94 / 143
第89話〜太陽神の教え〜
しおりを挟む「マサシってニンゲン、あいつは何者だったんだ?」
「マサシ兄ちゃんはね……。僕たちの世界に14日間だけ、遊びに来てくれたんだ」
チップは、幸せそうな笑みを浮かべて答えた。……何故、14日間だけなんだろうか。
「……あいつはミランダみてえな妖精でもねえし、ネズミでもネコでもねえ、普通のニンゲンなんだろ? この世界で他にニンゲンなんか見たことがねえ。ずっと不思議だったんだよ」
「詳しくはおじいちゃんに聞くといいよ。14日経って一度元の世界へ帰ると、もう会えないっておじいちゃん言ってたけど、マサシ兄ちゃんはまたもう一度来てくれるって、信じてるんだ!」
どうやらマサシとやらは、ボクらみたいにいつでもネズミたちの世界と行き来出来るってわけじゃねえみたいだ。
……そうだ、ミランダのワープゲートを使えば、また会えるんじゃないか?
ボクは椅子でくつろいでいるネズミのじいちゃんに、マサシのことについて聞いてみた。
「なあ、じいちゃんよ」
「ほっほ。何だい?」
ネズミのじいちゃんは読んでいた本を閉じ、返事をする。
「マサシとやらについて、教えてくれねえか? アイツが何故この世界に来たかとか、何者なのかとか、色々気になるんだよ。今回の事件と関係あるのかとかさ」
「そうじゃの……。ここではなんだから、わしの部屋で話そうか。お茶いれるから、先に部屋で待っててくれるかの」
まだまだ料理は運ばれてきて、パーティーは続く。さすがにネズミのキョウダイたちは、眠そうにしてやがる。もうかなり夜も更けたんだろう。
じいちゃんの部屋に入ってドアを閉めると、途端にシンとした空間になった。じいちゃんを待ちながら部屋を見渡すと、顔の描かれた太陽の絵が壁に飾ってあるのが目に入った。
程なくして、扉が開く。
「お待たせ。お茶どうぞ」
「ああ。で、マサシとやらは何者なんだ?」
ゆっくりと部屋に入ってきたじいちゃんは、壁の太陽の絵をひと眺めしてから座り、語り始めた。
「マサシくんはね、とても聡明な人間なんだ。優しくて素直で、思いやる気持ちが溢れてる。光にあふれた、まさに太陽の心の持ち主じゃったよ。じゃが……」
「おう……」
「ニンゲン界も大変な時期みたいでな。初めてマサシくんがここに来た時は、とても疲れ果てた顔をして、身体も痩せ細ってしまっていた。この先、どう生きて行ったらいいかを見失ってしまっていたんだ」
扉の向こうで、パーティーのざわめく声が微かに聞こえる中、しんみりと話すじいちゃん。
「ふーん。ニンゲンも大変なんだな」
「マサシくんは、神様に呼ばれ……ネズミ族の世界に来たんじゃ。太陽の神の祝福を受けたわしらネズミ族の世界は……全ての存在が幸せに生きる世界。幸せの心得をみんな分かって、生きている。辛い思いをして生きているネズミは、1匹とていない」
確かに、ここのネズミどもは誰もが明るい顔してるし、怒ってる奴や落ち込んでる奴なんてただの1匹たりとも、見たことが無え。さっき街でニャンバラのバカネコに怒鳴られたネズミの店主も、終始ニコニコとしてやがったっけ。
「で、マサシは、この世界で幸せに生きる心得とやらを体験して、帰って行きやがったのか」
「その通り。マサシくんが来る前にも、生きることに疲れたニンゲンたちがここを訪れては、14日間過ごし、去って行った。ここネズミ族の世界で、太陽が示す本来の生き方を学んで、再び元の世界へと帰って行くんじゃ」
さっきからじいちゃんの言ってる〝太陽が示す本来の生き方〟って、一体何なんだ。
「その生き方ってのは、どんな生き方なんだ?」
「真っ直ぐ素直な気持ち、ありがとうの気持ち、愛し大切にする気持ち。どんな時も誰に対しても、この3つの気持ちを持って生きることじゃよ」
なるほどな。そりゃ大切なことだ。大切なことだが、ついうっかりすると、忘れちまいそうだ。
「ニャンバラの野郎どもには、決定的に足りねえ心がけだな。だからあんなバカな真似が出来たんだろうよ」
「彼らも心の奥底には、この3つの気持ちがあるはずじゃよ。それらを呼び覚ますには、——わしらがまず、3つの気持ちを持って、接してあげることじゃ」
「この3つの気持ちさえ持てれば、バカにされても、笑われても酷え事されても、いつもあんなにニコニコしてられるもんなのか?」
「許すことは、そんなに難しいことじゃない。共に生きるために不便な事をしているなら、優しく教えてあげればいいんだ。これも3つの気持ちが持てれば、誰だって出来る。マサシくんもそれらを心得てからは、幸せそうな笑顔を見せるようになったよ」
なるほど、それがネズミどもが信じる、太陽が示す生き方か。確かにこれを真似すれば、もっとニコニコして生きられるかもしれねえ。その姿勢が、今回の戦争でも諦めずに、前向きに生き延びられる力にもなったんだろう。
「ところでニンゲン界って、そんなに大変なのか? あのニャンバラと同じくらい大変なのか? ボクにはそうは見えねえが」
「マサシくんに聞いた話によると、確かにニャンバラほど酷い世界ではないようじゃが、それでも自分自身の生きる道が見つからなかったり、ニンゲン同士の諍いに疲れてしまうニンゲンも多いみたいなんじゃ」
「ふーん……。で、マサシの奴もその疲れた奴のうちの1人だったって訳だ」
「ああ。じゃが、ここに来て生きる喜びを取り戻し、帰って行った。今もきっと、幸せに生きておるよ」
ボクを育ててくれたアイミ姉ちゃんも、実は色々大変な思いしながら日々生きてるのかもしれない。ニンゲンって生き物に、ボクは興味が湧いてきた。
「マサシとやら、また会えたらいいよな」
「……本当は、ここネズミの世界に呼ばれたニンゲンは一度元の世界へ帰ると、もう2度とこちらの世界には戻っては来れないんじゃ。ご先祖様が書いた書物に、そう書いてある。マサシくんが来る以前だって、そうじゃった」
「やっぱりそうなのか。ホント、何でなんだろな。そんなの悲しすぎるじゃねえかよ」
もうマサシとやらは、この世界には来られないってのかよ。チップの奴、また会えるって信じてるって言ってたのに。あんなにも純粋な目でそう言ってたのに。あんまりじゃねえか、そんなの……。
——じいちゃんは、お茶を一口飲んでから答えた。
「ニンゲンはニンゲンの世界で、しっかり自分の人生と向き合って生きていくのが、正解なんじゃよ。帰り際のマサシくんからは、そういう意志が感じられた。いつまでも自分の人生から逃げて目を背けていては、本当の幸せは得られないことを、既に気づいておったんじゃ。きっと今頃、マサシくんらしく前向きに生きておることじゃろう」
「だからって二度と来られねえってのはあんまりじゃねえか。たまに遊びに来るぐらいいいだろ。……ボクらもいずれは、このネズミたちの世界にも来られなくなるのか?」
「それはわからんよ。ネコさんがこの世界に来たのは初めてじゃからのう」
「何にせよ、2度と会えねえ別れってのは、ボクはゴメンだな」
ボクは壁に描かれた太陽の絵を見ながら、舌打ちした。
「じゃが、あるいは……。また会いたいという強い想いがあれば、マサシくんともまた会える。わしはそう信じておる」
「綺麗事なんて聞きたかねえよ。……信じても裏切られた事なんて、山ほどあっからよ……」
神は無情にも絆を引き裂く。ポコとボクらがそうだったように。フォボスさんとダイモスさんもそうだな。
——だが、ボクだってまだポコがどこかで生きてるのを信じたい。じいちゃんのことを悪くは言えない。
「あはは、確かに綺麗事かも知れない。じゃが自分らしく精一杯生きてさえいれば、太陽の神様も、きっとそれらは必然の運命だって事を、そして最後は素晴らしい結末になる事を、教えてくださるじゃろう。先の戦いの結果、Chutopia2120がネコ族とネズミ族が共に生きる新しい街に、生まれ変わったように……」
「……なるほど。希望を持つってのは、悪くはねえな」
「うむ。さあ、そろそろ寝ようか。パーティーももうお開きみたいじゃからの」
「……ああ」
戻ってみると、ソールさんたちはだらしなくテーブルの側で寝っこけていた。チップたちはそれをよそ目にせっせと後片付けをしてる。
ボクもそれを手伝った後、ふかふかのベッドでぐっすりと眠った。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
バイクごと異世界に転移したので美人店主と宅配弁当屋はじめました
福山陽士
ファンタジー
弁当屋でバイトをしていた大鳳正義《おおほうまさよし》は、突然宅配バイクごと異世界に転移してしまった。
現代日本とは何もかも違う世界に途方に暮れていた、その時。
「君、どうしたの?」
親切な女性、カルディナに助けてもらう。
カルディナは立地が悪すぎて今にも潰れそうになっている、定食屋の店主だった。
正義は助けてもらったお礼に「宅配をすればどう?」と提案。
カルディナの親友、魔法使いのララーベリントと共に店の再建に励むこととなったのだった。
『温かい料理を運ぶ』という概念がない世界で、みんなに美味しい料理を届けていく話。
※のんびり進行です
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる