上 下
112 / 143

第105話〜病み始めた子供たち〜

しおりを挟む
 
「ネズミたちが代々受け継いできた、7つの優しい心。それは——」


 1、家族は仲良くしよう。
 2、友達は信じ合い付き合おう。
 3、自分の言葉と行動に責任を持とう。
 4、縁ある相手を愛し、頼まれたら助けてあげよう。
 5、好きな事はとことん学び、世の中に役立てよう。
 6、社会のために、好きな事や得意な事を活かし貢献しよう。
 7、みんなで決めたルールを守り、必要があれば改善しよう。


「……ネズミらしい、心掛けだな。道理でみんな平和に暮らして来れたわけだ」

「しかし、これらの心は、移住してきたネコたちや改革派のネズミたちに〝古臭い〟と批判されたんだ。そして、それに代わる〝ネコとネズミ共存のための新教育法〟が、新政府により先日発布されたんだ」


 ——まさか。N・ニャルザルHQヘッドクォーターズどもが言っていた、個性とか自由とか平等とか言うやつか。


「それは、〝個を尊重し、平和を求めるネコ及びネズミの育成〟。その内容は——」


 1、我々は何物にも縛られず、自由に生きる権利の保証
 2、1匹1匹の〝ニャン権〟及び〝チュー権〟を主張する場の保証
 3、学校教育の機会と、就職及び就軍の機会を平等に
 4、スタートはみんな平等。より良い地位、生活基準に到達するために、切磋琢磨しみんな頑張ろう


「……どう思う? ゴマくん」

「何も知らなきゃ、自由に生きてイイ生活するために頑張ろうとか思えたかもな。だが、先のネズミの心にあったように、周りの奴らと力を合わせなきゃ、ネズミもネコも生きてけねえんじゃねえの?」


 チュータさんはコクリと頷いた。


「そうなんだ。要するに〝自分さえ良ければいい〟って事になってしまう。賢明な保守派のネズミたちと一部のネコたちは、この改革に反対しているんだ。それから……」


 チュータさんは、紙切れのような物を何枚かと、銀色の丸くて薄っぺらい物をボクに見せた。


「これは感謝の証〝エイコン〟に代わる、通貨〝チュール〟なんだ。貨幣経済が始まってしまった。何かサービスを受けるためには、これを支払う必要があるんだ。この社会で競い合い、勝ち抜いて頑張った者だけが〝チュール持ち〟になっていく。〝公正な競争〟という、名ばかりの弱肉強食システムが、築かれようとしている」

「あいつら、そういう話もしてやがったぞ。大量生産、大量消費だとかなんとか……。そんな事してたら、資源なんざあっという間になくなるんじゃねえか」


 チュータさんは一つため息をついて、椅子に座り直した。


「資源も、大切に感謝を込めて使わせてもらったからこそ、私たちの世界では豊かなんだ。しかしこんな社会になると、自分だけが良い思いをして、子や孫にツケを回す社会になってしまう。孫たちは防毒マスクをつけ、地下シェルターで暮らすような未来になるかもしれない。ゴマくんも阻止してくれまいか。この愚かな政策を」

「ああ、任せてくれ。N・ニャルザルHQヘッドクォーターズの企み、止めてみせる」


 ボクはチュータさんに見送られ、外に出た。深々とお辞儀をするチュータさん。絶対に、N・ニャルザルHQヘッドクォーターズの奴らに洗脳されるんじゃねえぞ。

 さあ、次はチップたちに会いに行って、この事を伝えるんだ。


 ♢


 ボクは道行くネズミの話の内容に、耳を疑った。


「女と遊ぶの、やめられないなあ。〝チュール〟が足りねえや……」

「カジノでバーンと稼げばいいんじゃん! それか、ネコ対ネズミのガチンコバトル! 賭けチュールはネズミが8倍だぜ!」

「んなもん、ネコが勝つに決まってらあよ」


 ——女とギャンブルに溺れるネズミたち……。
 こんなネズミたち、見たことねえ。一体どうしちまったんだ。こうして、アイツらの言う通り、ネズミたちを狂獣化していくのか……。

 ボクは駅へと向かったが、そこはネコとネズミでごった返している。


「ミランダ、何回もすまねえ。チップん家までワープゲート出してくれ!」

『駅から乗り物に乗ってすぐじゃない』

「あんな混み混みなのはイヤなんだよ! それに時間もねえし」

『仕方ないわね』


 ボクはワープゲートをくぐり、チップたちの家の前にワープした。


 ♢


 着くなり、庭にいたチップがボクに気付き、駆け寄ってきた。


「あ! ゴマ兄ちゃん……、聞いてよ!」

「お、どうしたチップ」

「モモ姉ちゃんが、最近何だか怖いんだ……」

「怖いだと? あの優しそーな姉ちゃんが?」


 ボクはチップについていき、台所のドアをそっと開けて中を覗いた。
 モモが、テーブルに突っ伏してじっとしてやがる。


「おい、らしくねえじゃねえか、モモ」


 声をかけたら、モモがゆっくり体を起こし、こっちを見た。目の下にクマが出来てやがる。一体どうしちまったんだよ。
 モモは、掠れた声で答えた。


「自分が何なのか……わからなくなったの」

「何言って……。お前、あれだけ料理好きだったじゃねえかよ。それでいいんじゃねえの?」


 自分が何なのか、分からねえだと?
 こんなの、何て言ってやれば分からねえ。


「料理は好きだけど、結局私の自己満足なんじゃないかって……。専門学舎でも、私より料理上手な子なんて沢山いるし……」

「モモ、お前なあ! お前の料理を喜んでくれる奴がすぐ近くにいるじゃねえか! ほらここに! テメエの料理が食えなくなるなんてイヤだぜ?」

「うんん。私なんかより美味しく作れるネズミなんてたくさんいる……」


 モモは再び、テーブルに突っ伏してしまった。話してても暗い感じがして、こっちまで気力を奪われそうだ。


「チップ……すまねえ。元気付けられなかった」

「うんん、こっちこそごめんね」


 玄関から物音がする。ネズミの父ちゃんたちが帰ってきたみてえだ。
 ボクはすぐに父ちゃんに、この事を伝えた。


「……モモ、まだ落ち込んでたのか。実はね、他の家でも、そういう子供たちがたくさん出てきてるんだ。……個性を大事だと言われるあまり、自分とは何かが分からなくなるネズミたちが続出してるんだ」

「なるほどな。これもN・ニャルザルHQヘッドクォーターズの作戦か」

「にゃるざるへっどくおーたーず? 何だいそれ?」

「ああ、実はな……」


 ボクは、N・ニャルザルHQヘッドクォーターズの民族解体作戦について、ネズミの父ちゃんとチップに小一時間話した。
 ——ところが。


「まさか。それは考えすぎじゃない?」

「そうだよ。民族解体とかニャークリヤ何とかっていう恐ろしい兵器だとか、そんな物ありっこないさ! 星光団もいる事だし、そんなに深刻になっちゃダメだよ。もっと楽しい事考えようよ!」


 やっぱり、俄には信じられねえらしい。ネズミの父ちゃんにもチップにも、この話は笑って流されてしまった。
 でもこれは事実なんだ。何とかして信じてもらわなきゃ……!


「往診です」


 話に夢中になっていた時、ネズミの医者が訪ねてきた。
 ボクは見覚えのあるその姿に、思わず声を掛けた。


「ハールヤのジジイじゃねえか!」

「おお、ゴマくん。これはこれは」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...