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七章 おやすみミコ様
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なんて綺麗な身体なんだろう……なんて見惚れたらダメなんだろうけど。でも、凝視しちゃう。美術室にあった神様の胸像みたいに整ってる筋肉。
引き締まった腕、お腹、足。
あちこち傷だらけだけど、だからこそか、美しい。
ミコを、このヤマタイを、守るための身体だ。
あー。しまったな。
この遠征の前に、いや、旅の最中ででも。
髭を剃れって命令しときゃ良かった。
忘れてたわ。
でも、表情は分かりにくいほうが良いのかもな、とも思う。だってタバナは、あまり嬉しそうじゃない。
ってかお湯が浅いな。腰までなんて、入れない。膝丈ぐらいしかないんじゃないの。がっつり浸からなきゃ温泉の良さが分からないじゃないの。
「ミコ様、温泉に問題はないようです。少し白く足元が見えませんが、底に板を敷きましたので足を取られることもありません」
私の顔を見ずに早口に言って、さっさと出ようとする。複雑な表情。
嫌われてる訳じゃないことは、ここ数年の付き合いで感じられるものの……照れてる訳でもなさそうだし。
2人きりになりたかった。
社にタバナが来たタイミングでフサに人払いを命じれば、すぐ2人きりになれたけど、私は、それが出来なかった。
怖くて。
何を言われるのか、いや、何か言ってくれれば良いけど、逆にまた心が離れるかも知れなかったから。
それなら、まだ人の目があるほうがマシ。
今なら皆、見ないふりしてくれてるし。
お風呂って環境が、お日様の下が、ちょっと違う心持ちにしてくれてる。
何より大きな、金印ってイベントが終わったから、私の肩の荷も降りている。今までずっと他人の人生をなぞってる気分だったけど、いよいよ本当に後の人生はオマケよね、って思えてる。
やるべきことは、やったよ。
「出てはなりません。私の手を取り、湯に浸からせなさい」
そう言って岩の縁に立ってかがみ込み、手を差し伸べる。
彼が私の手を取ってくれる、その動きに躊躇はない。なんなら掴んでくれた手の力に、安心を覚えるほどだ。心置きなく体重をかけて、しゃがみ、湯に足を入れた。
足先には熱いと感じたけど、お尻まで浸かり慣れてくると、徐々にぬるくなった。いつまでも入っていられそう。
ほわりとまとわり付いてくる、初めての感覚。この身体にしてみれば、初体験だもんね。
ずっとムラから出たことがなく、池などで泳いたという記憶もない。
ただ、この深さじゃ泳げないけどなー。
もう少し深いところはないのかね。
岩陰に隠れるように歩き進んで、底の板の端っこギリギリまで寄って、座った。お腹ぐらいまでしか浸かれないけど、まぁいいや。
寝転べば、肩まで入れる。寝湯だ。
お湯に髪が広がる。
至福だ。
「あ~……」
「……ミコ様。お手を」
「嫌」
タバナのげんなり顔がすぐ側にあるのは、私が手を離さないからだ。引っ張られてタバナも、一緒に岩の奥まで来ざるを得なかった。
私が寝転んでもタバナは、かたくなに立ってて、腰を屈めている。
「座りなさい」
諦めたらしい。
タバナは湯船の中で、あぐらをかいた。タバナの身長だと、脇腹辺りまでしか入れていない。それでも、お湯の感覚は気持ち良いみたいだ、不快な表情じゃなさそう。
私は手を離さないまま少し身体をずらして、傍らの岩を枕にした。お湯が着物に沁み込み、肌にじわりと温もりを伝えてくる。
肌色が着物に透けている。
寝ているが浅いので、胸から上がお湯から出ている。冷えるので片手で肩にお湯をかけているけど、見えているのは隠せない。タバナを見ると、タバナも見よう見まねで、自分の肩にお湯をかけていた。私を見ないようにして。
私は身体を起こして、横座りした。
逃げちゃうかなと思いながらも、そっと、つないだ手を放し……指先を、タバナの腕から肩、首と這わせた。タバナはうつむいたままだが、逃げない。
彼の角髪に手をかける。ツーテールみたいな、弥生時代の髪型。2つに束ねて耳の後ろで縛ってある紐の端を引っ張ると、存外、スルッとほどけるのだ。
「ミっ……」
声を荒らげかけたタバナが、口を引き締めた。皆に聞かれたらマズいと思ったんだろう。
長髪が、ばさりと垂れた。
「……っ」
少し横を向いて、でも立ち去ろうとはせず、タバナはうつむき荒々しく、お湯を手ですくっては頭にかけた。バシャバシャと音が続く。
その音にかき消されそうに小さな声で、
「あなたは……!」
と憤るかの言葉が漏れた。
タバナの本音だ。
「怒った?」
なんて聞いたら、余計に怒りそうだよね。
でも。
濡れそぼった髪の間から私を見つめた瞳は、疎い私でも分かるほど、ちゃんと私に注がれており。
口元は、諦めの笑みに歪んでいた。
引き締まった腕、お腹、足。
あちこち傷だらけだけど、だからこそか、美しい。
ミコを、このヤマタイを、守るための身体だ。
あー。しまったな。
この遠征の前に、いや、旅の最中ででも。
髭を剃れって命令しときゃ良かった。
忘れてたわ。
でも、表情は分かりにくいほうが良いのかもな、とも思う。だってタバナは、あまり嬉しそうじゃない。
ってかお湯が浅いな。腰までなんて、入れない。膝丈ぐらいしかないんじゃないの。がっつり浸からなきゃ温泉の良さが分からないじゃないの。
「ミコ様、温泉に問題はないようです。少し白く足元が見えませんが、底に板を敷きましたので足を取られることもありません」
私の顔を見ずに早口に言って、さっさと出ようとする。複雑な表情。
嫌われてる訳じゃないことは、ここ数年の付き合いで感じられるものの……照れてる訳でもなさそうだし。
2人きりになりたかった。
社にタバナが来たタイミングでフサに人払いを命じれば、すぐ2人きりになれたけど、私は、それが出来なかった。
怖くて。
何を言われるのか、いや、何か言ってくれれば良いけど、逆にまた心が離れるかも知れなかったから。
それなら、まだ人の目があるほうがマシ。
今なら皆、見ないふりしてくれてるし。
お風呂って環境が、お日様の下が、ちょっと違う心持ちにしてくれてる。
何より大きな、金印ってイベントが終わったから、私の肩の荷も降りている。今までずっと他人の人生をなぞってる気分だったけど、いよいよ本当に後の人生はオマケよね、って思えてる。
やるべきことは、やったよ。
「出てはなりません。私の手を取り、湯に浸からせなさい」
そう言って岩の縁に立ってかがみ込み、手を差し伸べる。
彼が私の手を取ってくれる、その動きに躊躇はない。なんなら掴んでくれた手の力に、安心を覚えるほどだ。心置きなく体重をかけて、しゃがみ、湯に足を入れた。
足先には熱いと感じたけど、お尻まで浸かり慣れてくると、徐々にぬるくなった。いつまでも入っていられそう。
ほわりとまとわり付いてくる、初めての感覚。この身体にしてみれば、初体験だもんね。
ずっとムラから出たことがなく、池などで泳いたという記憶もない。
ただ、この深さじゃ泳げないけどなー。
もう少し深いところはないのかね。
岩陰に隠れるように歩き進んで、底の板の端っこギリギリまで寄って、座った。お腹ぐらいまでしか浸かれないけど、まぁいいや。
寝転べば、肩まで入れる。寝湯だ。
お湯に髪が広がる。
至福だ。
「あ~……」
「……ミコ様。お手を」
「嫌」
タバナのげんなり顔がすぐ側にあるのは、私が手を離さないからだ。引っ張られてタバナも、一緒に岩の奥まで来ざるを得なかった。
私が寝転んでもタバナは、かたくなに立ってて、腰を屈めている。
「座りなさい」
諦めたらしい。
タバナは湯船の中で、あぐらをかいた。タバナの身長だと、脇腹辺りまでしか入れていない。それでも、お湯の感覚は気持ち良いみたいだ、不快な表情じゃなさそう。
私は手を離さないまま少し身体をずらして、傍らの岩を枕にした。お湯が着物に沁み込み、肌にじわりと温もりを伝えてくる。
肌色が着物に透けている。
寝ているが浅いので、胸から上がお湯から出ている。冷えるので片手で肩にお湯をかけているけど、見えているのは隠せない。タバナを見ると、タバナも見よう見まねで、自分の肩にお湯をかけていた。私を見ないようにして。
私は身体を起こして、横座りした。
逃げちゃうかなと思いながらも、そっと、つないだ手を放し……指先を、タバナの腕から肩、首と這わせた。タバナはうつむいたままだが、逃げない。
彼の角髪に手をかける。ツーテールみたいな、弥生時代の髪型。2つに束ねて耳の後ろで縛ってある紐の端を引っ張ると、存外、スルッとほどけるのだ。
「ミっ……」
声を荒らげかけたタバナが、口を引き締めた。皆に聞かれたらマズいと思ったんだろう。
長髪が、ばさりと垂れた。
「……っ」
少し横を向いて、でも立ち去ろうとはせず、タバナはうつむき荒々しく、お湯を手ですくっては頭にかけた。バシャバシャと音が続く。
その音にかき消されそうに小さな声で、
「あなたは……!」
と憤るかの言葉が漏れた。
タバナの本音だ。
「怒った?」
なんて聞いたら、余計に怒りそうだよね。
でも。
濡れそぼった髪の間から私を見つめた瞳は、疎い私でも分かるほど、ちゃんと私に注がれており。
口元は、諦めの笑みに歪んでいた。
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