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一章 私はミコ様

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 やっと死ねたのかな。
 意識が浮上して思うのは、ここんトコいつも同じだ。
 ここが洞窟でなければ良い。

 身体が軽い。ふわふわする。
 身をよじると、よじることができた。
 どういう体勢なんだろう。上下の感覚が分からない。長く寝ていたからかも知れない。
 私は薄く、目を開けた。まぶたは重くなかった。すぅっと開き……薄明るい光に包まれた。朝?
 何度か、まばたきをする。
 白かった視界が、クリアになってゆく。
 と。
 目前に、朝日があった。
「えっ……と……」
 声を出してみると、出せた。ような気がする。どこか自分の声を遠く感じる。
 見えるものは、朝日。霞む山々。その麓にこぢんまりと何か、建物が密集しており、それを隠すかのように森が広がっている。森はそのまま、私の足の下にまで続いているが……遥か下方だ。私の足と森の間には何もない。
 初めての体験だけど……浮いてる。

「えええええ?!」
 思わず出た私の叫び声は、やっぱり声になっていないようだ。私の腹筋や喉は動かしている感覚があるのに、耳には音が入ってこない。
 つまりは、知ってる現象で一番近いものを当てはめるとすれば、これは幽体離脱?
「誰か~?」
 声にならない声だけど、もし聴こえていたら情けない声音だろう。
 まさか死んでも元に戻ったら、幽霊になっちゃってた! だなんて。こんなの、なしなし。やり直すから戻してよ!

 洞窟でさえなきゃいい、なんて、フワッとした要望じゃ駄目だったんだわ。きちんと○○年○月○日○時○分の、私の部屋に戻して下さいって頼まなきゃいけなかった。
 意思伝達は、しっかりと。
 どうしよう、すごく軽いから多分、この身体は本体じゃない……と思う。透けてるとか、分からないんだけど。しっかり実体に見えるんだけど、昨日まで感じていた痛みがないのだ。手足が綺麗だし、私が着てたルームウェアになってる、現実世界の私だ。触覚がないけど多分、髪も短い。でも、この光景は現実じゃない。
 あの身体の主は、最初に「嫌よ」と叫んだ彼女は、あの身体の中にいるのだろうか?
 ちょっと待って、なら、あの白い影と戦った私は、だぁれ?
 と思ってから、記憶がおかしいなと気付いた。何かが混濁している。でも何かは分からない。ひとまずスルーしとこう。

 足の下を眺める。誰も何も、動いている物が見当たらない。だからか、これこそが夢じゃないかと思える。しかも段々、地上が遠くなっている。飛び続けているのだ。
 え。ちょっと待って、これ、昇天?
 だとしたら私のこれは、まだ、死んでる最中……みたいな?
 明るくなってゆく空の雲間から、光が筋になって落ちてくる。光の筋に乗るかのように、私の身体が浮上している。雲の向こうまで、光の彼方にまで飛んでいけば、この夢から覚めるのかしら。
 と、思っていたのに。
 その声はやけに、はっきりと聴こえた。

「ミコ様!」

 耳に入ってきたのではなく、頭に直接響いたように感じられた。
 けど響いてきた方角は分かる。下からだ。
 見下ろすと、同じように飛んでいて私に近付いてくる人がいる。ツーテールを丸めたみたいな頭した男の人だが、あの嫌味男じゃない。
「それより上は、なりません。帰りましょう」
 叫んでくれた、その声には心配と慈愛が感じられた。あったかい声だ。その叫びを私は前にも、聴いたことがある。
 呆然と草原に立ち尽くしていた私にかけられた、あの声である。
 ついさっき見下ろした時には、下にいたか分からなかった。超高速で、もしくはテレポーテーションしてきたかのような? そんな登場だった。
 この人も、何者なの?
 というか、これって死んだ訳じゃないのかな、もしかして。

「私はミコ様なんて人じゃないです」
 口をついて出たのは、そんな言葉だった。我ながらガッカリだ。もっと他に言うことあるだろ、私。
 見たら分かるでしょ、とも言いたかったけど、この姿って他の人からも見えてるのかなぁ、とは疑問だ。実体じゃないっぽいし。
 っていうか、この人も飛んでるのって、これは何なの? って疑問もある。
 そもそも、ここどこよ、と訊きたい。
 本当に弥生時代? っていうか私が知ってる世界? 弥生時代に似てる異世界? いやいや、やっぱり夢なの?
 希望としては、夢がいい。

 でも。

「いえ、あなたはミコ様です」
 はっきり告げられ手を取られ、その人は、こう続けたのだ。
「今は」
 自分の身体の感覚もよく分からないのに、なぜか掴まれた手の暖かさは、胸に沁みた。
 すご~く事情を知ってそうな応えに、希望と絶望を感じつつ。
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