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火の章

第45話 死を賭す事、戦士の如し

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 ――本栖城もとすじょうに到着してから五日。

 俺たちは、戦支度に明け暮れている。
 今川軍は、まだ来ない。

 馬場信春は、チェーンソーと重機を使って近くの木を切り倒し、鉄パイプの足場で作った城壁の裏側に積み上げる。
 カニのハサミみたいなアームを器用に動かして、切り倒した木を城内に運ぶのだ。

 上手いもんだな。
 俺はあんな事出来ない。
 さすが一芸【土木達者】持ち。

「そこ! 下がれ! 危ないぞ!」

「ちょい右! もう、ちょい! 降ろして!」

 配下の作業員兼足軽兵も一緒に作業していて、現場特有の元気のある声が飛び交っている。
 まるで工兵隊だ。

 妖怪ジジイ小山田虎満と今回から加わった横田高松は、足軽兵の配置や訓練を行っている。

「そうじゃ! 竹束は矢を跳ね返す! 危ないと思ったら、竹束に隠れれば良い!」

「槍は上から叩きつけろ! 難しく考えるな! 真っ直ぐ振り上げて、真っ直ぐ振り下ろせ!」

 足軽兵と言っても、現代の兵隊みたいに普段から訓練しているわけじゃない。
 みんな普段は農民で、いわば兼業兵士なのだ。
 戦の時だけ、槍や刀を持ってやってくる。

 だから、今川家が来るまでに、数日だけでも訓練を行えるのはデカイ。
 基本的な槍や刀の扱い方、防御の仕方、戦の心得なんかを、二人が叩き込んでいる。


 本栖城の兵力は――

 本栖城の作業員兼足軽兵:300人
 九一色衆:200人
 武田家本家から後詰:500人

 合計:1000人

 ――がいて、毎日生活をしている。

 この千人が消費する食料は、ハンパない。
 早く今川家が来て戦をやってくれないと、武田家が破産してしまうよ。

 ちなみに食事は山盛りのご飯を食べられるので、足軽からの評判はすこぶる良い。
 モチベーションは大切だからね。
 金銭的にはキツイけど、メシだけは手を抜かないよ。

 さて、俺と香は直轄特殊部隊の訓練を行う。
 特殊部隊は少数精鋭で、任務はズバリ狙撃だ。

 スリング隊:10人
 クロスボウ隊:10人

 この二十人は、通常の戦闘には参加しないで、指揮官や目立って強いヤツを遠距離から攻撃して仕留めるのだ。

「御屋形さま。玄武隊整列しました」

 舌足らずな喋りで俺に声を掛けて来たのは、スリング隊の隊長『惣太』君、まだ八歳だ。
 惣太は以前クリームパンをあげた流れ者の子供で、色々あって今回従軍している。
 ちなみにスリング隊だと戦国時代っぽくないので、玄武隊と名付けた。

「ご苦労」

 俺は惣太と大手門から外に出る。
 大手門の外には、ジャージ姿の子供が九人整列し、俺を見ると片膝をついた。

 こいつらが玄武隊。
 みんな流れ者の子供だ。

 流れ者問題が発生した時の事だ。
 流れ者の女性は金山から出た鉱石を加工する灰吹作業に従事させ、流れ者の子供は鉱石の選別作業を手伝わせた。

 ある日、俺は作業の様子を見に作業場に出かけた。
 すると作業場の隅で手の空いた子供たちが、石投げをして遊んでいたのだ。

 俺は子供たちにスリング、布製の投石器の作り方を教えた。
 布製の投石器は簡単に作れる。
 必要なのはボロ布や紐だけ。

 投石器をくるくるっと回して、石を投げて見せると、スピードと飛距離に子供たちは驚いた。
 そこで始まった流れ者の子供たちのスリングブーム。
 彼らにとっては、新しい遊び、新しいゲームだった。

 しばらくすると馬場信春から連絡が来た。

『御屋形様! 流れ者の童の中に、投石の才がある者がおります! 戦で使うべし!』

 作業場に行くと名人と呼べる子供が十人いた。
 スリングを使って遠くの的に寸分たがわず石を命中させるのだ。
 距離、威力ともに申し分ない。

『馬場信春……確かに凄い腕だし、戦場で役に立つとは思う……。しかし、子供を戦場に連れて行くのはどうか?』

 昔の戦場で投石はポピュラーな攻撃手段だ。
 日本の戦国時代にも武田家の小山田信茂が投石隊を率いて活躍したという記録がある。
 あ、小山田信茂は、妖怪ジジイ小山田虎満とは別系統の『郡内の小山田氏』ね。

