19 / 46
19
しおりを挟む
「そうだ、同居だけど家賃以外の必要経費どうする」
「食費はおれが払うよ、だっておれが作りたいもののための材料買って来るんだもの」
「じゃあ日用品は折半だな、歯ブラシとか洗剤とか」
「おれお気に入りのスポンジとかたわしとかあるから、それ買ってきてね」
「お前、こだわりいっぱいあるやつだもんな」
「大人になって、なんでもこだわっていいって幸せだな、って思うようになった」
亀の子たわしでしょ、スポンジはこのメーカーのこのブランドでしょ、と楽しそうに話す幼馴染は、それだけ色々試してきたんだろうな、と察してしまう物があった。
好奇心の赴くままに、あらゆるメーカーを試してきたに違いない。
「好奇心旺盛すぎて、止め所を知らないって、お前その歳になっても治らなかったんだな」
「料理人は探求心が必要なんだよ!」
胸を張った晴美が、ただ、と声を落した。
「掃除機は、おれがいない時にかけてね……? こればっかりは大きくなっても苦手なんだ」
「それはわかった」
「ほんと、うれしい! 掃除機の音で逃げ出すって、あんまり皆に理解されないからさ」
はしゃぐ晴美は、立ち上がって目を輝かせる。
「ヨリちゃん、ここから一番コスパのいいスーパーに行こう!」
「一人で行け」
「ヨリちゃんだってスーパーの位置を覚えていて損はないよ?」
「お前と一緒で、まっすぐそこに到着した過去が一度もないんだが」
「大丈夫! スマホアプリっていう味方がここにあるから!」
晴美は高々とスマホを掲げた。
「スマホアプリがあるって胸張ったのどこの誰だ」
「はい、おれです!」
「肝心のスマホの充電を切らしてどうするんだ!」
手をあげて言い切った幼馴染に、依里は突っ込んだ。このおバカは、突っ込みどころが満載な事ばかりするのだ。
スーパーまでの道を検索した、と言っていたくせに、道案内に重要なスマホの充電を切らしてしまったため、晴美のスマホはただの四角い物体になり果てている。
依里は溜息をついてから、自分のスマホを起動させた。
「で?」
「でって?」
「そのスーパーの名前。調べれば今どき分かるだろうが」
「そっか、スマホは一つじゃなくて二つだった」
「その考え方はやめておけ、いざって時役に立たなくなるから」
「はあい」
頬をかいた晴美が、そのスーパーの名前を言う。依里はそれを検索にかけると、そこはすぐに見つかった。
徒歩でもそこそこ楽に行けそうなスーパーだ、値段は知らないが。
「鶏肉が今日は特売なんだよ、だからそこがいいかなって思って」
「有名料理人になっても、特売は気にするんだな」
「やだなあ、料理人だって特売は大好きだし、見切り品はもっと好きだよ」
言い切った晴美である。そんな物だろうか。もっとこだわりの何とか、とかないのだろうか。
「でもおれ、お醤油とお味噌はネットなんだよね」
「なんで」
「一回食べて、お気に入りになったものが、お店からなくなっちゃったから」
「まさか高額なのか」
「お醤油はね、1200円くらいする」
「は? 高すぎるだろう!」
「でもね、味が全然違うんだよ、それだけで何でもおいしくなっちゃうお醤油だから、ドレッシングとかポン酢とかいらなくなっちゃうから、便利だよ」
「なんでも醤油味って飽きるだろう」
「そうかな、材料が違えば、お醤油だけでもそんなに飽きないよ? キャベツを香ばしく焼いて、お醤油たらっとかけて食べるの、すごくおいしいし」
「キャベツだろ?」
「ヨリちゃんはまだ、キャベツのポテンシャルを知らないね?」
にやっと笑った晴美が、何か考え付いたらしかった。今日の夕飯は期待できそうだな、と依里はそこで判断した。
そして徒歩十五分、それが遠いのか近いのかは、個々の判断によるだろう。
依里は、元気な時は運動になるが、疲れた時は嫌な距離だな、と思った。
晴美は見るからに元気いっぱいで、新たなスーパーとの出会いに目を輝かせている。
「わあ、ヨリちゃんここお得スーパーだ!」
「大声を出すな! かごをもって突進するな!」
依里は、今にも店の中に飛び込んでいきそうな相手の着ている、フードを掴んで止めた。
その時だ。
「あれ、もしかして、大鷺シェフですか!?」
依里に止められた晴美に、興奮した顔の女性が話しかけてきた。
