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第二十八話 鍋狸のいない朝

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今日は休みだという事もあって、鶴はあさとぎりぎり呼べる時間まで布団の中にいた。
いつもだったら、早く起きろよ、飯が冷める、という言葉をかけてくるブンブクも、今日はゆっくりと鶴を休ませるつもりなのか、声をかけてこなかった。
そのため鶴は、思う存分に寝て、もういい加減に起きなければ、という気持ちとともに布団から出た。
屋根裏の階段物置を降りて行くと、誰もいない台所はしんと静かで、ブンブクはどうしたのだろう。
何かメモ書きがあるかな、とダイニングテーブルを見た彼女はそこに、メモ書きが一枚置かれている事に気付いた。
そのメモ書きによれば、ブンブクが、ちょっと納戸を開けたりするために、家にいないという事だった。
だが、普通に考えて、納戸は家の中にあるもののはずだ。
もしかしてどこかの、別の建物の納戸の中なんていう、面倒くさい物の中に、支度するものをしまっちゃったのだろうか。
鶴は、色々なからくり仕掛けを施した結果、見た目以上に物が収納されている室内を見た。
この建物の中に、大きなお風呂と、酒蔵があって、爺様のお気に入りがたっぷり詰め込まれているなんて、よほど熟練の泥棒でもない限り、思いもしないだろう。
鶴はそんな事を考えながら、欠伸をした。

「ブンブク、納戸に探しに行くのに、ごはんが用意していくんだ……」

メモ書きの中に、冷却家雷の中の丸い茶色の玉……味噌玉というらしい……をお湯でとかせば簡易味噌汁があると書かれていて、ダイニングテーブルの上には、蝿帳の被せられたおむすびがいくつか、入っていた。
海苔が巻かれていたり、ゴマが乗っていたりする。もしかしなくても、中身の具材が違うのかもしれなかった。
なんにしろ、ブンブクの作る食べ物はおいしい。鶴はそんなものが用意されている事さえうれしくて、口元がむずむずとした。
買い食いをあまりしなくなったけれども、その代わりにブンブクが、美味しいものを食べさせてくれるのだ。
それはとても素晴らしい事だった。
味噌汁だっていいが、お茶がいい。茶色のお茶で、牛乳をたっぷり入れたものがいい。
一人暮らしの時、城島にいた頃は、彼女の朝ごはんは、牛乳の入った茶色いお茶だったのだ。
朝にそれっぱかりなんて、体に良くない、ときっとブンブクは言うだろう。
だが、長年の習慣である。鶴は棚の中の、確かブンブクがこのあたりに置いていた、という場所から、茶筒を何個か取り出した。
緑のお茶と茶色いお茶なのはわかる。
だが、茶色いお茶も、緑のお茶も、二種類ずつあるのだ。
これってどういう意味なんだろう。鶴は行儀悪くも、ふたを開けて、匂いを嗅いだ。
匂いは全部違う物だったのだが、やっぱり違いが分からない。鶴はお茶に詳しくないのだ。
だがまあ、茶色いお茶なら、熱湯を入れて三分待てば、飲めるだろう。
そんな安易な考えののちに、鶴はお湯を沸かし始めた。
ブンブクがいつも使っている急須の、白い方が茶色のお茶の急須だ。土色の方は緑のお茶と決めてあるらしいので、そこら辺を間違えはしない。
だが一つここで問題が発生した。

「お茶葉って、どれくらい入れればいいんだろう」

鶴はティーバックでしか、お茶を入れた事がなかった。分量はどれくらい? いくら考えても答えが出ない。
取りあえず、というわけで、二杯入れて見た。
もたもたとしている間に、お湯がしゅんしゅんと音を立てて、百度の温度を知らせだす。
鶴は慌てて機械竈のスイッチを切り、お湯を急須に注いで、いつもブンブクが使っているキッチンタイマーで三分、測る事にした。むろん、おむすびを食べながらだ。
程よく握られたお結びは、口の中で少しほどけて、具材の塩気を感じて、とてもおいしい。
海苔の巻かれた方は梅干しで、ゴマのほうは鮭である。
どちらも大変に古典的な具材だ。
古典的な具材に文句は言わない。これもおいしい。
ただ少し油っ気が足りなくて、さっぱりしすぎているな、というのが鶴の感想だった。
そして出来上がった茶色いお茶は、はっきり言って味が強すぎた。失敗した要因を、どう考えても、一杯分のお茶葉ではなかったのだろう。
鶴は濃さに顔をしかめつつ、牛乳を足して、それを飲み切った。
飲み切って着替えれば、もう、鶴は出かけることができる。
ブンブクが心配しないように、鶴も書置きを残して、今日もにぎやかであろう蚤の市に、足を運ぶ事にした。
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