 そんな訳で、これだけ投石の腕が良ければ、戦場で活躍が期待できる。
 子供でもだ。

 ただ、モラル的にどうなのか?
 現代日本人だった俺には、子供を戦場に連れて行くのは憚られる。


『お気持ちはわかりますが、童たちが望んでおります』

『何?』

『自分たちが戦いに出るから、家族たちを武田家で間違いなく保護して欲しいと……』

『むっ……軍役を果たすと言うのか……』

『はっ。童ながら殊勝な申し出と感心をいたしました』

 軍役、兵役とも言うが、現代で言うと徴兵制度になるかな。
 領主は領民に税金と共に軍役を義務付けている。
 戦になれば、農民も槍を持って領主と一緒に戦うのだ。

 税金(年貢)と軍役の義務を領民が果たすから、領主は領民に保護を与える。
 ある意味、ギブ・アンド・テイクな関係だ。

 そこで流れ者だが……。

 現在、彼らは、俺の好意で甲斐国内に住まわせて貰い、仕事と食事を与えられている状態だ。
 他の領民と同じ扱いとは言えない。

 彼らの立場は、あくまで俺個人の好意によるものでしかない。
 何かの拍子に俺が気紛れをおこせば、流れ者は立場を失う。
 日々の食事を失い、甲斐国から出て行かなくてはならなくなる。

 だから、他の領民と同じように軍役を果たすと申し出た訳か……。

『わかった。流れ者にも軍役を課す。まずは、投石が得意な十人の子供だ』

『ははっ!』

 俺は現代日本人として罪悪感を強く感じたが、流れ者たちの意思を受け入れる事にした。
 彼らは彼らなりに考えて、軍役を果たすと申し出たのだ。
 その気持ちを俺は受け入れた。

 軍役を課すと言う事は、彼ら流れ者は正式に甲斐国の領民として認められた事になるのだ。
 それが彼らの望みであろう。

 俺の目の前で玄武隊の子供十人が、スリングを回転させ投石を開始した。
 最大飛距離は500メートルと言った所だろう。
 かなり遠くまで届く。

「必中……必ず的に当てられる距離は、どれくらいだ?」

 隊長の惣太に問うと、すぐに答えが返って来た。

「あの辺りです」

「やって見せよ」

 俺の命令で100メートル離れた距離に、鎧兜を着せられたカカシが用意された。
 玄武隊の子供十人が、次々に投石を開始する。
 投石は正確に的に着弾し、玄武隊は初弾の後、素早く次弾を投擲した。

 投石と言って侮る事なかれ。
 スリングの遠心力によって加速された石礫は、凶悪な威力を発揮する。
 鎧兜は粉砕され、カカシは地面に倒れた。

「うお!」
「すげえ!」
「これだけ離れていて当てるのか!」

 周りで見ていた足軽たちが声を上げて褒め称える。

 よしっ!
 100メートル必中で、この威力なら十分戦力になる。

「うむ。大変良い。あの城壁の上からも投石が出来るように、後で城壁の上から訓練をしておけ」

「「「「「「「「「「ははっ」」」」」」」」」

 玄武隊の仕上がりに俺は満足し、立ち去ろうとした。
 すると玄武隊隊長の惣太が、張りつめた声で俺を留めた。

「御屋形様! 待ってくれ!」

 惣太は思い詰めた顔をしている。
 なんだろう?

「苦しゅうない。申してみよ」

「もしもだよ……。もし、俺が戦で死んだら、おっかあと妹の面倒は御屋形様が見てくれるのか?」

 惣太は真っ直ぐに俺を見て、子供ながら腹の座った声を出した。

 ああ、そうか。
 そう言う思いで、惣太は戦場に来たのか。

 俺は家族思いの惣太の気持ちに触れて、胸が熱くなった。
 惣太に『生きて帰れ』『無理はするな』と優しく声を掛けたかった。
 
 だが、彼の死を賭した願いを汚すような気がしたし、死を賭すくらいの緊張感があった方が生存確率は高まると判断し、心中と違う厳しい言葉を口にした。
 俺は厳めしい顔と声を作って、惣太に告げる。

「お前の働き次第だ。良い戦働きをすれば、お前の母と妹の面倒を見よう。住まう所、食事、仕事を必ず与える」

「本当だな! 約束だからな!」

「うむ。甲斐国国主として、武田家当主として約束しよう。玄武隊の者が戦で死んだ時は、武田家がその者の家族の面倒を見る。惣太よ! 自分の手で母親と妹を守ってみせよ!」

「わかった。御屋形様が約束してくれるなら、俺も約束する。今川の奴らをやっつけるよ!」

「その方らの活躍を期待する!」

 玄武隊は訓練を続け、俺はその場を去った。

 けれど、俺は、後でクリームパンを惣太たちに差し入れしてしまった。
 甘々だな。

 どうやら、俺は冷徹な支配者にはなれそうもないな。
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