33 / 46
33
しおりを挟む
「よく考えれば、おれ、小学校もヨリちゃんのおかげで卒業できたような物だった。忘れてた」
「お前ほど手間のかかる同級生はほかにいなかったな」
依里がつい苦笑いを漏らす。この男は学校嫌いもいい所で、依里が手をつないで引っ張って行かなければ、絶対に登校しないレベルで嫌がったのだ。
この男の大好きなじいちゃんとばあちゃんは、それもやむなしと思っていて、その理由は晴美があまりにも整った顔立ちだったからである。
これだけ整った、異国風の顔立ちの、お人よしで騙されやすく、人を傷つけられない男の子供時代は、分かりやすくいじめられっ子だったのだ。
田舎もいいとこと、外国の血を引く人間なんて滅多に見ないという環境で、晴美は何かといじめられ続けてきたのである。
幸いと言うべきか、依里がいたから、そこまで酷い事は起きなかったし、晴美を盛大に傷つけると、依里が出て来てコテンパンにしてしまう、というのも知られていたため、触らぬ神に祟りなし、の扱いの事だった事もある。
いじめられっ子と、それを守っている幼馴染。
その関係が、当時の晴美と依里の関係性だった。
さらに中学に入ってからは、その見た目の良さの結果、年頃の女子たちが裏できゃあきゃあ騒ぎ、それを不愉快に思った男子生徒たちから何かと仲間外れにされてきた晴美は、小学校中学校と楽しい学校の思い出など、何一つない生活だったわけだ。
「おれ中学時代の終わりまでの記憶、ほとんどないから忘れてた」
「忘れたままでも大丈夫だぞ、お前は何も変わらない」
晴美はストレスのあまり覚えていない事が多いが、依里はそれを守っていた側なので、色々覚えている事もある。
だが晴美の心が、それに耐え切れなくて忘れているなら、それでいい、と思っているのだ。
さてそんな事を言った後、晴美は彼女の見た目が、普段お目にかからないほど整えられている事実に気付いたらしい。
上から下まで眺めまわし、左右に首を振って髪型を見やり、言う。
「ヨリちゃんデートだったの?」
瞬く瞳が不思議そうに揺れて、どうしてそんなことをするの、と言いたげな捨てられそうな仔犬の眼が、依里を見やる。
そして依里の不義理を責めるような発言をするかに思われた、その時だ。
「いた!! 本店から出て行ったなんて、信じられない!!」
「お客様、落ち着いてください!」
何やらエントランスの入り口付近で揉め事が起きていたらしい。依里は後ろから聞こえてきた、乱暴なヒールの音が、こちらにまっすぐ向かってきているのに気が付いた。
そしてそちらを見る事になっている、晴美は、何の感情も浮かんでいない顔だ。知り合いでもないんだろう。
そんな事を思ったのだが、しかし。
「晴美! あなたのせいで私の人生大なしよ! 責任取って結婚しなさい!!!」
金切り声が思いっきりわめきたて、晴美の方は言われても思い出せない顔だ。
依里はそこで声の主を見るために振り返った。
そこに立っていたのは、なるほど、可愛い系女子を目指しているであろう、なかなかかわいい女の人だった。
茶色に染められた髪の毛、緩く巻いた髪型、睫毛を長くする目を印象付ける化粧、尖り気味のアヒル口、というのか、流行った事がある可愛い女性の化粧に、衣装はそれなりに高級感のある、それでいて華やかな格好だ。
総合的に言って間違いなく、可愛い女の人が、今は小さなハンドバッグを肩にかけた状態で、怒りに満ちた顔で、全てを台無しにしていた。
こんな知り合いいたのか、と依里が晴美を見やった時だ。
「思い出せないや、おれの知り合い? 誰?」
明らかにお前の知り合いなんだろうよ、と誰もが思う状況なのに、晴美は全く思い出せない顔をしていた。
これは依里も覚えがある。依里はその肩を叩いた。
「お前、捨てられた相手の記憶消去するの相変わらずだな、本当に覚えてないのか」
「おれの事いらないって言った人かな、やっぱり。思い出せないんだよね、何かで思い出せるかな、って思ってたんだけど、何にも思い出せない」
晴美は興味のない事、忘れていい事に関しては本当に思い出せなくなるほど忘れる。それは彼の人生経験の結果なのだが、それはさておき。
晴美は目を瞬かせて、なんとか記憶の底をさらおうとしている。
しかし、そんな男の、真面目に思われない態度は、その可愛い女の人を強烈に怒らせたらしい。
「信じられない!!! 彼女の事も忘れるとか、どんな神経してんのよ!!! あんたのせいで、こっちは人生滅茶苦茶にされたのに!! 最低! 下種!!」
「おれ友達少ないから、友達は大事にしているんだけど……女友達で、君みたいな人いたかなあ……?」
