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1巻
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しおりを挟む目の前の、豚のような顔をした怪物を見て、あたしはすべてを思い出した。
この場面を見た事がある。あの時は画面の向こうの出来事だったから大して衝撃は感じなかったけれど、今はそれが現実として迫っていた。
気づけば王家の森と呼ばれる森の中で、あたしは怪物たちに襲われていた。よく覚えていないけど、恐怖で腰が抜けたのか、地面に座り込んでいる。
相手のなまぐさい息がかかる。不気味というかぶっちゃけ醜悪な顔に……ぞっとした。
目が合った途端にわかったのだ。こいつらにとってあたしは、ただの餌でしかないんだって。
小ぶりで骨っぽそうだけど、食べるところはそれなりにある、都合のいい獲物なんだって。
逃げなくちゃ。一緒に来ていたはずの近衛兵は、どうして一人も助けに来てくれないの。
泣きそうだ。泣いて助けが来るなら、どんなにみっともなくても泣きたいくらい。
……でも、わかってる。助けが来ない事なんて。
だって。
あたしは皆から嫌われていて、近衛兵たちにも見放されているから。
前世でプレイしていた乙女ゲーム「スティルの花冠」の不細工な悪役。
そんなあたしがこうして怪物に襲われるルートはトゥルーエンドになるはずで、死んでも多少は可哀想だとプレイヤーに思ってもらえる。
ここであたしが死ぬから、ゲームのヒロインは本命の攻略対象である公爵様と仲を深めるのだ。
豚の怪物がニタニタ笑みを浮かべて、大きな武器を振り下ろそうとする。
そこであたしは現実に立ち戻った。考えるよりも先に、逃げなくちゃいけない。
だって、このままじゃ死んじゃうでしょうが!
必死に足を動かそうとするけど、全然動かない。焦りながら何度も「動け」と念じて、はっと思い出す。
あたしは……ううん、このキャラクターは左足が不自由な設定だった。一度座り込むと、誰かに手を貸してもらわなければ立てない。
「ふ……」
声が震えた。現状に対する怒りが湧いてきたからだ。
なんでこんな目に遭わなきゃいけないわけ?
「ふざけんじゃないわよ!!」
叫んだ拍子に、あたしの左足がぴくりと動いた。でも、それ以上は動かない。
いい加減にしろ、と自分の足に対して悪態をつきそうになる。
立てないのなら、何か別の手段で逃げるしかない。
考えろ。いや、考える前に、本能で逃げるんだ。
目の前の怪物が武器を振り上げる。
もうためらっている場合じゃないって、あたしは覚悟を決めた。
体を反転させて、どうにか怪物の攻撃をよける。
重いドレスが足に絡んで、転がった拍子に藪に突っ込みそうになった。
動かない片足が腹立たしい。
豚の怪物たちはあたしをいたぶるように、よけられるギリギリの速度で武器……棍棒とかを振り下ろしてくる。
それらを紙一重でかわしたけれど、棍棒が顔の横をかすめた。
冷や汗が流れる。危うく死ぬところだった。
鳥肌が立つくらい怖い。泣きたいけど、そんな事をしたら涙で何も見えなくなる。
誰かに助けてほしい。でも絶対に助けは来ない。
だってゲームの中でも、助けてくれる人はいなかった。
無我夢中で棍棒を、斧を、刀を避ける。
普段のあたしには絶対にできない。でも死にたくないから、必死で動き続けた。
これが前世だったら逃げられた。あたしは足が速くて、百メートルでは負けなしだったのだ。
でもこんな動かない足では、走って逃げるなんて無理。それどころか立つ事も歩く事もできない。
