上 下
36 / 47

スナゴとつかの間の平穏

しおりを挟む
村を移るとはいっても、そう簡単に移れるかといえばそうはいかない。
毎度の事と駐在の役人たちにも、移動したら届け出を出さなければならないのだ。
そうしないと、違法滞在という事になり、全員つかまってしまう。

「今回はどのあたりだ?」

「ちょっと東よりかもしれない」

「ああ、都に近い方にいったん戻るのか」

大人たちが、毎日のように夜に話し合いを行う。昼は各々よさそうな場所を探しに行っているのだ。
そうなると、食料の調達は子供たちの仕事となり、子供たちも俄然張り切って食料を取りに行く。
子供たちは群れで狩りを行えないため、小さな獣や魚、木の実などをとってくるのだが、それも大事な仕事なのである。
まして今回のように、他所の村の介入により、急ぎ村移りを行う、となったら作業はかなり早く進めなければならない。
余所の村に気付かれて、妨害などされてはたまったものではないのだ。

「でも、そんなにしょっちゅう村が移っていていいの」

「どこからどこまでの範囲で移動するかっていうのは、あらかじめ決まってんだよ。国のお役人がここからここまでだったら、山の中だけだったら移動していいって事にしてんだから」

「山、かなり広いと思うんだけど」

「でもこのあたり一帯の山の主は、うちのかあちゃんだからな。うちのかあちゃんが主だから、お役人たちもこのあたりのここからここまで、って決めてんだ」

「そんな事できるの?」

「母ちゃんが前に直談判したんだよ。定期的に引っ越さないと、そのあたりに映えている薬草を皆取りつくしてしまって、はげ山みたいにしちまうって。この山の薬草はそりゃあ重宝されているらしいから、お役人たちも、薬草を自然に育てるためって事で、かあちゃんを名実ともに山の主って事にして、それ許可したんだとか」

「……」

「かあちゃんは前に、住んでた村で似たような事が起きたから、そういう相談したんだ。で、この村もそれで対して困らないから、定期的に村移り」

トリトンはひょいひょいと木の実を拾っていく。椎の実どんぐりそれから栗の実。他にも子供たちが山芋の匂いを嗅ぎつけて、熱心に掘っている。

「土バチの巣を掘り返すなよお前らー!」

「はーい!」

穴を掘っていると時々当たってしまう、実に怖い虫のことを忘れないように、トリトンが周囲の子供たちに声をかける。
子供たちもいい返事だ。
別の所に目を向ければ、数日前に激臭のため取れなかった魚を、アシュレイ達が捕まえて捌いている。

「スナゴ、栗の木を揺さぶってくれ」

トリトンが頭上を睨んで言う。
彼の頭上には、たわわに育った栗の実が、いい色でまだ木にぶら下がっていたのだ。

「ふもとの村は何か言ってきてる?」

「あれをやった連中は全員ふもとの木の下にぶら下げておいたから、ふもとの村もあいつらが何したか、匂いでわかるだろうよ」

「……匂いで?」

「本人たちはすっかり花がばかになって気付いてなかったけどな、服にあの激臭がしみ込んでんだ。それが煙として焚かなかったらつかないのくらい、平原狼族だってわかる。あいつらがあのくそったれな匂いを俺らに向けたって時点で、交渉の余地はかけらもなくなっちまったしな」

自業自得だろうよ、とトリトンはいい、スナゴは木の上に昇って、思い切り揺さぶって、ばらばらと落ちて来るいがぐりに刺さらないようにしながら、トリトンがそれを拾った。

「村移るからな、移動が長かったら保存のきく食べ物はあんまり持っていけないからな、この程度がちょうどいいか」

子供たちの本日の成果を確認し、栗も拾い終わったスナゴとトリトンは、魚を枝に突き刺して背負っている、すっかり村暮らしが慣れた元王子様と一緒に、村に戻った。
そして村で彼等を待っていたのは、上等な身なりに身を包んだ、武器を持っていない狗族だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23

ただ貴方の傍にいたい〜醜いイケメン騎士と異世界の稀人

花野はる
恋愛
日本で暮らす相川花純は、成人の思い出として、振袖姿を残そうと写真館へやって来た。 そこで着飾り、いざ撮影室へ足を踏み入れたら異世界へ転移した。 森の中で困っていると、仮面の騎士が助けてくれた。その騎士は騎士団の団長様で、すごく素敵なのに醜くて仮面を被っていると言う。 孤独な騎士と異世界でひとりぼっちになった花純の一途な恋愛ストーリー。 初投稿です。よろしくお願いします。

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。

花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。 フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。 王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。 王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。 そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。 そして王宮の離れに連れて来られた。 そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。 私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い! そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。 ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

異世界で神様に農園を任されました! 野菜に果物を育てて動物飼って気ままにスローライフで世界を救います。

彩世幻夜
恋愛
 エルフの様な超絶美形の神様アグリが管理する異世界、その神界に迷い人として異世界転移してしまった、OLユリ。  壊れかけの世界で、何も無い神界で農園を作って欲しいとお願いされ、野菜に果物を育てて料理に励む。  もふもふ達を飼い、ノアの箱舟の様に神様に保護されたアグリの世界の住人たちと恋愛したり友情を育みながら、スローライフを楽しむ。  これはそんな平穏(……?)な日常の物語。  2021/02/27 完結

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

処理中です...