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第89話〜太陽神の教え〜

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「マサシってニンゲン、あいつは何者だったんだ?」

「マサシ兄ちゃんはね……。僕たちの世界に14日間だけ、遊びに来てくれたんだ」


 チップは、幸せそうな笑みを浮かべて答えた。……何故、14日間だけなんだろうか。


「……あいつはミランダみてえな妖精でもねえし、ネズミでもネコでもねえ、普通のニンゲンなんだろ? この世界で他にニンゲンなんか見たことがねえ。ずっと不思議だったんだよ」

「詳しくはおじいちゃんに聞くといいよ。14っておじいちゃん言ってたけど、マサシ兄ちゃんはまたもう一度来てくれるって、信じてるんだ!」


 どうやらマサシとやらは、ボクらみたいにいつでもネズミたちの世界と行き来出来るってわけじゃねえみたいだ。
 ……そうだ、ミランダのワープゲートを使えば、また会えるんじゃないか?
 ボクは椅子でくつろいでいるネズミのじいちゃんに、マサシのことについて聞いてみた。


「なあ、じいちゃんよ」

「ほっほ。何だい?」


 ネズミのじいちゃんは読んでいた本を閉じ、返事をする。


「マサシとやらについて、教えてくれねえか? アイツが何故この世界に来たかとか、何者なのかとか、色々気になるんだよ。今回の事件と関係あるのかとかさ」

「そうじゃの……。ここではなんだから、わしの部屋で話そうか。お茶いれるから、先に部屋で待っててくれるかの」


 まだまだ料理は運ばれてきて、パーティーは続く。さすがにネズミのキョウダイたちは、眠そうにしてやがる。もうかなり夜も更けたんだろう。
 じいちゃんの部屋に入ってドアを閉めると、途端にシンとした空間になった。じいちゃんを待ちながら部屋を見渡すと、顔の描かれた太陽の絵が壁に飾ってあるのが目に入った。
 程なくして、扉が開く。


「お待たせ。お茶どうぞ」

「ああ。で、マサシとやらは何者なんだ?」


 ゆっくりと部屋に入ってきたじいちゃんは、壁の太陽の絵をひと眺めしてから座り、語り始めた。


「マサシくんはね、とても聡明な人間なんだ。優しくて素直で、思いやる気持ちが溢れてる。光にあふれた、まさに太陽の心の持ち主じゃったよ。じゃが……」

「おう……」

「ニンゲン界も大変な時期みたいでな。初めてマサシくんがここに来た時は、とても疲れ果てた顔をして、身体も痩せ細ってしまっていた。この先、どう生きて行ったらいいかを見失ってしまっていたんだ」


 扉の向こうで、パーティーのざわめく声が微かに聞こえる中、しんみりと話すじいちゃん。


「ふーん。ニンゲンも大変なんだな」

「マサシくんは、神様に呼ばれ……ネズミ族の世界に来たんじゃ。太陽の神の祝福を受けたわしらネズミ族の世界は……全ての存在が幸せに生きる世界。幸せの心得をみんな分かって、生きている。辛い思いをして生きているネズミは、1匹とていない」


 確かに、ここのネズミどもは誰もが明るい顔してるし、怒ってる奴や落ち込んでる奴なんてただの1匹たりとも、見たことが無え。さっき街でニャンバラのバカネコに怒鳴られたネズミの店主も、終始ニコニコとしてやがったっけ。


「で、マサシは、この世界で幸せに生きる心得とやらを体験して、帰って行きやがったのか」

「その通り。マサシくんが来る前にも、生きることに疲れたニンゲンたちがここを訪れては、14日間過ごし、去って行った。ここネズミ族の世界で、太陽が示す本来の生き方を学んで、再び元の世界へと帰って行くんじゃ」


 さっきからじいちゃんの言ってる〝太陽が示す本来の生き方〟って、一体何なんだ。


「その生き方ってのは、どんな生き方なんだ?」

「真っ直ぐ素直な気持ち、ありがとうの気持ち、愛し大切にする気持ち。どんな時も誰に対しても、この3つの気持ちを持って生きることじゃよ」


 なるほどな。そりゃ大切なことだ。大切なことだが、ついうっかりすると、忘れちまいそうだ。


「ニャンバラの野郎どもには、決定的に足りねえ心がけだな。だからあんなバカな真似が出来たんだろうよ」

「彼らも心の奥底には、この3つの気持ちがあるはずじゃよ。それらを呼び覚ますには、——わしらがまず、3つの気持ちを持って、接してあげることじゃ」

「この3つの気持ちさえ持てれば、バカにされても、笑われても酷え事されても、いつもあんなにニコニコしてられるもんなのか?」

「許すことは、そんなに難しいことじゃない。共に生きるために便事をしているなら、優しく教えてあげればいいんだ。これも3つの気持ちが持てれば、誰だって出来る。マサシくんもそれらを心得てからは、幸せそうな笑顔を見せるようになったよ」


 なるほど、それがネズミどもが信じる、太陽が示す生き方か。確かにこれを真似すれば、もっとニコニコして生きられるかもしれねえ。その姿勢が、今回の戦争でも諦めずに、前向きに生き延びられる力にもなったんだろう。


「ところでニンゲン界って、そんなに大変なのか? あのニャンバラと同じくらい大変なのか? ボクにはそうは見えねえが」

「マサシくんに聞いた話によると、確かにニャンバラほど酷い世界ではないようじゃが、それでも自分自身の生きる道が見つからなかったり、ニンゲン同士のいさかいに疲れてしまうニンゲンも多いみたいなんじゃ」

「ふーん……。で、マサシの奴もその疲れた奴のうちの1人だったって訳だ」

「ああ。じゃが、ここに来て生きる喜びを取り戻し、帰って行った。今もきっと、幸せに生きておるよ」


 ボクを育ててくれたアイミ姉ちゃんも、実は色々大変な思いしながら日々生きてるのかもしれない。ニンゲンって生き物に、ボクは興味が湧いてきた。


「マサシとやら、また会えたらいいよな」

「……本当は、ここネズミの世界に呼ばれたニンゲンは一度元の世界へ帰ると、もう2度とこちらの世界には戻っては来れないんじゃ。ご先祖様が書いた書物に、そう書いてある。マサシくんが来る以前だって、そうじゃった」

「やっぱりそうなのか。ホント、何でなんだろな。そんなの悲しすぎるじゃねえかよ」


 もうマサシとやらは、この世界には来られないってのかよ。チップの奴、また会えるって信じてるって言ってたのに。あんなにも純粋な目でそう言ってたのに。あんまりじゃねえか、そんなの……。
 ——じいちゃんは、お茶を一口飲んでから答えた。


「ニンゲンはニンゲンの世界で、しっかり自分の人生と向き合って生きていくのが、正解なんじゃよ。帰り際のマサシくんからは、そういう意志が感じられた。いつまでも自分の人生から逃げて目を背けていては、本当の幸せは得られないことを、既に気づいておったんじゃ。きっと今頃、マサシくんらしく前向きに生きておることじゃろう」

「だからって二度と来られねえってのはあんまりじゃねえか。たまに遊びに来るぐらいいいだろ。……ボクらもいずれは、このネズミたちの世界にも来られなくなるのか?」

「それはわからんよ。ネコさんがこの世界に来たのは初めてじゃからのう」

「何にせよ、2度と会えねえ別れってのは、ボクはゴメンだな」


 ボクは壁に描かれた太陽の絵を見ながら、舌打ちした。


「じゃが、あるいは……。また会いたいという強い想いがあれば、マサシくんともまた会える。わしはそう信じておる」

「綺麗事なんて聞きたかねえよ。……信じても裏切られた事なんて、山ほどあっからよ……」


 神は無情にも絆を引き裂く。ポコとボクらがそうだったように。フォボスさんとダイモスさんもそうだな。
 ——だが、ボクだってまだポコがどこかで生きてるのを信じたい。じいちゃんのことを悪くは言えない。


「あはは、確かに綺麗事かも知れない。じゃが自分らしく精一杯生きてさえいれば、太陽の神様も、きっとそれらは必然の運命だって事を、そして最後は素晴らしい結末になる事を、教えてくださるじゃろう。先の戦いの結果、Chutopiaチュートピア2120にいいちにいぜろがネコ族とネズミ族が共に生きる新しい街に、生まれ変わったように……」

「……なるほど。希望を持つってのは、悪くはねえな」

「うむ。さあ、そろそろ寝ようか。パーティーももうお開きみたいじゃからの」

「……ああ」


 戻ってみると、ソールさんたちはだらしなくテーブルの側で寝っこけていた。チップたちはそれをよそ目にせっせと後片付けをしてる。
 ボクもそれを手伝った後、ふかふかのベッドでぐっすりと眠った。
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