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スナゴと悪口

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そしてナリエも、スナゴの事がすぐに分かったらしい。
きっと鋭い目でこちらを睨み付け、すっと立ち上がる。
いかにも気位の高いいいところのお嬢様、と言うのが分かる仕草を見せつけて、彼女は言い放った。

「あまり心地よくない匂いがするわ」

別にナリエに心地よいと言われなくったっていい、とスナゴは心底思った。
これが同じように雌のサンドラに言われていたら、かなり悲しいが、ナリエである。
地球風の言い方で言えば、ヒステリックなナリエに嫌われたって、スナゴはちっとも悔しくない。
それどころか心底呆れた。

「いや、隣の村の狗族の歓迎の宴で、上座の雌が立っちゃいけないような」

小さな突っ込みは、正しく隣のアシュレイに聞えていたらしい。かすかに頷かれる。
ついでにいえば、ぶっと噴き出したのはサンドラだった。運よく酒を飲み干した後だったらしい。
しかしナリエが席を外すとなって、一気に機嫌が悪くなったのは、その取り巻きのような状態になっていた隣の村の、若い雄たちだった。

「ナリエさん、そんな事言わないでくださいよ」

「そうですよ、誰も臭くないじゃないですか」

「ここにいるには場違いな生き物がいるわ」

ナリエが微笑みながら言う。だがその微笑みが醜悪に見えるのは、きっと気のせいではない。
隣村の若い雄たちが、こちらを見て、どっと笑った。
その笑い方が非常に、非常に不愉快な笑い方だった。
隣の村長の娘が眉をぴくりと動かしたくらいには。

「そりゃあ、花の都から来たというナリエさんと、隣の泥臭い村のお客人の匂いなんて比べたら、いけませんよ」

若い雄、その雄はたしか隣村の若い長になる予定だった雄だ……がこちらを見て、嘲笑うような声で言い出す。
この声を聴いてぴしりと固まったのは、その若い雄の両親や、村長達だった。
そして黙っていなかったのは、当然のようにこの場では村の代表であるサンドラだった。
がっしゃん、という物騒な音がしたと思い、音の方を見ると、普通の握力ではとても割れないはずの、酒を入れていた器だった。
サンドラの隣にいた村の仲間が、そうっと、慎重に、慎重に、火に油を注がないように距離を置く。

「スナゴ」

サンドラが一言言う。

「帰るわよ」

「だな」

アシュレイが速やかに立ち上がり、スナゴに手を貸す。ほかの村の仲間も同じように動き、立ち上がる。

「隣の村長」

麗々しい声ともとれる、背筋が凍りそうな静かな声が、固まっていた隣の村長に投げかけられる。

「残念だわ。互いにいい隣人でいようと言い交わしていた山の主が、とても残念がるでしょう」

「なんだよう、ちょっと笑ったくらいで」

酒に酔っているのか、スナゴでもわかるほど言っちゃだめなことを言い出す若い雄たち。

「泥臭いの事実だろ」

「時々血なまぐさかったり、魚臭かったりもするだろ」

「得体のしれない草の匂いがしたり」

若い雄たちは、本当に馬鹿なのだろうか。それとも見た目だけは綺麗なナリエの、ご機嫌取りの方がいいのだろうか。

「村長。もう一度は言わないわ、聞きなさい」

銀の雌狼が、次の山の村長として低く告げた。

「残念だわ」

そしてそれから二度と振り返らずに、簾をめくって外に出る。
村の仲間たちも続き、スナゴもアシュレイも続く。
仲間たちはいっせいに着替え、全員分の衣類をまとめて背負ったスナゴを、一番体格のいい仲間が乗せた。

「止められたら面倒だわ、一気に走るわよ」

「なら、おれが灯り代わりに先導しよう。道は覚えたんだ」

月明かりに青白く光るのは……言わずもながのアシュレイだ。銀色の光をはじく毛皮は、まさに空から落ちてくる欠片の様だった。
ぴょん、と一度はねたアシュレイが、あっぱれな速度で走りだす。
村の仲間たちは、それを一気に追いかけた。

「待ってくれ、待ってください!! お前たちがあんな事を言うからだ! この大バカ者ども!」

宴から飛び出した隣の村長の声を聴きつつ、しかしどの狗族も、立ち止まったりしなかった。
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