上 下
22 / 33

探すあたし。

しおりを挟む
一体どんだけなの。
あたしはそう思いながら、元来た道を戻っていた。
あちこちから聞こえてくる、この音は何?
分からないけれど、金属がぶつかり合う音が響いているのよ。
その後に続く呻き声のような物。
……もしかして、侵略軍がもうこの城まで迫ってきているのかしら。
だったら厄介ね。この城はそこまで階層もない平べったい造りだもの。
制圧に時間は、どれくらいかかるかしら?
あたしはそんな事を考えながらも、今は逃げるべきだと思って足を進めていく。
エンデール様の事をちらりと思ったわ。
彼はどうしているかしら。
聖女の魅惑に操られて、間違いを犯し続けているのかしら。
それを止めるべきだとは思う。終わらせなくちゃいけないとも。
でも今は時間がなさすぎる。
自分自身が捕まったら。世話ない。
そしてこの化け物の見た目のあたしを、見逃してくれるほど、侵略軍は甘くない。
だからあたしは、逃げなくてはいけないのに。
「……エンデール様、きっと殺されるのね」
殺されてしまったら、二度と会えない。
あたしの友達はもう、どこにもいなくなる。
「……」
あたしは数瞬迷って、踵を返した。
いやだ。お別れもしないなんていや。
もっと言えば、お別れなんていや。
あたしはいったい何度、大事な人を失えば気が済むの。
叔父であり初恋の人である、アナクレート様の笑顔を思い出した。
潔く笑う、あたしの愛であるイリアスさんも脳裏に浮かぶ。
どこでどうしているか知らない、あたしを引っ張り上げてくれたソヘイルも思い浮かんだ。
あたしは何度。何度。
「失い過ぎていないかしら、あたし」
もし神様が、平等をモットーにしてくれているなら。
「このただ一度、あたしが我儘を言っても許してくれないかしら、ね」
信じてもいない、この世界の新しい、くそったれな神様を思って、苦笑いをした。
それでも。
あたしは進んでいく。
エンデール様はどこにいるの?
聖女の所? 
それとも自室?
あたしにできるのは、何か。
分からないながらも、あたしはひたひたと進んでいった。
蹄の音が強く響いて、あたしの中の、あたしにもわからない決意を表しているようだった。
「……エンデール様」
あたしはどこの誰に、居場所がばれてもいいと真剣に思って、喉から声を出した。
「エンデール様!! どこにいるの!!」
この結末がどうなるかはわからない。
それでもあたしは、たった一人の友達を目指して、ひた走った。
その時のあたしの頭の中には、終わらせようとか、引導を渡そうとか思っていた、城に入る前の考えはすっぽ抜けていた。



あたしは、あたしを見て引きつった叫び声をあげた人達を見た。
そして、切りかかってきた剣を、腕で弾き飛ばした。
あの鹿のおばあさまの言った通りに、あたしの鱗の肌は剣を軽々とはじき返し、あたしの腕は剣を真っ二つに折った。
「化け物だ!」
その声はあちこちに響く。
あたしめがけて、魔法を放ってきた人もいる。
でも、あたしの肌を焦がす事もなく、魔法は霧散する。
そうね、化け物だわ。
あたしは思わず苦笑いをしてしまう。
あなた方の聖女が目覚めさせてしまった化け物なのよ、このあたしは。
聖女があたしの姿を変貌させなかったら、あたしは人の範疇にあったわけだから。
何の因果か。
「エンデール様、どこ」
あたしは何度も扉を開けて、エンデール様の姿を探した。
でも見つけられない。
時間は迫っていく。あたしは窓から見えた、侵略軍の侵入に舌打ちした。
時間がない。あたしが逃げおおせられるか。
それとも、エンデール様をあきらめるか。
あたしに残されているのは、きっとそのどちらかで。
思考回路はぐらぐらと揺れている。
命が惜しいなら逃げなくちゃいけないのに。
あたしは逃げ出す事を選べずに、声の限りに怒鳴っている。
「エンデール様、エンデール様!!」
そしてあたしは、震えた目をしている女官を一人見つけた。
彼女は腰が抜けているらしい。
つかつかと近寄って、あたしは彼女に問いかけた。
「ねえ、エンデール様はどこにいるの」
「ひいっ……」
彼女はがたがたと震えている。
あたしは自分の見た目の異常さを、改めて実感したわ。
でもそれは今はどうでもいい。
「答えて、べつに取って食いやしないわ」
「え、エンデール様は……っ!」
引きつった声の後に知らされた事実に、あたしは目を見張ってから、頷いた。
「ありがとう、あなたも逃げた方がいいわ」



結論から言えば。
あたしは回廊を駆けずり回って、そう判断する。
聖女はエンデール様を完全には、手中に収めなかった。
そりゃそうだわ、あの女嫌いがそう簡単に、聖女の手に入れられるとは思えない。
エンデール様は、聖女を拒んだ。その結末として、神にはむかったという烙印を押された彼もまた。
「神罰を受けて、ラジャラウトス最強の檻、王魚の鳥籠に入れられた、か……」
王魚の鳥籠。
聞いた事はある、気がした。
エンデール様が語った言葉が、不意に頭の中によみがえる。
『絶対の檻だ。遠い昔、王が寵妃に逃げられないようにと作り上げた檻でな。大概の力を無効化する』
お酒を飲みながら、笑ったエンデール様。隣にはソヘイルが同じような酒をあおっていて。
『バーティを入れるのか、エンデール皇太子?』
呆れた調子で言った言葉に、エンデール様は。
『そんな、ろくでもない真似をするなら、俺はアリアの足を砕く方を選ぶな』
そんな風に言い切って、またお酒をあおった。
あたしは記憶を探る。
王魚の鳥籠はどこにあったかしら、と。
……でも、あたしのそこまで優秀ではない記憶力では、とても思い出せなかった。
それでもと記憶を探っていた時よ。
「……ありあ?」
ぼろぼろの姿をした人が、あたしを見て唖然とした顔をしていた。
はっきり言って見覚えがない人だった。
だって伸ばされに伸ばされた髪も。
造作の整い方も。
筋肉の落ちた体つきも。
見た事のない人だったから。
だというのにあたしは、彼と同じ顔、つまり唖然とした顔でこう言っていた。
「ソヘイル?」




彼は色彩以外が、かなりソヘイルの面影を持つ男だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

すてられた令嬢は、傷心の魔法騎士に溺愛される

みみぢあん
恋愛
一方的に婚約解消されたソレイユは、自分を嫌う義母に新たな結婚相手を言い渡される。 意地悪な義母を信じられず、不安をかかえたままソレイユは、魔獣との戦いで傷を負い、王立魔法騎士団を辞めたペイサージュ伯爵アンバレに会いに王都へと向かう。 魔獣の呪毒(じゅどく)に侵されたアンバレは性悪な聖女に浄化をこばまれ、呪毒のけがれに苦しみ続け自殺を考えるほど追い詰められていた。 ※ファンタジー強めのお話です。 ※諸事情により、別アカで未完のままだった作品を、大きく修正し再投稿して完結させました。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

異世界恋愛短編集

葵 すみれ
恋愛
今まで投稿していた異世界恋愛短編をまとめました。 ◆英雄となった幼なじみに婚約破棄された見習い聖女は、白い花を胸に抱いて追放される ◆悪役令嬢は真実の愛なんて信じない ◆後宮の雑草令嬢は愛を令嬢力(物理)で掴み取る ◆何もしなかった悪役令嬢と、真実の愛で結ばれた二人の断罪劇 ◆白い絹とレースの手袋は幸福をもたらさない ◆お前を愛することはないと夫に言われたので、とても感謝しています ◆「あなたの謝罪にそんな価値があるとでも?」~婚約破棄された令嬢はやり直さない ※小説家になろうにも掲載しています

モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。 でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。 果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか? ハッピーエンド目指して頑張ります。 小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。

【完結】悪役令嬢に転生したのでこっちから婚約破棄してみました。

ぴえろん
恋愛
私の名前は氷見雪奈。26歳彼氏無し、OLとして平凡な人生を送るアラサーだった。残業で疲れてソファで寝てしまい、慌てて起きたら大好きだった小説「花に愛された少女」に出てくる悪役令嬢の「アリス」に転生していました。・・・・ちょっと待って。アリスって確か、王子の婚約者だけど、王子から寵愛を受けている女の子に嫉妬して毒殺しようとして、その罪で処刑される結末だよね・・・!?いや冗談じゃないから!他人の罪で処刑されるなんて死んでも嫌だから!そうなる前に、王子なんてこっちから婚約破棄してやる!!

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

処理中です...