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本編第十一話 楽しい約束
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それから数日が経過した。村の誰も訪ねてこないのだから、まだ怪しい人間が村を嗅ぎまわっているのだろう。
ヒルメはそんな事はわかっていたが、それ以上に、タマヨリがじれていた。
無理もない事だ。晴れた空の下で、学校の友達と遊ぶのが大好きな男の子が、晴れた日も雨の日も、家の中でじっとしていなければならないなんて、耐えられないに違いない。
その日、タマヨリはついに言い出した。
「母様、今日はおれが、山菜をつんできてもいいでしょう? 森のすぐわきの所だから、お願い!」
「駄目よタマヨリ。まだそこに、一人で行ってはいけないわ」
「だって、どうして?」
「だってタマヨリ、あなたはまだ山菜と毒草の区別がちゃんとつかないでしょう? それではいけないわ。だから母様と一緒に覚えましょうね? それに、母様も、父様によくよく言われている事があるの」
「父様になんて言われているの?」
父に母が何と言われているのか、気になった子供が、目を瞬かせて問いかけてきたので、ヒルメは嘘を何も言わないで答えた。
「自分と一緒の時でなければ、見た事のない山菜を摘んではいけない。毒の抜きかたを教えていない物がたくさんある……と言われているの。だから母様も、あまり山菜の種類を知らないのよ」
「ふうん、そっかあ……でも母様、おれ、もう外に行きたいよ。お日様がこんなにあったかいのに、家の中でじっとしているの、いやだ」
それはその通りだ。ヒルメもそれには理解がある。
だが、村の人から、おかしな連中が去って行ったという知らせが来ないのだ。
それなのに、むやみにちょろちょろしてはならない。
だがタマヨリだって、がんばって我慢してきたのだ……とヒルメはいくつかの物を天秤にかけて、そしてこう言った。
「それならタマヨリ、明日は必ず、父様が戻ってこなくても、森の端っこに行きましょう。きっとそこなら、よっぽどのもの好きな変な人じゃなかったら来ないわ」
「今日じゃだめなの?」
「今日はだめよ、だってこれから天気が崩れてきそうだわ。森に入っている途中で、雨に降られたら、色々大変だと、父様が雨に降られた時にいつも言っているもの」
「今こんなに晴れてるのに、雨降るの?」
「そうよタマヨリ、空気の匂いを嗅いでごらんなさい?」
ヒルメが促すと、タマヨリは鼻を鳴らして、空気の匂いを嗅ぎだした。
そしてぽつりという。
「なんだか水っぽい匂いがする……」
「それが雨が降る前ぶれよ、だから今日は我慢してほしいわ。母様からのお願いよ」
「うん」
タマヨリはこくりと頷いた後に、ヒルメの服にしがみついた。
「明日は絶対に外に行っていい?」
「ええ、明日は」
「雨が降っても?」
今日一生懸命我慢すれば、外に出てもいい。そう判断した息子に、ヒルメはとっておきの返事をした。
「そうよ、タマヨリ。雨がやまなかったら、その時は、雨の日にしか見つけられない薬草を、一緒に探しに行きましょうね。雨具を被って」
その言葉を聞き、たまよりのかおがきらきらと輝く。無理もない。子供にとって雨の日に外出するなんて事は、滅多にない特別な時なのだ。
そして、以前雨の中出かけた時は、父がいて、父が雨の中、橋がいかに雨の日は危ないか、教えてくれた日でもあるのだ。
その時は怖かったけれども、今回は楽しそうな事が待っている。
そうわかった子供の顔が、輝くのなんて当たり前だ。
「父様が帰ってきても?」
「父様が帰ってきたら、もっと楽しいと思うわ。だって父様がいれば、白の森の川べにだって、安心で行けるでしょう?」
「わあい! おれ、白の森の川の石ころが見たかったんだ! だってとう様が前に、白の森の川の石ころは、黒と白だけで、灰色の石ころなんて一つもないって言ってたから! おれ、皆に、いつか石ころ持って行くって約束してたんだ!」
なるほど、そう言った事があったのか。ヒルメは子供が、友達と仲良くしている事をうれしく思った。
そして友達に、やっとそれを見せられると、自慢げに言った子供に、笑みがこぼれる。
ヒルメは、あれもしたい、これもしたい、と指折り数えだした子供を見ながら、去年よりも大きくなった、息子の服の手直しを終わらせた。
お嬢さま生活の時は、こんな事やった事なんてなかったが、今ではなれたものだし、そこそこみられる物になったのだ。
人間、成長するものである。
タマヨリは、母の仕事がひと段落着いた、と判断したのだろう。
家に一つしかない、盤上遊びの板を持ってきて、服を引っ張った。
「母様、母様、盤上遊びをしようよ!」
「盤上遊びをしたら、寝る時間を過ぎてしまうわよ」
盤上遊びは頭を使う遊びであるため、なかなか時間を使うのだ。
そのため、寝る時間を過ぎてしまったらよろしくない。
彼女の言葉に、でも、息子は引かなかった。
「寝る時間になったら寝る! だから母様、やってやって!」
ヒルメはそんな息子をちらりと見て、それから置時計を見た。
「時間になったら、どんなに中途半端でも、お休みするって約束できる?」
「うー」
「出来ない子とはやれません。だって朝起きるのが遅くなったら、明日銛にも行けなくなってしまうじゃないの」
タマヨリはずいぶん悩んだらしい。だが明日の楽しみと、今の楽しみを天秤にかけたらしい。
「約束するから、遊んで、母様!」
「ええ、分かったわ」
ヒルメはそう言い、卓の上の物を軽く片付けてから、タマヨリと盤上遊びを始めた。
一時間ほどは遊んでいただろうか、一戦目だがまだ決着がつかない。
それはヒルメが手加減しているためだが、まだそんな事、タマヨリは気付かないだろう。
幸せな時間だ、とヒルメは心の中で微笑んだ。
ヒルメはそんな事はわかっていたが、それ以上に、タマヨリがじれていた。
無理もない事だ。晴れた空の下で、学校の友達と遊ぶのが大好きな男の子が、晴れた日も雨の日も、家の中でじっとしていなければならないなんて、耐えられないに違いない。
その日、タマヨリはついに言い出した。
「母様、今日はおれが、山菜をつんできてもいいでしょう? 森のすぐわきの所だから、お願い!」
「駄目よタマヨリ。まだそこに、一人で行ってはいけないわ」
「だって、どうして?」
「だってタマヨリ、あなたはまだ山菜と毒草の区別がちゃんとつかないでしょう? それではいけないわ。だから母様と一緒に覚えましょうね? それに、母様も、父様によくよく言われている事があるの」
「父様になんて言われているの?」
父に母が何と言われているのか、気になった子供が、目を瞬かせて問いかけてきたので、ヒルメは嘘を何も言わないで答えた。
「自分と一緒の時でなければ、見た事のない山菜を摘んではいけない。毒の抜きかたを教えていない物がたくさんある……と言われているの。だから母様も、あまり山菜の種類を知らないのよ」
「ふうん、そっかあ……でも母様、おれ、もう外に行きたいよ。お日様がこんなにあったかいのに、家の中でじっとしているの、いやだ」
それはその通りだ。ヒルメもそれには理解がある。
だが、村の人から、おかしな連中が去って行ったという知らせが来ないのだ。
それなのに、むやみにちょろちょろしてはならない。
だがタマヨリだって、がんばって我慢してきたのだ……とヒルメはいくつかの物を天秤にかけて、そしてこう言った。
「それならタマヨリ、明日は必ず、父様が戻ってこなくても、森の端っこに行きましょう。きっとそこなら、よっぽどのもの好きな変な人じゃなかったら来ないわ」
