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七章 おやすみミコ様

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 諦めたように見える、ため息混じりの微笑みは、何を意味してるんだろう? そう思いながら覗き込む私の顔に、タバナがそっと手を触れるじゃないか。
「!」
 内心ビックリしたけど、ここは逃げずに頑張ろう。

 ちょっと待って、心臓ばっくばく。
 そっと息を整える……けど、そういうのも全部、見透かされてそう。

 私は、私の頬を包み込む優しい手の温もりを味わうように、少しだけ、すり寄った。
 しばらくお互いに動かなかったが、タバナは周囲の皆がそっぽを向いて動じてないのを確認すると、そっと私を抱きしめてくれた。
 壊れ物を扱うみたいな、ゆったりとした抱かれ方に、声を上げずに済んだ。

 こんな反応してくれるなら、もっと早く、こうすれば良かった……と後悔する自分と、今だから、こうなれたんだよなと納得する自分がいる。カラナとして、お役目を全うしてるからこそ。
 そう考えると、このハグはただのご褒美か?
 まぁご褒美なら、それはそれで味わっておこう。こんな機会は、もうないだろう。
 腕の強さ、胸の温かさ、包み込まれてる安心感。身体全体から伝わってくる愛情に、酔っぱらいそうだ。
「す……っ、んっ」
 思わず本音が漏れかけた唇を、タバナが塞いできた。

 唇で。

 髭がもじゃもじゃと頬に触るけど、それが不快じゃない、甘いキス。初めて会って、水を口移しされた時以来の、懐かしい感触である。
 でも、あの時と違って口中に押し入ってきたのは水でなく、タバナの舌である。
「!」
 現代の私も味わったことがなく、カラナとしても初めての感覚だった。
 声が出そうになるのを必死に抑える。皆に聞かれたくない。仕掛けたのは私だったけど、まさか本当に応えてもらえるとは思ってなかったから。

 口中から身体の芯に、何かゾワッと電気が走ったみたいな感覚が走り、腰に来た。ちょっと、くすぐったい。何だこれ。

「……っ」

 息が保たない。
 鼻で呼吸したら、鼻息が荒くなった。お恥ずかしい。慣れてないんだよ、こっちは。

「これはいけませんな。おい」
 などと、いきなりタバナが顔を上げて、監視の男性に声をかけた。
「ミコ様がお上がりになる。衣を持て。宿の仕度を整えよ」
 何事もなかったように、キビキビと指示をして立ち上がったのだ。私を抱き抱えて。
 ザバッと湯が波を立て、私の身体が浮き上がった。お姫様抱っこされちゃってるし!

 あ。
 のぼせたのか、私。
 ってか腰が抜けてる。
 いやだってもう刺激が強かったから。
 鼻血出てないだろうなと思って、口に手を当てながら鼻の下をこすった。大丈夫そう。

 乾いた衣に包まれた下から、濡れた衣をするりと落とす。それから、もう一枚。さらに一枚。
 髪も、木を彫ったくしで何度も何度も、水滴がなくなるまで梳かれた。
 包み込まれて身体が乾いて、暖かさだけが残り、ようやく息をついた。今さらながら、良いお湯だった。

 できれば、また訪れたいものだ。もう少し仰々しくない感じで。今回は初の温泉旅行だったし……とは思いながらも、何となく、これが最初で最後かなぁとは感じている。
 お手軽旅行にしたいけど、そうなるには、まだまだ私という人間の位が高すぎる。王族とか天皇様とか、大変そうだもんなー。
 明日もっかい入ろう。

 お社以外の場所で寝泊まりできる幸運も、これが最後だろう。わざわざ私のためだけに、今回の温泉のためだけに、建てられたのだ。ホントなら、せっかく建ててくれたんだから、何度も来たいけど。
 まぁ、この辺にも大きなムラが出来て賑わって、村長さんみたいな役職の人がここに住むようになるってのが理想かな。
 そしたら今後、ここが皆の保養所になって、温泉に入るっていう文化が生まれるかも知れない。

「ミコ様、お足元にお気をつけて」

 タバナの手に手を乗せて、家屋に上がる。
 お社と似た、地面から高くしてある住居。社と違って、神楽殿ベランダがないだけである。いや中もちょっと狭いかな。でも、これぐらいの方が落ち着く。

 タバナが持つ小さな松明を頼りに、彼に続いて部屋に入る。まだ昼間だけど、室内は薄暗い。それに山の麓だから、日が落ちるのが早い。
 手を引かれ、柔らかい毛皮の絨毯に重ねられた布団に、座る。室内には他に灯りがない。囲炉裏に松明を置いて火がついたら、それが暖房兼灯りになる。
 私の手を放さずともタバナが松明を置けるぐらい、室内が狭い。っていうか、手を放すつもりは、もうないようだ。

 タバナが言った。
「あなたを、憎んでおりました」
 と。
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