすように、どうなの？と質問してくるので、私は真顔で首を横に振ってNOという偽りのジェスチャー出した。これは生きてゆくための防衛本能なのだろう。

　私は返答を出した後、私忙しいから的な感じでその場を立ち去った。照れ隠しと、この真顔をキープするのがそろそろ限界だったからだ。教室を出て行き、別に尿意をもよおしたわけでもないのにトイレへ駆け込んで便座に座り1人ニンマリと顔を緩ませた。

　テンパってて直視出来なかったけど、視界の隅でとらえた、幸守君のあのガッカリ顔よ。本当に私の事が好きなのだろうか？本人に聞きたいのは山々だが、恥ずかしくてそんなこと出来ない。ネット検索で人の気持ちが検索出来ればいいのに。

　もし勇気があるのならば幸守君と2人きりになるチャンスを見計らって、本当は私も幸守君の事が大好きだなんだと伝えたい。それは2人だけの秘密だと。そんなロマンチックな妄想をトイレで抱いていた。

　でもそれは叶わなかった。そんなタイミングなかったし、ただ単に私に勇気がなかったってのもあり、ただの妄想で終わった。

　気持ちをさらけ出した今だったら聞ける。思い切って聞いてみる事にした。


弥生「あの時、なんか……信じられなくて……本当に私の事好きだったの？」


　幸守君は恥ずかしそうに答えた。


幸守「うん」


　どうやら事実のようだ。私はなぜNOを出したのか事情を話した。すると幸守はホッとしたような感じで笑った。


幸守「なんだ、そうだったのか。嬉しいよ」


　今さら両思いだとわかっても既に遅いのだが、私も嬉しい。そしてずっと聞きたかった質問を投げかけてみた。


弥生「なんで私だったの？」

幸守「それ聞く？　恥ずかしいなぁ」

弥生「是非」

幸守「尊敬してたんだ、水嶋の事」

弥生「そそそそそそそ尊敬！？」


　尊敬！？幸守君に勝るものなどあっただろうか？


幸守「だって水嶋凄いじゃん！！」

弥生「なにが？」

幸守「ピアノ上手かったじゃん。歌も上手いし。俺さぁ音楽だけはなぜか出来ないんだよなぁ……今も」


　そうなのだ。エリートでも唯一苦手なものはあったのだ。それが音楽。歌のテストでみんなの前で1人ずつ歌わされるのだが、なかなかの音痴だったのだのを覚えてる。リコーダーやピアニカもあまり上手くはなかったがファンにはそこがなかなかの萌えポイントにうつっていたようだ。


幸守「俺さぁ、音楽会の練習の時ずっと水嶋の伴奏見てたんだよ」

弥生「えっ、指揮見なって！！」

幸守「無意識に目がいっちゃってたんだ。だってピアノを弾く指があっちに行ったり、こっちに行ったり、高速でピアノの上をぴょんぴょん駆け回る感じが見てて爽快だったんだ。それに……」

弥生「ん？」

幸守「いつも楽しそうに弾く水嶋の横顔見るのが好きだったんだ」


　胸がキュンとなった。夢なら覚めないでほしい。


幸守「自分の出来ない事をさらっと出来る人って、憧れるんだよね。スゲェって思っちゃう」

弥生「あっ……ありがとう」

幸守「今だに歌は苦手でさぁ、カラオケの誘いは極力断ってるんだよね。何回か行った事あるんだけど、俺の歌を聞いてる人たちが酔ってきちゃうみたいでさぁ」

弥生「酔う？」

幸守「うん。気持ち悪くなってきちゃうみたい。車酔いみたいに」

弥生「そんなに！？」


　自分から聞いといてなんだが、恥ずかしい。それを素直に言ってくれる幸守君が好きだ。それにカラオケで人を酔わせる程の音痴っていったいどうなってるんだ。


幸守「俺たちさぁ……キス……したよな？　覚えてる？」

弥生「えっ！？　あっ……キスって……あれはトラブルが起きたのではないの？」

幸守「あっ覚えてるんだ」


　忘れもしないファーストキスの事……と言ってもあれは事故に等しいのだが、したもんはした。幸守ファンを恐れ、誰にも言えなかった。親友の金井美穂にも今だに秘密にしている話があるのだ。