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スナゴと決闘
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ナリエがかっと顔を赤くする。怒りに満ちた顔である。
「誰が小物ですって、私の父と母を知らないのかしら!」
「父も母も知らねえしてめえの顔も知らねえわ、今知ったところだわ」
トリトンが口わるく言い返す。スナゴは慌てふためき、さすがにこれ以上トリトンに喋らせたら何が起きるかわからない、と判断した。
そして急ぎ後ろから、体格差を利用して羽交い絞めにし、一生懸命に袖で口をふさいだ。
「トリトン先輩もうだめだって、言い方がまずすぎるってば、殺されちゃうよ!」
もがもがふがふが、とトリトンが言い返している物の、じたばたしてもスナゴが必死に抱え込むため大人しくなった。
「……お前、異世界族かしら」
そんな様子を見てナリエが言い出す。さらにはにやけた顔をする取り巻きのその他。
「何も知らない可哀そうな異世界族ね。あなた、私の友達の妾になるのだったら、その子供の暴言を許して差し上げてもよくってよ? そこの子供が明らかに世間知らずなのは間違いないのだし」
すうっとアシュレイの瞳が細くなる。ばちり、爆ぜたのは何の力か。
「他狗の婚約者を妾によこせとは、あまりにも侮辱的な発言だ、ナリエ。その一言でお前に決闘を申し込むだけの言葉だとわかっているのか」
アシュレイが低い声で言い、すっとスナゴの前に立った。背中からも伝わるのは、激しい怒りだった。あまりにも不愉快な物を聞かされた、という匂いに似たものが、鼻の聞かないスナゴにまで伝わってくる。
ぱちんと扇を鳴らしたナリエが、その言葉を聞いておかしそうに笑いだす。
「お前が決闘ですって、一族で最も脆弱なお前が? いいでしょう、決闘を受けて立ちますわ、無論私は雌だから代理を立てますけれど」
「俺がアシュレイの代理で出るぜ」
「あ、トリトン先輩まずいって、本当に死者を出すよ!」
じたばたともがいていたトリトンが、決闘と言う言葉で驚いたスナゴの腕から口を取り戻し、言い切る。
トリトンが誰かと喧嘩をすると、死者が出る可能性があると知っているスナゴが、慌てて止めに入るもおそい。ナリエは小さな体の少年の言葉にまた、邪気のある声で笑い、言った。
「それは楽しみだわ! 弱い代理の代理なんてする子供も、ああ楽しみ! 勝ったらその異世界族をよこしなさい、お産の軽い妾はいくら探してもいいものなのだもの!」
ナリエが高笑いとともに去っていく。取り巻きたちも去っていき、背中の背を逆立てる勢いのトリトンが言う。
「あのくそあま、あとで泣いたって許してやれねえ」
「……トリトン先輩は、口を出さなくてもかまわなかったというのに。先輩に勝算はあるのか? ナリエの取り巻きは乱暴者が多いんだ。殺しに来るような悪い心の奴もいる」
「勝算しかねえよ、アシュレイ。だいたいな、お前を侮辱してスナゴも侮辱して、俺が出てこないわけがどうしてある? お前は自分が俺の家族だって意識が薄いな」
家族と言われたアシュレイが目を丸くする。
「家族?」
「村の誰もが家族だろ、だいたいあの村は血縁しかいないようなもんだ。それに、お前だってちゃんと家族だ。一緒に狩りをするんだから」
トリトンの明言に、彼は泣き出しそうな笑顔を見せた。
「そう言う考え方が、とても素敵だ、トリトン先輩」
「……ねえ、小さいの」
そこでやっと、間に入れるようになったらしい。シャヌークが寝台の上で恐る恐る言う。
「ねえ、本当にナリエの代理と決闘するの? ナリエの選ぶ奴は容赦しないよ、小さい子供が相手でも。何人も大怪我してるんだ」
「弱い者いじめ大好きってか、ますます気に入らねえな」
トリトンが言い切り、アシュレイを見て言う。
「おい、決闘するのって大抵何処でやるんだ」
「何でそれを聞くんだ?」
「狩場の情報は正確な方がいい。それと同じで、これから喧嘩する場所の状態を把握しておくのは損じゃねえんだよ」
「トリトン先輩はどうしてそう、格好いいんだ」
「惚れなおすだろ?」
にいやりと笑うトリトンは、確かに文句なしに頼もしい狗族だった。
スナゴは笑い、まだ腕の中にいた彼を抱きしめる。
「すごい惚れなおす! トリトン先輩頼もしい!」
「スナゴの胸柔らかいなあ、食っちまいたい」
「トリトン先輩言い方が酷いぞ。おれの婚約者だ」
スナゴの柔らかな脂肪に笑うトリトンに、アシュレイが何とも言えない声で言った。笑いをこらえているらしかった。
そして決闘のことはあっという間に広まったらしい。一日だけしかたっていないのに、決闘のために使われる広場には多くの狗族が集まっていた。
スナゴは一番近くの席にすわり、アシュレイも同じだ。
反対側にはナリエがいて、ナリエはいかにも凶悪そうな体格の狗族の男を代理として立てていた。
それにトリトンがひるむ様子はまるでない。事実ひるむ要素はまったくないだろう。
「どっちが勝つと思う」
アシュレイの言葉に、スナゴは即答した。
「トリトン先輩だよ」
「理由は?」
「トリトン先輩が負け犬の顔してないから」
「強いな、スナゴ」
言っている間に、審判が合図を放つ。
決闘の規則はそこまで厳しくなく、己の武器を利用していい事になっている。
さらに獣化も許可されており、その点でトリトンの勝利は見えていた。
合図と同時にトリトンが衣類を脱ぎ捨て獣化する。
小柄な体格をはるかにしのぐ大きな狼の姿に観衆がどよめき、相手も動揺した。
その動揺が命取りだと、スナゴはよく知っている。本当に一瞬なのだ。
瞬間で、跳躍に物を言わせた大狼が、その喉元を食いちぎりにかかる。
相手がはっとした時には、トリトンの赤い大きな顎が迫ってきている。回避の余裕もなく、喉をとらえられ地面に引きずり倒される。
急所の中でも特に急所であるそこを押さえられた相手は、じたばたと動く事も出来ず敗北した。
あっという間に決まってしまった勝敗に、ナリエが顔を真っ赤にしている。
獣化したまま衣類を回収し、トリトンはスナゴを見て言った。
「都は空気も悪いし狗族の気質もあんまり気持ちよくねえな、帰るぞスナゴ」
「シャヌーク君が完治したらじゃないの」
「こういう喧嘩がまた起きると思うと面倒でたまらねえよ、おいアシュレイ、お前どうする。お前ここに残るなら、スナゴは連れて行っちまうからな」
ぽかんとしたアシュレイが、目を丸くした後困った顔になる。
「トリトン先輩は強引で、でもとても潔くて男前だ。シャヌークの容態もよくなったし、ナリエにこれ以上絡まれて二人が不愉快な思いをするのは見たくない。帰ろう」
「言ったな、乗れスナゴ!」
言われるのが大体わかっていた言葉に、スナゴはひょいと狼の上に乗る。アシュレイが衣類をばっとはがし、瞬間でまとめて首白狸の姿を取る。
そして三人は一気にそこから走り出した。
「誰が小物ですって、私の父と母を知らないのかしら!」
「父も母も知らねえしてめえの顔も知らねえわ、今知ったところだわ」
トリトンが口わるく言い返す。スナゴは慌てふためき、さすがにこれ以上トリトンに喋らせたら何が起きるかわからない、と判断した。
そして急ぎ後ろから、体格差を利用して羽交い絞めにし、一生懸命に袖で口をふさいだ。
「トリトン先輩もうだめだって、言い方がまずすぎるってば、殺されちゃうよ!」
もがもがふがふが、とトリトンが言い返している物の、じたばたしてもスナゴが必死に抱え込むため大人しくなった。
「……お前、異世界族かしら」
そんな様子を見てナリエが言い出す。さらにはにやけた顔をする取り巻きのその他。
「何も知らない可哀そうな異世界族ね。あなた、私の友達の妾になるのだったら、その子供の暴言を許して差し上げてもよくってよ? そこの子供が明らかに世間知らずなのは間違いないのだし」
すうっとアシュレイの瞳が細くなる。ばちり、爆ぜたのは何の力か。
「他狗の婚約者を妾によこせとは、あまりにも侮辱的な発言だ、ナリエ。その一言でお前に決闘を申し込むだけの言葉だとわかっているのか」
アシュレイが低い声で言い、すっとスナゴの前に立った。背中からも伝わるのは、激しい怒りだった。あまりにも不愉快な物を聞かされた、という匂いに似たものが、鼻の聞かないスナゴにまで伝わってくる。
ぱちんと扇を鳴らしたナリエが、その言葉を聞いておかしそうに笑いだす。
「お前が決闘ですって、一族で最も脆弱なお前が? いいでしょう、決闘を受けて立ちますわ、無論私は雌だから代理を立てますけれど」
「俺がアシュレイの代理で出るぜ」
「あ、トリトン先輩まずいって、本当に死者を出すよ!」
じたばたともがいていたトリトンが、決闘と言う言葉で驚いたスナゴの腕から口を取り戻し、言い切る。
トリトンが誰かと喧嘩をすると、死者が出る可能性があると知っているスナゴが、慌てて止めに入るもおそい。ナリエは小さな体の少年の言葉にまた、邪気のある声で笑い、言った。
「それは楽しみだわ! 弱い代理の代理なんてする子供も、ああ楽しみ! 勝ったらその異世界族をよこしなさい、お産の軽い妾はいくら探してもいいものなのだもの!」
ナリエが高笑いとともに去っていく。取り巻きたちも去っていき、背中の背を逆立てる勢いのトリトンが言う。
「あのくそあま、あとで泣いたって許してやれねえ」
「……トリトン先輩は、口を出さなくてもかまわなかったというのに。先輩に勝算はあるのか? ナリエの取り巻きは乱暴者が多いんだ。殺しに来るような悪い心の奴もいる」
「勝算しかねえよ、アシュレイ。だいたいな、お前を侮辱してスナゴも侮辱して、俺が出てこないわけがどうしてある? お前は自分が俺の家族だって意識が薄いな」
家族と言われたアシュレイが目を丸くする。
「家族?」
「村の誰もが家族だろ、だいたいあの村は血縁しかいないようなもんだ。それに、お前だってちゃんと家族だ。一緒に狩りをするんだから」
トリトンの明言に、彼は泣き出しそうな笑顔を見せた。
「そう言う考え方が、とても素敵だ、トリトン先輩」
「……ねえ、小さいの」
そこでやっと、間に入れるようになったらしい。シャヌークが寝台の上で恐る恐る言う。
「ねえ、本当にナリエの代理と決闘するの? ナリエの選ぶ奴は容赦しないよ、小さい子供が相手でも。何人も大怪我してるんだ」
「弱い者いじめ大好きってか、ますます気に入らねえな」
トリトンが言い切り、アシュレイを見て言う。
「おい、決闘するのって大抵何処でやるんだ」
「何でそれを聞くんだ?」
「狩場の情報は正確な方がいい。それと同じで、これから喧嘩する場所の状態を把握しておくのは損じゃねえんだよ」
「トリトン先輩はどうしてそう、格好いいんだ」
「惚れなおすだろ?」
にいやりと笑うトリトンは、確かに文句なしに頼もしい狗族だった。
スナゴは笑い、まだ腕の中にいた彼を抱きしめる。
「すごい惚れなおす! トリトン先輩頼もしい!」
「スナゴの胸柔らかいなあ、食っちまいたい」
「トリトン先輩言い方が酷いぞ。おれの婚約者だ」
スナゴの柔らかな脂肪に笑うトリトンに、アシュレイが何とも言えない声で言った。笑いをこらえているらしかった。
そして決闘のことはあっという間に広まったらしい。一日だけしかたっていないのに、決闘のために使われる広場には多くの狗族が集まっていた。
スナゴは一番近くの席にすわり、アシュレイも同じだ。
反対側にはナリエがいて、ナリエはいかにも凶悪そうな体格の狗族の男を代理として立てていた。
それにトリトンがひるむ様子はまるでない。事実ひるむ要素はまったくないだろう。
「どっちが勝つと思う」
アシュレイの言葉に、スナゴは即答した。
「トリトン先輩だよ」
「理由は?」
「トリトン先輩が負け犬の顔してないから」
「強いな、スナゴ」
言っている間に、審判が合図を放つ。
決闘の規則はそこまで厳しくなく、己の武器を利用していい事になっている。
さらに獣化も許可されており、その点でトリトンの勝利は見えていた。
合図と同時にトリトンが衣類を脱ぎ捨て獣化する。
小柄な体格をはるかにしのぐ大きな狼の姿に観衆がどよめき、相手も動揺した。
その動揺が命取りだと、スナゴはよく知っている。本当に一瞬なのだ。
瞬間で、跳躍に物を言わせた大狼が、その喉元を食いちぎりにかかる。
相手がはっとした時には、トリトンの赤い大きな顎が迫ってきている。回避の余裕もなく、喉をとらえられ地面に引きずり倒される。
急所の中でも特に急所であるそこを押さえられた相手は、じたばたと動く事も出来ず敗北した。
あっという間に決まってしまった勝敗に、ナリエが顔を真っ赤にしている。
獣化したまま衣類を回収し、トリトンはスナゴを見て言った。
「都は空気も悪いし狗族の気質もあんまり気持ちよくねえな、帰るぞスナゴ」
「シャヌーク君が完治したらじゃないの」
「こういう喧嘩がまた起きると思うと面倒でたまらねえよ、おいアシュレイ、お前どうする。お前ここに残るなら、スナゴは連れて行っちまうからな」
ぽかんとしたアシュレイが、目を丸くした後困った顔になる。
「トリトン先輩は強引で、でもとても潔くて男前だ。シャヌークの容態もよくなったし、ナリエにこれ以上絡まれて二人が不愉快な思いをするのは見たくない。帰ろう」
「言ったな、乗れスナゴ!」
言われるのが大体わかっていた言葉に、スナゴはひょいと狼の上に乗る。アシュレイが衣類をばっとはがし、瞬間でまとめて首白狸の姿を取る。
そして三人は一気にそこから走り出した。
応援ありがとうございます!
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