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十話

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その日私は意を決して、あばら家の修繕をしていた。

というのも、数日前にまた大雨が降って、また炉が使い物にならなくなったあたりで、いい加減修繕しないと一か月越せないかもしれない、という気がして来たためだ。

更に運が悪いというか、予測できた未来だというべきか、いつでも雑な動きで開かれているあばら家の扉を、牛頭の怪物、つまりウィロンが引きちぎってしまったのだ。

うまい具合にドアノブを回せなかったんだろう。がちがちぎちぎちと、不穏な音が聞こえたとおもったら、ばきばきべりべし、というなかなかすごい音を立てて、扉自体が引きちぎられて更に、その枠も引っ張った事ではがれて、あばら家がいっそうぼろになったのだ。

ここまで来ると、引っ越しを考えた方がいいのかもしれないけれど、私に家を新しく建てる技術はないし、島にちょうどよさそうな洞穴はないし、ウィロンの迷宮はあまりにも浜辺とか、水場とかから遠いのだ。

水をくむだけで一日が終わりそうな勢いなのだ、私が人間的な生活を送ろうとすると。

それに畑仕事の事も有るし、私はこのあたりから遠くには行けない。

そうなったらやる事は一つで、あばら家の修繕一択しかないのだ。

そういうわけで、私は何日もかけて打ち上げられた船から板切れを剥してきて、家を直す材料をありったけ集めて、今日の日を迎えたわけである。

釘も何もない状態だから、毎日毎日、それなりに強そうな枝を削って簡易的な釘を作って、ウィロンに一体何をしているんだって顔をされつつ、とにかく集められるだけ色々集めたのだ。

そしてそれらを無駄にしないように、慎重にあちこちを修繕して、とにかく一番初めに屋根を直したかったけれど、枠組みを直さなかったら、上に登った途端にあばら家が崩れちゃうから、地道に直して、やっと本日屋根によじ登って、念願の屋根の修繕に着手したわけだった。

慎重に、慎重に、そっとそっと、と頭の中に繰り返して、屋根を直していたその時だったのだ。



「おお、本当にアリアドーレの言ったとおりの女性がいる!」



という声が足元から聞こえてきて、一体誰だ、というかもう、一か月経ったっけ? と思いつつ、そちらを見下ろしたのだ。

声がしたのだから人がいるわけで、事実そこには人がいた。それなりの年齢の人で、アリアドーレ嬢のお父さんくらいの年齢、と思える人だった。ちなみに男の人だった。



「こんにちは……?」



それしか言いようがなくて、私はとりあえず話をするために、あばら家からまた慎重に下りた。

下りると、男の人が頭を下げない王族の一礼をした。これをするのは王様かそれに匹敵するくらいの身分の人達で、私からしたら雲の上の人って事に間違いはなかった。

そんな人に一礼された私は、急いで略式的になってしまうけれど、一礼をした。というのも、正式な礼をとれる服じゃないからだ。正式な礼をするために必要な長いスカートを、私は履いていない訳である。



「こんにちは、お嬢さん。君がアリアドーレの言っていた、シャトレーヌ殿だろうか?」



「はい、あ、アリアドーレ嬢はちゃんと家に帰れたんですね。よかったです」



船で帰っていくわけだったから、無事に帰れたのか気になっていた事も有って、実際ちゃんと帰れていた様子である事に、私はほっとした。何せ嵐で島に流されるという実例を、私は体験しているためだ。



「そうだ。シャトレーヌ殿のおかげで、我が娘アリアドーレは何事もなく帰ってきてくれた……本当にお礼を言う。ありがとう。あの子は特に妻に似た末の娘で」



なるほど、美女の母親にの超美少女だったわけか、と思いつつ、私はとりあえず中に入ってもらおうと、あばら家の中に案内した。

修繕の最中だったから、木くずとかでかなり散らかっている物の、とりあえず座ってもらえそうな木箱を薦めて、私はそれより格下のぼろっちい木箱に座った。



「重ね重ねお礼を言わせてほしい。シャトレーヌ殿がいたおかげで、いらない犠牲を強いらなくて済んだ……」



彼はそう言って、私に頭を下げて来る。王族系の人がここまでお礼を言うという事は、相当感謝しているって事だろう。



「ええっと、そこまでの事をした覚えはないんですけれど……私自身、色々な偶然が重なってこの島に来たわけですし」



「まさに海神のお導きという事なのだろう……君のおかげで色々な事実が分かった」



「色々な事実ですか……?」



いったいそれは何なのだろう。色々と言うほどのたくさんの情報を、私は持っていないわけだが。

ちょっと考えた顔になった私に、彼が言う。



「自己紹介が遅れてしまって申し訳ない。私はミノイスを治めている王だ」



「!?」



ミノイスというのは、私の故郷の国の名前である。まさか自国の王様や王女様を助ける事になっていたとは……何が起きるかわからない人生だ。

目を丸くして言葉を聞いていた私に、ミノイス王は続ける。



「君は怪物ミノタウロスとともに暮らしているのだから、真実を知らなければならないと思って、ここまで来たのだ」



「あの、すみません、一つお聞きしてもよろしいですか?」



「答えられる事だったらなんでも答えよう」



「ありがとうございます。では。アリアドーレ姫様は、ここは満月の日にしか来られない呪いがかかった島だと言っていました。然し陛下は……一か月たたずにここにいらっしゃっていますよね、どういう仕組みなのでしょう」



「それもこれから、私が話す事で解決する疑問になるだろう」



そう言って、ミノイス王は少し時間がさかのぼるけれども、と言って話し始めた。











ミノイスは海洋国家だ。それゆえに船の技術などは他の国以上の物で、貿易やその他もろもろで栄えている国でもある。それ位は私も教養として知っている中身だった。

そして、ミノイスの首都に、海神を祭る壮麗な神殿があり、その神殿に王族の姫君が、巫子としてお仕えする事も、知られ切った有名な話である。



「私の姉が、その時、海神の妻として海神に仕えていた。しかし……任期が終わる前に、姉は間違いを犯してしまったのだ」





王族の姫君の中でも、海神の妻として選ばれた女性は、任期が終わるまで清らかな乙女でなくてはならない。海神の妻なのだから、海神以外に体を許してはならない、という事からだ。

ミノイス王の姉の話はあまり聞いた事がないが、それは陛下の言う間違いが関係しているのかもしれない。秘密にされた事実というわけだ。



「姉は任期が終わる半年前に、とある貴族の男と通じてしまったのだ」



「それはなかなか……大問題ですね……」



海神の妻が不貞を侵したとわかったら、だいたいその妻は磔に処されるとどこかで聞いた事がある。

海神の怒りが国に向かないようにするためだと聞いた事もある。誰が教えてくれたのかは思い出せないけれども。



「当然姉も処刑されるはずだった、だが貴族の男がこれまた、そうやすやすと姉とともに罰せない有力貴族だった事も有り、この事は秘密とされた」「



「勢力事情と言われるものですね……?」



聞いていてこれ聞いてよかった話なのだろうか、と思ったものの、私は事実を聞かなくちゃいけない、と陛下が教えてくれているのだから、これを知った私が殺されるとか、そんな事はないだろう。たぶん。

真実を知った後私を殺す、というなら、抵抗するだけだ。私は懐に隠してある短刀を、そっと確かめた。



「そして、姉は任期が終わってすぐに結婚した。そして……その時には子供がお腹にいたのだ」



「月日の問題でどうこう言われなかったんでしょうか」



「この子供が、三年もの間、姉の腹の中から出てこなかったのだ」



「それでは……不貞の子供かどうか、判断がつきにくくなりますね……」



月が足りないのに普通の子供が生まれたら、不貞だのなんだのと、色々言われがちになるけれども、三年もお腹の中に居たら、誰もいつ宿ったのかわからなくなるだろう。



「姉の腹の子供は呪われている、と誰もが言うようになり、姉は帝王切開を行い、腹に宿った子供を取り出す事になった。その手術の前日に、姉は産気づき、子供を産んだ」



「……普通の子供だったんでしょうか……三年もお腹の中にいて……相当大きくなっていたりは……」



私がこわごわ聞くと、陛下は頷いた。



「普通の子供ではなかった。生まれた子供は……牛の頭をした子供だったのだから」



私は目を見開いた。ウィロンと同じだ、というか、ウィロン自身が、その、お姫様の子供だというのか。

予想もしなかった事を聞かされて、固まっている私をしり目に、陛下が続ける。



「牛の頭をした子供は、姉への神罰だとされた。姉は生まれた子供を見て発狂し、姉が嫁いだ家は発狂した姉が付けた炎で燃え、一家全滅と相成った」



確かに神罰になったのだろう。神への不貞を働いた巫子と、巫子の相手に対する罰としてはかなり強力な物に違いない。



「生まれてきた牛頭の子供は、神罰の結果なのか、それとも神が姉を罰するためにもたらした神の力をひく子供なのかわからず、見殺しにできるはずもなく、王宮の陰で育てられた。しかし、事件が起きてしまった」



