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2巻

2-3

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「姫様、そんなに硬くならないでくださいませ」
「わかっているの。でも体が固まってしまって……」

 遠乗りの日、私は馬上で四苦八苦しながら手綱たづなを取っていた。
 危なっかしいのは自覚があるの。
 ヴィヴィア様は慣れた手つきで隣に馬を寄せてくれたわ。
 アルフォンシーヌ様とは湖で合流して、それから一緒に乗る事になっているの。

「まるで馬に乗った事がないみたいですわ、何度も乗っていらっしゃるのに」
「そうなのだけれど……どうしてかしら、手元がおぼつかないの」

 おかしいわ。こういうのって体で覚えるから、体が勝手に動くものではなくて?
 しばらく進むと、ヴィヴィア様が励ましてくれた。

「もうちょっとですわ」
「ええ、ありがとう」

 もうすぐ湖に着くという余裕から、私は油断していたのね。前方に注意を向けられなかったの。
 がさりと、茂みから赤金あかがねのものが飛び出した。何かはわからない。狐かしら。
 そんな事を思う余裕は、すぐになくなってしまったわ。

「きゃあ!」

 私以上に馬が驚いたのよ。高くいなないて、一気に走り出す。

「止まって! 姫様!」

 ヴィヴィア様の声が遠くなる。
 だめ、どうしたらいいの、どうしたら、助けて、いや、速すぎる! 
 私は馬の首にしがみつく事しかできない。

「姫!」

 どこまで駆けてきたのかもわからない中、不意に隣から声が聞こえた。
 涙がにじんだ私の目に飛び込む、刃色やいばいろ

「こちらに! 腕を」

 私はためらわなかった。振り落とされそうな体をひねって腕を伸ばす。
 その人は私を馬から引きはがして、自分の馬に乗せてくれたわ。私の馬はそのまま行ってしまった。
 それを見送っていたのだけれど、気付けば声をかけられていた。

「姫……クリスティアーナ姫」
「あ、ごめんなさい。助けてくれてありがとう。お礼を言いますわ」

 目を合わせる。刃色やいばいろの髪をした、男らしい顔の方。
 一瞬誰だかわからなかったわ。荒削あらけずりな歴戦の英雄の顔。それでいて真っ白な肌色は、南方の出身を示している。誰かしら? と思ったけれど、少ししたら思い出した。


「ウォーレングレン将軍……?」

 こくり、と彼がうなずいた。

「どこへ向かわれるところだったのですか」
「湖に。お友達と向かっていたのだけれど……皆心配しているわ、どうしましょう」

 湖に向かった方がいいのかしら。でも、ここがどこなのかさえわからないわ。
 考えている間にも、馬は軽快な速度で進んでいく。

「あなたはどこへ行くのかしら?」

 問いかけても、返事はない。さすがに将軍ともなれば、おかしな振る舞いをするとは思えないのだけれど。

「どこへ、いくの?」

 見慣れない獣道けものみちを行くのが少しだけ怖い。声が震えそうな自分を叱咤しったして、平然と問いかけたわ。
 でも彼は、こごえるような秘色ひそくの目を私に向けるだけ。
 どうしてしゃべらないの。さっきはしゃべっていたのに。殿方と馬に乗るなんて初めてで……もう、怖くてしょうがないのに。
 会話らしい会話もできないまま、馬の進む方角に目をやる。
 しばらくしたら、急にあたりが騒がしくなったわ。

