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二話

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「大変申し訳ございません!!」



結婚式の進行係の女性が、平謝りしてくる。私はあいまいな笑顔で、



「いいえ、大丈夫ですよ、気にしないでくださいな」



そう言って彼女の罪悪感を軽くしようとした。

彼女がこんな蒼い顔で謝ってくるのには訳があり、結婚式の会場である甲板に向って、たくさんの来賓の方々の前をしずしずと歩いていた時に、船が大きく揺れてしまったためか、用意されていたシャンパンタワーが崩れて、私の歩いていた位置も悪かったせいなのか、頭から色の濃いシャンパンを被って、花嫁衣装は台無しで、シャンパンタワーに使われていた数多のグラスが木っ端みじんで、とても式を進行できる甲板ではなくなってしまったのだ。

何しろ主役と言っていい私のドレスも頭からかぶっていたヴェールも台無しになる色になっていて、おまけに進む道は粉々のガラスが飛び散っているのだ。

これで式を進められるかと言ったら、とても難しいだろう。



「大変申し訳ございません!! 急ぎ代わりの衣装を探してまいります!!」



女性は平謝りを繰り返し、船の他の船室にあるだろう、数多の候補のドレスたちを探しに走って行った。



「変よね……だって……」



シャンパンタワーのグラスは魔法で固定されているから、倒れたりしないと事前に説明を受けていたのに、シャンパンタワーは倒れてしまったのだ。



「何かの間違いがあったのかな……」



魔法使いの人の手違いがあったのかもしれない。こんな事で結婚式が中断されてしまったら、きっと婚約者のバートン様は怒り狂ってしまいそう。

でも私のせいじゃないから、それだけで八つ当たりは勘弁してほしかった。

私は中の下着までぐっしょりとシャンパンで濡れてしまったから、それらも脱いで、進行係の女性が急いで用意した替えの下着と簡単な服……船乗りの人の替えの服だったみたい……に着替えて、彼女をまた控室で待つ事になっていた。



「シャンパンタワーは、バートン様のおすすめだったのに……残念ね……」



結婚式はこれがあっていいだろう、と婚約者様が薦めたのが、このシャンパンタワーだったのに、それのせいで結婚式が中断されてしまったのはとても残念だった。

私はそんな事を思いつつ、しばらくドレスが来るのを待っていたけれども、なかなか進行係の彼女が戻ってこない。何かの手違いがまた発生してしまったんだろうか? と思っている間にも時間は進んでいき、本当なら披露宴が始まる時間になっても、彼女はまだ戻ってこなかった。

だんだん怖くなってきた私は、いてもたってもいられずに立ち上がって、足が痛むけれど、それを庇いつつ、進行係の彼女を探すために、船室である控室を出たのだった。



「どこにいるんだろう……」



進行係の彼女がどこの船室に予備のドレスを置いていたのかわからなかったため、私は通りすがりの船員らしき女性に声をかけた。



「すみません、今日行われる結婚式の、進行を担当している女性が、ドレスを用意していた船室はどこにありますか?」



「それならあっちだったはずだよ! あんたも手伝いに回されたの? なんかねえ、運び込んだドレスがどこの船室にもなくて、あの人大騒ぎして空いている部屋を探し回ってるらしいんだよ」



「えっ」



思いもよらなかった事を言われて、私は目を丸くした。そんな事になっていたのなら、確かに、この時間になっても彼女は戻ってこないだろう。

それにしても……どうしてそのドレスがどこかに行っちゃったりしたんだろう?

疑問が頭で膨れて来るけれど、とにかく状況を知らなくちゃ、と私は足を引きずりながらも、船員の女性が教えてくれた方向に進んでいき、真っ青な顔でとある船室から出てきた彼女と出会った。



「あ、新婦様!! 申し訳ありません、すぐに、すぐにドレスをご用意いたしますから!!」



「ドレスが見つからないのだと聞きました……」



「そこまでご存知になってしまいましたか……誠に申し訳ありません!! 運び入れた船室に、一枚もドレスがなく、間違えて誰かが運び直したのかと船員たちに問い合わせても、誰も知らないと言い……今、ありったけの空き部屋を開けて、ドレスを探しているのです」



真っ青な顔で、今にも膝をついて謝罪しそうな彼女を責める事も出来ない私は、彼女にこう言った。



「時間はもう披露宴が始まる時間でしょう? お料理なども完成しているはずです、それらを全て無駄にするわけにもいかないのですから、皆様に、前祝という事で、先にお料理をふるまってください」



「よ、よろしいのですか……?」



泣き出しそうなほど不安に駆られている彼女に、私は笑った。本当は私もショックとか色々な物が胸で暴れまわっていたけれど、偽物の笑顔で誤魔化した。



「大丈夫です。バートン様にも、確認をしていただかないといけませんが、バートン様も選び抜いたお料理が無駄になるよりも、前祝という事でふるまった方がいいと、きっと言ってくださいます」



だってバートン様が積極的に選んだものたちなのだ。それらが無駄になった時の方が嫌だろうと思って、そう提案すると、彼女はすぐさま、確認をとってきます、と言って走り去っていった。

私もドレスを探そうと部屋を確認し始めて、そして進んでいってたどり着いたのは、表甲板で泣く裏甲板だった。やや薄暗いそこには、荷物が積まれていて、そこで私は荷物の箱の一つに、きらきらしたものが見えたから、ゆっくりとそこに近付いた。



「……イミテーションの飾り?」



私はきらきらしているものが、借り物の衣装などに使われがちなイミテーションの飾りという事で、もしかして、と思って、力を込めてその箱の上に載っていた木箱などをどかして、その箱のふたを開けた。



「こんな所に、一体誰が……」



私は何でこんな箱の中に、衣装が無造作にというか、乱暴に、型崩れとか汚れとかを気にしていないようにぐちゃぐちゃに押し込まれているのか、理解に苦しんだ。

でも、やっと見つかったのだから、と立ち上がって、進行係の彼女を探しに行こうとして、振り返りざまに鼻と口になにか布を押し付けられた。



「っ! ぐっ……!!」



やけに甘ったるくて薬臭いにおいがして、これを吸っちゃいけないとわかっていたけれど、息ができないからそれを吸うしかなくて、肺の中にそれが回って、くらりと目が回って……体がだらりと弛緩した。

それをした誰かは、私を雑に引きずっていき、開いている目が見たのは、私がまだ履いていた結婚式用の靴を、丁寧に甲板にそろえた光景だった。



いったい何をするの、と思っていた時だ。



「溺れ死ね」



聞き慣れない声が聞こえて、私の体は、動く余裕もなく、裏甲板から、海に投げ出されたのだった。

ばしゃあああん、という音が耳に入って、浮き上がった頭で咳き込みながら呼吸をして、見えた光景は、真っ暗な程曇った空と、予定していたように降り出した豪雨、そして一気に荒れ始めた海だった。

そして、誰か船から落ちた事に気付いてほしいと死ぬほど願ったのに、船は、天気が荒れて危ないと判断したのか、私を置いてどんどんと去っていってしまったのだった。
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