異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

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スナゴと役人

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「しかしまあ、そんだけばしゃばしゃとよくやれるもんだな」

トリトンの感心した声に、アシュレイが顔をあげる。獣化した獣の状態である。
無論表情はほとんど読み取れない。
人間の時でもあまり表情豊かではない男なので、一層無表情だ。
だが本人は気にしていないのだし、トリトンも気にしていない。
近くでそれを聞いていたスナゴも、取りあえず必死に魚の腹を割っていた。

「アシュレイすごいねえ」

子供たちも一生懸命に魚を捕まえようとしているのだが、アシュレイの様にはいかなかった。
彼はひょいひょいと小さな手を器用に扱い、つぎつぎ魚を岸にはねあげていくのだ。
ほぼ水遊びに近くなっている子供たちとも、釣り針で何とかしようとしている子供たちとも違う。
トリトンも狙い定めて、小石を投じて魚の頭を打ち、気絶させて捕獲しているが。
アシュレイの見事すぎる、もしかしてこいつの所に魚集まってんじゃねえの、と思わせる取りっぷりにはかなわない。

「すごいのはいいんだけどね、捌くのが追い付かない……」

一人必死に石包丁で魚の腹を割って、二枚におろしているスナゴは大変だ。
いままでだったら、スナゴ一人でさばいていればよかったのだが、アシュレイがとりすぎるのだ。
こんなに魚とりが得意なんて……信じられない。
そんなスナゴをちらっと見たトリトンが、鼻を鳴らした。

「アシュレイ、ちびども、魚とりは任せたぜ」

「なんでー?」

「スナゴのところ見て見ろよ、あと二人位こっちこい。お前たちそろそろ石包丁の使い方を覚える時期だ、一緒に開くぞ」

彼が言うのももっともなくらい、スナゴ一人では魚を処理しきれなかったわけである。
子供の中でも割と上の年齢の子たちが、トリトンに連れられてスナゴの所に来る。
この流れは予想できなかったが、予備としていくつか石包丁を持ってきていたスナゴは、はいとそれを三人に手渡した。
そうして始まる、トリトンの包丁の使い方講座である。
それは微笑ましい子供同士のやり取りでいて、実に厳しい物である。

「それはだめだ、傷になる。もっとがっしり握れ」

「すべるよ」

「手のひらでもおさえるんだ。そこを触っても手のひらは切れない」

スナゴはそんなやり取りを見ながら、自分は一生懸命魚を捌いていく。
トリトンは彼女の脇を陣取り、目の前に子供を二人置き、一つずつ教えていく。
アシュレイは子供たちにじゃれつかれながら、魚を取っていく。
平和だなあ、と思った。
そんな空気を打ち破ったのは、大きな遠吠えだった。
トリトンの耳が動き、はっとした顔になる。

「……むらになにかあった」

「今のは危険の遠吠えだよ、トリトン兄ちゃん!」

「なんだ、いまの断末魔のような遠吠えは?」

アシュレイが怪訝な顔で獣化を解き、周囲を見回している。
異常事態と誰もが分かる状態だった。その叫びは引きつり裏返り、叩きつけるように何かを知らせてくるのだ。

「お前たち、ここで待ってろ!」

トリトンが血相を変えて怒鳴り、瞬く間に巨体に変貌し、駆けて行く。
スナゴはもはや条件反射のように、その背中の毛を掴み、またがってしまったが。

「何でスナゴが乗るんだよ!?」

喚くトリトンだが、振り落とせない。二人は急ぎ村に戻り、絶句した。
押さえ込まれて、縄にとらわれている村の住人達。
戸惑っているのは、このあたりの役人であり、それより上等の格好をした、明らかに目上の役人たちは刃物を村人に突き付けていた。
誰かがいる、いない、と言い争っているのだ。

「そんな狗族いない! 本当だ!」

「そうだよ、ここに天狗あまついぬ族の男なんて来ていない!」

「だまれ! ここに来たのはほかの村の話から分かっているのだ! 神聖な力を隠し立てするとは、お前たち余程命がいらないらしいな!」

気が立っているのだろう。えらそうな役人が、刃物をさらに突き付ける。
きらりと鈍色のそれは。
鉄の武器だ、とスナゴはそれを一目で見て分かってしまっていた。
あれは村の誰も知らない刃物だ。
この村の刃物は青銅までだから、誰もその鋭利さを知らない。
今までのような考え方では、斬り殺されてしまう! 
スナゴはトリトンの背中から飛び降り、大声で役人を罵ったサンドラに振り下ろされる刃物の前に、飛び出した。

「スナゴ!」

髪の色だけでスナゴと認識しサンドラが、身をよじって庇おうとする。
だが刃物は振り下ろされたのだ。
ぶっつり、と。
肩の筋肉に刃が刺さり、筋肉の繊維がちぎれる。そして鎖骨の堅さによって刃が止まった。
目の前が明滅するほどの痛みで、スナゴは目を見開く。

「あ、ああああああ!!!!!!」

声はまともな音にならず、しかしスナゴは両手で役人の刃を掴んだ。
既に痛みは限界値、ほかの場所が痛んでもわからない。
少なくとも、自分に入っていれば他の誰にも刃は刺さらない。

「は、離せ!」

役人が滴る赤色に引きつり怯え、肉を断ち切る感触に戦いている。ほかの役人もざわつく。

「都の兵士様、その女を殺してしまいます!」

「離せ、手を放せ、離せ!」

都の兵士と呼ばれた役人は、何とかスナゴから剣を引き抜こうとする。
だが血まみれたスナゴは絶対に離さない。意識は半分とんでいたが、それだけは思っていた。
続いた声はスナゴの声をしのぐ音だった。