「姫様の馬が東で見つかった!」
「一の姫は!」
「途中の道には倒れていらっしゃらなかった!」
「では、どこで振り落とされて……」

 近衛このえたちの声だった。皆に心配をかけてしまっているのね。
 声の方に進むと、近衛このえたちがいたわ。

「皆」

 私の声を聞いて、彼らが首をこちらに向けた。

「姫様!」

 途端に駆け寄ってくる近衛このえたち。

「無事でしょうか!」
「見ての通り無事よ。ねえ誰か、ヴィヴィア様とアルフォンシーヌ様に、私は無事だと伝えに行ってちょうだい」

 近衛このえの一人が、私の後ろの人に言う。

「ウォーレングレン将軍、姫をお助けいただき、誠に感謝いたします!」
「礼はいらない」

 彼がぽつりとそう言ったわ。

「湖まで連れていく。そこにいるのだろう」
「は、はい。ヴィヴィア様たちはそちらに」
「そこへ行く」

 ウォーレングレン将軍は私を乗せたまま、馬を進める。私は彼に笑いかけた。

「ありがとうございます。送ってくださるなんて」
「……別に」

 口下手な方なのかしら。
 湖に着くと、青ざめた顔のヴィヴィア様と、彼女を励ますアルフォンシーヌ様、そしてお付きの者たちがいた。

「姫様!」

 顔を上げたヴィヴィア様が叫ぶ。

「姫様! ご無事で!」

 アルフォンシーヌ様が駆け寄ってくる。

「ごめんなさい、心配をかけてしまって」

 私は馬から降りようとして、また戸惑ってしまった。軽々と馬から降りたウォーレングレン将軍は、もたもたする私を見て目を細める。
 そして……包帯におおわれた両腕で、私をそっと地面に降ろした。

「あ、ありがとう……」

 彼は鷹揚おうよううなずいた。私の心臓がひどく脈打つ。

「では、失礼します」

 彼は一礼をして、馬にまたがって行ってしまった。私はそれを食い入るように見つめる。
 ……あの方、どうして両腕を包帯でおおっているのかしら。


 一体どうしてしまったのかしら。
 そう思いながら、私は観劇から帰城した。今日はプレシス侯お抱えの劇作家が書き下ろした、新しい恋愛劇を観に行ったのだけれど、ちっとも楽しめなかった。
 前はあんなに好きだったのに、と思いつつ部屋の椅子に座った時。

「ウォーレングレン将軍から、お届け物です」

 リリアがそう伝えてくれた。

「今日は城にいないと教えて差し上げた?」
「はい。そうしたら、また来ると」
「一体何を届けに来たのかしら」

 私は包みを開けた。ビロードに包まれたそれは、見覚えのあるハンカチ。武術大会の時にウォーレングレン将軍に渡したものだわ。

「私のハンカチだわ」
「そのようですね、きっとどこかでお拾いになったのでしょう」

 律儀りちぎな方ですわね、とリリアが言う。

「他の殿方でしたら、迷わず自分のものにしているでしょうに」

 そんなマーサの声を聞きながら、折り目正しくぴっちりとしたそれに指をわせた。
 洗濯されているみたいで、ほのかな石鹸せっけんのいい香りがするわ。

「いけない。私、明日の授業の予習をしなくては」
「姫様、今日は以前から言っていた、ノーゼンクレス公のお屋敷での夜会があるのでしょう」

 私は記憶を探った。ええと……招待されたのは二週間前だわ。今は、社交界の人々が競って客人を招待する時期。夜会も多いし、園遊会えんゆうかいも多くて。どれに招待されていて、どれを断ったのか、把握しきれないくらい忙しい。
 観劇する余裕なんて、本当はなかったの。本当だったら、新しいドレスの事でいろいろ決めなければならなかったのだから。
 けれど、どうしても観劇に行きたかった。今の私は、前の私と同じものが好きなはず、と確認したくて。でも結果はどうかといえば、観劇を楽しめずに終わった。それはどういう事なのかしら。
 そんな疑問やいろいろな思いを、私は笑ってごまかす。

「いけない、すっかり忘れていたわ」
「姫様は最近忘れっぽすぎます」

 先日大怪我から復帰した女官のベラが、小言を口にする。

「そうね、迷惑をかけてごめんなさい」
「私たちはいいのです。ですが姫様、大事な事を忘れてはなりませんよ」

 と、大真面目な表情をするリリア。

「ええ」
「ではお支度を。姫様は何を着ても大変お美しいですから、飾りがいがあります」

 そう言って取り出されたのは、真っ赤なドレス。私は思わず言う。

「あの子みたいな衣装ね」
「確かに、二の姫がよく着ていた色ですが」

 思い出すような調子で言ったのは、マーサ。

「赤は着たくないわ、飽きるほど着たもの」
「姫様? 赤はあまりお召しになっていないでしょう?」

 怪訝けげんそうな声を上げるリリア。そうだったかしら。
 最近……何かひどい思い違いをしているような?
 これで本当にいいのかしら、と何度も思っている。どうして?

「赤以外を出してほしいわ」
「では、この薄紅ではどうでしょうか」

 私はマーサの差し出す、薄紅のドレスを見た。とても素敵なドレスで、私くらい見た目がよくなければ着こなせないと思うわ。

「素敵ね」
「では、こちらでよろしいでしょうか」
「ええ」

 お風呂に入ってからドレスにそでを通す。髪を結ってもらう。複雑に結われた髪は、ほどくのも大変そう。

「これは?」

 私の疑問にリリアが答える。

「最新の流行の髪型です」
「あら、流行は私が作るのではなくって?」

 王女が着れば、なんでも流行はやりになるの。それを茶化すように言うと、マーサがくすくすと笑ってくれた。

「そうでしたね」

 そうやって楽しく支度を済ませてから、馬車に乗る。
 ノーゼンクレス公のお屋敷に着くと、誰もが私にうやうやしく頭を下げた。
 ……私、こんな光景見た事ないわ。
 また違和感が生まれる。この光景は半年間、数えきれないくらい見続けたものではなくて? どうして見た事のない、目新しい光景のように映るのかしら。
 疑問を抱きつつも微笑めば、皆が顔を赤くする。
 私程度で赤くなるなんて。あの子みたいに、花が咲くように笑う事はできないのに。
 そんな、どこか自虐的じぎゃくてきな思いに駆られる。
 顔を赤らめた人々を素通りして、私は涼しい表情で会場まで歩いた。
 会場に入れば、次々とダンスを申し込まれたわ。このうちの誰かの手を取れば楽なのに、私は笑ってそれらをかわす。
 でも、しつこい殿方はいつまでも誘ってくる。いい加減になさいな、私を誰だと思っているの。
 そんな事を言いたくなってしまった時。

「姫」

 今度は誰? 
 うんざりして振り返ると、そこには刃色やいばいろの髪をした殿方。私は一瞬言葉を失ってしまった。

「ウォーレングレン将軍……」

 私を誘っていた殿方の一人が言う。あらゆる修羅場を生き抜いてきた若い将軍は、公爵家と縁続きの彼よりずっと格が上。
 秘色ひそく双眸そうぼうが私をじいっと見つめてくる。そして、やおら手を差し出してきた。

「踊りませんか」

 たったそれだけの言葉。
 でも、その静かな誘いは、今までのしつこくてたまらない方々とは大きく違う気がした。
 これくらいそっと誘われる方が、私は嬉しい。

「ええ」

 私は包帯だらけの手を取る。彼は私を連れて、踊るための場所に入った。

「将軍が踊るぞ……」
「それも姫様とだ……」
「明日は雪か?」
「馬鹿言うな、槍が降ってもおかしくない」

 ずいぶんと失礼な言葉があちこちから聞こえてくる。
 私はステップを踏んだ。ここに来るまでに、ステップを思い出そうと頑張ったおかげで、無様な事にはならなそうだったわ。
 将軍は何も言わない。
 この人、武術一辺倒いっぺんとうだと聞いていたから、優雅にダンスが踊れるなんてちょっと意外。
 でも、少し強引なステップの踏み方が、私とは相性がいいみたい。誰と踊るよりも楽で、息もしやすくて、気付けば微笑んでいたわ。彼が驚いたように、目をわずかに大きくした。
 やがて曲が終わる。新しい曲が始まっても、私たちはダンスをやめない。

「あなたといると、楽だわ」

 会場がざわつき始める。曲が変わってもダンスの相手を代えないというのは、その相手と親しい間柄だと言っているようなもので。
 場合によっては恋人だと、世間に広めるようなもの。それがわかっているのに、私たちは踊り続けた。

「あと一曲だけ、お付き合いくださいな」

 私の言葉に、彼がわずかにうなずいた。
 二曲目が終わって、私たちはようやく離れる。それを見計らったように、屋敷のあるじであるノーゼンクレス公が現れる。

「将軍が出席なさるのは珍しいですが、ダンスを踊るのはもっと珍しい。希少価値の高いものを見せていただいたようですね」

 彼は女性なら誰もがうっとり見とれるような笑顔で言うけれど、私には通じない。

「そうか」

 ウォーレングレン将軍のくだけた、けれど淡々とした返し方。
 彼らの身分は同等。だから、将軍の口調がくだけていても、淡々としていても、ノーゼンクレス公は気にしないのね。それとも親しい友達なのかしら。

「いつの間に姫と親しくなったのです?」

 彼は秘色ひそくの目を私に向けて、またノーゼンクレス公に向ける。それでも質問には答えない。

「あなたのだんまりは相変わらずですね」

 それくらいの方がいいですけれど、と言いつつ、ノーゼンクレス公は私を見つめる。

「姫様、どうか一曲」
「ええ」

 ノーゼンクレス公ほどの人物だったら、私が踊ってもいろいろ言われる事はない。身分が高いせいもあるけれど、女の人と気軽に踊る方だから。
 そう思って踊ろうとしたのに、彼は私の隣を見て噴き出す。

