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車椅子のイカロス
第3話 お調子者のダイダロス
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でもね……やっぱり運動ができないのはツライ。見学しかできないのはツライ。
一時間目にでた数学の宿題を早々に終わらせてしまったわたしは、グラウンドを見た。そして思わず声がもれた。
「いいなぁ……」
女子は走り幅跳びをやっていた。でも真剣にやっている子はほとんどいない。ひょっとしたら真剣にやっているのかもしれないけど、砂場まで届かないなんてちょっと信じられない。着地で少しでも記録を伸ばすために、全身砂まみれにならないなんて、ちょっと信じられない。わたしは、思わず声がもれた。
「まじめにやれよな……」
走り高跳びをやっている男子だってそうだ。一番高く飛んだ子がガッツポーツをしているけど、あれって……一五五センチくらい……かな。そんなのガッツポーズする高さじゃない。わたしなら、目をつむっていても跳べる。だって助走の歩数とスピード、踏み切る右足のタイミングや、体を弓のようにしならせて、バーを飛び越えるタイミングまで、全部、身体に染み込ませているから。わたしは、思わず声がもれた。
「いい加減なヤツばっかり……」
わたしは、とてもとてもイヤな気分になった。今の自分には、もう絶対にできないのに、ちゃんと体育に出て授業を受けているみんなをバカにしている。自分は、もう走るどころか、足の小指一本すら動かすことができないのに……いや、だからこそ、あんな風にいい加減にスポーツに打ち込んでいるクラスメイトを見ると、イラだってしまうのかもしれない。
イライラするなら、見なければいいのに……そう思う、でも好きなんだ。わたしは身体を動かすことが大好きなんだ。だから……どうしても見たくなってしまう。そして、こんなときほんのちょっとだけイヤな考えが頭をよぎる。
——— ついてないのは、イカロスじゃなくてわたし? ———
って。
イカロスは、太陽に近づきたいって夢をかなえて、そのまま死んでいった。死んじゃったけど、こうやってお話に残っている。
その点わたしは、棒高跳びで、中学生女子史上初の四メートルジャンプを成功させた後、下半身付随になって二度と飛べなくなって、こうしてクラスメイトのやる気のない体育をうらやましそうに見ているだけだ。
こんなの地獄だ。こんなのヘビのナマゴロシだ。わたしは、あのグラウンドに立つことさえできれば、主役を争うことができるんだ。だけど今は、この擁護学級でただ見ているだけ。
こんな時、本当にたまにだけど、ほんの少しだけだけど、頭によぎる感情がある。
——— 死んだほうがまし? ———
いや! よぎるだけ! よぎるだけだよ‼︎ 自殺なんて絶対にやらない‼︎ そんなのバカバカしい。
わたしには、やさしい両親がいるし、本音でしゃべれる友達だっているし、障害はあるけど、たいていのことはひとりでやれる。トイレにだってひとりで行ける。
でも、でもやっぱり自分の中から「夢中になれること」が、ごっそりと抜け落ちてしまったのはまぎれもない事実で、なんだか自分は、もう、死んじゃっているんじゃ無いかなって思ってしまうことがある。
でもさ、まだわたし十三歳だしね! こっから、高校もあるし、大学もあるし、こんな身体になっちゃったけど、ひょっとしたら、それでもいいって言ってくれる男子がいるかもしれない。恋人ができるかもしれない。きっと楽しいことがまだ見つかってないだけ。
うん。そうだ! 絶対にそうだ! 絶対に絶対にそうだ‼︎
わたしはけっこう動く右手で、親指しか動かない左手をつかんだ。そして、胸の高さまで持っていくと、つかんだ左手を手放す。
力なく落下する左手の親指が、心臓に「トン!」と突き刺さる。そして左手の親指にありったけの力をこめて、「くいっ」って上にあげる。左手がほんの少しだけ上を向く。
気持ちが落ち着いていく ——— 死んだほうがまし? ——— なんてバカバカしい心のモヤモヤが消えていく。中学新記録の四メートルを飛び越えることができた無敵のルーティーン。その効果は今でも抜群だ。
わたしは、改めてグラウンドを見た。授業が終わって、片付けをしている。でも、なんだかグランドがさわがしい感じがする。窓はしめているから音なんてしないけど、男子があきらかにはしゃいでいる。掃除時間みたいにはしゃいでいる。
よくみると、グラウンドにちっちゃいなにかが飛んでいた。
「あれって……ドローン?」
ドローンは、走り幅跳びの横にある鉄棒をくぐると、そのままスイスイと飛んで走り高跳びのバーもくぐった。
あ、体育の田中先生がドローンを追いかけている。ドローンは田中先生を挑発するみたいに、周囲をぐるぐる回っている。
田中先生がドローンを捕まえようとすると、ドローンは、ヒョイって手の届かない所まで飛び上がる。そうして、田中先生との距離が空くと、ふたたびフラフラと低空飛行にもどる。完全に田中先生をからかっている。
とつぜん、田中先生がドローンの反対方向に走った。犯人を見つけたからだ。犯人は校庭の木に隠れていた同じクラスの代田鹿太《ろくた》くん。
代田くんが田中先生につかまると、ちょうしに乗って飛び回っていたドローンは、「ストン」と、あっけなく地面に転がり落ちた。
あーあ、あれ、絶対に職員室に呼び出されるパターンだよね。ドローンは没収かな?