そうして必死でよけているうちに、一本の木のすぐそばまで来た。
これにつかまれば立てるかしら。立てば、何か変わるんじゃ。そんな思いで木にしがみつく。
「動きなさいって言ってんでしょうが!」
自分の足に向かって怒鳴る。
苛立ち。焦り。いろいろぐちゃぐちゃになる感情。
でも立てば、起死回生のチャンスがあるかもしれない――そんな希望に縋って、動かせる方の足を使い、木につかまってなんとか立ち上がった。
ちらりと横を見れば、車椅子の残骸が転がっていた。一目見ただけで、どれだけ強い力で壊されたのかがわかる。多分、棍棒で一撃だったんだわ。
――そうだ、あたしは車椅子を使っていたんだっけ。
ゲームでも、そういう設定だった。あたしは足が悪いから、健康なヒロインをうらやんでいた。次々と素敵な体験をするヒロインに嫉妬し、最終的には殺意を抱いたっけ。ヒロインを消してしまえば自分がその立場になれるかもしれないと考える、馬鹿な女の子の役だったのだ。
豚の化け物たちが、立ち上がったあたしを見て笑う。
ぞっとして、思わず腰が抜けそうになるけど、ここで座ったらまた転がって逃げるしかない。だからなんとか木にしがみついて、立ち続ける。
あえぐように息を吸う。目は涙でいっぱいだ。でも泣けない。泣いたら死ぬ。
涙目で豚の化け物を思い切り睨む。そしてもう一回息を吸った。
死にたくない。絶対に。ここがどんな世界であろうと、今のあたしにとっては現実なのだ。
だから――
「あたしは死ねないのよ!」
心の底から叫んだ。半分くらいは、自分に言い聞かせていたのかもしれない。
この体から、どうしてこんなに大きな声が出たのか、自分でもびっくりするほどだった。
「あんたたちの餌になって死ぬなんて、まっぴらごめんよ!」
啖呵を切り、足を引きずって駆け出そうとした。
だけど動かない左足が邪魔をして、派手に転び、そして地面に顔を強く打ちつけた。
「っ……」
すごく痛い。思わず額に当てた手に、赤い血がついた。打った拍子に切れたらしい。
やっぱりこの世界は夢じゃない。間違いなく現実だ。
後ろで豚の怪物たちが、獲物を追いかけるために動き出す。
あいつらが本気になったら、あたしはあっという間に死ぬだろう。
でも足掻くの。だって生きたいから。
こんなに生きたいって思うの、生まれて初めてかもしれない。
もう一回立ち上がらなくちゃと思っても、左足はなかなか言う事を聞かない。
なんとか立ち上がった時には、もう追いつかれていた。
一頭の豚の怪物が、あたしに向かって斧を振り下ろしてきた。
ものすごい速さのはずなのに、なぜか世界が遅く見える。
その時、茂みの方から何か銀色のものが飛んできた。今のあたしにはすべてがゆっくりと見えるのに、それだけが鋭く飛んできたのだ。
それは豚の怪物の腕を貫通して、立ち並ぶ木のうちの一本に突き刺さった。
ぷしゅ、って音がした。……一体なんの音?
「おおっと、動かねえ方がいいぜ」
誰かの声がした。その声は笑っているようだった。
藪をかき分けて現れたのは、フードを深く被った男の人。その人が怪物に忠告する。
「俺の得物は飛び切りの切れ味なんだぜ? 動くと――」
そこで斧を持っている豚の怪物が、標的を彼に変えて襲いかかった。
「逃げて!!」
あたしは思わず叫んだ。誰だか知らないけれど、無手に見えたからだ。
武器を持たずに怪物に挑むなんて自殺行為。それなのに、その人はにやりと不敵に笑った。
「落っこちちまうぜ」
彼がそう言った瞬間、豚の怪物の両腕がぽろりと落ちた。
一拍遅れて、血しぶきがあたりを汚す。
何が起きたの?