「わかりましたよ、取りませんから、取りませんから。いや、あなた顔に出すぎですよ」

 私は隣を見る。ウォーレングレン将軍は、感情の読めない瞳をしたまま。
 表情もほとんど変わっていないはずなのだけれど、顔が少しだけ強張こわばっている……かしら。

「将軍も一の姫には弱いようで。ふふ、これはいい事を知りましたね」

 ノーゼンクレス公は、手を引っ込めた。

「失礼、友人の恋路こいじを邪魔する無粋ぶすいな男にはなれませんので。姫君、どうかお許しを」

 話を総合すれば、ウォーレングレン将軍は私に恋をしている、という答えが導き出される。けれど、それは真実かしら。
 ……今の私を知っても、好きと言うかしら。私は以前とあまりにも変わってしまっていて……


 イリアスさんだって、変わった私を好きにはなってくれない。


 そこで思考のおかしさに気がつく。どうして今、あの子の護衛が出てくるの?
 彼はあの子のものなのに。
 ……それは本当に? また頭の中に疑問が浮かぶ。
 本当に、イリアスさんは、あの子のもの?
 今まで考えた事のない疑問が、頭を埋め尽くした。
 イリアスさんの無邪気に笑う顔が脳裏のうりをよぎる。
 あら、気分が。
 そう思うやいなや、ふらりとふらつく体。言う事を聞かなくなる手足。
 そう、〝あたし〟は足が不自由な悪役で嫌われ者。
 最近は友達ができた……はず。
 理解者もそばにいてくれて……幸せだった。
 そんな言葉が頭を巡る。とても気分が悪い。

「一の姫?」

 ノーゼンクレス公が問いかけてくる。
 答えられない。口が動かない。
 私は、わたしは、わたくしは、あたしは。


 あたしは、一の姫じゃない。


 いきなり辞書でぶん殴られたくらいの衝撃が体を襲う。意識が途切れる寸前に見えたのは、黒いローブと七色の瞳。

「ああ、ゆがみがはじまった」

 愉悦ゆえつをにじませた唇が、にいと悪辣あくらつな笑みを浮かべて、七色の瞳がぎゅるぎゅると回って……
 あたしの意識は真っ暗になった。


「お気づきになりましたか?」

 目を開ければ、なぜかクリスティアーナ姫の女官のリリアさんが、あたしをのぞき込んでいた。

「ええ」

 今はどういう状況なんだろう。とりあえずおとなしくしておこう……と思った時、絹のような輝く白金はっきんの髪が見えて、一瞬思考が止まった。
 ……え、あたし赤毛なんだけど……脱色したって、こんなきれいな白金はっきんにならないんだけど……
 うかつな発言をしてはいけない、と本能が告げてくる。あたしは果てしなく嫌な予感に襲われていた。多分、おそらく、いや、に違いない。

「誰か、鏡を持ってきてくださらないかしら」

 できる限りおしとやかな声で言うと、マーサさんが手鏡を持ってきた。
 そこに映る自分は……予想通りの美少女だった。あたしの顔はそこにはない。うるさい赤色も、毒色の銀も、そこにはない。
 触れるのをためらいそうな白金はっきんの髪と、澄み切った緑柱石りょくちゅうせきの瞳が、絶妙な配置で顔にはめ込まれている。鼻や口もこれ以上ないくらいに整った、大陸一の美少女がそこにいた。
 あたしは頭を抱えたくなった。
 間違いない。あたしとクリスティアーナ姫は、入れ替わっている。
 うわあ、洒落しゃれにならない。そんな魔術あったかしら。それとも、呪術のたぐいかしら。

「私、どこかおかしくない?」

 女官たちに聞けば、こくりとうなずかれたわ。

「ええ、いつも通りお美しいですよ」
「ゆうべ、ノーゼンクレス公には悪い事をしてしまったわ」
「急にお倒れになったので、とても心配なさっていましたよ」
「今度会った時に謝罪するわ」
「……姫様? 王族が謝罪など――」
「王族であっても、いいえ、王族だからこそ、謝らなければならない道理があれば、頭を下げるべきなの」