「お前はちょっと黙ってろ、話がややこしくなるのが目に見えてる」
依里は手の甲でその男の口を叩いた。晴美はそれでむう、と口を閉ざす。
彼女はその間にも足音高く近づいてきて、晴美の前まで来る。
そしてびしっと指を突きつけ、怒鳴った。
「あなた、同棲していた彼女の顔まで忘れるの!」
「それっていつまで?」
依里が問いかけると、彼女は依里を見やって、鼻で笑った。確かに彼女の方が、女性的な可愛らしさがあるだろう。間違いない。見た目で優位に立ったと思っている彼女が、言う。
「この前まで同棲していたのよ!」
「よし、晴美、キーワードは私の家に転がり込む前の同居人だ」
依里が小さな声で晴美に囁くと、晴美の目が瞬き、ああ! と合点した顔になった。
「ああ! 二股かけてたあの子か! どうしたの、おれじゃなくて本命彼氏を選んでたでしょ、おれが迫ってきて仕方なく、って本命彼氏に泣きついてたじゃない」
「きいいいいいい!」
晴美の思い出し方も悲惨だったらしい。彼女の顔が怒り以外の何物でもなくなり、そろそろ場所変えないとな、と思っていた依里とは違い、彼女は隠す事などないらしい。
「あんたのせいで、私がメシマズだって、彼氏に文句言われるようになったのよ! あんたのせいよ! お弁当だって、作ってあげたおかずだって、みんなみんな、『この前よりおいしくない、というかまずい』って言われるのよ!!」
「だって君と一緒にいた時、おれがご飯関係は全部やってたよ。朝から晩まで、お弁当だって。夜食だって、ローカロリーなおやつだって」
「私のご飯がまずいわけないじゃない! あんたが彼の味覚を壊したのよ! 今まで料理してたのがあんただって知って、彼、『別れよう。さすがにこんな食事を作る人と将来を思い描けない』っていうのよ!!! あんたのせいよ! 彼氏に捨てられたのはあんたのせいなんだからあんたが責任取って私と結婚するのよ!」
「はちゃめちゃな理論だな……」
依里がぼそっと言った時だ。言うなよ、言うなよ、と思っていた事を、晴美はあっけらかんと言ったのだ。
「おれはおれを捨てる人と一緒にならないよ、おれ今の方が楽しいし幸せだもの」
「きいいいいいいいいいいい!!」
サルの悲鳴のような声も二回目か、なんて依里は思ったのだが、その彼女は怒りに任せて、持っていたハンドバックを振り回し始めた。
流石に警備の人がやって来るのだが、晴美が一歩引くのと、依里が一歩前に進むのはほぼ同時だった。
依里は一歩踏み込み、彼女に迫り、腕を一閃させる。手刀が彼女の手首を打ち据え、彼女の手からハンドバッグが飛んで行った。さっとそれをキャッチする晴美。対して依里は、打ち据えるやいなや、彼女の足を自分の足で素早く払った。
そんな事されると思っていない相手が、盛大に転がる。転がったと同時に依里は、相手を押さえ込んだ。
ちょうどその時警備の人が走り寄り、後は警備の人がやってくれるらしい。
痛みにうめいた後も、彼女はぎゃんぎゃんと晴美に対して恨みの言葉を放っていたが、裏まで連れて行かれてしまえば、多少は静かになるだろう。
依里が手の埃を払うと、晴美がのんびりと言った。
「ヨリちゃん流石。腕上げた?」
「腕はなまった。何年も叔父さんの所行ってないから」
「大鷺」
そんな会話をした時である。そこまでかやの外扱いであった、晴美の上司が彼に声をかけたのだ。
「お前は厨房に戻れ、厨房の方もお前がいた方が仕事がはかどるだろう」
「はい、料理長。じゃあねヨリちゃん。あ」
ひらりと手を振った晴美が、思い出した顔で、柳川達の方見やった。
そして真面目な顔になり、一度深く頭を下げ、言う。
「お騒がせして申し訳ありません、申し訳ありませんが、失礼いたします」
なんだ、あいつも多少は普通の事が出来るようになったのか。
感心した依里とは違い、料理長らしき上司は、ため息をついていた。
そして上客である柳川の祖母と妹の方に向き直り、深く頭を下げた。
「このたびは大変申し訳ありません、不快なものを見せてしまいまことに申し訳ありません。あ奴にきつく言っておきますので、どうかお許しを」
「……彼、さっきの女の人と恋人だったの?」
柳川の妹が、小さな声で言う。料理長はなんとも言えないという顔だ。
「プライベートな事は、申し訳ありませんが、何とも……」
「でも別れたのよね、だったらいいわ」
「そうねえ、別れた相手が復縁を迫って来るなんて、予測しないですものね。それも彼を捨てたのでしょう、捨てられた方が、迫られるなんて滅多にありませんわ」
昼ドラを見たみたい、と柳川の祖母が笑う。もしかして一連の事が面白かったのだろうか……?
彼女の顔を見ていると、そんな気がして来る依里である。
「二度目はやめてちょうだい、食事の後に見てもいいのは一回だけよ」
しかしぴしゃりというのは寛容な言葉であり、料理長は深く頭を下げていた。
そして、柳川はしばらくそれを見ていたのだが、依里に問いかけた。
「あなたは、お強いんですね……」
「そこまででもありませんよ」
依里としては事実であるため、謙遜でも何もない。実家暮らしの叔父の強さはずば抜けているし、その門下生たちも強いし、上には上がいっぱいいる。
それに自分が一番強いと言えた時期は、高校時代なのだ。あれから体力も機敏性も落ちている。強いとはとてもいいがたい。
そんな考えの依里の言葉を聞き、柳川は言う。
「いいえ、あの場であんなに颯爽と動けるなんて、滅多な事ではできませんよ」
確かに女性がいきなり発狂してハンドバッグ振り回すなんて、ないもんな。
とは、さすがに言わなかった依里だった。
「お前ほど手間のかかる同級生はほかにいなかったな」
依里がつい苦笑いを漏らす。この男は学校嫌いもいい所で、依里が手をつないで引っ張って行かなければ、絶対に登校しないレベルで嫌がったのだ。
この男の大好きなじいちゃんとばあちゃんは、それもやむなしと思っていて、その理由は晴美があまりにも整った顔立ちだったからである。
これだけ整った、異国風の顔立ちの、お人よしで騙されやすく、人を傷つけられない男の子供時代は、分かりやすくいじめられっ子だったのだ。
田舎もいいとこと、外国の血を引く人間なんて滅多に見ないという環境で、晴美は何かといじめられ続けてきたのである。
幸いと言うべきか、依里がいたから、そこまで酷い事は起きなかったし、晴美を盛大に傷つけると、依里が出て来てコテンパンにしてしまう、というのも知られていたため、触らぬ神に祟りなし、の扱いの事だった事もある。
いじめられっ子と、それを守っている幼馴染。
その関係が、当時の晴美と依里の関係性だった。
さらに中学に入ってからは、その見た目の良さの結果、年頃の女子たちが裏できゃあきゃあ騒ぎ、それを不愉快に思った男子生徒たちから何かと仲間外れにされてきた晴美は、小学校中学校と楽しい学校の思い出など、何一つない生活だったわけだ。
「おれ中学時代の終わりまでの記憶、ほとんどないから忘れてた」
「忘れたままでも大丈夫だぞ、お前は何も変わらない」
晴美はストレスのあまり覚えていない事が多いが、依里はそれを守っていた側なので、色々覚えている事もある。
だが晴美の心が、それに耐え切れなくて忘れているなら、それでいい、と思っているのだ。
さてそんな事を言った後、晴美は彼女の見た目が、普段お目にかからないほど整えられている事実に気付いたらしい。
上から下まで眺めまわし、左右に首を振って髪型を見やり、言う。
「ヨリちゃんデートだったの?」
瞬く瞳が不思議そうに揺れて、どうしてそんなことをするの、と言いたげな捨てられそうな仔犬の眼が、依里を見やる。
そして依里の不義理を責めるような発言をするかに思われた、その時だ。
「いた!! 本店から出て行ったなんて、信じられない!!」
「お客様、落ち着いてください!」
何やらエントランスの入り口付近で揉め事が起きていたらしい。依里は後ろから聞こえてきた、乱暴なヒールの音が、こちらにまっすぐ向かってきているのに気が付いた。
そしてそちらを見る事になっている、晴美は、何の感情も浮かんでいない顔だ。知り合いでもないんだろう。
そんな事を思ったのだが、しかし。
「晴美! あなたのせいで私の人生大なしよ! 責任取って結婚しなさい!!!」
金切り声が思いっきりわめきたて、晴美の方は言われても思い出せない顔だ。
依里はそこで声の主を見るために振り返った。
そこに立っていたのは、なるほど、可愛い系女子を目指しているであろう、なかなかかわいい女の人だった。
茶色に染められた髪の毛、緩く巻いた髪型、睫毛を長くする目を印象付ける化粧、尖り気味のアヒル口、というのか、流行った事がある可愛い女性の化粧に、衣装はそれなりに高級感のある、それでいて華やかな格好だ。
総合的に言って間違いなく、可愛い女の人が、今は小さなハンドバッグを肩にかけた状態で、怒りに満ちた顔で、全てを台無しにしていた。
こんな知り合いいたのか、と依里が晴美を見やった時だ。
「思い出せないや、おれの知り合い? 誰?」
明らかにお前の知り合いなんだろうよ、と誰もが思う状況なのに、晴美は全く思い出せない顔をしていた。
これは依里も覚えがある。依里はその肩を叩いた。
「お前、捨てられた相手の記憶消去するの相変わらずだな、本当に覚えてないのか」
「おれの事いらないって言った人かな、やっぱり。思い出せないんだよね、何かで思い出せるかな、って思ってたんだけど、何にも思い出せない」
晴美は興味のない事、忘れていい事に関しては本当に思い出せなくなるほど忘れる。それは彼の人生経験の結果なのだが、それはさておき。
晴美は目を瞬かせて、なんとか記憶の底をさらおうとしている。
しかし、そんな男の、真面目に思われない態度は、その可愛い女の人を強烈に怒らせたらしい。
「信じられない!!! 彼女の事も忘れるとか、どんな神経してんのよ!!! あんたのせいで、こっちは人生滅茶苦茶にされたのに!! 最低! 下種!!」
「おれ友達少ないから、友達は大事にしているんだけど……女友達で、君みたいな人いたかなあ……?」
「お前はちょっと黙ってろ、話がややこしくなるのが目に見えてる」
依里は手の甲でその男の口を叩いた。晴美はそれでむう、と口を閉ざす。
彼女はその間にも足音高く近づいてきて、晴美の前まで来る。
そしてびしっと指を突きつけ、怒鳴った。
「あなた、同棲していた彼女の顔まで忘れるの!」
「それっていつまで?」
依里が問いかけると、彼女は依里を見やって、鼻で笑った。確かに彼女の方が、女性的な可愛らしさがあるだろう。間違いない。見た目で優位に立ったと思っている彼女が、言う。
「この前まで同棲していたのよ!」
「よし、晴美、キーワードは私の家に転がり込む前の同居人だ」
依里が小さな声で晴美に囁くと、晴美の目が瞬き、ああ! と合点した顔になった。
「ああ! 二股かけてたあの子か! どうしたの、おれじゃなくて本命彼氏を選んでたでしょ、おれが迫ってきて仕方なく、って本命彼氏に泣きついてたじゃない」
「きいいいいいい!」
晴美の思い出し方も悲惨だったらしい。彼女の顔が怒り以外の何物でもなくなり、そろそろ場所変えないとな、と思っていた依里とは違い、彼女は隠す事などないらしい。
「あんたのせいで、私がメシマズだって、彼氏に文句言われるようになったのよ! あんたのせいよ! お弁当だって、作ってあげたおかずだって、みんなみんな、『この前よりおいしくない、というかまずい』って言われるのよ!!」
「だって君と一緒にいた時、おれがご飯関係は全部やってたよ。朝から晩まで、お弁当だって。夜食だって、ローカロリーなおやつだって」
「私のご飯がまずいわけないじゃない! あんたが彼の味覚を壊したのよ! 今まで料理してたのがあんただって知って、彼、『別れよう。さすがにこんな食事を作る人と将来を思い描けない』っていうのよ!!! あんたのせいよ! 彼氏に捨てられたのはあんたのせいなんだからあんたが責任取って私と結婚するのよ!」
「はちゃめちゃな理論だな……」
依里がぼそっと言った時だ。言うなよ、言うなよ、と思っていた事を、晴美はあっけらかんと言ったのだ。
「おれはおれを捨てる人と一緒にならないよ、おれ今の方が楽しいし幸せだもの」
「きいいいいいいいいいいい!!」
サルの悲鳴のような声も二回目か、なんて依里は思ったのだが、その彼女は怒りに任せて、持っていたハンドバックを振り回し始めた。
流石に警備の人がやって来るのだが、晴美が一歩引くのと、依里が一歩前に進むのはほぼ同時だった。
依里は一歩踏み込み、彼女に迫り、腕を一閃させる。手刀が彼女の手首を打ち据え、彼女の手からハンドバッグが飛んで行った。さっとそれをキャッチする晴美。対して依里は、打ち据えるやいなや、彼女の足を自分の足で素早く払った。
そんな事されると思っていない相手が、盛大に転がる。転がったと同時に依里は、相手を押さえ込んだ。
ちょうどその時警備の人が走り寄り、後は警備の人がやってくれるらしい。
痛みにうめいた後も、彼女はぎゃんぎゃんと晴美に対して恨みの言葉を放っていたが、裏まで連れて行かれてしまえば、多少は静かになるだろう。
依里が手の埃を払うと、晴美がのんびりと言った。
「ヨリちゃん流石。腕上げた?」
「腕はなまった。何年も叔父さんの所行ってないから」
「大鷺」
そんな会話をした時である。そこまでかやの外扱いであった、晴美の上司が彼に声をかけたのだ。
「お前は厨房に戻れ、厨房の方もお前がいた方が仕事がはかどるだろう」
「はい、料理長。じゃあねヨリちゃん。あ」
ひらりと手を振った晴美が、思い出した顔で、柳川達の方見やった。
そして真面目な顔になり、一度深く頭を下げ、言う。
「お騒がせして申し訳ありません、申し訳ありませんが、失礼いたします」
なんだ、あいつも多少は普通の事が出来るようになったのか。
感心した依里とは違い、料理長らしき上司は、ため息をついていた。
そして上客である柳川の祖母と妹の方に向き直り、深く頭を下げた。
「このたびは大変申し訳ありません、不快なものを見せてしまいまことに申し訳ありません。あ奴にきつく言っておきますので、どうかお許しを」
「……彼、さっきの女の人と恋人だったの?」
柳川の妹が、小さな声で言う。料理長はなんとも言えないという顔だ。
「プライベートな事は、申し訳ありませんが、何とも……」
「でも別れたのよね、だったらいいわ」
「そうねえ、別れた相手が復縁を迫って来るなんて、予測しないですものね。それも彼を捨てたのでしょう、捨てられた方が、迫られるなんて滅多にありませんわ」
昼ドラを見たみたい、と柳川の祖母が笑う。もしかして一連の事が面白かったのだろうか……?
彼女の顔を見ていると、そんな気がして来る依里である。
「二度目はやめてちょうだい、食事の後に見てもいいのは一回だけよ」
しかしぴしゃりというのは寛容な言葉であり、料理長は深く頭を下げていた。
そして、柳川はしばらくそれを見ていたのだが、依里に問いかけた。
「あなたは、お強いんですね……」
「そこまででもありませんよ」
依里としては事実であるため、謙遜でも何もない。実家暮らしの叔父の強さはずば抜けているし、その門下生たちも強いし、上には上がいっぱいいる。
それに自分が一番強いと言えた時期は、高校時代なのだ。あれから体力も機敏性も落ちている。強いとはとてもいいがたい。
そんな考えの依里の言葉を聞き、柳川は言う。
「いいえ、あの場であんなに颯爽と動けるなんて、滅多な事ではできませんよ」
確かに女性がいきなり発狂してハンドバッグ振り回すなんて、ないもんな。
とは、さすがに言わなかった依里だった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
極道に大切に飼われた、お姫様
真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?
すず。
恋愛
体調を崩してしまった私
社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね)
診察室にいた医師は2つ年上の
幼馴染だった!?
診察室に居た医師(鈴音と幼馴染)
内科医 28歳 桐生慶太(けいた)
※お話に出てくるものは全て空想です
現実世界とは何も関係ないです
※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます
【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】
階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、
屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話
_________________________________
【登場人物】
・アオイ
昨日初彼氏ができた。
初デートの後、そのまま監禁される。
面食い。
・ヒナタ
アオイの彼氏。
お金持ちでイケメン。
アオイを自身の屋敷に監禁する。
・カイト
泥棒。
ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。
アオイに協力する。
_________________________________
【あらすじ】
彼氏との初デートを楽しんだアオイ。
彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。
目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。
色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。
だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。
ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。
果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!?
_________________________________
7話くらいで終わらせます。
短いです。
途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる