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第82話〜素直な気持ち〜

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 ボクとスピカは、長くまっすぐな廊下を忍び足で、先を行くハールヤとライムを追った。
 1番奥の、廊下の突き当たりの部屋がムーンさんの居る部屋のようだ。ハールヤたちは、部屋に入って行った。


「チッ、鍵を閉めたらしいぞ」

「なんやなー、ここまで来といて」


 ボクは部屋の前まで忍び足で行き、耳を澄ませた。……鍵は閉められていたが、話し声は聞こえる。
 ボクは小声でスピカを呼んだ。


「スピカ、ここに耳を当てれば、ライムたちの話が聞けるぞ」

「盗み聞きとか趣味悪いなあー。でも気になるっちゃ気になるしなあ」


 ボクとスピカは壁に耳を当て、ライムとムーンさんの会話に耳を澄ませた。

 ——ガチャッ!
 鍵の開く音。まずい、誰か出てきやがる!


「ス、スピカ‼︎     そこの箱に隠れろ!」

「ちょ、ゴマ! 無茶言わんといてや!」

「急げ!」


 ボクとスピカは、部屋のすぐ近くのホースの入れてある木箱の中に素早く隠れ、蓋を閉めた。——直後、扉の閉まる音がして足音が近付いたが、すぐに遠くなった。ハールヤがムーンさんの部屋から出て行ったようだ。
 ……まずい。狭い箱の中で、ボクがスピカに抱き着く形になってしまっている。


「やーんゴマ、どこ触ってるん」

「そんなつもりはねえよ‼︎    おい、さっさと出るぞ!」


 ボクはハールヤがもういないことを確かめ、箱の外に出た。スピカの温もりの感覚がまだ残っている……。
 気を取り直し、再びムーンさんの部屋の壁に耳を当てる。……ムーンさんとライムの声が、微かに聞こえてくる。




「……ライム、どうしてここへ……?」

「母さん、私は、やっぱりダメなネコだったんだな」

「ライム……」

「私は何をやってもダメだった。子供の時から、ずっとずっとだ。……メルとじゅじゅは、すぐに色々なことを出来るようになったのに、私だけ何をやっても他のネコよりも遅れていた。……そして今回も、結局はネズミ族にもネコ族にも怒りと悲しみだけを残し、我々ニャンバリアンは敗れた」


 ボクとスピカは、息を殺して会話に耳を傾けた。
 少し間を置いて、ムーンさんの声が聞こえた。


「……ライム、ごめんなさいね。本当に、ごめんなさい」


 しばしの沈黙の後、今度はライムの声。


「何で、謝るんだよ」


 ムーンさん、泣いているのだろうか。ムーンさんの声は震えていた。


「ライム、あなたにはあなたのペースがあったのに、私は他の子と同じ事を無理にさせようとして、期待ばっかりしてはあなたを叱りつけて……。私の方が、ずっとダメな母さんね。本当に、本当にこんなダメな母さんで、ごめんなさい」

「……母さん」


 再び沈黙が続いた後、ムーンさんはゆっくりとライムに語りかけた。


「ライム、あなたは、凄い子よ。私が思ってたより、ずっと凄いわ。だって、地底都市ニャンバラという、1つの文明を築くことが出来たんだから」

「うん……。ありがとう、母さん」


 その会話を聞いて、ボクの中でずっとつっかえていた物が、スッキリと無くなった気がした。
 スピカも、微笑みを浮かべながら、ムーンさんとの話を聞いていた。


「あなたならきっと、再びニャンバラを立て直せます。ネズミの方々と交渉して、協力してもらうよう、私たちからも……」

「母さん、相変わらずお人好しだな……。そんなこと、許されるはずがないだろう。私は多くの者を傷つけ、母さんたちの大事な家族の命をも奪った。然るべき処罰を受けなければ……」


 ——ポコ。
 ポコはライムさんが殺したも同然だし、その恨みは晴れる事は無え。
 だが、ボクらは勝利し、ネズミたちの世界を守り、ムーンさんとライムさんもこうして分かり合う事が出来たんだ。

 天国のポコにこの光景を見せてやりてえ。テメエの勇気の一撃は、無駄じゃなかったんだぜ、ポコ。


「でもね、ライム」


 ムーンさんはよりいっそう声色を優しく柔らかくして、ライムさんに語りかける。


「あなたがいないと誰がニャンバラを立て直すのですか。あなたは、ニャンバラを築いた時も、ネズミたちの街を占領する時も……、皆から必要とされていたでしょう。誰もあなたを見捨てなかったでしょう。これからも、あなたの力が必要なのです」

「……そうか。思えば私には、仲間という者がたくさんいたのだな……」

「まずは、Chutopiaチュートピア2120にいいちにいぜろの復興に、全力を挙げてください。きっとそれが、償いになるはずです」

「……分かった。ならば皆に信用してもらえるまで、せめて監視をつけてくれ」

「もう、信用してますよ。ライム、あなたの瞳の輝きは、以前とは違います。……これからは私たちと一緒に、頑張りましょうね」


 ボクとスピカは手を取り合って笑い、頷いた。


「……ああ、頑張ろう、母さん」


 お互い、〝素直〟な気持ちを打ち明ける事で、親と子の絆は、再び結ばれたんだ。
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