呆気にとられるあたしの前で、豚の怪物は痛みに叫び、のたうち回っている。両腕を失ったのだから、当たり前だろう。
でも、なんでそうなったのかはわからない。唯一わかったのは、男の人の格が違うという事だけ。
呆然としていた他の怪物たちは、我に返ると先を争いながら逃げ出した。
残されたのは、あたしと男の人と、両腕を失った怪物だけ。男の人はのたうち回る怪物を見やった後、落ちていた斧を拾う。
「見たくないなら、目を閉じな」
そう言われて、次に起きる事は大体予測できた。それでも、あたしは目を閉じなかった。
怪物が使っていた大斧が、持ち主の首に向かって振り下ろされる。
首を落とされて、豚の怪物は絶命した。
あたりが静かになると、男の人はわっか状の何かを木から引き抜いた。さっき飛んできた銀色のものは、あれだったのね。
「あの……」
ここでやっと声を出したあたしを、彼がちらりと見る。
「ああ、視にくいな」
そんな事を言いながらフードを脱いだ彼は、色黒で、髪も瞳も真っ黒だった。
左目を汚れた包帯で隠し、たくましい体を、下級市民が着るような服と鎧で包んでいる。歳の頃は……三十代後半か。
彫りの深い顔に髭を生やしたその人は、あたしを見て首をかしげた。
「あんた、よく吼える嬢ちゃんだな」
よく吼える嬢ちゃん。この人は、さっきのあたしの叫び声を聞いていたのかしら。
助けが来てくれてすごく嬉しいけど、想定外だわ。
そこではっとした。まずはお礼を言わなきゃ。
「助けてくれてありがとうございます」
あたしがお礼を言うと、彼はきょとんと目を丸くした。
「嬢ちゃんの啖呵が気に入ったんだ、俺は。礼には及ばないな」
「でも、助けてくれたのは事実だわ」
そう言いながら彼を観察する。
うん。この人はゲームの攻略対象じゃない。髭だらけのむさくるしい男なんて、あのゲームには登場しなかった。
――もしかして、あたしがゲームを変えてしまったのだろうか。
序盤で悪役が死ぬ事、それがトゥルーエンドを見るための重要なポイントだった。
妹のあたしを失った悲しみの中で、ヒロインは公爵様と愛を育むのだ。
でも、そんなのどうでもいい。こうして助かったんだから。
「本当にありがとう」
あたしはもう一度お礼を言った。以前のあたしなら絶対に言わなかったはずなのに、前世を思い出したのと同時に性格も変わってしまったみたい。
「感謝してるのか」
「ええ」
「なら、俺のお願いを一つ叶えてもらえないかね? お姫様」
どうやら彼はあたしの身分を知っているようだ。その上で、どんな無理難題を吹っかけてくるつもりなのか。あたしが身構えると、彼は豪快に笑った。
「いんや、大した事じゃねえって。そんな構えないでくれよ」
「……お金なら、わたくしは持ってないわ」
「なんだ、お姫様ってのは貧乏なのか?」
「わたくしが個人的に使えるお金はないの。わたくしは家族にも大事にされていないから」
「へえ、お姫様はきれいなのにな」
「それはあなたが、お姉様を知らないから言えるのよ。わたくしのお姉様は三国一の美姫なの」
そう。このゲームのヒロインは末恐ろしいほどの美少女で、男なら誰もが骨抜きになるのだ。
誰でも彼でも惚れさせてんじゃないわよって、プレイ中何度も思ってしまったくらい。
「そんなこたぁどうでもいいや」
そう言いながら、彼があたしの前にしゃがみ込む。
「俺をお仕えさせてもらえませんかね?」
「は?」
何を言ってるのか、一回聞いただけじゃわからなかった。
あたしに仕えるっていうの? この人。お金なんてないって言ってるのに。
「わたくし、何も持ってないの。ご飯もお金も洋服も暖かい部屋も、なんにも与えられない」
「俺はあんたが気に入った。だから仕えたい。それだけだ」
だめ押しみたいに言われて、あたしは考えてみる。
確かに、味方が一人くらいいた方が、都合がいいかもしれない。もし本当にゲームの道筋が変わってしまったとしたら、何が起こるかわからないからだ。
「……お父様に頼んでみるわ」
その言葉を聞いて、彼は満足げに笑った。
「その前に、名前を聞いてもいいかしら」
「名乗るほどの名前は持ってねえ」
「……じゃあ熊さんって呼ぶわよ」
そう口にした後、声に出して笑ってしまう。だって彼は熊そのものだった。大きくて色が黒くて、ごつくて髪がぼさぼさで。
「イリアスだ。熊はやめてくれ」
とっても嫌そうな声で、彼――イリアスさんは言った。
「わかったわ、イリアス。さっそく頼んでもいい?」
