上 下
6 / 22

六話

しおりを挟む
穀物かゆを、牛頭の怪物はとっても嬉しそうに食べていた。そしてやっぱり半分こになったので、食べ物を分け与えられる性格っていうのはすごいものだと思いつつ、食べ終わった私は食い気味に問いかけた。



「連れてってくれるでしょう?」



この言葉に対して、牛頭の怪物の行動は謎だった。

いきなり私を引っ張って外に出して、そこで肩に乗せて、歩き出したのだ。



「え、なに? 一人で歩けるよ」



そう言った物の、かすかに痛んだ足で、私は昨日か一昨日にくじいた足がまだちゃんと治っていないという事を事実として思い知らされた。

長い距離を歩くんだったら、ちょっと辛いかもしれない。

もしかして、結構遠くに町があるとかそんな落ち? 二食のお礼に、運んでくれているとか? 仮にそうだとしたら、相当律儀な性格だ……

そんな事を思いつつ、最初に連れてこられたのは、浜辺だった。

そしてその後、私は、この、流れ着いた島を、どうやら一周する事になったのだった。

こんな事がどうしてわかったかというと、ずっと浜辺を歩き続けて、半日以上かけて、同じ場所に戻ってきたからである。

その間に、町もなければ、町があるならあるであろう、港とか、そういう人工的な物に一切出くわさなかったのだ。

そして、どこをどう見ても、町に続く道と思わしきものも見つけられず、この島はどうやら小さめの島で、人の出入りがほとんどない島なのだという事が明らかになった。

ならば、あの二つの刃物はどうやって手に入れたんだろう……と思っていた時だ。

肩に乗せられている私の目にも、流れ着いたのだろう船の残骸に似た物が見えてきた。

……そこでわかった。牛頭の怪物は、きっとこう言う、流れ着いた船の中にあったものを、拾い集めて、使い方もよく分からないまま過ごしていたんだろう。

価値がわかっていれば、金剛銀なんていう超貴重な物で出来ている刃物を、あっさり渡すわけもない。

町があったら、この牛頭の怪物も、美味しい物をもっとたくさん食べられるはずだし、持っている事で宝を持っていると噂されて、狙われて、人間に対して不信感を持っていたりしている可能性もあるのだ、と気付いたのだ。



「これとか、あなたの物なの?」



私は肩の上に乗せられたまま、問いかけた。牛頭が見上げて来る。そうだと言わんばかりの眼差しだった。

そしてあばら家に戻ってくることで一日が終わって、くたびれた私は、また、適当ながらも、ナイフがあるからもっと食べやすくておいしい根菜と香草がゆを作って、今日も一緒に牛頭の怪物と分け合った。

食事の支度をして、一言も文句を言われない生活って素敵だな、とどこかで思ってしまったのは否めない。

何せ実家では、ちょっとでもカトリーヌの嫌いな野菜が入っているのが知られたら、妹は一切手をつけなかったし、お母様も後から



「カトリーヌの苦手な野菜を入れる時には、もっと頭を使って、見えないし感じ取れないようにしなさいな」



と、無茶ぶりをして来たのだ。料理人に手順を教えたり、指導をするのはお母様の仕事なのに、いつの間にかそれも私に投げられていて、私はくたくたよれよれになるまで働いたのちに、機嫌の悪い事が日常な料理人たちに、罵声を浴びせられながら指示を出し、自分の分は料理人たちと同じかそれ以下の料理を胃袋に流し込んで、お腹いっぱい食べられる事は恵まれているのだと自己暗示をかけて眠っていたのだから。

……そう言えば、カトリーヌの好きなデザートの事でもとやかく言われたものだ。

季節ではないから手に入らない果物のタルトとか、いきなり食べたいと言われても用意が出来ない。

でも、無理だというといじめられたとカトリーヌは泣きじゃくり、お母様がカトリーヌの味方をして



「それこそ菓子店で手に入れられるでしょう? それ位の事も考えられないの?」



と言ったものだ。それだけの余裕がある生活ではなかったのに……料理人を雇うのもぎりぎりだったけれども、働き続ける私にとって、料理の支度まで時間を使えなかったから、給料の捻出は本当に大変だったけれども、必要な人員だったものだ。

