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第84話〜生命の産声〜
しおりを挟む「ダイモスさんが、逃げた?」
「あいつもここで治療を受けて完治したまでは良かったのだが、少し目を離した隙に書き置きを残して、窓から逃げて行きやがった」
フォボスさんはそう言うと、ため息を一つついた。
「何て、書いてあったんだよ」
「〝俺は誰にも会う資格はない。新しい居場所を見つける。探さないでくれ〟」
それを聞くと、ボクも同じように深いため息をついた。
「はぁー……。ダイモスさん、何やってんだよ……。あのライムさんですら、これからボクらと力を合わせて責任を取ろうとしてるのに」
「ああ。もういっそのこと、放っておこうかと思ってな」
——途端に周りが静かになる。
前を見ると、ハールヤのジジイが皆の前に出てきていた。マイクを手にすると、皆に向かって話を始めた。
「皆様、ご足労ありがとうございます。院長のハールヤです。恐ろしい戦いは終わり、これからはネズミ族もネコ族も仲良く暮らせる世の中になる事を祈るばかりです。さて……」
これ、絶対聞いてて眠くなるやつじゃねえか。ジジイの声のトーンがいい感じに眠気を誘いやがる……。
「入院されていた皆様はほとんど退院されたので、ここ地下避難施設は、7日後に閉鎖の予定です。時を同じくして、この分院も閉鎖致します。もしこの期間に体調がすぐれない方がおられましたら、すぐに私の方までご連絡願います。私からは以上です。続いては、Chutopia2120の市長さんのお話です」
……と思ったら、あっさり話は終わっちまった。
ハールヤの話を聞いて、今度はユキのことが気になり始めた。体調が悪いとか言ってたっけ。ポコが生きてるかもしれねえって事伝えたら、元気になるかな。後で、行ってやろう。
ハールヤに代わって、今度はネズミの市長が前に出てきた。すると突然、カメラを構えたたくさんのネズミどもが部屋に入ってきて、ボクらを撮影し始めた。一体、何のつもりだ。
「Chutopia2120の市長、チュータです。このたびは私の力不足にて、市民の皆様に大変な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。しかし、皆様ご存知の通り、この街を守って下さった方々がおられます。……どうぞ、星光団の方々、前においでください」
市長のチュータさんがそう言うと、ネズミどもが構えてたカメラがパシャパシャと音を立てた。
ソールさん、ムーンさん、マーズさん、マーキュリーさん、ヴィーナスさんは立ち上がり、ゆっくりと前に出て行く。
「ほらゴマ、あんたもやで」
「ああ、そうか」
ボクとスピカも立ち、前へ出て行った。
——後ろでミランダの声がする。
「あなたも前へ出なきゃ、フォボスくん」
「いや、俺はただの助っ人だからいいのだ」
「何言ってるのよ、フォボスくんももう星光団の一員でしょ」
「勝手に決めるな……。全く仕方がないな」
フォボスさんもしぶしぶ、ボクの後ろについて前へ出てくる。ミランダもキラキラ光を撒き散らしながら宙を舞い、ボクらの後からついてきた。
ボクらは大勢のネコ、ネズミたちの前で一列に並んだ。みんながボクらを見てる。な、何だ、この変な緊張は。
「偉大なる戦士たち、星光団に拍手を!」
チュータさんがそう言うと、ロビーにいるみんなが拍手とともに、ボクらの勝利を讃える声を上げた。
「星光団、万歳ーー‼︎」
再びパシャパシャとカメラが鳴る。
メルさんたちも笑顔でボクらを見ながら、拍手を続けた。
と、その時。席の後ろの方にいたとライムさんがゆっくりと立ち上がり、ボクらの所へとやってきた。歩くたびに地響きがする。一瞬で静まるロビー。
「……ライムさんも、お話されますか?」
チュータさんはライムさんに、そっとマイクを渡す。ライムさんは黙ってマイクを受け取ると、みんなに向かって深々と頭を下げてから、口を開いた。
「ネズミ族の皆様、我がニャンバラのネコ族、星光団のみんな、このたびは本当に申し訳なかった」
頭を下げたまま動かないライムさん。チュータさんはそっと、ライムさんの肩に触れる。
「もういいのですよ、ライムさん。頭をお上げ下さい。そちらの世界も、これから大変なのでしょう。私たちネズミ族は、是非ともあなた方ネコ族の力になりたいと思っております」
