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第3章〜優しい異世界での生活〜
第3話
しおりを挟むおかあさんに見送られ、ぼくはチップくんと一緒に、最初に訪れた洞穴〝ヒミツキチ〟の方へと向かった。洞穴の入り口の前には、今日もたくさんのねずみの子供たちが遊びに来ている。
「みんなー、そろった? 今日はマサシ兄ちゃんも一緒だからね」
「あ! こないだのお兄ちゃんだ!」
「お兄ちゃん、遊ぼー!」
ねずみの子供たちが、ぼくの方へ一斉に駆け寄ってくる。子供たちの無邪気さに、ぼくは自然とほっぺが緩んだ。
「さあ、今日も鬼ごっこだ!」
全員で〝ヒミツキチ〟の中に入る。ひんやりとした空気がぼくの身体を包み込んだ。朝の湿った空気で、土の上がまだ少し濡れている。
「じゃんけん……ぽん!」
「チップが鬼だ! みんな逃げるよー!」
じゃんけんの結果、チップくんが鬼になった。チップくんは足が速いのは、よく知っている。これは手強そうだ。
「いち、にい、さん、し……」
「隠れよう、こっちだよ!」
ヒミツキチの中は、隠れるところがいっぱいだ。ねずみの子供たちは、気配を消しながら岩陰、壁に空いた穴などに、身を隠している。
「じゅう! よーし、行くよ!」
ぼくは地面に埋まった岩に隠れながら、チップくんの様子を観察した。ちょっとねずみの子の尻尾が動いただけで、すぐに気配を感じ取るチップくん。油断出来ない。
「トニーくん、つかまえたあ!」
「あちゃー、早いよチップー!」
「あ! 今度はナッちゃん見っけ! 待てー!」
チップくんは、次から次へとねずみの子供たちを捕まえていく。
「わーい、見つかっちゃった。逃げろー!」
全力で逃げるナッちゃん。手加減無しで追いかけるチップくん。——ふふ、懐かしいな。ぼくが小学生の頃は、こんなふうによく追いかけっこをしてたなあ。
「へへ、マサシ兄ちゃんみっけ!」
「わわっ!」
物思いに浸っていたら、チップくんが近づいていることに気付かず、見つかってしまった。ぼくは捕まらないよう、すぐに走り出した。
天井から光が射すヒミツキチの中を、ひたすらに走り逃げ回ったが、ぼくはあっという間にチップくんに追いつかれてしまった。さすが、いつでも元気いっぱいの子供にはかなわない。
3回ほど鬼を交代した頃、チップくんのおかあさんがヒミツキチの入り口にやってきた。
「もうすぐお昼だから、よかったらうちにみんな食べに来てね」
「はーい! やったーあ!」
気付けば、お腹ぺこぺこだ。ぼくらはねずみの子供たちも一緒に、9匹の家の庭でお昼ごはんを食べることになった。ぼくは汗を拭いつつ、ねずみの子供たちと一緒に、おかあさんについて行った。
♢
「はいみんな、手を洗ったー?」
「はあーい!」
「じゃあみんなで一緒に、おにぎり握りましょうね」
「やったー!」
子供たちと一緒に、おにぎりを作ることになった。あつあつの炊きたての芥子の実のごはんの中に、味のついた木の実や野草を入れて、ギュッギュッと握る。それぞれ自分が食べる分のおにぎりを握り、庭のテーブルへと運んでいく。小学生の時の林間学習も、こんな雰囲気だったっけ。子供の頃の気持ちが日に日にボリュームを増し、思い出されてくる。
「みんな揃ったわね。じゃあ、いただきまーす」
「いっただっきまーす!」
絹のような雲がゆっくりと流れる青空の下、ねずみの子供たちも一緒に、テーブルを囲んでお昼ごはんだ。さて、おにぎりのお味はどうだろうね。
「おいっしーい!」
「ふふ、自分で作ったおにぎり、おいしいでしょ」
「僕、作り方覚えたよ!」
「私もー! ありがとう、チップのおかあさん!」
子供たちは大喜びだ。ぼくも、子供たちと一生懸命作ったおにぎりで、お腹も心も満たした。
「ただいま。遅くなっちゃった」
「あっ! おとうさん、おかえり! お昼ごはんはおにぎりだよ。おとうさんのぶんも握っといたから!」
「やあ、ありがとうチップ。もうお腹ペコペコだよ。チップたちは、お昼からはどこ行くんだい?」
畑仕事をしてきたらしく、泥んこになって帰ってきたおとうさんは、汗を拭いながら尋ねた。
「えっとね、野原探検行くの!」
「じゃあ、おとうさんも野原探険一緒に行っていい?」
「来てくれるの? やったあー! たくさんどんぐり集めようね! あ、マサシ兄ちゃんももちろん行くよね?」
「うん、行くよ行くよ!」
お昼からは、おとうさんも一緒に野原や山を探検しに行くことが決まった。ねずみサイズでの探検。どんな世界が待っているのだろう。
「ごちそうさまー! 行ってきまーす!」
「チップー、待ってよー!」
「野原まで競走だー!」
「ええ、ずるいよー! 待ってー!」
お昼ごはんを食べるなり、チップくんを先頭に子供たちは、すぐに飛び出して行ってしまった。ぼくは温かいお茶を飲んで少しのんびりしてから、おとうさんと一緒に、チップくんたちのところへと向かうことにした。
♢
「遅いよ、おとうさーん」
「ごめんごめん。着替えなくちゃいけなかったからね。さ、みんな、秋の野山へ行くよー!」
「おー! さ、マサシ兄ちゃんも!」
「うん! 楽しもうね!」
おとうさんを先頭にみんなで列になって、林の方へと向かう。
過ごしやすい気候だなと思っていたら、ぼくらの世界では真夏だったけれど、こっちの世界では秋真っ盛りのようだ。近所の森はまだ紅葉していなかったが、林に足を踏み入れると、途端にオレンジ色の空間へと変わった。ぼくの体と同じくらいのサイズの巨大な落ち葉を踏み鳴らしながら、赤く染まった山道を歩いて行く。
「あっきのこだ! おとうさん、これなんだっけ。」
「これはくりたけだよ。食べたらおいしいんだよ」
「じゃ、2つ採って帰ろー!」
ぼくらと同じくらいの背丈の巨大なくりたけが、切り株に群がっていた。
「せーのっ!」
おとうさんとチップくんは、くりたけを根本から引き抜き、カゴに入れた。
「あっ、あのきのこは?」
ナッちゃんが、僕らよりはるかに背が高く傘が広いきのこを見つけ、指差しながら尋ねた。
ぼくは小学生の時の自由研究できのこについて知っていたから、答えてみた。
「これはテングタケ。食べたら身体に良くないんだ。採らないようにね」
「へえー! マサシ兄ちゃん、物知りなんだねー!」
「すごいね。よく知ってるね」
ナッちゃんとおとうさんに褒められ、ぼくは少し得意になった。
「ふふーん! 学校の自由研究で学んだからね」
「ガッコウ? なにそれ?」
「え⁉︎ 学校、みんな行ってないの?」
「うんん、ガッコウなんて聞いたことないよ」
まさか。学校もこの世界にはないというのか。だとしたらねずみの子供たちは毎日、遊んでばかりいるのだろうか。
「あっ、栗の実がたくさん落ちてる。拾って帰ろう!」
「わぁ、美味しそうだね!」
チップくんの提案で、栗の実をみんなで拾って、どんどんカゴに入れていく。背負っているカゴがずっしり、重たくなっていく。
「ようし、これを晩ごはんにしよう」
「やったー!」
「後でみんなで分けようね!」
ぼくらは、きのこに栗の実、その他にもたくさんの山の幸を集めた。
日が傾きかけた頃、ぼくらは山を下りて再び野原へと向かう。鳥の歌が、遠くまで響き渡っている。
「はい、栗の実、これだけお友達のぶんね。じゃ、おとうさん先に帰るね」
「ありがとう、チップのおとうさん! またねー!」
「おとうさん、ありがとう。ようし、ヒミツキチまで走るよー! よーいどん!」
「え、またー⁈ ずるいってばチップー! 待ってえー!」
チップくん、ナッちゃん、ねずみの子供たちは、またすぐにヒミツキチの方まで駆けて行った。あれだけ歩いたのにまだまだ遊べる体力が、少し羨ましかった。
ぼくはちょっと歩き疲れたので、おとうさんと一緒に、栗の実を運んで家へ帰ることにした。
そうだ、この世界での学校のこと、聞いてみよう。
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