「なんなりと」
「手を貸して。一人じゃうまく歩けないの」
「仰せのままに」
彼が貸してくれた手は大きくてかさかさしていて、おまけに傷痕だらけだった。
でも嫌いじゃないわ、こういうの。
前世は日本っていう国の、どこにでもいる普通の女の子だった。
本とゲームが好きで、人気のあるゲームは一通りやったと思う。
下に弟が三人いた。上の弟はスポーツマンで、熱血野郎。何が楽しいのか姉のあたしに柔道の技をかけてきては、お父さんに怒られてばっかりだった。
真ん中の弟は歳の割に分別くさくて、頭のよくない兄を軽蔑してた。あたしの事も、多分そんなに好きではなかったんじゃないかしら。
末の弟は甘えっ子で、世渡り上手だったわね。
サラリーマンのお父さんと、パートに家事にと働きまくるお母さん。家族構成はそんなもの。
あたしの死因はなんだったかって? 通り魔に襲われたのは覚えてるわ。何か所も刺されたから、多分それが原因で死んだと思う。
そしてここはやっぱり、前世のあたしが最後にプレイした乙女ゲームの中みたいだ。
森から出てきたあたしに蒼白な顔で駆け寄ってきた美少女を見て、推測は確信に変わる。
絹糸のように艶やかで、光り輝く白金の髪。触れるのが恐ろしいくらいきれいな白磁の肌と、煌めくエメラルドグリーンの瞳。
どれも見覚えがありすぎる。間違いなく「スティルの花冠」のヒロイン、クリスティアーナ・ディアーヌ・ルラ・バスチアだ。
そして今日は……記憶が間違ってなければ、あたしたち双子の誕生日。ゲーム序盤のイベントである舞踏会が行われる日だ。
ゲームではあたしが死んでも舞踏会は開催された。外交上の理由で中止するわけにはいかなかったのか、それとも攻略対象たちとの出会いには欠かせなかったからか。
考えてもわからない。というか、ゲームのご都合主義に疑問を抱いてはいけない。
とにかく、誕生日の舞踏会で物語は本格的に幕を開けるのだ。
前世を思い出すなら、もっと早く思い出したかった。
だってあたしはこの世界に生まれてから今日まで、超がつくほど嫌な悪役街道を突っ走ってきたのだから。
「バーティミウス……?」
クリスティアーナ姫が震える声で言う。それも当然だろう。イリアスさんの腕を借り、足を引きずるようにして立っているあたしが、幽霊よりも悲惨に見えるのは間違いない。
「生きていたのね……? 無事でよかった……」
はらはらと流れる大粒の涙。詩人だったら真珠の涙と形容するんじゃないかしら。
そこで、近衛兵の一人が若干引きつった顔で問いかけてきた。
「ご無事で何よりです、殿下。そちらの男は……」
「あなたたちが見捨てたわたくしを助けてくださった人よ。彼に対する無礼は許さないわ」
あたしは近衛兵たちをじっと見据えて、そう言った。近衛兵たちは顔を青くしている。
でも――
「……あんなのがいきなり出てきたら逃げたくなる気持ちはわかるわ」
豚の怪物が突然現れたりしたら普通逃げるわ。それにあたしはゲームで嫌われキャラだったから、兵士たちが護衛につくのを嫌がったのもわかる。
でも、これだけははっきりさせないといけない。
「あなたたちは、お姉様をちゃんと守り通せた?」
「は……?」
怪訝そうな顔をする彼らに、あたしは言う。
「お姉様を守るだけで手いっぱいだった、って事なんでしょう? そういう事情なら、なかった事にしてあげるわ」
できるだけ軽い調子で言った。今まで自分がしてきた事を振り返ると、近衛兵たちに文句は言えない。あたしはそれくらい最低だったから。
腕を貸してくれているイリアスさんの肩が震えている。必死で笑いをこらえているらしい。ちょっと、足を踏むわよ。
「本当ですか……?」
近衛兵たちが信じがたいものを見るような目でこっちを見ている。
「二言はないわ」
あたしがきっぱりと言い切ったら、近衛兵たちはほっとした様子だった。
「早く城に帰りましょう」
そう言いながら、足を引きずって歩き出したあたしを、近衛兵の一人が慌てて止めに来た。
「二の姫様、馬にお乗りください!」
「馬になんて乗った事がないわ」
いつも輿か車椅子で移動していたから、乗馬なんてできない。だからあたしは隣にいる人を見上げた。
「イリアス、馬に乗れる?」
「一応は」
「じゃあ、あたしを乗せて」
「仰せのままに」
イリアスさんがあたしを軽々と持ち上げる。そして馬に横向きに座らせ、手綱を握った。
