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第64話〜束の間の安息〜
しおりを挟む「ありがとう、チップくん。君もまた、勇敢な戦士だ。君のマタタビ弾がなければ、我々は敗北していただろう。本当に君のおかげだ!」
「えへへ。やったあ」
チップの奴、ソールさんに褒められて本当に嬉しそうだ。
しかし、たまげたぜ。いつの間にマタタビ弾なんて作ってやがったんだ。それに、あの狙いの正確さだ。普段の遊びの中で自然に鍛えられた力ってやつだな。
「おいチップ、その弾よく見せてみろ」
「あ、ゴマ兄ちゃん、やめた方が……」
ボクはマタタビ弾を手に取ってみたが、途端に気持ちが悪くなってきた。うおえ、やっぱりこの匂い、無理だ。頭痛と吐き気と眩暈が……!
「あわわ、ゴマ兄ちゃん……!」
「ゴ、ゴマくん! しっかり!」
♢
——気付いたらボクは、チップたちが避難している建物の中のベッドで横になっていた。
9匹のネズミの家族の楽しげな声が聞こえる。ソールさんたちの声もする。みんな戻ってきてるようだ。
「あ、良かった! 気がついた! ……ゴマ兄ちゃん、大丈夫? ゴマ兄ちゃんもネコなんだから、マタタビ弾は触らない方がいいよ……」
チップが心配そうに、ボクを覗き込む。
……どうやらあのままマタタビにやられて、ボクは気を失ってたみてえだ。チップ、テメエ恐ろしいモノ作りやがったな……。
「チップよぅ……そーいうことは先に言え……」
ボクは起き上がろうとしたが、体がいうことを聞かねえ。頭がガンガンする。さすがに、疲れが出ちまったみてえだ。
……甘い匂いがする。何か美味いモン作ってるみてえだな。
「みんなー、くるみパイできたわよー!」
ネズミの母ちゃんの声が聞こえた。腹が減ってるボクは考えるより先に体が反応する。頭痛も吐き気も吹っ飛んだ。ボクはテーブルにダッシュした。
焼き立てのくるみパイ……早く食いてえ!
モモが、次々にくるみパイや、カボチャのケーキとかを運んでくる。ルナとポコも、ちゃっかり手伝ってやがるぜ。
「いやあー、ゴマたちが無事でホッとしたよ。勝利記念にパーティをするんだ!」
「兄ちゃん、大活躍だったみたいだね!」
ポコとルナも、嬉しそうにしてやがる。
「ふん、最後に決めやがったのは、チップなんだぜ。ちょっと悔しいが……、チップはネズミどもの英雄だ」
ボクはチップの肩をバンと叩いて、そう言った。
「英雄だなんて、照れるなあ」
「チップ兄ちゃん、すごーい」
「いや、チップくん。本当に君は勇敢な戦士だよ。よければ君も星光団の一員に……」
「えー? なっちゃおうかな、星光団にー!」
「おいチップ、本気かよ」
——そういえばボクも、ソールさんからそんなふうに言われて星光団に誘われたんだっけな。だが、チップの、自分たちの住む街を守りたいという気持ちは、ホンモノだった。それが、今回の勝利をもたらしたんだ。
「いただきまーす!」
広い地下避難施設の一角の小さな建物で、9匹のネズミの家族による星光団の勝利パーティーが始まった。
ボクらはいっとき全てを忘れて、ネズミたちが作る美味い料理を食いまくった。
——そう、ボクらの大切な仲間がまだ、捕まったままだということも忘れて。メルさん、じゅじゅさん、ユキが、火の海の上に宙吊りにされている、なんてことも忘れて——。
ビビビビビビビ‼︎
突然の着信音に、一時の晴れやかな気分が拭い去られた。
ソールさんはすぐに顔を引き締め、ニャイフォンを耳に当てる。
——話が終わったソールさんは、両腕をぶんぶん振って、みんなの会話を止めた。
「みんな、楽しいところすまない。今、出入り口を監視してるプレアデスくんから連絡があったのだが、ライムの母艦が、鉱山の方角へ向かったとの事だ」
「な、何っ⁉︎」
ムーンさんは飲み物を置いて、立ち上がった。
「もしかしたら、メルたちが捕まっている基地に向かったのかも知れません。私たちも向かいましょう!」
ボクは一気に目が覚めた。こうしてる間にも、メルさんたちは……。
そう、呑気にパーティなんてしてる場合じゃねえんだ!
「ムーンさん。ボクらも行く」
ボクは、立ち上がって言った。
「兄ちゃん! 僕も行くよ!」
ルナも、すっくと立ち上がって言った。今までに無いくらい凛々しいルナの姿が、そこにあった。
そして——ポコも、震える声で言った。
「ユキ……。ぼ、僕だって、……行かなきゃ。行くんだ。怖いけど、大事なユキが、助けを待ってる。メルさんも、じゅじゅさんも……。うう……」
どんなにヘタレでも、最愛の彼女を守りたいという気持ちは、しっかりと持ってやがった。
ボクは、ポコの背をバシっと叩いた。
「ポコお前、よく言った‼︎ 一緒に戦うぞ」
ポコは目に涙を浮かべて、拳を握りしめた。
覚悟は決まったようだ。ポコの気持ちも、ホンモノだと確信した。
「ムーンさん!」
「ゴマ、ルナ、ポコ。本当に行くんですね……。では、すぐに支度をしましょう」
準備を済ませると、ネズミの家族みんなは玄関までボクらを見送ってくれた。
必ずメルさんたちを助け出し、無事に戻って来てやる。強く強く、そう思った。
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