ふと思い出した事は苦い味がして、目の前の牛の怪物がじっと私を観察している物だから、手を振った。



「何でもないの。町があると思ってたから、ちょっと落ち込んでるだけ」



牛頭の怪物にとって、町はなくて当たり前の物だから、この感覚が伝わらなかったらしい。不思議そうだった。





そんな二日目が過ぎて、それからいろいろ割り切って、一週間が経過した。

その間に分かった事があって、まず、牛頭の怪物が、この島一番の強い生き物だという事だった。

そのため、牛頭の怪物の縄張りとか、痕跡がある場所には、怖い生き物が一切近付かない。

爪痕をがりがりとたてられたあばら家から周囲十メートルは、すごい事にどんな生き物も近付かない。そのせいか、野生の鶏に似た生き物が、のんびり生活するようになっている。

こっそり卵を一つくすねるくらいは、出来るようになった。朝一番にコケコッコーという声に似た声がして、それで目が覚めるようになってしまったし。

そして、あばら家の脇にある一人で生活するなら十分な畑に、手を加える事も出来て、牛の怪物様様って感じがする。お礼を言っても意味が分からないという顔をされるから、あんまり言えないけれども。

しかし、この、牛頭の怪物の縄張りなら危ない生き物が入ってこないというのは、夜に寝る時にとても安心できて、これがなかったら私は早々に、心を壊してしまったかもしれない。

人間にとって、夜に安心して眠れないというのは、心も神経も磨り減るものなのだ。

ゆえに人は、夜に火を焚くのだろう。

次に、牛頭の怪物は、他に気に入りの寝床があるらしくって、一日の間のどこかで、私のご飯を食べた後は姿を見せなくて、そして夜にここに現れる事もないのだ。

仮にお夕飯の頃に来ても、食べたらどこかに去っていくので、寝床を持っているんだろう。

そのため私は、一人でせっせと生活基盤を整えている。せめて替えの下着とか服とか欲しいけれど、ないのだからあきらめるしかない。適当な周期で、お湯を沸かして水浴びが出来るって事だけましって事にする。

自宅にいた頃は、カトリーヌ優先で、お風呂を使ったので、私がお風呂に入れる頻度は低かったし。お母様は社交界のあれこれがあるから、身ぎれいにしなくちゃいけないって事で、お風呂の順番を譲ってはくれなかった事を、水浴びの途中で思い出して落ち込む事も有った。

それから、牛頭の怪物は、かなり食の好みが牛寄りだって事も、明らかになってきた。

卵はぎりぎり食べられるらしい。でも魚も肉もだめみたいで、鼻を鳴らして不平を訴えてきたから、私は自分が食べる分だけ、魚を捕る事にした。やっぱり牛の頭だから、歯も牛のそれで、肉をかみ切る造りをしていないのが、肉も魚も嫌いな理由なんだろう。実にあり得そう。

つまり初日に、食べられると思った恐怖は、全く持って無駄だったのだ。

そして、牛頭の怪物は、手加減というものがまるで分らないらしくて、痛いというと、次はもうちょっとだけ加減した感じで触って来る。

自分と同じような二足歩行で、五本の指を持っている相手が気になって仕方がないのか、あばら家に来る時はじっと見られるし、いきなり距離を詰めて、手を掴んだり足を掴んだり、かなり乱暴だが、好奇心だけっていうのがわかると、まあ、そこまで恐ろしくならない。

今の所、気になるのは、備蓄の穀物が切れる前に、行商人が来てくれるかどうかだった。多さから推測するに、最近来たけれど、前の住人が出ていく際に荷物になるから置いて行ったという、もったいない感じのおかれ方だったので。
しおりを挟む

処理中です...