「スナゴ!」

音が喚くといったら、この事になるのだろうか。
トリトンが叫んだその時の音が、わんわんと周囲を軋ませ、役人たちの持っていた刃物を共鳴させた。
そして。
その共鳴があまりにも惨い事だったように、役人たちの持っていた武器がぼろぼろと錆びて脆くなり、朽ちて崩れだしたのだ。
スナゴの肩に食い込むそれも同じで、唐突に肉の中からそれが消える。
それで体勢が崩れた少女を支えるトリトン。

「俺が飛び出せばよかった、スナゴ、舌を噛むんじゃねえぞ!」

「っあ、あう、う」

肉を集め、傷を圧迫し出血を止めようとするトリトン。そこでスナゴは激痛にあえぎ、縄に縛られた村人は誰も助けられない。
その時だ。

「退け貴様ら!」

あまりの異常事態が重なったからか、身動きもできず固まる役人たちを薙ぎ払い、獣が一匹スナゴに駆け寄る。その後に続く子狼。
ばちばちと稲光のような、爆ぜる光をまとった、首の白い狸もどき……アシュレイはすぐさまちんまりとした手をスナゴの傷にあてがう。

「トリトン、そのまましっかり押さえていてくれ、今“癒す”」

トリトンが押さえる傷に手をあてがったアシュレイの体の光が、一瞬体内に戻ったように動き、手に集中する。
そしてスナゴの傷を治したのだ。
それを見て、役人たちが引きつった声をあげる。
信じ難いという調子で。

「あ、巫子長アシュレイ様!?」

「本物か!?」

「癒しの術は封印されたはずだろう!?」

「だったらなんで、天術が目の前で行われてるんだ!?」

動揺している役人などすべて無視。
瞬く間に痕だけを残し傷を治したアシュレイが、耐え切れないようにスナゴを抱きしめる。

「すまない、子供たちより先に村に戻れなかった、村の場所が分からなくて」

「アシュレイ兄ちゃん方向音痴だもんねー」

「西に行こうとして北に行こうとしたよ!」

「スナゴもう大丈夫?」

アシュレイの謝罪に続いた、子供たちの暢気な声。
その子供たちは役人たちが、ざわめくだけで動けないのをいい事に、大人たちの縄を噛み切った。
スナゴは色々なことが一度に起こったために、混乱していたが、取りあえずアシュレイの体温と鼓動は感じていた。
子供たちを抱っこするのとは違う安定感である。
トリトンの体にもたれるのともちょっと違う感じだ。
そこで子供たちに笑った。

「大丈夫だよ、アシュレイはすごいね、治っちゃったから。傷は残るかもしんない」

そこで、だったのだ。
役人たちが顔色を変え、一気にへりくだった顔で平伏したのは。

「巫子長アシュレイ様!」

スナゴを抱きしめたアシュレイが、彼女から離れずに、無表情の絶対零度で役人たちを見下ろした。

「俺が世話になっている村の皆に、なぜこのような非道をした」

絶対強者。その言葉がよく似合う声だった。
姿は首白狸もどきだったが。
のっぺらぼうの姿で、ちんまりとした姿のアシュレイに平伏するのは滑稽だったが。
なんかアシュレイ、とんでもない狗族なのかな、という事に、そこで村人は気付く事になった。
いつも自分たちには、非常に偉そうな役人たちの、その上の役人たちが、頭を下げているのだ、膝をついて。
そしてアシュレイは当たり前のように見下ろしている。

「言え。何故このような非道な振る舞いをした。言い訳を聞いてやるのだからまだいいぞ」

「あ、あなた様を隠していると……あなた様を騙し、他国に売り渡そうとしているのだと思い……ひ、ひいっ、おゆるしを、おゆるしを!」

「おれは騙されたとしても自己責任だ。彼等は天狗族を見た事も嗅いだ事もない。この村を見て、理解できなかったのか。鉄の刃すら存在しない村だぞ」

ばちり。爆ぜるようなぱちぱちとした光が、アシュレイから放たれている。
だが一番近いスナゴは、ちっともそれが痛くないのだ。ぱちぱちは、特別仕様らしい。
そこで村長が恐る恐る、問いかけた。

「あの、アシュレイ……さま?」

「あなたはおれを受け入れてくれた村の長なのだから、アシュレイで構わない」

「あなたは……皇族である天狗族なのですか? 天から降り立ったと言われている?」

「末端の末端だ。見た目は天狗族だが、体格は飛び切り小さいしな」

「何故この村に……」

「皇族という立場を棄てるように命じられ、何処かに溶け込めないかと、天狗族を知らない土地を渡り歩いたんだ、そこで」

スナゴを見るアシュレイ。
鼻をこすりつけ。とても特別だという調子で言う。

「友人として会話をしてくれるスナゴに出会い、あなた方に受け入れてもらったから、ここで一生を送ろうと思ったんだ」

「……えーっと、アシュレイって皇子様……!?」

どちらが抱きしめているのかわからない、そんな状態のスナゴだったが、我に返って動揺した。
自分はそんな偉い人になんていうとんでもない無茶を……そして知らなかったとはいえ暴言のような首白狸という名称を……

「もう皇子様じゃない。ただのちょっと珍しい狗族で、スナゴの婚約者だ」

皇子と言われるのがよほど嫌なのだろう。無表情の中にわずかに、嫌そうな気配が伝わった。
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