 にこりと微笑んで言えば、女官たちが感心していた。

「姫様は、王とは何かを着々と学んでいらっしゃるのですね」
「褒めないでちょうだい」

 ここで、いつもだったら突っ込んでくれるイリアスさんがいない。つまり、あたしのために動いてくれる人はいない。
 さあ、どうすれば? 元に戻るためにはどう動けばいい? 
 そんな事を思っていたのだけれど。
 こんな事を思うなんて頭がおかしいかもしれないけれど。


 叫びだしたいくらいに、嬉しかった。


 どんなに願っても手に入らない美しさ。自由に動くきれいな手足。
 ずっと昔、欲しくて欲しくて、血を吐くほど祈りの言葉を唱えても、手に入らなかったもの。それが手に入って、〝バーティミウス〟が歓喜に震えていた。
 いけない事だとはわかっている。入れ替わったままでなんていられない。どこかで齟齬そごが出る。それを認めたくないほど嬉しくて、あたしは自分のみにくさを知る。
 あたしは最低だ。普通は元に戻りたいはずなのに。戻りたくないなんて思うのは、あまりにも非道だ。
 きっと、クリスティアーナ姫は戻りたいだろう。あたしの体なんて、あの優しくてきれいな人にはふさわしくない。
 その時、扉がノックされて、ベラさんがそちらへ行った。ベラさんもクリスティアーナ姫の女官の一人。一番若くて、一番美人だ。

「あの……ウォーレングレン将軍がお見舞いにいらっしゃいました」
「……会うわ」

 ベラさんの言葉にそうこたえる。
 会わないという選択肢はない。将軍はこの国の治安を維持している人たちとも繋がりがある。あたしとクリスティアーナ姫を入れ替わらせた誰かの情報を持っているかもしれない。
 必要なのは、その情報だ。
 そう決意して立ち上がれば、リリアさんやマーサさんが、すぐさま身支度を整えてくれる。
 あたしは戦場に行くような覚悟で、続き部屋に入った。
 ウォーレングレン将軍がテーブルについて待っている。その顔を見て思い出した。
 あ、この人ゲームの隠しキャラだ。
 ウォーレングレン将軍は、隠しルートの攻略キャラだった。クリスティアーナ姫が武術大会の片隅かたすみでハンカチを渡す人。それが常勝不敗、鬼神ウォーレングレン。
 鬼のような強さで知られていて、戦いに勝つためにはいくらでも残酷になれるけれど、本当はとても優しい人。というのがゲーム設定だった。
 その彼が、目をしばたたかせてこう言った。


「あなたはまるで違う人だ」

 ……前途多難、かしらね?


「それはどういう意味ですの?」

 笑え。あたしは内心自分に言い聞かせる。笑顔で背中の冷や汗を隠せるかしら。

「どうとは……見たままを口にしただけです。あなたはとてもクリスティアーナ姫とは思えない目をしている」

 あたしはどきりとした。これはもう、詰んだんじゃないかしら。

「あの方はそんな挑みかかるような目をしない、あなたは一体誰なのだ?」

 ここであたしは、ウォーレングレン将軍の、ゲームでの設定を新たに思い出した。
 彼は真実をすぐに見抜く眼力を持っていて、的中率はほぼ一〇〇パーセント。その事でお父様から絶大な信頼を得るほどだ。
 もし彼が、ここでの事をお父様に話してしまったら?
 ……あたしはただじゃすまないわね。

「大した眼力ですわね。そうです、わたくしはクリスティアーナ姫ではありませんの」

 事実をバラして協力してもらった方がいい、とあたしの第六感が告げていた。

「ではあなたは」

 ウォーレングレン将軍の疑問に、あたしは忌々いまいましいとばかりの表情で答える。

「誰かの手によって、クリスティアーナ姫の中に入れられてしまった者です。誰に話せばいいのかわからず、解決策も見つけられず、苦い気持ちでいたのです」

 そこであたしは、彼をまっすぐに見つめる。

荒唐無稽こうとうむけいだと言ってくれても構いません。悔しいのですが……お力を貸してくださいませんか」

 あたし一人じゃどうにもならない現状。多分、国の治安維持にも関わっているこの人ならば、何か情報を手に入れられる。だから協力してほしい。
 ……断られたら、が怖いけれど。怪しまれたら、が怖いけれど。

「そんな状態でも、現状と戦おうとしているのだろう、あなたは」

 彼は、感情の読めない瞳を向けてくる。

「その意志と、クリスティアーナ姫をお救いするために、私は手を貸そう。だが、一つ条件がある。その条件だけ、呑んでいただきたい」

 何が条件。あたしは背筋を伸ばした。


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