近衛兵たちは物言いたげな目でイリアスさんを見た後、クリスティアーナ姫を馬に乗せる。
彼女はあたしを心配そうに見ていた。やっぱりヒロインは性格も美人なのね。
「スティルの花冠」はちょっと変な乙女ゲームだった。
制作者の趣味で〝リアリティのなさ〟なるものを追求したらしく、ヒロインは完全なるチートキャラ。性格がよくて頭もよくて、理想を詰め込みすぎたような美少女だったのだ。
プレイヤーたちは大抵、こんな女がいるわけないってツッコミを入れる。
でもそんな彼女が恋をして、ライバルに嫉妬したり相手の発言に一喜一憂したりと、女の子らしい悩みを持つようになる。すると、チートでハイスペックでも同じ人間なんだって、プレイヤーたちはヒロインに好感を抱くのだ。
攻略対象たちはそろいもそろって美形だった。でもそれぞれ一癖も二癖もあって、いろいろ抱え込んじゃってる。そんな彼らがヒロインと出会って恋をして、抱え込んでいたものから自由になったり成長したりするのだ。
世界観的には、魔法要素ありの近世ヨーロッパ風ファンタジーって感じだった。
服装も十八世紀のヨーロッパ風。フランス革命の少し前くらいの感じかしら。女性はスカート部分が大きく膨らんだドレス、男性は上下そろいのスーツみたいなのを着ている。
さて、悪役のあたしはどんなキャラだったか。馬に乗りながら自分の事を詳しく思い返してみた。
えっと……今のあたしは、名前が非常に長ったらしい。
バーティミウス・アリアノーラ・ルラ・バスチア。通称二の姫。この二の姫ってのは二番目のお姫様という意味だ。
あたしを一言で表すなら、出来損ないのお姫様。子供の頃から足が悪くて、踊りなんて一つもできない。音痴だから歌も下手。一応刺繍はできるけど、出来上がったものを見ても何だかわからないと言われる。
まともにできるものがほとんどないあたしにも、一個だけ得意なものがある。古代クレセリア文字の解読だ。
お姫様っていうのは勉強よりも花嫁修業をさせられるものなんだけど、古典を学ぶのは女の子らしいからとかそういう理由で、いろんな古典を読まされてきた。そこから深みにはまって古代クレセリア文字の解読ができるようになったのだ。
逆に言えばそれしかないから、なんでもできるクリスティアーナ姫がうらやましかった。そしてその気持ちがだんだん憎悪とか嫌悪とか、それ以上のひどい感情に発展してしまったらしい。
あたしは足が悪い事もあって、幽閉に近い生活をさせられていた。対して姉姫は自由に外に出させてもらっていたから、ひどい感情に余計に拍車がかかったのである。
歪んだ性格のせいで、あたしには友達なんて一人もいなくて、当然心を許せる相手もいない。
そんな出来損ないがゲーム中でなんの役割をするかというと、完全なる悪役だ。
クリスティアーナ姫が優しいのをいい事に、バーティミウスは女官を使って攻略対象との恋路を邪魔する。言う事を聞かない女官はどんどんクビにしていった。
職を失うのを恐れて、女官たちは姉姫に嫌がらせをする。お茶会の招待状をこっそり破棄するとか、姉姫あての手紙を改竄するとか。ドレスに刃物を仕込んだり、姉姫を言葉巧みに誘って危険な裏町に連れていったりした事もあった。
でも決して尻尾は出さないあたり、女官たちは優秀と言える。そのおかげでクリスティアーナ姫から見れば、バーティミウスは決して優秀ではないけど素直で姉を慕ってくれている妹。
しかしその実態はクリスティアーナ姫が攻略対象と仲良くならないように……幸せにならないようにと暗躍する妹だったのだ。
バーティミウス自身が行った嫌がらせは、主に情報操作だったわね。クリスティアーナ姫はたくさんの男をもてあそぶ鼻持ちならない悪い女だという、悪意ある情報を流しまくった。
裏稼業の人を雇って、クリスティアーナ姫を暗殺しようとした事もある。攻略対象に邪魔されて失敗したにもかかわらず、懲りずに何回もやったのだ。
姉姫を心配するふりをして攻略対象に近づき、泣き落としをしたり脅したり、挙句の果てには色仕掛けまでしたり……
情報操作はまだしも、不自由な体を使って色仕掛けなんてよくできるわよね。
そんな馬鹿をしてしまうくらい、クリスティアーナ姫が幸せになるのが許せなかったのかしら。
でも悪事はバレるのだ。父である国王にバレた結果、バーティミウスは王族の面汚しとして断罪される。
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