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スナゴと劣等感
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「……ところで一つ聞いてもいいだろうか」
トリトンの警戒心が無くなったと、判断したアシュレイが不思議そうな顔で家の中を見回す。
「先ほどの大人の森狼は、どこに隠れているんだ? あんな立派な森狼の名前が、近隣の村に知られていないのも不思議なんだが……スナゴと一緒に、この家に入ってから誰も、この家に入っていないのに。少年は元々家の中にいたのだろうけれども」
ぴくりとトリトンの眉が動いた。スナゴは首を傾げた。
どうして、そこまで見ていたのに、その狼がトリトンだとわからないのだろう。
「ここにいるじゃないですか、トリトン先輩がさっきの狼ですよ」
手を伸ばして示せば、アシュレイは目を見開いた。
「え……君はどう見ても、俺より年下の少年だろう。あの体格の森狼が、こんな若いとは思い難いんだが」
「思い難かろうが何だろうが、さっきの狼はおれさ。おれはちょっと普通よりも獣化した時に体が膨れるんだ」
まだまだちび助、扱いだと思われたのだろう。トリトンの顔が露骨に不機嫌になった。
獣化した体が大きく、精神も見た目以上の落ち着きがあるこの先輩は、子ども扱いが過ぎるとすさまじく機嫌が悪くなるのだ。
大人たちもそれが分かっており、分かっていて子ども扱いする。
しかし舐め切った扱いはしないのだ。
トリトンはもうじき、一人前に狩りに参加するのだから。
だがアシュレイは、その言葉を聞いて何か思ったらしい。
やや自嘲気味に唇が笑った。ほんの少しだけだった。おそらく表情筋をあまり動かさない気質なのだろう。
「俺とは真逆なんだな」
「真逆? なんだアシュレイ、あんたは獣化でちびになるのか」
「兄弟たちの中で一番小さいんだ」
「そんな物誰だって起きる事だろ。兄弟だって全く同じなわけじゃねえんだから」
トリトンがかしげた頸と同じだけ、スナゴも首をかしげていた。
彼の言う通りだったからだ。彼女の方が、血がつながっていても似ない事を知っている。
物語の中でなんか特に、髪の色が真逆の双子が現れるくらいなのだから、現実として体が小さい事がそんな問題なのだろうか。
二人の不思議と言わんばかりの顔に、アシュレイが言う。
「気になるなら見てみる方が早いだろう」
風が一瞬吹いた気がしたと思えば、アシュレイは獣化していた。
その姿を見て、トリトンが一層不思議そうな顔になる。
スナゴは狼族以外の獣人を初めて見た事になった。
そこにいたのは、トリトンと比べてはいけない位に、小さな姿だった。
スナゴは思わず言ってしまった。
「首の白い狸」
「身も蓋もねえなっ!?」
トリトンが言った後に、ん、と首を傾げた。
「スナゴ、狸ってどんな生き物だ? 聞いた事が無いけど」
「えっ」
スナゴは狸を知らないトリトンにびっくりした。
だがよく考えれば、狸はアジア原産であり、ほかの地域には生息しないのだ。
ヨーロッパでぽんぽこは謎の生き物なのだ……
この異世界のこのあたりに、狸族がいないとしても、変ではない。
「見た目も大きさもこんな感じの、生き残り術が巧みな生き物。首はちなみに白くない」
「異世界の獣は割とみんな小さいんだなぁ」
「姿を二つ持たない分、燃費がかからないんだよきっと」
言い合った後、アシュレイがそんな二人をぽかんと見ている事実に気付く。
「どうしたんだ、その姿がなんなわけ」
「気味悪がったりしないのか」
「大きさで気味悪がる理由があるのかよ、でもあんた小回りが利いて、兎狩りに便利そうだ。でも足は速くないんだろ。意外と魚を捕るのがうまいと見た」
恐る恐ると言ったアシュレイへの返答は、彼の考えていた物とは大違いだったらしい。
びっくりした顔で頷き、逆に問い返してきた。
「事実としておれはそんなに、走るのはうまくないし、沢で魚を捕るほうがうまいんだが……よくわかるものだな」
「相手が何得意なのか、見りゃわかるだろ」
「先輩、それこの村の謎の能力ですからね、私はわかりませんからね」
同じにされてはたまらない、とスナゴは慌てて追加した。
そして、不愉快じゃないなら、と前置きをして聞いてみた。
「あなたの兄弟は皆、もっと大きいの?」
「こんな小さな姿の奴はいない。そちらの少年程、大きな奴もいないんだが」
「んじゃ気にするこたぁないだろ? 病気みたいに小さいわけでもないんだろうしな」
喋りながらも手当の物をかたずけて、いつの間にかスナゴの新しいワンピースまであさってきたトリトンが、彼女に手渡してくる。
「スナゴは着替えるのが先だろ、血は早くきれいにしないと、落ちないんだ。あんたも家から出るんだ、おれと一緒に。獣化は見てもいいものだけど、女の着替えは普通は見ちゃいけないものだって母ちゃんが断言してたぜ」
「そうだったのか、俺は回りに男しかいなかったから、そんな物思いもよらなかった」
二人が出ていき、スナゴは手早く着替えて、トリトンの返り血で汚れきった衣類を片手に、洗濯桶を手に取った。
さあ、予定外だがこれも洗濯だ。ちびちゃんたちのおしめが追加されるかもしれない。
頑張ろう、今日くらいはのんびりやっても問題ないはずだから。
トリトンの警戒心が無くなったと、判断したアシュレイが不思議そうな顔で家の中を見回す。
「先ほどの大人の森狼は、どこに隠れているんだ? あんな立派な森狼の名前が、近隣の村に知られていないのも不思議なんだが……スナゴと一緒に、この家に入ってから誰も、この家に入っていないのに。少年は元々家の中にいたのだろうけれども」
ぴくりとトリトンの眉が動いた。スナゴは首を傾げた。
どうして、そこまで見ていたのに、その狼がトリトンだとわからないのだろう。
「ここにいるじゃないですか、トリトン先輩がさっきの狼ですよ」
手を伸ばして示せば、アシュレイは目を見開いた。
「え……君はどう見ても、俺より年下の少年だろう。あの体格の森狼が、こんな若いとは思い難いんだが」
「思い難かろうが何だろうが、さっきの狼はおれさ。おれはちょっと普通よりも獣化した時に体が膨れるんだ」
まだまだちび助、扱いだと思われたのだろう。トリトンの顔が露骨に不機嫌になった。
獣化した体が大きく、精神も見た目以上の落ち着きがあるこの先輩は、子ども扱いが過ぎるとすさまじく機嫌が悪くなるのだ。
大人たちもそれが分かっており、分かっていて子ども扱いする。
しかし舐め切った扱いはしないのだ。
トリトンはもうじき、一人前に狩りに参加するのだから。
だがアシュレイは、その言葉を聞いて何か思ったらしい。
やや自嘲気味に唇が笑った。ほんの少しだけだった。おそらく表情筋をあまり動かさない気質なのだろう。
「俺とは真逆なんだな」
「真逆? なんだアシュレイ、あんたは獣化でちびになるのか」
「兄弟たちの中で一番小さいんだ」
「そんな物誰だって起きる事だろ。兄弟だって全く同じなわけじゃねえんだから」
トリトンがかしげた頸と同じだけ、スナゴも首をかしげていた。
彼の言う通りだったからだ。彼女の方が、血がつながっていても似ない事を知っている。
物語の中でなんか特に、髪の色が真逆の双子が現れるくらいなのだから、現実として体が小さい事がそんな問題なのだろうか。
二人の不思議と言わんばかりの顔に、アシュレイが言う。
「気になるなら見てみる方が早いだろう」
風が一瞬吹いた気がしたと思えば、アシュレイは獣化していた。
その姿を見て、トリトンが一層不思議そうな顔になる。
スナゴは狼族以外の獣人を初めて見た事になった。
そこにいたのは、トリトンと比べてはいけない位に、小さな姿だった。
スナゴは思わず言ってしまった。
「首の白い狸」
「身も蓋もねえなっ!?」
トリトンが言った後に、ん、と首を傾げた。
「スナゴ、狸ってどんな生き物だ? 聞いた事が無いけど」
「えっ」
スナゴは狸を知らないトリトンにびっくりした。
だがよく考えれば、狸はアジア原産であり、ほかの地域には生息しないのだ。
ヨーロッパでぽんぽこは謎の生き物なのだ……
この異世界のこのあたりに、狸族がいないとしても、変ではない。
「見た目も大きさもこんな感じの、生き残り術が巧みな生き物。首はちなみに白くない」
「異世界の獣は割とみんな小さいんだなぁ」
「姿を二つ持たない分、燃費がかからないんだよきっと」
言い合った後、アシュレイがそんな二人をぽかんと見ている事実に気付く。
「どうしたんだ、その姿がなんなわけ」
「気味悪がったりしないのか」
「大きさで気味悪がる理由があるのかよ、でもあんた小回りが利いて、兎狩りに便利そうだ。でも足は速くないんだろ。意外と魚を捕るのがうまいと見た」
恐る恐ると言ったアシュレイへの返答は、彼の考えていた物とは大違いだったらしい。
びっくりした顔で頷き、逆に問い返してきた。
「事実としておれはそんなに、走るのはうまくないし、沢で魚を捕るほうがうまいんだが……よくわかるものだな」
「相手が何得意なのか、見りゃわかるだろ」
「先輩、それこの村の謎の能力ですからね、私はわかりませんからね」
同じにされてはたまらない、とスナゴは慌てて追加した。
そして、不愉快じゃないなら、と前置きをして聞いてみた。
「あなたの兄弟は皆、もっと大きいの?」
「こんな小さな姿の奴はいない。そちらの少年程、大きな奴もいないんだが」
「んじゃ気にするこたぁないだろ? 病気みたいに小さいわけでもないんだろうしな」
喋りながらも手当の物をかたずけて、いつの間にかスナゴの新しいワンピースまであさってきたトリトンが、彼女に手渡してくる。
「スナゴは着替えるのが先だろ、血は早くきれいにしないと、落ちないんだ。あんたも家から出るんだ、おれと一緒に。獣化は見てもいいものだけど、女の着替えは普通は見ちゃいけないものだって母ちゃんが断言してたぜ」
「そうだったのか、俺は回りに男しかいなかったから、そんな物思いもよらなかった」
二人が出ていき、スナゴは手早く着替えて、トリトンの返り血で汚れきった衣類を片手に、洗濯桶を手に取った。
さあ、予定外だがこれも洗濯だ。ちびちゃんたちのおしめが追加されるかもしれない。
頑張ろう、今日くらいはのんびりやっても問題ないはずだから。
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