「大鷺シェフって名前じゃないけど、料理人はしているよ」
「わ、私ファンなんです! ここで出会えるなんて感激です!」
「え、あの、テレビの特番に出ていた!?」
「私動画配信サイトで見た! 簡単お料理っていうチャンネル!」
「うそ、撮影!?」
その女性だけではない。他のお客さんも、興奮気味にざわつき始める。
だが晴美は、それの意味が分からないらしい。
「今日は買い出しに来たの。お姉さんは?」
と人好きのいい笑顔である。長くなりそうだな、と依里は判断し、そっと上着から手を離した。
「すみません、写真撮っていいですか! インスタにあげても?」
「……」
興奮気味の女性がスマホを取り出したが、晴美はもう興味がなくなったらしい。すっと彼女から離れて、そのまま店の前に広げられた野菜の吟味に入ってしまう。
呆気にとられた顔の彼女に、依里は頭を下げた。
「すいません、こいつ今撮影とかじゃないんで、写真は勘弁してください。特定とか面倒なので」
「あ、はい」
晴美が、全くそれらを気にも留めずに、おばちゃんたちの中で、新鮮な野菜を探している。
その顔は、いつになく真剣なものである。
ジャガイモの重さをはかる手つきや、玉ねぎの皮の艶具合を確かめている視線は、まさしくその道のプロである。
これはしばらく動きそうにないな、と依里は判断し、彼女は周りがどうだろう、と見回した。
周りは、晴美が完全にプライベートだと、カメラがないから気が付いたらしい。
少しざわめいている物の、スマホで隠し撮りという事はなさそうであるため、依里はほっとした。
ここで同居人の自分まで晒されては、たまったものじゃなかったからだ。
「春キャベツはふんわりしてた方がおいしいけど、そうじゃないキャベツはやっぱり重たいものに限るよね」
「違いがよくわからない」
「ヨリちゃんそう言うと事気にしないもんね。品種からして違うんだよ。春キャベツは春だから出てくるわけじゃなくて、品種なの。だからとれる時期だったら春じゃなくても取れる」
「ふうん……」
「甘めの味だから、サラダに少し混ぜるっていうこだわりを持っている人も、いるそうだよ。実際ちょっと味が違う」
そんな事を言いながら、晴美は楽しそうに野菜を選び、精肉コーナーを覗く。
その顔はまさに、好奇心旺盛な幼稚園児の顔である。
この図体でこの見た目で、この表情だよ……と依里は内心で突っ込んだ。
もうこの幼馴染の探求心は、幼稚園児とほぼ同列、そしてその結果周りは時々甚大な被害を受けるわけである。
しかし当人はそれに気付かないため、精肉コーナーの見切り品に歓声を上げているのだ。
「ヨリちゃんすごい! 国産豚ひき肉なのに、グラム88円だ! 買いだよ! 見切り品のコロッケ美味しそう」
「お前料理人としてそこはどうなのよ」
「え? だって時々はお惣菜の味とか味見してみたくならない? おれスーパーのお惣菜も大好きだよ、あんまり買わなかったけど」
「好きなのに買わないのか?」
「だってヨリちゃん、おれの仕事が終わってからスーパーに行っても、見切り品は皆売り切れてて、コロッケのブースなんてすっからかんだったんだからね!」
朗らかなものである。この朗らかさで、邪気のなさで、こいつは自分と同じ歳なのだ。
なんか間違っている気がしないでもない。
「やっぱりスーパーで嬉しいのは、見切り品と割引品でしょ、それから特売コーナーでしょ? それからそれから」
「お前がスーパーに対して熱意があるのは、分かった。少し静かにしろ」
「はーい」
いい子の返事なんかする幼馴染の横で、依里はさっきから、晴美がちらちらとコロッケを見ているのに気がついていた。
「食費はおれが払うよ、だっておれが作りたいもののための材料買って来るんだもの」
「じゃあ日用品は折半だな、歯ブラシとか洗剤とか」
「おれお気に入りのスポンジとかたわしとかあるから、それ買ってきてね」
「お前、こだわりいっぱいあるやつだもんな」
「大人になって、なんでもこだわっていいって幸せだな、って思うようになった」
亀の子たわしでしょ、スポンジはこのメーカーのこのブランドでしょ、と楽しそうに話す幼馴染は、それだけ色々試してきたんだろうな、と察してしまう物があった。
好奇心の赴くままに、あらゆるメーカーを試してきたに違いない。
「好奇心旺盛すぎて、止め所を知らないって、お前その歳になっても治らなかったんだな」
「料理人は探求心が必要なんだよ!」
胸を張った晴美が、ただ、と声を落した。
「掃除機は、おれがいない時にかけてね……? こればっかりは大きくなっても苦手なんだ」
「それはわかった」
「ほんと、うれしい! 掃除機の音で逃げ出すって、あんまり皆に理解されないからさ」
はしゃぐ晴美は、立ち上がって目を輝かせる。
「ヨリちゃん、ここから一番コスパのいいスーパーに行こう!」
「一人で行け」
「ヨリちゃんだってスーパーの位置を覚えていて損はないよ?」
「お前と一緒で、まっすぐそこに到着した過去が一度もないんだが」
「大丈夫! スマホアプリっていう味方がここにあるから!」
晴美は高々とスマホを掲げた。
「スマホアプリがあるって胸張ったのどこの誰だ」
「はい、おれです!」
「肝心のスマホの充電を切らしてどうするんだ!」
手をあげて言い切った幼馴染に、依里は突っ込んだ。このおバカは、突っ込みどころが満載な事ばかりするのだ。
スーパーまでの道を検索した、と言っていたくせに、道案内に重要なスマホの充電を切らしてしまったため、晴美のスマホはただの四角い物体になり果てている。
依里は溜息をついてから、自分のスマホを起動させた。
「で?」
「でって?」
「そのスーパーの名前。調べれば今どき分かるだろうが」
「そっか、スマホは一つじゃなくて二つだった」
「その考え方はやめておけ、いざって時役に立たなくなるから」
「はあい」
頬をかいた晴美が、そのスーパーの名前を言う。依里はそれを検索にかけると、そこはすぐに見つかった。
徒歩でもそこそこ楽に行けそうなスーパーだ、値段は知らないが。
「鶏肉が今日は特売なんだよ、だからそこがいいかなって思って」
「有名料理人になっても、特売は気にするんだな」
「やだなあ、料理人だって特売は大好きだし、見切り品はもっと好きだよ」
言い切った晴美である。そんな物だろうか。もっとこだわりの何とか、とかないのだろうか。
「でもおれ、お醤油とお味噌はネットなんだよね」
「なんで」
「一回食べて、お気に入りになったものが、お店からなくなっちゃったから」
「まさか高額なのか」
「お醤油はね、1200円くらいする」
「は? 高すぎるだろう!」
「でもね、味が全然違うんだよ、それだけで何でもおいしくなっちゃうお醤油だから、ドレッシングとかポン酢とかいらなくなっちゃうから、便利だよ」
「なんでも醤油味って飽きるだろう」
「そうかな、材料が違えば、お醤油だけでもそんなに飽きないよ? キャベツを香ばしく焼いて、お醤油たらっとかけて食べるの、すごくおいしいし」
「キャベツだろ?」
「ヨリちゃんはまだ、キャベツのポテンシャルを知らないね?」
にやっと笑った晴美が、何か考え付いたらしかった。今日の夕飯は期待できそうだな、と依里はそこで判断した。
そして徒歩十五分、それが遠いのか近いのかは、個々の判断によるだろう。
依里は、元気な時は運動になるが、疲れた時は嫌な距離だな、と思った。
晴美は見るからに元気いっぱいで、新たなスーパーとの出会いに目を輝かせている。
「わあ、ヨリちゃんここお得スーパーだ!」
「大声を出すな! かごをもって突進するな!」
依里は、今にも店の中に飛び込んでいきそうな相手の着ている、フードを掴んで止めた。
その時だ。
「あれ、もしかして、大鷺シェフですか!?」
依里に止められた晴美に、興奮した顔の女性が話しかけてきた。
「大鷺シェフって名前じゃないけど、料理人はしているよ」
「わ、私ファンなんです! ここで出会えるなんて感激です!」
「え、あの、テレビの特番に出ていた!?」
「私動画配信サイトで見た! 簡単お料理っていうチャンネル!」
「うそ、撮影!?」
その女性だけではない。他のお客さんも、興奮気味にざわつき始める。
だが晴美は、それの意味が分からないらしい。
「今日は買い出しに来たの。お姉さんは?」
と人好きのいい笑顔である。長くなりそうだな、と依里は判断し、そっと上着から手を離した。
「すみません、写真撮っていいですか! インスタにあげても?」
「……」
興奮気味の女性がスマホを取り出したが、晴美はもう興味がなくなったらしい。すっと彼女から離れて、そのまま店の前に広げられた野菜の吟味に入ってしまう。
呆気にとられた顔の彼女に、依里は頭を下げた。
「すいません、こいつ今撮影とかじゃないんで、写真は勘弁してください。特定とか面倒なので」
「あ、はい」
晴美が、全くそれらを気にも留めずに、おばちゃんたちの中で、新鮮な野菜を探している。
その顔は、いつになく真剣なものである。
ジャガイモの重さをはかる手つきや、玉ねぎの皮の艶具合を確かめている視線は、まさしくその道のプロである。
これはしばらく動きそうにないな、と依里は判断し、彼女は周りがどうだろう、と見回した。
周りは、晴美が完全にプライベートだと、カメラがないから気が付いたらしい。
少しざわめいている物の、スマホで隠し撮りという事はなさそうであるため、依里はほっとした。
ここで同居人の自分まで晒されては、たまったものじゃなかったからだ。
「春キャベツはふんわりしてた方がおいしいけど、そうじゃないキャベツはやっぱり重たいものに限るよね」
「違いがよくわからない」
「ヨリちゃんそう言うと事気にしないもんね。品種からして違うんだよ。春キャベツは春だから出てくるわけじゃなくて、品種なの。だからとれる時期だったら春じゃなくても取れる」
「ふうん……」
「甘めの味だから、サラダに少し混ぜるっていうこだわりを持っている人も、いるそうだよ。実際ちょっと味が違う」
そんな事を言いながら、晴美は楽しそうに野菜を選び、精肉コーナーを覗く。
その顔はまさに、好奇心旺盛な幼稚園児の顔である。
この図体でこの見た目で、この表情だよ……と依里は内心で突っ込んだ。
もうこの幼馴染の探求心は、幼稚園児とほぼ同列、そしてその結果周りは時々甚大な被害を受けるわけである。
しかし当人はそれに気付かないため、精肉コーナーの見切り品に歓声を上げているのだ。
「ヨリちゃんすごい! 国産豚ひき肉なのに、グラム88円だ! 買いだよ! 見切り品のコロッケ美味しそう」
「お前料理人としてそこはどうなのよ」
「え? だって時々はお惣菜の味とか味見してみたくならない? おれスーパーのお惣菜も大好きだよ、あんまり買わなかったけど」
「好きなのに買わないのか?」
「だってヨリちゃん、おれの仕事が終わってからスーパーに行っても、見切り品は皆売り切れてて、コロッケのブースなんてすっからかんだったんだからね!」
朗らかなものである。この朗らかさで、邪気のなさで、こいつは自分と同じ歳なのだ。
なんか間違っている気がしないでもない。
「やっぱりスーパーで嬉しいのは、見切り品と割引品でしょ、それから特売コーナーでしょ? それからそれから」
「お前がスーパーに対して熱意があるのは、分かった。少し静かにしろ」
「はーい」
いい子の返事なんかする幼馴染の横で、依里はさっきから、晴美がちらちらとコロッケを見ているのに気がついていた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
マンガ喫茶でセフレとエッチする甘々な日々
ねんごろ
恋愛
ふとした思いつきでマンガ喫茶に足を運んだ高校生の男女。
はじめは楽しく漫画を読んでいたんだけど……
偶然聞いてしまったお隣さんの喘ぎ声が発端で、二人は目覚めてしまった。
そうして二人はセフレへと大人の階段を上ってしまうのだった……
マンガ喫茶のエロエロの側面をお届けできれば幸いです。
※当たり前のことですが、この小説の内容はあまり褒められたものではありません。そのあたりを理解した上でお楽しみいただけると幸いです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。
ねんごろ
恋愛
主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。
その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……
毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。
※他サイトで連載していた作品です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる