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カルチャーショックなあたし

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そしてあたしは異国の常識を知ってしまう事になったわ。
「アズ」
「ん?」
「なんであたしの着替えがどっかに行っちゃっているの」
「知らねえな、洗濯でもされてんじゃねえのかい?」
「人に何も言わずにするわけ?!」
あたしは更衣室でバスタオルを巻きながらわめいてしまった。あたしの着替えが、今まで着ていた服がどこにもない! 
あたしはこんな見た目になってしまったけれど、恥じらいがないわけじゃないのよ!
「それになにこれ?!」
あたしは薄くてスケスケ一歩手前の服、それも丈まで短い物をアズに示しながら怒鳴った。
「これじゃ見えてほしくないところが全部見えちゃうでしょうが!」
「あー……」
アズが何とも言い難い表情をとった。なんて説明すればいいんだろうと言いたげな表情である。
そんな表情に文句が引っ込むわけもなし。あたしはぎゃあぎゃあとやるしかない。
「せめて下着は! 下着! 下着さえどっかに行かれてるんだけど!」
「落ち着け、お嬢さん」
「落ち着いていられるわけがないでしょう!!」
「それはたぶん、あいつらの歓迎のしるしなんだ」
「どこが!」
あたしが言いきれば、アズは深々と溜息を吐いてこういった。
「それ、この国の最高位の女性に着せるような衣装の一部なんだ」
「何よそれ!」
あたしは信じられなくて叫んでいた。
だってこれ、踊り子の服みたいなぎりぎりのラインに、申し訳程度の薄さの薄布がついているだけの服なのよ。
バスチアおよびラジャラウトスじゃ、どう考えても踊り子や夜の女性の衣装だわ。
前世の記憶からかんがみたって、これは露出がすごすぎる。
これが最高位の女性の衣装だなんて信じられない。
アズがあたしをだますわけがないと信じたいけれども、それでもよ。
すでに涙目でアズを睨んでいるあたしに、アズは何といえば伝わるのかと、真面目に考えている表情をとる。
「それ、最高級の炎鋼の糸でできているんだ。その見た目に反して、ものすごく温かくて快適な衣装で……防御力も半端じゃない」
「でもこの露出は!」
あたしがここまで露出にこだわるのにはわけがある。
あたしは傷だらけで、おまけに植物と魚のような鱗が混ざり合った肌をしていて、人前にこんな素肌をさらすのはとてもできない、と思っているからよ。
それに、こんなスケスケの衣装は恥ずかしすぎて着られない。
確かに刺繍はすごいし、飾りの物は全部宝石みたいだし、豪華と言えば豪華だけれども。
「俺ぁ下界に降りていたからわかるんだが……ぶっちゃけこの国の女性はみんなこんな感じだ」
あたしは口をあんぐりと開けて絶句した。それ位衝撃の発言だったのだ。
「それの上に、一枚何か羽織るくらいだ。それも真冬に」
アズが至極真面目にそういった。そしてからやや躊躇したように口を開いて、こう説明をする。
「だからこれは、この国ではかなり上等の、それも気遣いにあふれた衣装なんだ」
あたしはものすごく考えて、考えて、……諦めた。
「それならしょうがないわ。アズがあたしにうそを言う理由がどこにもないもの。……着るわ。いつまでもバスタオル一枚で居られないし。だからアズ、お願い、背中を向けていて」
「へいよ」
アズはそう言い、あたしはそのスケスケな衣装にそでを通した。
……悔しい位に素敵な肌触りで、ちょうどいい温かさで、スケスケじゃなかったら快適と言っていい衣装だったわ。
あたしはさらに自分の髪留めを探したのだけど、それすらどこにも置かれていなかった。どこに行ったのあたしの私物たち。
「もうそっちを向いてもいいかい」
「ええ、いいわよ」
アズがすでに着替え終わっているのだろう声でそう言って、あたしはそっちを向いた。
……アズは四苦八苦して着替えている最中だった。
「アズ、あなた……」
「悪いな、さすがに手足が片っぽずつないってのは不便だ。慣れるまでに時間がかかりそうだな」
それがどうという事でもないと言いたげな声で、アズは言いながら、包帯を巻きなおそうとしていた。
でも、やっぱり慣れていないからできなくて、じたばたしていたから、あたしは声をかけた。
「包帯、巻くわよ」
「お、ありがたいな。じゃあ頼む」
アズはそういうと、胸が痛くなるような表情をして、あたしに身を任せるから、あたしはサブナクさんに教わった通りに包帯を巻いた。
包帯を巻くっていうのは距離感が近いわね。おまけに足のあたりを巻き終わってから、肩のあたりに取り掛かったのだけれども、アズの呼吸が髪にあたってちょっとくすぐったい。
「あなた、鼻息荒くないかしら」
「こんな別嬪さんに、こんなに丁寧に包帯を巻いてもらって、興奮しない男はいないぜ」
「あたしなんかが別嬪なんて、やっぱりあなたはおかしいわ」
あたしはアズのその、なんとも言えない言葉の感じにくすくすと笑ってしまった。
「ああ、お嬢さんはやっぱり笑顔の方がずっとずっといいな」
アズがそう言って、あたしが言い返そうとしたその時よ。
「アズラク殿。お加減は……」
言いつつ入ってきたのは、女性だった。
そう、彼女はあたしみたいな透け感のある、あたしよりも若干落ち着いた感じの衣装を身にまとっていて、そこであたしはアズの言っていた事が事実だと知ってほっとした。
でも、びっくりしたのはそこじゃない。
彼女は、耳が人間の耳じゃなくて、狼の耳だったのよ。それで、その瞳もいかにも狼といった感じの灰色の瞳をしていた。それで、あちこちに毛皮が生えている。特に目立つのは両腕と両足と、そして……尻尾。
そうか、そうなのか……あたしは彼女の姿を見て、スケスケ衣装がなぜ丈まで短いのかを理解してしまったわ。
毛皮があるなら、丈が長いと不便よね……そう言う事だったのね。
スケスケの理由がまだわからないけれど、丈の短さは今わかったわ。
うん。
「お、お邪魔しました!!」
だというのに、狼の彼女はあたしたちを見て顔を真っ赤にして、転がるように走り去っていった。
早いわね、ものすごく速いわ。
「何がお邪魔だったのかしら。ただ包帯を巻いているだけなのに」
「そりゃあ、俺がめったに他人に包帯なんて巻かせないからだろうよ」
「そうなの? それに、アズラク様って言ったわね。あなたもしかして偉いのかしら」
「そんなの俺じゃなくて他人が決める事だろうよ」
そんな事を言いあいながら、包帯を巻いて、結局アズの着替えも手伝う事になった。
アズの着替えはチャイナドレスみたいなものだったわ。男でも違和感がないのが悲しいシルエットのチャイナドレス。
そう言えば、あの犬のご老人も似たような衣装を着ていたわね。
やっぱりこの国の衣装文化は、あたしの知らない何かが発動しているのね、きっと。
「さて、着替えたらお嬢さんをどこか、落ち着けそうな部屋に連れて行ってやりたいな。俺はお嬢さんに世話になりっぱなしだ」
おどけるように言うアズが、片足だというのに器用に歩いて、あたしを案内していく。
ここは上空にある場所だというのに、不思議と寒さを感じないのはこの、炎鋼の衣装のせいなのか、それとも別の要因なのか。
あたしは魔法には詳しくないから、なんとも言えないわね。
そう思いながらも浴場を出れば、中庭があったわ。あたしは一番初めに浴場に連れて行かれたから、ここが中庭だなんて気づかなかった。
とても大きな中庭で、たくさんの扉があって。中庭の中央では何かが光っていたわ。遠すぎてわからないけど。
「ねえ、アズ、この屋敷の造りはどうなっているの? 今まで一度も見た事のない造りで、ちょっと戸惑っているの」
あたしのこの言葉を聞いて、アズは頷いた。
「そりゃそうだろうな。俺はこの造りの家を、下界で見た事がない。まあこんな感じさ」
言いつつ、アズが片手を地面にかざせば、地面が少し焦げた。そして焦げた線で、簡単な間取りらしきものが描かれたわ。
「あなた。魔法が使えるの?」
びっくりして問いかければ、アズは笑って首を振った。
「魔法じゃねえな。これは血の業って言われている奴さ。まあそれは置いて置いて。この家は大体こんな風に、ロの字型になっていて、全部の部屋が中庭に扉を持っている。部屋同士には扉がなくて、ほかの部屋にはいる時は必ず、中庭を通る造りだ。俺たちが最初に入った入り口が、正面玄関だぜ。こっからじゃ見えねえが、この奥に裏口もある」
「雨の時は大変そうね」
「大体の家は、雨除けの業を展開するからそうでもねぇよ」
言われてあたしは、中庭を眺めた。
日の当たるとても美しい、庭ね。自然な感じで、ほっとするのに、整っている気がしてくる、庭師の技量が明らかな庭だったわ。
本当に、ここは下の世界とは違う世界なのね、と思わせてしまう、不思議な植物がたくさん植えられた場所でもあったわ。
「そんで、たぶんこっちにお嬢さんの部屋を用意してくれていると、俺は信じたいな」
言いつつアズは歩き始める。
そして一つの扉の前に行くと、無遠慮に扉を開いた。
あたしはその中を見て、数秒固まってしまった。
まさしく、カルチャーショックと言っていいものがそこには展開していたわ。
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