「今日じゃだめなの?」
「今日はだめよ、だってこれから天気が崩れてきそうだわ。森に入っている途中で、雨に降られたら、色々大変だと、父様が雨に降られた時にいつも言っているもの」
「今こんなに晴れてるのに、雨降るの?」
「そうよタマヨリ、空気の匂いを嗅いでごらんなさい?」
ヒルメが促すと、タマヨリは鼻を鳴らして、空気の匂いを嗅ぎだした。
そしてぽつりという。
「なんだか水っぽい匂いがする……」
「それが雨が降る前ぶれよ、だから今日は我慢してほしいわ。母様からのお願いよ」
「うん」
タマヨリはこくりと頷いた後に、ヒルメの服にしがみついた。
「明日は絶対に外に行っていい?」
「ええ、明日は」
「雨が降っても?」
今日一生懸命我慢すれば、外に出てもいい。そう判断した息子に、ヒルメはとっておきの返事をした。
「そうよ、タマヨリ。雨がやまなかったら、その時は、雨の日にしか見つけられない薬草を、一緒に探しに行きましょうね。雨具を被って」
その言葉を聞き、たまよりのかおがきらきらと輝く。無理もない。子供にとって雨の日に外出するなんて事は、滅多にない特別な時なのだ。
そして、以前雨の中出かけた時は、父がいて、父が雨の中、橋がいかに雨の日は危ないか、教えてくれた日でもあるのだ。
その時は怖かったけれども、今回は楽しそうな事が待っている。
そうわかった子供の顔が、輝くのなんて当たり前だ。
「父様が帰ってきても?」
「父様が帰ってきたら、もっと楽しいと思うわ。だって父様がいれば、白の森の川べにだって、安心で行けるでしょう?」
「わあい! おれ、白の森の川の石ころが見たかったんだ! だってとう様が前に、白の森の川の石ころは、黒と白だけで、灰色の石ころなんて一つもないって言ってたから! おれ、皆に、いつか石ころ持って行くって約束してたんだ!」
なるほど、そう言った事があったのか。ヒルメは子供が、友達と仲良くしている事をうれしく思った。
そして友達に、やっとそれを見せられると、自慢げに言った子供に、笑みがこぼれる。
ヒルメは、あれもしたい、これもしたい、と指折り数えだした子供を見ながら、去年よりも大きくなった、息子の服の手直しを終わらせた。
お嬢さま生活の時は、こんな事やった事なんてなかったが、今ではなれたものだし、そこそこみられる物になったのだ。
人間、成長するものである。
タマヨリは、母の仕事がひと段落着いた、と判断したのだろう。
家に一つしかない、盤上遊びの板を持ってきて、服を引っ張った。
「母様、母様、盤上遊びをしようよ!」
「盤上遊びをしたら、寝る時間を過ぎてしまうわよ」
盤上遊びは頭を使う遊びであるため、なかなか時間を使うのだ。
そのため、寝る時間を過ぎてしまったらよろしくない。
彼女の言葉に、でも、息子は引かなかった。
「寝る時間になったら寝る! だから母様、やってやって!」
ヒルメはそんな息子をちらりと見て、それから置時計を見た。
「時間になったら、どんなに中途半端でも、お休みするって約束できる?」
「うー」
「出来ない子とはやれません。だって朝起きるのが遅くなったら、明日銛にも行けなくなってしまうじゃないの」
タマヨリはずいぶん悩んだらしい。だが明日の楽しみと、今の楽しみを天秤にかけたらしい。
「約束するから、遊んで、母様!」
「ええ、分かったわ」
ヒルメはそう言い、卓の上の物を軽く片付けてから、タマヨリと盤上遊びを始めた。
一時間ほどは遊んでいただろうか、一戦目だがまだ決着がつかない。
それはヒルメが手加減しているためだが、まだそんな事、タマヨリは気付かないだろう。
幸せな時間だ、とヒルメは心の中で微笑んだ。
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