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本編第八話 村での出来事

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雑多なものがあふれている店内には、男が一人で物の手入れをしていた。
彼にヒルメは話しかける。

「こんにちは、万事屋のお兄さん」

彼女の言葉が聞こえたらしく、男が振り返って頭を軽く下げる。
そして笑顔で答えた。
愛想のいい店主らしい。

「ああ、俺をお兄さんと呼ぶのはヒルメさんだけだな、だからすぐに分かった。雨で橋は流されていなかったみたいでよかった。今日はどうしたんだ?」

「川の流れもましになったから来たの。食べ物と交換したいわ、これを」

ヒルメがそう言って、籠の中の織物を見せると、そうだなあ、と店主が頷く。

「ヒルメさんがここに来る時はいつでも、食べ物と交換だな、確かにあんたは自分で衣服を作れるし、革なんかも、旦那さんが簡単になめし皮を作るから、ここで取り換えなくていい」

「そうね、ヒハヤはそういう事も得意だわ。だから困らないの」

そう言いつつ、ヒルメは万事屋に置かれていた野菜を吟味し始める。
これらは朝に、このあたりで野菜を作っている人間が、欲しいものと交換で置いていくものである。
ヒルメも多少は畑を持っているけれども、こう言ったところのものが恋しくなる時だってあるし、彼女が作れるものは限られている。
それに、白の森の入り口あたりならば入れるのため、そこで山菜も摘んだりするが、やはり多少は食べたくなるのが他人の作った野菜である。
それに。

「パン屋さんは今日は開いていたわよね?」

「ヒルメさんはそこら辺しっかりしてんな、旦那さんの適当さとは大違いだ」

「ヒハヤと他人を比べてはいけないわ。彼は皆と違うもの」

そう言って笑った彼女は、言う。

「トウモロコシのパンは自分でも作れるけれど、パン屋さんがトウモロコシの粉を弾いてくれるからそれに頼ってしまうのよね」

「それはおかしな話じゃないだろ、水車を持ってるのがパン屋の旦那なんだから」

「そうね」

和やかに会話が進み、ヒルメは野菜と、大鍋一杯のトウモロコシを選んだ。
ヒルメはこの村のパン屋に、トウモロコシを粉にしてもらい、それで数日おきにトウモロコシパンを作るわけだった。
トウモロコシのパンを作るにあたっても、水車は役に立つし、ヒルメは残念ながら酵母を持っていないので、小麦のパンを焼けないし、技術がない。
そのため、酵母のいらないトウモロコシのパンを焼くわけだ。
タマヨリに小麦のパンを食べさせたいと思う事もあるが、焼けない以上仕方がない事なのだ。
お祭りの時にでも、あの子にそれを食べさせようかしら、と考えつつ、ヒルメはえっちらおっちらと、大鍋に入ったトウモロコシを、パン屋へ運んで行った。

「やあ、そろそろ来ると思っていたよ、ちょうどそれ位だね」

パン屋で話しかけてきたのは、小麦色の髪を編んでまとめた女性で、鍋を見て手を振った。

「こんにちはお姉さん。これを挽いてもらってもいいかしら」

「もちろんいいとも。ヒルメさんを嫌だなんて言わないよ。それにしてもそれだけで、二週間食べられるのかい。あんたの家には大食いなヒハヤも育ち盛りのタマヨリもいるのに」

「足らせて見せるわ」

「あんたくらいだよ、トウモロコシのパンを食べる家庭は。皆小麦のパンの方が好きだしね」

「ヒハヤはトウモロコシのパンの方が好きだわ、甘いって言っている」

「そりゃあんた、糖蜜をこれでもかと塗りたくるんだろう、あの男は甘党だから」

「そうかもしれないわ」

「この辺の農家も、ヒルメさんの家がたくさん食べてくれるからうれしいだろうよ、あんたが旦那さんに頼んでもらってくる、岩塩のお守りのおかげで、病気になりにくいんだ」

「それはヒハヤにお礼を言ってほしいわ、彼も時々怪我して帰って来るんだもの」

「じゃあ今度会った時にでも言わせてもらおう」

パン屋の女性がカラカラ笑ってそう言い、鍋を受け取る。

「それじゃあ、夕方ごろにもう一度来てちょうだいね」

「ええ」

ヒルメが返事をして、村の老人の憩いの場に顔を出そうとした時だ。

「あ、母様! 今日は買い物?」

タマヨリが走ってきたのだ。それはいつもとちょっと違う事だった。
彼女の息子は、学校が終わったら友人たちと、日が暮れる前まで遊ぶのが常だった。
擦り傷くらいは作って来る元気な息子が、こうして一人で駆け寄って来るなんて珍しい。

「どうしたの。学校が終わったら友達遊ぶんだって、行く時に言っていたのに」

「なんか、変な大人たちが村に来てるんだって。おじちゃん先生がそう言ってた。村の子供を集めてるから、村の子じゃないおれは、早く帰った方が勘違いされないって言われて、帰ってるの」

「あらそれなら、一緒に一度帰りましょう。母様は粉をもらいにまた村まで来るけれど、その時あなたはどうする?」

タマヨリがちょっと考えるように視線を合わせて来る。深い青色の瞳は、ヒルメに似た色をしているけれども、彼女よりも濃い色だ。
碧い湖、と形容されるような色の瞳である。その瞳を合わせて、タマヨリが言う。

「おれは家の中で、じっとしてた方がいいって、そんな気がする。だからその時は、家で宿題してる事にする」

「そう、分かったわ」

子供の小さな頭を撫でつつ、ヒルメは変な大人たち、という言葉が気にかかっていた。
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