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第6章〜近未来都市・Chutopia2120〜
第4話
しおりを挟む広い市場の中には、果物屋さん、漬け物屋さん、お菓子屋さん……様々なお店があった。どこも、たくさんのねずみたちで賑わっている。
1件目の八百屋さんに着いたぼくらは、頼まれていたクルミ、カボチャ、山芋の数量を確認する。
「こんにちはー! 頼まれていた品物、持ってきましたよー!」
トムがそう言って呼びかけると、暖簾をかき分けて小太りの店主のねずみが出てきた。
「やあ、ありがとう。これはいい山芋だ。今年は大きいのが掘れたんだね。じゃあ、これ取っといて。遠いとこありがとう」
「いえいえ、また注文してね! じゃあまたね、おじさん!」
店主のねずみは、帰り際に白い袋を渡してくれた。中を見ると、3枚のエイコンが入っていた。
〝ありがとう〟の証、エイコン。ぼくらの世界の〝お金〟も、そんなふうに感謝の気持ちを持って支払ったり受け取ったりしたいなと思った。
さあ、次の目的地に出発だ!
♢
ぼくらは少し軽くなった荷台を引いて、次に目指すは街外れのコンビニエンスストアだ。
路地を歩いていると、トムが道沿いに建つカラフルな屋根の小さなお店を指差して言った。
「ねえ、ドーナツ屋さん寄ってこうよ」
そのお店には、いろんな形をした美味しそうなドーナツが、ガラス越しに並べられている。
「いいね、行ってみよう。ナッちゃん、良かったね!」
「うん! あたしはちみつのかかったドーナツ食べたいの!」
お店の中に入ると、ぼくらはほんのり甘い匂いに包まれた。星形、ハート形、動物形、いろんな形のたくさんのドーナツがぼくらをお出迎えする。どれにしようか、迷ってしまう。
「家族みんなのぶん、もらって帰ろう!」
「そうだね! おかあさんはどれ好きかなあー……」
——なるほど、値札がない。在庫のある限り、好きなだけタダでもらっていいようだ。だけどトムが言うには、この世界のねずみたちはみんなで分け合う事の大切さを知っているから、独り占めするようなねずみはいないらしい。
ぼくは、チョコレートドーナツをレジのようなところへ持って行くと、店員のねずみさんはチェックをつけた後、丁寧にドーナツを袋に入れてくれた。
「あの、これどうぞ」
ぼくは、さっきトムからもらったエイコンを1枚、店員さんに渡した。——〝感謝〟を込めて。
「あら、ありがとうね。また来て下さいね」
「あ、はい! 是非寄らせてもらいます!」
店員さんは両手で丁寧にエイコンを受け取り、お辞儀をした。何だかとても気分がいい。
トムとナッちゃんのドーナツのチェックも済み、ぼくらは店を出た。
それにしても、人間のぼくの姿を見ても、ねずみたちは誰も不審がらないのが不思議だ。街にいるのはねずみだけで、人間はもちろん、同じように歩いたり話したりする他の動物の姿は、全く見当たらない。
「おいしーい! じゃあ、コンビニエンスストアへ向かうよ!」
「おいしくて元気出ちゃうね!」
ドーナツをかじりながら、ぼくらは紅葉の自然公園を通り抜ける。広場では、老若男女さまざまなねずみたちが、思い思いに過ごしていた。1匹1匹、誰も彼もが幸せそうな表情を浮かべている。この世界には不幸なねずみや苦労にまみれたねずみなんか、1匹もいないんじゃないだろうか。どこまでも遠く澄んだ青空を見ながらぼくは、そう思った。
コンビニエンスストアに到着し、ぼくらは店長のねずみさんに頼まれていた、松の実の袋詰めを渡す。
「ありがとうね。これ、良かったらどうぞ」
「あ! これ美味しいんだよね。ありがとう!」
コンビニエンスストアの店長さんが、何かを渡してくれた。またエイコンかと思いきや、中を見ると唐揚げのような食べ物だった。この唐揚げは何の肉で出来ているのだろう。人間が食べても大丈夫なのだろうか。気になったぼくは、店長さんに聞いてみた。
「すみません、あの、これは何のお肉ですか?」
「お肉? ああ、これはお豆の唐揚げだよ。最近の流行なんだ」
「お豆の……?」
そういえばねずみの世界に来てから、肉類を全く食べていない。バターやミルクも、植物性だとか言ってたな。この世界のねずみはみんな、ヴィーガンなんだろうか。美味しいし身体にも良さそうだから、いいんだけど。
さあ、残るはあと1件だ。
♢
「さあ、最後の1件は、料理の専門学舎の横の茶店だ。登り坂が続くけど、張り切っていこー!」
「おー!」
長く歩いているけれど、不思議と足の疲れを全く感じない。ぼくらは小高い丘の上の茶店を目指して、トムと交代で荷台を引きながらひたすら歩いた。トム、ナッちゃんと楽しく話しながら。
——とその時、ぼくらの後ろから何だか不審な会話が聞こえたような気がした。
「おい、いたぞ、ねずみたち。うまそうだな」
……いや、確かに、聞こえた。しかし振り返っても、誰もいない。そのまま歩いていこうとすると、また声がした。今度は、はっきりと聞こえた。
「ダメだよ、食べちゃ」
「わかってるってばよ。これでも責任感は強い方なんだ……うわっ!」
「あーもう物音立てちゃダメだって……」
「気づかれてないよな……? このまま後をつけよう。ニャイフォン貸せ」
「はあー、ほんとに心配……」
……誰だ誰だ? ぼくら盗撮でもされているのか? この世界には物騒な犯罪者みたいなのは居ないと思ってたんだけど。
「ねえ、トム、ちょっと」
「どうしたんだい?」
「ぼくら、後をつけられてるかも……」
「え? 誰に? 後ろ、誰も居ないよ?」
「……だって、さっき確かに声が……あれ?」
ぼくらは、来た道を少し戻り、建物の陰などを念入りに確かめてみた。しかし、怪しいねずみは誰もいなかった。
「気にしすぎだって、マサシ兄ちゃん! さ、早くお仕事終わらせちゃお!」
「変なのー、マサシ兄ちゃん」
「あ、うん……」
トムもナッちゃんも、全く気にしていない様子だ。一応、後ろに気をつけながら、茶店のある丘の上を目指すことにした。
——何事もなく、ぼくらは丘の頂上にある、3件目の小さな茶店に到着した。隣の大きな建物は、料理の〝専門学舎〟だ。美味しそうな匂いが漂ってくる。
「あらー、トムくんにナッちゃん。あ、ニンゲンの方も? あらあら。初めまして~」
若い女性のねずみさんが、店に迎え入れてくれた。
「ふふ、こんにちは。今日は小豆をこれだけで良かったかい?」
「ええ、ありがとう。良かったらお茶とお菓子出すからゆっくりしていってね」
「やったあー! たくさん歩いたからちょっとここでゆっくりしよう」
頼まれていた小豆を全て渡すと、女性のねずみさんはぼくらを湖の見えるテーブルに案内してくれた。すぐに、美味しそうなグリーンティーが運ばれてくる。時計を見ると、もう午後4時を過ぎていた。
「ねえトム、もしかして隣の大きな建物は、〝専門学舎〟かい?」
「うん! 料理の専門学舎だよ。実はここに、モモが通ってるんだよ」
「そうだったんだね。モモちゃんが作るお菓子、ほんとに美味しいよね」
〝専門学舎〟も、見学してみたいな。でも今日はもうそんな時間もなさそうだから、また今度にしよう。ナッちゃんも、眠そうだし。
「さあ、今日のお仕事はこれでおしまいだ。お疲れ様!」
「お疲れ様ー!」
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