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第108話〜敵を愛せ〜
しおりを挟むボクは、アストライオスの操作に苦戦していた。
操作盤にあるブーストボタンを押しながらスティックを倒すだけなのだが、若干クセがあって思うように飛べねえ。
「うわわわ! ぶつかる!」
「うおおい、危ねえなゴマ!」
マーズさんにぶつかりそうになり、何とかギリギリのところで回避した。
スピカの奴は、イーリスを自由に乗りこなしてる。このままじゃボクが足を引っ張っちまう。こんな事なら、どっかで練習しとくべきだったぜ……。
「こ、このやろ! 言う事聞きやがれ!」
左に旋回しようとしても、数秒遅れやがる。
イライラして爆発しそうになった時、どこかから声が聞こえてきた。
『ゴマよ……。力尽くで戦おうとするべからず。大事なのは〝愛〟だ』
「クソ、誰だ偉そうに!」
——すぐに分かった。それは守護神アストライオスの声だった。
『我を愛すのだ。己を愛すのだ。敵を愛すのだ。世界を愛すのだ。あるがままを愛せ』
「んな事言われても、訳わかんねえっすよ! 守護神さんよ!」
『あの時……試練の時の、スピカへの想いを思い出せ!』
スピカへの、想い——。
⭐︎
「ウチは、かつての自分自身とちゃんと向き合うんや。……それがウチの〝試練〟や。ゴマがいてくれるさかい、怖くない! 行くでえ!」
「……そうか、じゃあ見守っててやる」
——————。
「ウチはもう、迷わへん。これで昔の自分と、〝さいなら〟したんや」
「……やったな、スピカ。すげえじゃねえか」
⭐︎
あの時は確かに、スピカの奴を大切に想ってた。
その気持ちを持ち続ける事——ネズミのじいちゃんが言ってた事を思い出した。何に対しても、愛の心を持つ事——!
ボクは力尽くではなく、機体の動きに任せて、ゆっくりスティックを傾けた。——守護神アストライオスを、大切に想う気持ちで。
——すると、スムーズに機体が制御する事ができた。
⭐︎
「凄え! ボクもやりてえっすよ!」
「……いつかは、ね。ゴマ、あなたならきっと出来ます」
⭐︎
初めてムーンさんの守護神アルテミスに乗せてもらった時の——ムーンさんの言葉を思い出した。
星光団はみんな、そういう〝愛〟の気持ちを持っていたんだ。
ようやくボクは、守護神アストライオスを自在に操れるようになった。
しかし、風が強すぎて漆黒竜ノアに近づけない。マーズさんも隙を見て攻撃しようとするが、なかなか近づけないでいる。
漆黒竜ノアが咆哮を上げるたび、凄まじい衝撃波に襲われ、吹き飛ばされてしまう。
「クソ……! どうすりゃいいんだコレ……!」
こうしてる間にも、街は浸水していく。街灯りは消え、闇に飲まれていく……!
『敵を愛せ』
——そうだ、この厄災竜は、荒れた波動に反応して暴れ回ってるんだ。もしかしたら、コイツも平穏を取り戻したいだけなのかも知れねえ。
ここ地底世界は、確か地上とは天地が逆だったはずだ。チキューは空洞で、地底世界だと空へ行くほど、チキューの中心へ近くなる。
——だとすると。
チキューの中心の方へ行けば——多分だが、地表の荒れた意識波動からこのドラゴンを遠ざけられる。そしたら、このドラゴンを救えるかも知れねえ。
「ソールさん!」
「ゴマくん?」
「ここはボクらに任せてくれねえっすか? ……スピカ、一緒に行くぞ!」
「ちょ、ゴマ! 何する気や?」
「このドラゴンを誘導する! スピカァ! ついて来い‼︎」
「何や分からへんけど、うん‼︎」
アストライオスとイーリスは、わざと漆黒竜ノアの目の前を飛び回る。——いいぞ、思い通りに操縦出来てる。
漆黒竜ノアはボクらに狙いをつけ、後ろから追いかけてきた。作戦成功だ。このままボクらは、真っ黒な空に向けて上昇した。
「ゴマ! 来るで!」
「スピカ、スピードを調整しろ!」
後ろから、まっすぐに漆黒竜ノアは追いかけてくる。
前方は、どこまでも黒い空間が続いている。一体どの辺りまで連れてけばいいんだろう。
「あ、見てみ! ゴマ!」
「ん?」
見ると、漆黒竜ノアの動きが少し大人しくなった。目に宿っていた凶暴さが無くなり、禍々しく黒いオーラの勢いが、衰えている。
——ボクの予想は的中したようだ。
「グォオオオン……!」
「ドラゴンが何か訴えかけてるで!」
「よし! ミランダ、頼む!」
ボクはミランダに、通訳を頼んだ。
『ちょっと待ってて! 〝……私は、何という事をしてしまったのだ。雨は本来恵をもたらし、風は大気を運ぶ。それを乱したのは、利己的な意識……。その意識が、地表を覆い尽くしている。我が同胞も、悪しき意識波動に侵されている。どうか、助けてやってくれ……〟だって!』
「ミランダ、任せとけと伝えてくれ」
『オッケー!』
次の瞬間、アストライオスとイーリスの機体から、虹色のオーラが現れ——、漆黒竜ノアを優しく包み込んで行った。
——アストライオスの声が聞こえる。
『ゴマよ。これでノアは悪しき波動より守られ、善なる心を取り戻した。もう大丈夫だ。もう一度このまま、連れ帰るがよい』
「よおし、分かったぜ! 帰るぞスピカ!」
「うん! やったな、ゴマ!」
漆黒竜ノアは、蒼く煌びやかな体色に変わり、キラキラと光り輝いた。
ボクとスピカは光に包まれたノアを連れて、再びニャルザルへと向かう。だんだん市街地が見えてくる。雨風はすっかり止んでいた。
『地上も、爆弾低気圧の勢いは弱まったわ! アイミちゃんの所も、明日はきっと晴れよ!』
ミランダの嬉しそうな声が、頭の中に響いた。
1体目の厄災竜——漆黒竜改め蒼天竜ノアは、強く優しい本来の姿を取り戻した。
♢
ボクらは無事、ニャルザルの基地へと帰り着いた。まだ雨風は強く基地も浸水している。
アストライオスから降りると、オレオがドヤ顔でN・HQのメンバーに話していた。
「山間部の逃げ遅れた民は、我々ニャルザルの飛行部隊で避難させた。この暴風雨にも関わらず、死者、行方不明者はゼロだ」
一緒に話を聞いていたソールさんたちが気付き、駆け寄ってくる。
「ゴマくん、スピカさん。よくやってくれた! 台風も低気圧に変わり、勢いは弱まっている」
「ゴマ、スピカさんも。お疲れ様でした。……見てください、ドラゴンは本来の姿を取り戻したようです」
ムーンさんが蒼天竜ノアの方を指差す。
蒼天竜ノアが咆哮を上げると、浸水した水がみるみるうちに引いていく。雨も風も止み、真っ黒な空は再び静けさを取り戻した。
——優しい目つきをした蒼天竜ノアは、虹色のオーラを纏って飛び去って行った。
……だが、災害は暴風雨だけではない——。
「うわああああああ!」
「地震だ! 姿勢を低くしろ!」
突然、地面が激しく揺れる。
「みんな、大丈夫か! 大地震の頻発……。おそらくもう1体の、厄災竜の仕業だ」
「ねえ見て! あっちの方角の山!」
マーキュリーさんが指差した先を見ると、真っ黒な空に、血のように赤い溶岩が噴き上がっているのが見えた。
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