わたしは思った。男子って本当におバカだ。
一時間目にでた数学の宿題を早々に終わらせてしまったわたしは、グラウンドを見た。そして思わず声がもれた。
「いいなぁ……」
女子は走り幅跳びをやっていた。でも真剣にやっている子はほとんどいない。ひょっとしたら真剣にやっているのかもしれないけど、砂場まで届かないなんてちょっと信じられない。着地で少しでも記録を伸ばすために、全身砂まみれにならないなんて、ちょっと信じられない。わたしは、思わず声がもれた。
「まじめにやれよな……」
走り高跳びをやっている男子だってそうだ。一番高く飛んだ子がガッツポーツをしているけど、あれって……一五五センチくらい……かな。そんなのガッツポーズする高さじゃない。わたしなら、目をつむっていても跳べる。だって助走の歩数とスピード、踏み切る右足のタイミングや、体を弓のようにしならせて、バーを飛び越えるタイミングまで、全部、身体に染み込ませているから。わたしは、思わず声がもれた。
「いい加減なヤツばっかり……」
わたしは、とてもとてもイヤな気分になった。今の自分には、もう絶対にできないのに、ちゃんと体育に出て授業を受けているみんなをバカにしている。自分は、もう走るどころか、足の小指一本すら動かすことができないのに……いや、だからこそ、あんな風にいい加減にスポーツに打ち込んでいるクラスメイトを見ると、イラだってしまうのかもしれない。
イライラするなら、見なければいいのに……そう思う、でも好きなんだ。わたしは身体を動かすことが大好きなんだ。だから……どうしても見たくなってしまう。そして、こんなときほんのちょっとだけイヤな考えが頭をよぎる。
——— ついてないのは、イカロスじゃなくてわたし? ———
って。
イカロスは、太陽に近づきたいって夢をかなえて、そのまま死んでいった。死んじゃったけど、こうやってお話に残っている。
その点わたしは、棒高跳びで、中学生女子史上初の四メートルジャンプを成功させた後、下半身付随になって二度と飛べなくなって、こうしてクラスメイトのやる気のない体育をうらやましそうに見ているだけだ。
こんなの地獄だ。こんなのヘビのナマゴロシだ。わたしは、あのグラウンドに立つことさえできれば、主役を争うことができるんだ。だけど今は、この擁護学級でただ見ているだけ。
こんな時、本当にたまにだけど、ほんの少しだけだけど、頭によぎる感情がある。
——— 死んだほうがまし? ———
いや! よぎるだけ! よぎるだけだよ‼︎ 自殺なんて絶対にやらない‼︎ そんなのバカバカしい。
わたしには、やさしい両親がいるし、本音でしゃべれる友達だっているし、障害はあるけど、たいていのことはひとりでやれる。トイレにだってひとりで行ける。
でも、でもやっぱり自分の中から「夢中になれること」が、ごっそりと抜け落ちてしまったのはまぎれもない事実で、なんだか自分は、もう、死んじゃっているんじゃ無いかなって思ってしまうことがある。
でもさ、まだわたし十三歳だしね! こっから、高校もあるし、大学もあるし、こんな身体になっちゃったけど、ひょっとしたら、それでもいいって言ってくれる男子がいるかもしれない。恋人ができるかもしれない。きっと楽しいことがまだ見つかってないだけ。
うん。そうだ! 絶対にそうだ! 絶対に絶対にそうだ‼︎
わたしはけっこう動く右手で、親指しか動かない左手をつかんだ。そして、胸の高さまで持っていくと、つかんだ左手を手放す。
力なく落下する左手の親指が、心臓に「トン!」と突き刺さる。そして左手の親指にありったけの力をこめて、「くいっ」って上にあげる。左手がほんの少しだけ上を向く。
気持ちが落ち着いていく ——— 死んだほうがまし? ——— なんてバカバカしい心のモヤモヤが消えていく。中学新記録の四メートルを飛び越えることができた無敵のルーティーン。その効果は今でも抜群だ。
わたしは、改めてグラウンドを見た。授業が終わって、片付けをしている。でも、なんだかグランドがさわがしい感じがする。窓はしめているから音なんてしないけど、男子があきらかにはしゃいでいる。掃除時間みたいにはしゃいでいる。
よくみると、グラウンドにちっちゃいなにかが飛んでいた。
「あれって……ドローン?」
ドローンは、走り幅跳びの横にある鉄棒をくぐると、そのままスイスイと飛んで走り高跳びのバーもくぐった。
あ、体育の田中先生がドローンを追いかけている。ドローンは田中先生を挑発するみたいに、周囲をぐるぐる回っている。
田中先生がドローンを捕まえようとすると、ドローンは、ヒョイって手の届かない所まで飛び上がる。そうして、田中先生との距離が空くと、ふたたびフラフラと低空飛行にもどる。完全に田中先生をからかっている。
とつぜん、田中先生がドローンの反対方向に走った。犯人を見つけたからだ。犯人は校庭の木に隠れていた同じクラスの代田鹿太《ろくた》くん。
代田くんが田中先生につかまると、ちょうしに乗って飛び回っていたドローンは、「ストン」と、あっけなく地面に転がり落ちた。
あーあ、あれ、絶対に職員室に呼び出されるパターンだよね。ドローンは没収かな?
わたしは思った。男子って本当におバカだ。
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