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陰の章~信濃動乱

第81話 信濃の諏訪、上原城に到着

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 俺たち甲斐の武田軍は、信濃の諏訪家を助けるべく援軍に赴いた。

 諏訪湖を望む峠の上から見ると、諏訪家の上原城は敵である越後の長尾軍に包囲されようとしていた。
 だが、長尾軍は俺たち武田軍に気が付いたのだろう。

 包囲している敵軍の動きが慌ただしくなり、潮が引くように上原城から長尾軍は撤退した。
 そして、諏訪湖の向こう岸、現在の岡谷の辺りに陣を構えた。

 この寒い中、長尾軍の動きは非常に素早い。
 敵の大将長尾為景の指揮が良いのだろう。
 さすがは、軍神上杉謙信の父親だ。

「長尾軍を急襲するか?」

 俺が周りにいる武将に尋ねると参謀役の真田幸隆が進言する。

「いえ……。今から攻め込んでも、迎え撃たれるだけです。お止めになった方がよろしいかと」

「飯富虎昌は、どう思う?」

「真田殿と同じですな。付け加えれば、移動で馬がくたびれております。馬を休ませ、メシを食わせなければ、騎馬隊は戦力になりません」

「なるほど。村上殿はいかがか?」

 村上義清殿が、大きな体を揺するようにして答えた。

「真田殿、飯富殿に同意いたします。まずは、籠城している諏訪家と合流し戦力を上げた方が良いでしょう」

「あいわかった。上原城へ向かい。諏訪家と合流しよう」

 俺たち武田軍は、上原城で援軍先の諏訪家と合流することを優先した。


 *


 上原城に到着すると、俺たち武田軍は野営の準備を始めた。
 曇り空でチラホラと雪が舞っている。
 昼でも寒い。

 冬の日はあっという間に落ちる。
 急がないと夜になってしまう。

「体を冷やすな! 暖を取れ!」
「濡れた下着は、乾いた下着に変えろ!」
「靴下を乾かせ! 火に当てろ!」

 飯富虎昌の配下が、兵士に厳しく指導する。
 全て俺の指示だ。

 俺は兵士たちに防寒着を支給した。

 ・綿のTシャツ
 ・防水ブーツ
 ・厚手の靴下
 ・タートルネック
 ・防寒ズボン
 ・ドカジャン
 ・軍手
 ・毛糸の帽子
 ・雨ガッパ

 どれも工事現場のお兄さん御用達の安くて丈夫なヤツだ。
 ネット通販風林火山は、何でも売っていて大助かりだ。

「この服は暖かいな!」
「このワラジも、すごいぞ!」
「お屋形様! ありがとうごぜえますだ!」

 兵士たちは支給された衣服に感動して、何度も俺に頭を下げる。
 俺は右手を軽く上げ、兵士に応えた。

 この時代は、まだ兵農分離が出来ていない。
 彼らは兵士であると同時に、農業従事者、生産者なのだ。
 寒さで風邪をひいて死なれては困る。

「お屋形様。ちょっと大盤振る舞いしすぎじゃないですか?」

 俺の隣に立つ飯富虎昌が、農民兵の待遇が良すぎじゃないかと聞いてきた。
 戦国時代は、厳しい時代だ。
 農民の命は安い。

 俺は飯富虎昌に理解してもらえるように、熱を込めて語った。

「兵士は農民でもある。兵士が一人死ねば、武田家の生産力が減るのだ。わかるな?」

「それは……。そうですな」

「武田家の棟梁としても、甲斐守護としても、農民を減らしたくない」

「ふむ、領民を守るのは領主の義務ですからな」

「戦に勝つ為だ。これからは国力の強い国が戦に勝つ。個人の武勇はもちろん尊ぶがな」

「なるほど」

 飯富虎昌は、わかったようなわからないような顔をした。

 俺は歴史を知っているので、この後の時代を知っている。
 織田信長の登場で兵農分離が進み、兵士を多く雇える大名が戦に勝てる大名になる。
 兵士を多く雇うには、国力を上げなければならない。
 だから農民が死なないようにする。

 俺にとっては簡単な理屈なのだが、この時代の人に理解をさせるのは難しい。

「まあとにかく……、お屋形様としては、兵を損ねたくないのですな!」

 飯富虎昌は、俺の言うことを自分がわかる言葉で何とか咀嚼しようとしている。
 ちょっと違うが、今の時点では理解しようとしてくれるだけ良い。

 俺は飯富虎昌に笑顔を返した。

「そんなとこだ。戦で人が死ぬのはやむを得ないが、寒さで死なれちゃたまらないからな!」

「ですな!」

 冬季の戦争は、寒さも敵だ。
 あのナポレオンだって、冬将軍には勝てなかった。
 まして凡人の俺が冬将軍に勝てるわけがない。

 だから今回の遠征では、兵士にも軍の幹部連中にも防寒着を支給したのだ。

 上原城前の野営地では、コンパネで簡易防壁を築き、ドラム缶に焚き火を起こし、ネット通販風林火山で買ったテントを兵士たちに設営させている。

 初めてで戸惑っているが、飯富虎昌の配下が回って指導している。

「御屋形様。かなり銭がかかったのでは?」

 飯富虎昌の言う通り、かなり金がかかった。

「正直、大赤字だ……」

「痛いですな!」

「だが、越後長尾家の侵略を撃退すれば、信濃の領主や国人衆は武田家を支持するだろう。そうすれば甲斐の後背が安全圏になる。駿河今川攻めに戦力を集中できるぞ」

「なるほど! 今回の遠征には、そんな意味があったんですね! 大軍略ですな!」

 俺の考えを話すと、飯富虎昌はしきりに感心した。
 大軍略とか、そんな大層な物ではないが、飯富虎昌のように感心してもらえれば気分は良い。

「まあ、上手く行くとは限らないが、上手く行くように努力しよう。頼むぞ!」

「ははっ!」
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