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スナゴと入口

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「あんた何してんだよ!」

「どこの狗族だよ!」

「あの切り立った崖を飛び降りて来るなんて何してんだよ!」

出入口では、兵士が常駐しているのか、一気にトリトンとアシュレイは囲まれてしまった。
上に乗るスナゴも同様だ。
それを見てスナゴは考えた。
もしかして、さすがに狗族でも、ああやって崖を飛び降りるのはあまり一般的ではないのだろうか。
村では結構皆さん軽々やっていたけれども……都会ではやらないの?
これが田舎と都会の常識の差?
日本の常識がいろいろ覆され続けたスナゴは、こちら側の常識がどうなっているのか、もう見当がつかなくなりつつあった。

「大体お前たち、命知らずだなぁ! 半年前に都の近辺では、獣化を禁止しているんだぞ?」

「来る前に着替えて、そこの道を歩いてくるのが常識だぞ?」

「荷物を運ぶために着替えなきゃいけない場合は、手形が必要なんだぞ?」

兵士たちが口々に言うわけだが、トリトンは下を見下ろした。

「おいアシュレイ、聞いてないぞそんなの」

その文句に、言われた方も鼻を鳴らした。

「俺が出て行ってから決まった法令だろうな。初耳だ」

「……えっと、とにかく二人ともここは着替えるべきだよね」

このままではいつまでたっても、二人とも着替えないと判断したスナゴは、トリトンから下りて二人に提案した。
兵士たちはよく言った、という顔で一斉に頷いた。
実は言いたかったらしいが、険しい切り立った崖を飛び降りて短縮してくる、そんなとんでもない奴らにそれを言えないでいた様子だ。

「おー、そうだな。そこの藪でいいか」

「あ、着替える場所ここにあるぞ」

その提案にうなずいたトリトンが、藪に行こうとするものの、アシュレイが掘っ立て小屋のような場所を示して言った。

「そこを使わせていただいてもいいか?」

「あ、ああ」

兵士はそこまで聞いてから、自分が見下ろしている生き物が何族か気付いたらしい。
顔が瞬く間に固まって、それが兵士たちに伝播する。

「う……う……」

「う?」

「ウェンディ殿下!? あなたはまだ女官にお世話されているはずでしょう! まだ幼い身の上なのですから!」

悲鳴のように言ったその兵士はばっと平伏しかけた。
しかしアシュレイはそれを止めた。

「やめてくれ、狗違いだから。着替えれば一発でわかってくれるはずだ」

「ウェンディ殿下誰」

「陛下の一番下の皇子殿下だ」

「弟?」

「腹が違う」

「スナゴ―、服」

のそのそと、すでに掘っ立て小屋に入ろうとするトリトンが、アシュレイたちの事を見ていたスナゴに訴える。
そこで彼の服を渡してやり、アシュレイにも服を渡した。
そして二人が着替え終わって出て来て、また騒がしい事になった。

「巫子長アシュレイ様!? え、さっきの大きなオオカミはどこに!? そっちの子供は!?」

彼等はアシュレイを見て叫び、そしてトリトンが大きなオオカミだとわからないでいるらしい。
そこでアシュレイがトリトンを紹介する。

「こちらがさっきの大きな森狼族だ。獣化の法則とちょっと合わないんだ。それとおれはもう、巫子長ではないのだから、そんなにかしこまらないで欲しい。せいぜい身分剥奪された皇子程度、どこにでも転がっているんだから」

「し、しかし!」

「陛下はアシュレイ様を頸を長くしてお待ちで」

「そうだ、この事を急ぎ宮殿に!」

「お前鼬だったな、屋根の上も走れるだろ、走ってこい!」

それを見てスナゴは思わずつぶやいた。

「これぞ上を下への大騒ぎ……」

「なんだそれ」

「国で言うんだよ、こんな慌てふためいた騒ぎの事、こう言う風に」
「へえ」

トリトンは空を見てから、スナゴを見て、アシュレイの方も見た。

「おれら今日、ちゃんと屋根の下で休めるかわからねえな」

それは何となく、アシュレイに対する周りの態度から感じた事だった。
この騒ぎで落ち着けるのだろうか、という疑問である。
だが。
もう一つ思った事があって。
本当にアシュレイは皇子様なんだなという、実感だった。
今まではえらいのだろうと漠然と思っていただけで、こんなに登場した事で騒ぎになる身分だと思っていなかったのだ。
中学時代に古典で習った王位継承権の低い皇子くらいの扱いだ、とアシュレイの言い方から考えていたのに、かなりの重要人物みたいなのだから。
そう言えば巫子長って何だろう。
答えを聞くべく、スナゴはその背中に声をかけた。

「アシュレイ」

「おまえ、アシュレイ殿下に何という口の利き方を!」

呼びかけだけで色めき立つ周囲だが、それすらアシュレイが制した。

「うるさい、俺がそれを許している。……なんだ、スナゴ」

「前も気になっていたんだけれどね、巫子長って何」

「都にいっぱいいる巫子の一番上という形の役職だ。大抵身分の低い妃から生まれた皇子がそこになる。儀礼の時に偉そうに突っ立っているのが仕事だ」

「アシュレイそれちゃんとした説明じゃねえだろ。周りが首思いっきりぶんぶん振って否定してんだけどよ」

「トリトン先輩や私に、ちゃんと言えない職業なの?」

スナゴが近寄って見上げ、トリトンが睨むような視線で見上げると、二人にやられたからかアシュレイが一歩下がった。

「大切な二人にはかなわない、今言ったのも事実なんだが」

「それ以上があるんだろ? 吐け速やかに。俺らは知らないとこれから厄介ごとに巻き込まれそうな気がしてならねえんだよ。さっさと言ったほうが楽だぞ」

「トリトン先輩、ちょっと乱暴したら駄目だよたぶん」

「着替えて首根っこ掴んで振り回すだけだから大丈夫」

「いや、大丈夫じゃないからね!?」

時々すこんと抜ける非常識な部分に、スナゴは大慌てで止めた。トリトンはやると言ったらやるのだ。そしてここにはそれを制御する母親もいない。
さらに。
周囲は、アシュレイと同等に喋る二人を、おかしなものを見る瞳で見ていた。
そしてほどなく、知らせを受けた宮殿の関係者らしき狗族たちが、大きな駕籠を持って現れた。


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