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第83話〜気がかり〜
しおりを挟むライムさんは、ようやくムーンさんと分かり合うことが出来たんだ。
次の問題は、ニャンバラの奴らがこれからどうするか——だな。
資源が足りなくなり、戦争も激しくなって、このままでは地底世界ではネコどもは暮らせなくなるってプレアデスの奴が言ってた。ニャンバラの奴らが生き延びる手段として、このネズミの世界を侵攻して来たんだが——それも失敗に終わった。
だが、ライムさんは改心したんだ。ムーンさんも力になるって言ってた。ニャンバラを立て直すんだったら、ボクも力になってやりてえ。
そんな事を考えながら廊下を歩いていると、部屋の扉の文字に〝デネブ〟と書かれているのが目に入った。
あの時ポコの攻撃を喰らって、ポコと一緒に火の海に落ちて死んだと思ってたが——デネブだけライムさんに助けられたんだったな。
「おい、デネブの部屋だぞ。スピカ、見ていくか?」
「ほんまやん。デネブもよう生きとったなあ」
ボクは扉をノックし、中に入った。
ベッドに目をやると、デネブは全身包帯でぐるぐる巻きにされて寝かされていた。意識はあるようだ。
「……貴様らか。何の用事だ」
あの時とは違い、弱々しい声でデネブは言った。スピカはゆっくりと、デネブの元へ歩み寄る。
「何の用事やあらへんで。見舞いに来たげたんや。命が助かっただけでもありがたく思わなあかんで。リゲルのことは残念やったけどな」
「……だが、我々は敗けたのだろう。ネズミの国からも我々は追放され、ニャンバリアンはもはや、滅び行くしかないのだろう。リゲルももう居ない事だし、我ももはや生きる意味など……」
「アホ! ネズミさんたちはな、そんな冷たい民族やないんや!」
この世界のネズミたちは、みんな優しくて親切だ。敵でさえ許し、包み込んでくれる。チップたちの家族の世話になったスピカは、その事実をよく知っている。
「まさか、我々ニャンバリアンを受け入れてくれるというのか」
「それより先に、ネズミの国を荒らし回った責任取らなあかへんわな。ま、あんたは当分動かれへんやろし、大人しくしとくこっちゃ」
「ふう……」
ため息を吐くデネブに、ボクも話しかけた。
「なあデネブ、戦いが終わっても、死んだ奴は戻っては来ねえんだ。前を向くしかねえよ」
「……いや、リゲルとあの黒ネコは……死んだかどうかは分からねえ」
——ボクは耳を疑った。
何だと? どういう事だ。
「何⁉︎ ポコは、ポコは生きてるってのか⁉︎」
デネブは、しばらく沈黙する。
「おいデネブ! 何とか言ってくれよ!」
「なあ、リゲルも、生きてるかもしれへんの⁉︎」
ボクもスピカも、落ち着きをなくしてしまった。デネブはそんなボクらをチラッと見てから再びため息をつき、天井の方に視線を戻すと、ゆっくりと話し始めた。
「……あの黒ネコの一撃を喰らい、谷底の火の中に落ちた時、何かに守られる感覚があったのだ。しかし我はそれ以上意識を保つ事が出来なかった」
「その後、意識は戻ったのか?」
「気が付けば、どういう訳か我は崖の上にいた。その時には既に、噴火が始まっていた。すぐにライム様が駆けつけ、我を背に乗せたところで我は再び気を失った」
ボクは手をグッと握り締めながら、デネブの話に耳を傾け続けた。手汗が止まらない。
「気を失う少し前……我がいた場所の壁に、洞穴が見えた。そこに向かうネコの足跡を、見た気がしたのだ。それがリゲルと黒ネコのものなら……あるいはそこから逃げ延びたのやも知れぬ……いや! やはりあれは我が見た幻であろう。この話は忘れろ」
「おい! 何だそれは! ちゃんと最後まで聞かせ……」
「ゴマ、やめとき」
スピカに止められ、ボクは大きくため息をついて気持ちを落ち着けた。
——頼む、生きててくれ、ポコ……!
「……用が済んだのなら、早く帰れ」
ボクとスピカは返事をせずに、デネブの部屋を出た。
デネブだって、きっと悲しいんだ。リゲルに生きてて欲しいと願ってるんだ——。もちろんスピカだってそうだ。3匹一緒に組んでいた、仲間なんだから——。
静かな廊下に、足音が響く。ボクはスピカの方に目をやった。微笑みながら鼻歌を歌うスピカの横顔。スピカは、悲しさを抑えて明るく振る舞うようなところがある。ボクはスピカにどう言葉をかけてやったらいいか、わからなかった。
「あ、そや。なあ、ゴマ」
スピカは鼻歌を中断し、話しかけてきた。
「あ? 何だ?」
「ダイモスさんはどないしたんやろ? ひと通り部屋見てきたけど、ダイモスさん何処にもおらへんかったんよ」
「……マジかよ」
ボクらを裏切った……いや、元々ニャンバラ軍でボクらの仲間のフリしてたダイモスさんも、ライムさんに助け出されたはずだ。なのに何処にもいないというのは、どういう事だ。
考えていると、ちょうどハールヤのジジイが目の前を通りかかり、ボクらに気付いた。
「あ、ゴマくん、スピカさんも。皆さんお集まりですよ、ロビーへどうぞ。この後、皆さんにお話がありますので、しばらくの間ゆっくりしててください」
ハールヤは、何やら分厚い書類を抱えてやがる。
「ゴマ、ほな行こか」
「ああ。ダイモスさんのことも気になるしな」
ボクらはそのまま、ロビーへと向かった。
♢
「あ、やあ! 元気になったみたいだね!」
「君は! よくぞ無事に戻って来たね!」
医院の広いロビーは、ネコたちの声とネズミたちの声が入り混じり、ザワザワとしていた。すぐにプレアデスとベガのオッサンがボクらを見つけ、声をかけてくれた。
「あ! ゴマくん! スピカさんも!」
「よお、お前らも無事だったか。そっちはどうなったんだ?」
プレアデスもベガのオッサンも、怪我もなく元気そうだ。
「移住してきたニャンバリアンたちにはしばらくChutopia2120に滞在してもらって、今後どうするかは市長さんとの話し合いで決めるって!」
「ああ。街の復興も、ネズミさんたちと力を合わせてやっていくのが一番だよ。早速俺が学んだホワイトな働き方で、街を活気付けようじゃないか!」
どうやらネコとネズミ、うまくやれてるようだな。
「さあ、早くみんなのところへ行こう」
「せやな!」
——ロビーには、知った顔がみんな集まっていた。
ソールさん、ムーンさん、マーズさん、マーキュリーさん、ヴィーナスさん、フォボスさん。
ネズミの父ちゃんに母ちゃん、じいちゃんにばあちゃん、トム、モモ、チップ、ナナ、ミライ。
そして、メルさん、じゅじゅさん、ルナ。
Chutopia2120の市長らしきネズミも来ていた。
ミランダも、ヒラヒラとその辺を飛び回ってやがる。
ロビーの一部が座敷になってて、みんなそこで一息ついてる。
「あ! ゴマ兄ちゃん! 後で遊ぼうね!」
チップはボクを見つけて手を振った。ボクは少し笑って頷いてから、メルさんたちの近くの座布団に座った。
「ほなウチ、ゴマの横座るわ」
「勝手にしろ」
スピカはボクの横に座り、お茶をグイッと飲み干す。
「ゴマ、ちゃんと尻尾たたみな。お行儀悪いんだから」
「……ああ、はいはい」
メルさんにこうやって怒られるのも、もはや懐かしい。少しずつ、いつもの日常が戻ってくるのを感じたんだ。
——そういえば、ユキがいない。どうしたんだ? ユキの腹の子は無事なんだろうな?
ボクはメルさんに聞いてみた。
「メルさん、ユキは大丈夫なのか?」
「ユキは、あれから体調が良くなくて、病室でずっと横になってるみたい。そっとしといてあげるのよ、ゴマ」
「何だって……?」
まだハールヤの話が始まるまで、少し時間があるようだ。
……クソ! 色々と気になることがありすぎる。
「ちょっとフォボスさんのとこ行ってくる」
「ゴマ、ちゃんと席についてなさ……もう! 落ち着き無いんだから」
止めるメルさんを振り払い、ボクは座敷の後ろの方にいるフォボスさんの所へと移動した。
まずはダイモスさんがどうなったかが気になるから、聞いてみよう。
「ゴマじゃないか。怪我はもう治ったんだな」
「フォボスさん、聞いちゃなんだが……ダイモスさんはどこ行ったんだよ」
眉をしかめるフォボスさん。やっぱり聞いちゃまずかったのだろうか。
「……ダイモスは、逃げたのだ」
「逃げた?」
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