28 / 47
スナゴと悪口
しおりを挟む
そしてナリエも、スナゴの事がすぐに分かったらしい。
きっと鋭い目でこちらを睨み付け、すっと立ち上がる。
いかにも気位の高いいいところのお嬢様、と言うのが分かる仕草を見せつけて、彼女は言い放った。
「あまり心地よくない匂いがするわ」
別にナリエに心地よいと言われなくったっていい、とスナゴは心底思った。
これが同じように雌のサンドラに言われていたら、かなり悲しいが、ナリエである。
地球風の言い方で言えば、ヒステリックなナリエに嫌われたって、スナゴはちっとも悔しくない。
それどころか心底呆れた。
「いや、隣の村の狗族の歓迎の宴で、上座の雌が立っちゃいけないような」
小さな突っ込みは、正しく隣のアシュレイに聞えていたらしい。かすかに頷かれる。
ついでにいえば、ぶっと噴き出したのはサンドラだった。運よく酒を飲み干した後だったらしい。
しかしナリエが席を外すとなって、一気に機嫌が悪くなったのは、その取り巻きのような状態になっていた隣の村の、若い雄たちだった。
「ナリエさん、そんな事言わないでくださいよ」
「そうですよ、誰も臭くないじゃないですか」
「ここにいるには場違いな生き物がいるわ」
ナリエが微笑みながら言う。だがその微笑みが醜悪に見えるのは、きっと気のせいではない。
隣村の若い雄たちが、こちらを見て、どっと笑った。
その笑い方が非常に、非常に不愉快な笑い方だった。
隣の村長の娘が眉をぴくりと動かしたくらいには。
「そりゃあ、花の都から来たというナリエさんと、隣の泥臭い村のお客人の匂いなんて比べたら、いけませんよ」
若い雄、その雄はたしか隣村の若い長になる予定だった雄だ……がこちらを見て、嘲笑うような声で言い出す。
この声を聴いてぴしりと固まったのは、その若い雄の両親や、村長達だった。
そして黙っていなかったのは、当然のようにこの場では村の代表であるサンドラだった。
がっしゃん、という物騒な音がしたと思い、音の方を見ると、普通の握力ではとても割れないはずの、酒を入れていた器だった。
サンドラの隣にいた村の仲間が、そうっと、慎重に、慎重に、火に油を注がないように距離を置く。
「スナゴ」
サンドラが一言言う。
「帰るわよ」
「だな」
アシュレイが速やかに立ち上がり、スナゴに手を貸す。ほかの村の仲間も同じように動き、立ち上がる。
「隣の村長」
麗々しい声ともとれる、背筋が凍りそうな静かな声が、固まっていた隣の村長に投げかけられる。
「残念だわ。互いにいい隣人でいようと言い交わしていた山の主が、とても残念がるでしょう」
「なんだよう、ちょっと笑ったくらいで」
酒に酔っているのか、スナゴでもわかるほど言っちゃだめなことを言い出す若い雄たち。
「泥臭いの事実だろ」
「時々血なまぐさかったり、魚臭かったりもするだろ」
「得体のしれない草の匂いがしたり」
若い雄たちは、本当に馬鹿なのだろうか。それとも見た目だけは綺麗なナリエの、ご機嫌取りの方がいいのだろうか。
「村長。もう一度は言わないわ、聞きなさい」
銀の雌狼が、次の山の村長として低く告げた。
「残念だわ」
そしてそれから二度と振り返らずに、簾をめくって外に出る。
村の仲間たちも続き、スナゴもアシュレイも続く。
仲間たちはいっせいに着替え、全員分の衣類をまとめて背負ったスナゴを、一番体格のいい仲間が乗せた。
「止められたら面倒だわ、一気に走るわよ」
「なら、おれが灯り代わりに先導しよう。道は覚えたんだ」
月明かりに青白く光るのは……言わずもながのアシュレイだ。銀色の光をはじく毛皮は、まさに空から落ちてくる欠片の様だった。
ぴょん、と一度はねたアシュレイが、あっぱれな速度で走りだす。
村の仲間たちは、それを一気に追いかけた。
「待ってくれ、待ってください!! お前たちがあんな事を言うからだ! この大バカ者ども!」
宴から飛び出した隣の村長の声を聴きつつ、しかしどの狗族も、立ち止まったりしなかった。
きっと鋭い目でこちらを睨み付け、すっと立ち上がる。
いかにも気位の高いいいところのお嬢様、と言うのが分かる仕草を見せつけて、彼女は言い放った。
「あまり心地よくない匂いがするわ」
別にナリエに心地よいと言われなくったっていい、とスナゴは心底思った。
これが同じように雌のサンドラに言われていたら、かなり悲しいが、ナリエである。
地球風の言い方で言えば、ヒステリックなナリエに嫌われたって、スナゴはちっとも悔しくない。
それどころか心底呆れた。
「いや、隣の村の狗族の歓迎の宴で、上座の雌が立っちゃいけないような」
小さな突っ込みは、正しく隣のアシュレイに聞えていたらしい。かすかに頷かれる。
ついでにいえば、ぶっと噴き出したのはサンドラだった。運よく酒を飲み干した後だったらしい。
しかしナリエが席を外すとなって、一気に機嫌が悪くなったのは、その取り巻きのような状態になっていた隣の村の、若い雄たちだった。
「ナリエさん、そんな事言わないでくださいよ」
「そうですよ、誰も臭くないじゃないですか」
「ここにいるには場違いな生き物がいるわ」
ナリエが微笑みながら言う。だがその微笑みが醜悪に見えるのは、きっと気のせいではない。
隣村の若い雄たちが、こちらを見て、どっと笑った。
その笑い方が非常に、非常に不愉快な笑い方だった。
隣の村長の娘が眉をぴくりと動かしたくらいには。
「そりゃあ、花の都から来たというナリエさんと、隣の泥臭い村のお客人の匂いなんて比べたら、いけませんよ」
若い雄、その雄はたしか隣村の若い長になる予定だった雄だ……がこちらを見て、嘲笑うような声で言い出す。
この声を聴いてぴしりと固まったのは、その若い雄の両親や、村長達だった。
そして黙っていなかったのは、当然のようにこの場では村の代表であるサンドラだった。
がっしゃん、という物騒な音がしたと思い、音の方を見ると、普通の握力ではとても割れないはずの、酒を入れていた器だった。
サンドラの隣にいた村の仲間が、そうっと、慎重に、慎重に、火に油を注がないように距離を置く。
「スナゴ」
サンドラが一言言う。
「帰るわよ」
「だな」
アシュレイが速やかに立ち上がり、スナゴに手を貸す。ほかの村の仲間も同じように動き、立ち上がる。
「隣の村長」
麗々しい声ともとれる、背筋が凍りそうな静かな声が、固まっていた隣の村長に投げかけられる。
「残念だわ。互いにいい隣人でいようと言い交わしていた山の主が、とても残念がるでしょう」
「なんだよう、ちょっと笑ったくらいで」
酒に酔っているのか、スナゴでもわかるほど言っちゃだめなことを言い出す若い雄たち。
「泥臭いの事実だろ」
「時々血なまぐさかったり、魚臭かったりもするだろ」
「得体のしれない草の匂いがしたり」
若い雄たちは、本当に馬鹿なのだろうか。それとも見た目だけは綺麗なナリエの、ご機嫌取りの方がいいのだろうか。
「村長。もう一度は言わないわ、聞きなさい」
銀の雌狼が、次の山の村長として低く告げた。
「残念だわ」
そしてそれから二度と振り返らずに、簾をめくって外に出る。
村の仲間たちも続き、スナゴもアシュレイも続く。
仲間たちはいっせいに着替え、全員分の衣類をまとめて背負ったスナゴを、一番体格のいい仲間が乗せた。
「止められたら面倒だわ、一気に走るわよ」
「なら、おれが灯り代わりに先導しよう。道は覚えたんだ」
月明かりに青白く光るのは……言わずもながのアシュレイだ。銀色の光をはじく毛皮は、まさに空から落ちてくる欠片の様だった。
ぴょん、と一度はねたアシュレイが、あっぱれな速度で走りだす。
村の仲間たちは、それを一気に追いかけた。
「待ってくれ、待ってください!! お前たちがあんな事を言うからだ! この大バカ者ども!」
宴から飛び出した隣の村長の声を聴きつつ、しかしどの狗族も、立ち止まったりしなかった。
0
お気に入りに追加
1,492
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
ただ貴方の傍にいたい〜醜いイケメン騎士と異世界の稀人
花野はる
恋愛
日本で暮らす相川花純は、成人の思い出として、振袖姿を残そうと写真館へやって来た。
そこで着飾り、いざ撮影室へ足を踏み入れたら異世界へ転移した。
森の中で困っていると、仮面の騎士が助けてくれた。その騎士は騎士団の団長様で、すごく素敵なのに醜くて仮面を被っていると言う。
孤独な騎士と異世界でひとりぼっちになった花純の一途な恋愛ストーリー。
初投稿です。よろしくお願いします。
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
波間柏
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。
花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。
フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。
王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。
王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。
そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。
そして王宮の離れに連れて来られた。
そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。
私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い!
そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。
ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
異世界で神様に農園を任されました! 野菜に果物を育てて動物飼って気ままにスローライフで世界を救います。
彩世幻夜
恋愛
エルフの様な超絶美形の神様アグリが管理する異世界、その神界に迷い人として異世界転移してしまった、OLユリ。
壊れかけの世界で、何も無い神界で農園を作って欲しいとお願いされ、野菜に果物を育てて料理に励む。
もふもふ達を飼い、ノアの箱舟の様に神様に保護されたアグリの世界の住人たちと恋愛したり友情を育みながら、スローライフを楽しむ。
これはそんな平穏(……?)な日常の物語。
2021/02/27 完結
気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。
sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。
気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。
※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。
!直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。
※小説家になろうさんでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる