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スナゴとあくる日

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「サンドラ、ゼーラ、調子はどう?」

「私は今回で決めたいほどいい雄に会わなかったわ。何人かはまた会いたいって言っていたから、気が向いたらまた歌垣で会うけれど」

いつも通りの冷静な声で言うサンドラと違い、ゼーラは悔し涙を流しそうな状態である。
理由は続いた言葉によって明らかだった。

「俺は……玉砕だちくしょう! なんでだなんでだ!」

つまり意中の雌に振られたのである。彼の言葉に、サンドラが呆れて言う。

「あなたがっつきすぎて雌が引いていたわよ」

「ううう……」

その話を聞く限り、どちらもそこまでいい結果ではなかったらしい。
確かにサンドラは、雄に群がられて、一人ひとりを確認できなかっただろうし、ゼーラは人気の雌に近付いて相手にされなかったのだろう。
ジャネットはと見れば、なんだかいい雰囲気の雄と座って話し込んでいる。

「ジャネットは置いていくわ、あの調子だと夜明けまでしゃべるもの」

サンドラはそう言い、スナゴに顔を近づける。

「……スナゴも特定の誰かと一緒にいたんでしょう、一緒にいなくてよかったの?」

「ボッチどうしで飲み明かしてただけだし」

彼女からすれば事実を言えば、そう、とサンドラは納得した。
そして安心したらしい。

「よかった、スナゴがどの雄とも雌とも話していないから、一人っきりでつまらない時間になっていたかと心配してたの。でもあなたを探しに行こうにも、雄どもがうろつきすぎて邪魔で邪魔で」

「大丈夫だよ、そんなに悪い時間じゃなかったしさ。面白い話をする雄と喋ってたんだよ」

事実として、彼の話は面白い事の方が多かった。

「本当に良かったわ、あなたの事ばっかり心配になってしまって」

「サンドラは心配性だね、早く帰ろうか」

そう言ってスナゴ達は、歌垣の会場を後にした。
とはいえ、この暗闇の時間に、山を歩くのはいくらオオカミ族の男女でも危険だし、まして獣化できないスナゴがいるとなれば、彼等は近くの広場で野宿という選択肢をとる。
歌垣の会場の雑音が聞こえない程度の場所に、天幕がいくつも用意されているのだ。
遠くから来た狗族への配慮である。
簡単な骨組みの天幕の中、スナゴはサンドラと並んで眠る。
だがやはり、歌垣という非日常の興奮が強い彼女は、なかなか寝付けなかった。
ごろごろと寝返りを打って、ようやく眠れたと思えば、あっという間に夜明けだ。
夜明けになれば出発であり、スナゴは二人と一緒に干し肉をかじりながら、獣道のような道を歩いていた。

「眠れなかったの?」

「まあ、ああいった所に行った後って結構、気が高ぶって眠れないよな」

欠伸をしながら、目をこすりながら歩くスナゴに、聞くのはサンドラ、そして何となく察してくれたのはゼーラだった。

「ん……久しぶりだもの、あんなに騒がしい場所」

「そっか、スナゴは異世界では村よりずっと人が集まる場所で暮らしていたのだものね。……故郷は恋しい?」

「炊飯器が恋しい」

「ああ、便利そうだものね、勝手に炊飯してくれるというその魔法の道具」

スナゴは故郷は恋しくなかった。何しろ親は姉と弟ばかりを気にしていて、居場所なんてどこにもなかったし、学校でも友人はいなかったのだから。
スナゴを一人の人格として見てくれるこちらの方が、まだ心境的には優しい世界なのだ。
しかしそれは口に出さないまま、スナゴはまた干し肉を口の中に入れた。
もぐもぐと噛んでいる間、三人は何も話さなかった。
会話がなくても、居心地がいい空間は、あるものなのだった。
そして半日かけて村に戻れば、珍しい場所に行ったと聞かされていたのだろう。
わっと、子供たちがスナゴ目がけて群がってきた。

「スナゴスナゴ! うたがきってどんな場所だった!?」

「楽しかった!?」

「おいしい物あった!?」

「いい雄いた!?」

「どんなことしたの!??」

子供たちがスナゴだけに群がるのは、留守番を一緒にしてくれるのが彼女だからである。
サンドラもゼーラも、スナゴよりは距離が遠いのだ。
そして狩りをして食べ物をとってきてくれる頼もしい大人よりも、一緒に遊んでくれるお姉さんの方が、群がりやすくて当然だ。
スナゴは一つ一つに答えようと、取り合えず一番小さいスロンを抱き上げた。
スロンはきゃあきゃあと喜んでいる。

「歌垣の会場にはね、大きな櫓が立っていて……」

スナゴの話すいちいちが珍しいようだ。
子供たちは、今まで歌垣の事を聞かなかったのだろうか。
いくつかの事に驚いている子供たちを見て、スナゴは思わず聞いてしまった。

「皆、行った事ある人達に聞いた事なかったの?」

「大人の世界だから聞いちゃいけないと思ってた、でもスナゴが行くんだったら聞いてもいい世界だろ!?」

「私は君たちの中で同格の扱いなのかな!?」

「だってお留守番しかできないのは、まだまだ半人前って大人たち言うぞ」

子供の一人が、当然と言った調子で言うと。
その子供の脳天に、がつんと拳が落ちた。

「ショーティ。スナゴは獣化をしない種族だから、おれたちと同じ基準で考えるんじゃねえよ、スナゴはもう大人だし、婿だってとれるんだ」

拳を落したのは、トリトンである。
彼はもう少しで狩りに参加する一人前になるのだが、まだ一人前ではないので歌垣に参加しなかったわけである。
彼はなんだか不機嫌そうだ。

「トリトン先輩、どうしたの。そんなにいらいらして」

「いらいらしないでどうするんだよ」

けっと吐き捨てそうなトリトンだ。よっぽどスナゴが不在の間に、子供たちがいたずらをしたのだろうか。
たった二日ほどなのだが。

「皆いい子にしてなかったの?」

「してたよ?」

子供たちは怒られていないようだ。となるとトリトン先輩の不機嫌の原因は、ますますわからないスナゴだった。

「スナゴ、気にしないでちょうだい、うちの息子ったら。ねえ! スナゴにいい雄が出来て、その雄がスナゴに婿入りするって思いこんでて、ずっと不機嫌だったのよ」

「へー。大丈夫だってトリトン先輩。いい仲になれそうな雄はいなかったし、皆匂いがしないから気持ち悪いって遠ざかってたし」

「……スナゴは獣臭さが薄いんだ。そんだけだし、甘いいい匂いがする」

スナゴがトリトンを慰めようとして言えば、なんだか変な方向にふてくされている彼だ。
どうしてだろうと思っても、スナゴはその理由が思いつかなかった。

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