人類レヴォリューション

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はじまり

Part 10

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 なにわともあれ。
 ある程度無理矢理にだが、今の状況に説明の付いた僕は、ただ一つずっと気掛かりにしていることがあった。

「あのぉ……ウチのハニーにそろそろ会わせてはもらえないでしょうか?」

 知里千景。
 僕の愛しのプリチーハニー。

 昨晩からの行方不明に僕は自分の愚かさを痛感していた。
 それだけに早く顔を見て、とにかく謝罪をしたい気持ちでいっぱいなのだ。

「あぁ、そうですね。チサト様も説明を受けられてそろそろ解放に取り掛かろうとしている頃だと思われます。ここに連れて来させていただいだ時は大変な状態異常でしたので我々も必死になって理解して頂けるように筆舌を尽くしました」

 状態異常。
 良い言い方だな。
 ただの泥酔だと察したが。

「なんかすみません。ていうか今更ですけどその解放作業ってなにするんですか?  まさか頭蓋骨開いたりしないですよね?」

 考えただけでも身震いしてしまった。

「その点も御安心ください。我々の技術に限って身体を傷つけるような行為はあり得ません。脳に障害をきたす事もあり得ません」

 その言葉にホッと胸をなで下ろす。
 もうどうせ逃れられないこの状況。
 腹をくくるしかないのだが、ある程度の情報もなく脳に作用する処置を受け入れるのはかなりのクレイジーでないと耐え難い。

 神である。

 という言葉に疑いがないわけではないのだが、見事にこうやって転移やら読心術やらを体験すると信じざるを得ないというか寧ろ信じる他に希望を見出せないのだ。

「でもその解放された力を制御出来るんですか?  この人に」

「先輩である上に英雄であるぞ戯け」

「解放された力は相当強大です。確実に精神と肉体を崩壊させるでしょう。ただ、"英雄'であるタチバナ様たちはその内の一つである精神の強さにより、精神が崩壊する事はありません。ですが、肉体はこのままだと崩壊してしまうでしょう。そこで我々の技術が活かされます。骨や皮膚の強度を増し、筋肉の耐久性を高める薬を飲んで頂きます。その薬は一定量を増強させるのではなく、元来のポテンシャルを高める作用があります。ほんの些細ではありますが肉体に変化が見られますそこはご了承ください」

 めっちゃこわっ!  パート2。
 なに薬って。
 肉体に変化とか、イメージがハルクしか思い浮かばない。

「先輩、ハルクみたいになるんじゃないスカ?」

「お前と想像がリンクしているのがすごく不満だよ」

「え、てかそれって部長も飲むんですよね?  一応美しい部類の人間である部長の外見が変わるって結構な事じゃないすか?」

「一応ってなんだよ。でもそうだな。あのちっこいちんまい可愛らしい幼児体型がゴリゴリになるのは避けてもらいたい」

「しかも部長褐色系女子ですからね。ドーピングしたボディビルダーみたいになっちゃいますよ」

「アリスターオーフレイムだな。最早」

 想像しただけで笑いがこみ上げてくる。
 あのロリッとした顔の下はオーフレイム。
 爆笑は避けられない。


「確か人間世界の神への祈りの言葉は"アーメン"でしたよね?」

 不意にアナナキさんが僕らに向けて変な質問をする。

「ん?  そうですが。まぁ宗派はそれぞれですけど、僕らの国では"南無"とかもありますよ」

「なるほど。神と呼ばれる我々が言うのもなにかかなり矛盾していますが、この場はその言葉をお借りする他ないですね。…南無アーメン」

「はははっ。アナナキさん混同してますよ。神様も冗談とか言うんですね」


 ……戦慄。
 アナナキさんの無表情になにかしらの怖気を察した僕の背中には、一筋冷やっとした汗がつたった。
 言い知れぬ恐怖に苛まれる僕と熊本くん。
 何故だろう?  後ろを振り向けない。










「コロス」

 僕らの異世界転移は、そのバルスをも凌駕するほどの破滅の呪文によって砕け散るのであった。






 


「可愛い可愛いマイハニー」

「ムネリン。今日はどんな甘美な愛の囁きも泡沫の如くなり」

 久々とも言える再会は、戦慄の腹パンという祝砲によって幕を開けた。

「しかし無事で良かった。ごめんね直ぐに気付いてあげられなくて」

 僕は下手したらもう知里ちゃんに会えなくなるかもしれなかった事態を思い出し、素直に謝った。

「優しいムネリン。謝らなくて大丈夫だよ。私もまさかトイレが精神と〇の部屋に繋がってるなんて微塵も予測できなかったから、言伝もできずにいなくなってしまった訳だし」

 嫌味を込めた言い方で、知里ちゃんとともに現れたもう一人のアナナキさんを見やる。

 そのもう一人のアナナキさんは「お許しください」と悪びれているのか小声で呟く。

 このアナナキさん。
 僕達を連れてきたアナナキさんとは容姿が異なる。
 黒のスーツの胸元が膨らんでいるのだ。

 僕の方のアナナキさんは多分男性。
 スラっとしたナナフシのような痩身から、これまた細い四肢が伸びている。

「どこ見てんの?  ムネリン」

 不意に殺意を投げつけてきた知里ちゃんに焦りながらも、他意はないと弁明する。

「いや、アナナキさん達って所謂神様ですよね?  男女の区別があるってことは神様同士結婚して子孫繁栄しちゃうギリシア神話体系?」

「結婚も性交渉もありますよ。我々は寿命というモノがありません。故に子孫を増やすとそれだけ単純に繁栄していきます。ですが、我々の世界にも限りが御座いますので子孫繁栄は厳重に管理されております」

「え!?  それって性欲を管理しているって事ですよね?」

「はい。謂わゆる三大欲求などは、制御下ですね」

 さすが神。
 ギリシア神話が聞いたら、ぐうの音も出ないのではないだろうか。

「あのー」

 話に加わりたい欲求を制御できないTHE人間の熊本くんが、目をキラキラさせながらあいだに入ってきた。

「アナナキさんアナナキさんって呼んでますが、男性アナナキさんと女性アナナキさんの名前ってないんですか?」

「ありますよ。ですが、我々にとって名前というのは大変特別なモノです。ですのでお教えすることは出来ないのです。混乱されると思いますがご了承ください」

 ほうほう。
 よう解らんな。

 そんな、もうなんでも良いよ。と、開き直っている僕の横で「オスはアナナキっち。メスはアナナキンヌだな」と呟いている知里ちゃんを見て、本当にもうなんでも良いよと思考を停止させた。
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