「事件……ですか」



「牛頭の子供が王宮の影に隠れて暮らしている、と聞いて面白半分で見に行った王子の一人が、牛頭の子供の頭を押さえつけてまたがろうとし、怒り狂った牛頭の子供に背骨を折られてしまったのだ」



「……」



何も言えなくなった私だったが、王様の告白は続く。



「それ以降、牛頭の子供は剛力を持て余した狂暴な怪物となり、王宮で隠して育てておく事も出来なくなり、知恵の神に助力を請うた結果、この島に迷宮を作り、そこに閉じ込めるように、という託宣が降りた。しかしただ迷宮に入れれば、いつか外に出て来るかもしれない。そのため、牛頭の子供が迷宮の外に出られないように、結界の魔女を島に派遣し、牛頭の子供が出てこないように見張る役割を担ったのだ」



そこでようやく、アリアドーレ嬢の言っていた結界の魔女の事が、理解できた気がした。結界でウィロンが出てこないようにしていると聞いていたけれど、それの詳細は聞いていなかったから、色々訳が分からなかったのだ。



「そして結界の魔女を派遣し、結界の魔女は……ここで暮らしていたはずだった」



「ここ? ここは元々は、結界の魔女が暮らしていた家だったんですか?」



「そのために、不自由のない家を作ったはずだから、間違いない。今はこのように荒れ果てているが」



そこまで言って、陛下は咳払いをした。話が少し前後しそうだな、となんとなく私は思った。



「牛頭の子供を迷宮アヴィスに閉じ込め、結界の魔女に見張らせた最初の夜は満月だった。その夜……何かが起きて、この島に誰も足を運ぶ事が出来なくなった。何事かと神々にお伺いを立てた結果、この島周辺は海神の領域だという事、そして海神は怒りを解いたわけでも何でもない事が知らされた。そのため、満月の日でなければ、この島に出入りできなくなったのだ」



「……それと、アリアドーレ姫様が生贄だった事には何か関りが?」



「ある。その託宣が告げたのだ。海神の怒りが解けたかどうか知りたいのならば、必ず毎年この島に生贄を送るように。そしてその生贄が、戻ってきた時、海神の怒りは解かれると」



「それなら……誰かが適当に、来て帰ったらわからなかったんじゃありませんか?」



「事実そう解釈をし、この島に来てすぐに戻るように考えた年は、国に戻る途中で生贄たちは海賊や嵐に会い、国に無事に戻って来る事がなかった。それゆえに何人もの子供が犠牲となってしまった……」



「それでは、牛頭の怪物は、人喰いミノタウロスと呼ばれなかったのでは?」



「王宮で牛頭の怪物が暴れた際に、日常的に機嫌を損ねた人間が食いちぎられたのだ。ゆえにその名前が付いた」



色々な事が重なって、ウィロンは人喰いミノタウロスというものとされたのか、とそこで私は知ったのだった。



「そして、今年、どの貴族も生贄を出さないと難色を示し、元は王家の不始末なのだから、とアリアドーレに白羽の矢が立った。そしてアリアドーレを見捨てられないと言った友人達とともに、この島に来て、君がいた。結界の魔女がいない中で、迷宮を出て自由に闊歩するミノタウロスに、食事を与えながら、無事に」



「つまり……私がアリアドーレ姫様に帰るように促して、無事に帰ってきたって事が……」



「海神の怒りが解けたという事に他ならないのだ」



「なんか頭の中がごちゃごちゃしそうですけれど……神々の怒りが解けた事は、喜ぶ事ですね……」



「ああ、そして海神の怒りが解けた事で、この島に来る事が出来るようになった。それゆえ、私は一番速く、君に会うために、ここに赴いたのだ」



「……あの、話がずれそうですけれど、結界の魔女は今どこにいるのでしょう」



「分からない。ただ、任期が終わったというのに、交代の魔女が来ない事に腹を立てて、出て言った事だけは確かなのだ。……妻が腹いせに呪われたからな」



「……結界の魔女は、ここを自在に出入りできたのでしょうか」



「結界の魔女は、海神の力を借り受ける事が出来る存在であるから、多少は融通が利いたのだろう……アリアドーレには秘密にしていたが、数か月前に、結界の魔女が王宮の妻の部屋に現れて、約定を守らないならこちらも考えがある、呪われてしまえ! といって呪いをかけてきたからな」



「ああ……」



それを秘密にされた事で、アリアドーレ嬢はまだここに結界の魔女がいると思っていたのに、現れたのが何の変哲もない私だから、余計にびっくりしたんだろう……という事は、なんとなく判断がつく事だった。
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