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第103話〜猫族鼠族狂獣化計画〜

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 目を覚ましたボクは、ニャルザル国へと向かう支度を始める。


「ムーン! ゴマくん! 気をつけてな!」

「ああ、任せてくれソールさん!」

「行って、参ります」


 守護神マシンのアストライオスに乗り、暴風雨の中、ムーンさんのアルテミスについて行った。相変わらず自動的に飛んで行ってくれる。楽なんだが、ちょっとつまらねえぜ。

 やはり別の国というだけあって、遠い。
 下を見ると、真っ黒い大海原が広がっている。地底にも海があったんだな。


 ♢


 長い旅だった。ずっと座りっぱなしだったから、尻が痛えぜ。
 着陸し、外に出るとすぐに、アストライオスとアルテミスは姿を消した。
 それを確認したムーンさんは、すぐに〝ミニストーン〟の魔法をかけた。


「これで姿を消せました。ここがN・ニャルザルHQヘッドクォーターズの基地です。おそらくこの辺りに、N・ニャルザルHQヘッドクォーターズメンバーがいるはずです。彼らを見つけたら、ついていきましょう」


 ほどなくして、ニャルザル軍の帽子を被ったネコ兵士が2匹現れた。


「アイツらっすか?」

「はい。ついていって、基地に潜入しましょう」


 ネコ兵士について行ったボクらは、N・ニャルザルHQヘッドクォーターズの基地への潜入に成功した。


「ムーンさん、大丈夫っすよね? ちゃんと姿、消えてるっすよね?」

「心配いりません。物音を立てないようにだけ、気を付けてください」


 会議室らしき場所を見つけた。ここで待っていれば、そのうち奴らは作戦会議を開くはずだ。
 しかしずっと待っていたが、会議など始まる気配が無い。訓練ばかりしているようだ。


 ♢


 何日待っただろうか。
 N・ニャルザルHQヘッドクォーターズの主要メンバーが、続々と会議室に集まってくる。ようやく作戦会議が始まるようだ。
 ボクらはそっと、会議室に潜入した。
 最後に入ってきたN・ニャルザルHQヘッドクォーターズ最高司令官オレオは、全員が席に着いた事を確かめると、壇上に上がり口を開いた。


「改めて、オレオだ。諸君、よろしく。……さて、我々ニャルザル軍は勝利し、ニャガルタを支配下に置いた。先程の国会も、馬鹿げたものだった。名ばかりの総理大臣とニャガルタ現政権を操作し、戦後処理を進める」


 オレオは会議室の前面にある黒いボードに、文字を書き始める。


 ——ネコ族ネズミ族狂獣化計画。
 ——個性主義、自由主義、平等主義。


「先程の国会でも述べたが、これらの思想をニャンバラの民、そしてネズミ族へと叩き込むのだ。その狙いは……」


 うむ。個性とか自由とか、それはいい事だよな。
 そう思っていたが、それはN・ニャルザルHQヘッドクォーターズの企む恐ろしい計画だったという事を、知る事になるんだ——!


「要するに、〝自分さえ良ければ良い〟と思うネコをたくさん育て上げるのだ。自由とは良いものだ。しかし、個々が自由を主張すれば、必ず諍いが生まれる。そこで〝権利〟について法律化し、互いに譲り合う〝調和〟の心を、少しずつ忘れさせて行くのだ」

「なるほど。最初はネコたちに受け入れやすい考え方で、という事ですか」

「そうだ。それは、もっふもふの毛の塊で、首を絞めるような感じだ。最初は気持ちがいいくらいじゃなきゃいけない。その快感に溺れている間に、気づかないうちに死んでしまう。……それと同じように、今度はゆっくりと時間をかけて、自滅を誘うのだ。お互い武力を使わず国を支配する、画期的な方法だ」


 オレオはそう言って、ニヤリと得意げに笑った。その目は、青く冷たく光っていた。


「ニャガルタもネズミの国も、この作戦で数十年以内にダメになるだろう。そうしていずれ両国とも、我々ニャルザルの支配下に置く事ができるのだ」

「武力で制圧するより長い時間はかかりますが、素晴らしい作戦です」


 ボクは冷や汗が止まらなくなった。
 そんな。自由とか平等とか戦争放棄とか、耳触りの良い方針で国民を喜ばせ、その狙いはじわじわ時間をかけて民族を狂わせ、自滅させる……。
 何て恐ろしい事考えてやがるんだ……!

 オレオは続けた。


「ニャガルタ国民には、自分たちがいかに残虐な民族か、ネズミ族には、自分たちが古臭い価値観にしがみついた軟弱な民族だと教え込ませるのだ」

「ニャガルタでは、それをマルチメディアを駆使して喧伝しましょう。敗戦して弱っているうちに行うのです。ネズミの国では、移住したネコたちを利用して喧伝する作戦で行きましょう」


 国民をそうやって騙して、思い通りに操作しようとしてやがるのか。
 ネズミたちは素直だから、信じちまいそうだな……。先回りして、阻止せねば。


「国会で述べた週休2日制の真の狙いは、休みが増えた分に〝エンターテイメント〟を充実させ、民族崩壊を狙うのだ。その名も〝3S作戦〟。スポーツ、スクリーン、セックスだ」

「と、いいますと?」

「余暇を楽しませながら、気付かぬうちに心を病ませていくのだ。まず、スポーツはなるべく暴力的で競争的なものの方がいい。スクリーン……映画やドラマは、恐怖心を植え付ける内容のもの、もしくは刺激と興奮に満ちたもの。そしてセックスは、性的嗜好専門のビジネスを作り、流行させるのだ」

「なるほど。国民はもっともっと楽しみと刺激を求め、経済も活性化する。一石二鳥ですな」

「そういう刺激と興奮を求める欲というものは、際限が無いものだ。際限ない欲は、争いへと発展させる事が出来る。争い好きな民族に仕立て上げれば、その民族は自滅していく」


 ムーンさんも眉間に皺を寄せながら、オレオの話す内容をメモしている。


「ムーンさん、やばいっすね」

「何としても、そのような事はさせはしません」


 オレオはN・ニャルザルHQヘッドクォーターズのメンバーがメモを取ったのを確認すると、黒いボードの文字を消し、また新たに文字を書き始めた。


 ——科学技術とニャークリヤ・ウェポン。


 ぐいっと水を飲むと、オレオは再び説明を始めた。


「我々ネコ族はもはや、神と同等の力を持ったのだ。」

「ニャガルタの首都ニャンバラの科学者……プルートの研究成果ですね」


 ——プルート? 
 ボクが最初にニャンバラを訪れた時に出会ったあのイカれた科学者、プルートのジジイか!


「科学技術の粋、ニャークリヤ分裂の研究による兵器も完成した。どのような兵器の威力をも凌駕する、ニャークリヤ・ボム」


 オレオは、ボードに訳の分からない化学式をいくつも書き出した。ニャークリヤ分裂とやらの仕組みなんだろうが、さっぱり分からねえ。


「我々ニャルザルは戦争は放棄するが、ニャークリヤ分裂を利用した強力な兵器、ニャークリヤ・ウェポンを保有する。これは脅しに使えるのと、いざというときに最強の武器となるのだ。今後、ニャークリヤ実験を地下にて行う。では最後に、ネズミの国への施策だ」


 ——ネズミの国への施策。貨幣経済の導入。


「ネズミの国はとかく資源が豊かだ。まずは感謝の証とやらの訳の分からない〝エイコン〟制度を廃止し、我々と同じ貨幣経済を導入させる。そしてとにかく、大量生産、大量消費をさせ、経済を発展させろ。さっきも言ったように欲望を際限なく肥大させ、ネコやネズミ同士の諍いを引き起こすのだ」

「既にいくつかの施策は、行なっております」

「経済発展に使える若いネコネズミは生かせ。使えない年寄りや社会的弱者は、飛行機による〝毒薬散布作戦〟で弱らせる。そこで病気になったネコネズミどもには、我々の国の製薬会社の薬を使わせるのだ。薬は、症状を抑えて治ったように見せかけ、実際は体を弱らせる作用を持つのだ。そうして早々にご退場いただく。そのためには、1匹1匹の情報を把握する必要がある。そこで、〝マイナンバー制〟を——」


 ……早口で全部聞き取れねえ。が、聞き捨てならねえ不穏な言葉ははっきり分かった。
 ヒコーキを使って〝毒薬散布〟だと?
 酷えことしやがる……!

 オレオは、メンバーがメモを取った事を確認すると素早くボードの文字を消し、さらに続けた。


 ——核家族化と、子供の教育改革。


「新時代の家族形態と称して、1世代のみの家族構成にする。年寄りだけを残すのだ。その上で個性主義を教え込む。その結果、家族の各々好き勝手に振る舞い、先祖伝来の土地や伝統も簡単に手放す。親は、子育てのコツなども分からず、子供はどんどん身勝手になっていき、残虐な犯罪が横行するようになる。これこそが狙いだ」

「年月をかけて民族を崩壊させるには、良い作戦です」

「子供に対しては、学校を建設して義務教育を導入し、一律に知識をつけさせろ。〝学校教育に関しては個の尊重を度外視〟するのだ。一定の基準学力を満たす子供だけを歯車にし、満たさない子供は社会の底辺に追いやり、貧困層コースを辿ってもらう」

「我々の思い通りに飼い慣らす次世代を、こうして育てるんですね」

「そうだ。また学校教育により、理論理屈に長けたネコネズミを増やすのだ知識と理論武装を得意とさせ、相手を言い負かす技術をつけさせる。相手を思いやり譲る事を、負けだと思わせるのだ。こうしてネコネズミ同士の関係をギスギスしたものに——」


 くそ、頭が痛え。
 悪意に満ちた言葉の数々に、ボクは我慢できなかった。


「ムーンさん、ボク耐えられねえっす。帰りやしょう」

「聞いていて、辛いですね。これだけ調査すれば十分でしょう」


 ボクらの知らない所で、こんな恐ろしい計画が練られていただなんて。
 ニャンバラへの帰りで、ボクはアストライオスの中で、疲れとショックで半ば放心状態になっていた。

 仮設基地の作戦会議室に帰ってからもボクは、ショックで数日動く事が出来ず、ずっと横になっていた。
 熱がありメシも食えず、意識が朦朧とする中で、スピカの心配する声だけが耳に入ったのを覚えている。
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