ライムさんは、ゆっくりと頭を上げる。
「私どものエゴのため、何の罪もなきネズミ族の世界で破壊を尽くしたにも関わらず、許しの言葉を下さり、何とお礼申せば良いか……。私もこれから、ネズミ族の街の復興の力になろうと思っております。それが私の、せめてもの罪滅ぼしとさせてもらいたい」
今度のライムさんの目には、淀みが全く無かった。きっともう、信じて大丈夫だろう。
「ライムさん、そして皆様。これから力を合わせて、お互いの街を復興して行きましょう」
「……感謝する、チュータさん」
チュータさんとライムさんは、固く握手をした。再び、拍手と歓声が巻き起こる。ボクはその様子をしみじみ見ていたが——。
その時だった。
ハールヤのジジイが、慌ただしく部屋を出て行ったのが見えた。
「じゅじゅ、ルナ、行くよ!」
「あ、待って!」
メルさんたちも、ハールヤに続いてロビーから出て行く。
ボクは直感したんだ。ユキに、何かあったに違いねえ。
「あ! ゴマ、どこ行くん⁉︎」
「すまねえ、急ぎの用だ!」
ボクはすぐに、メルさんたちの後を追ってロビーを飛び出した。
「メルさん! 待ってくれ!」
「ゴマ‼︎」
振り向いたメルさんの目には、涙が浮かんでいた。やっぱりただごとじゃなさそうだ。ボクらは急いで、ハールヤの後を追う。
ユキの部屋が見えた。白い服着たネズミの姉ちゃんたちが、扉を開けて待っていた。
「院長、お急ぎ下さい!」
「ああ、分かった!」
バタバタと、ハールヤは部屋に入っていく。
「メルさん! ユキに何かあったんだろ!」
メルさんは足を止めて息を整え、答えた。
「ユキのお腹の赤ちゃん、産まれそうなの……!」
「何だって⁉ ほんとかよ!」︎
ユキの部屋の前に着いた。既に扉は閉め切られている。ボクらは部屋の前でしゃがみ込んだ。
——無事に産まれてくれ。ボクはそれだけを祈った。
「妊娠中にあれだけのストレスが重なったから、私ほんとに心配で……」
「メル~、大丈夫だよ~。院長さんたちに任せましょ~。あれだけの火傷を治してくれた腕の立つお医者さんだから大丈夫大丈夫う~」
じゅじゅさんの言葉を、ボクも信じよう。
ルナも、両手を組んで下を向いて、祈っているみてえだ。
元気な赤ちゃん産んでくれよ、ユキ……。
♢
時折、ロビーから拍手と歓声が、静かな廊下に響く。
ここでユキが無事に出産したなら、今日は本当におめでたい日になるんだな。だが、この待ってる間の何とも言えない時間がボクには少々きつかった。ボクはユキの部屋の前を、ひたすらうろついていた。
「兄ちゃん、大丈夫だって。落ち着きなよ」
「うるせえ!」
全く、ルナの方が大人だな。ボクはまだまだメンタルの方はクソガキだ。廊下の静けさが、余計にボクを不安にさせる。
しばらく経つと、ロビーの方がざわざわとし始めた。多分、お開きになったのだろう。
「あ、兄ちゃん! みんなこっちに来るよ!」
「あ……?」
ムーンさんが、走ってくる。
その後ろには、ソールさん、マーズさん、マーキュリーさん、ヴィーナスさん、フォボスさん、スピカ、そしてライムさんも。
メルさんは泣きながら、ムーンさんの方へ駆けて行った。
「母さん、母さん! ユキは大丈夫かなあ……? うわああん」
「きっと元気な子を産んでくれますよ。大丈夫です、メル」
ムーンさんは、メルさんをぎゅっと抱きしめる。
ライムさんはじゅじゅさんの隣に座ると、微笑みを浮かべながらその様子を見守っていた。
「我々も太陽に祈ろう。新たな生命の誕生を!」
「おう!」
ソールさん、マーズさん、マーキュリーさん、ヴィーナスさんは、4匹で向かい合うと両手を組んで跪き、祈り始めた。
ロビーが静かになると、市長チュータさんもゆっくりと廊下を歩いてこっちにやってきた。ユキの部屋の前に来ると、チュータさんも同じように両手を組んで跪く。
「……元気な子が、生まれますように」
——再び訪れる静寂。
「……キャウン、キャウン……」
——細くて高い泣き声が、聞こえてくる。
すぐに扉が開き、汗だくになったハールヤが出てきた。
「おめでとうございます。いやあ、良かった良かった。ユキちゃんの赤ちゃん、無事に生まれましたよ」
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