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第五章 領地の拡大

第91話 間話 ダークエルフの恩返し(最後編)

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 執事と陰気な男の話は終った。
 まず執事が先に席を立ち、時間をおいて陰気な男が席を立った。
 念のためバラバラに酒場を出たのである。

 陰気な男には、人族に化けたダークエルフがしっり尾行をしていた。
 尾行するダークエルフは、闇魔法で気配と足音を消しているので、陰気な男は尾行に気が付かない。

 陰気な男が人通りのない道に差し掛かると、ダークエルフたちは一気に行動を開始した。

 若い男のダークエルフが、陰気な男を後ろから羽交い締めにし、中年のダークエルフが、闇魔法スリープをかける。
 陰気な男は、すぐ眠りに落ち道に倒れた。

 陰気な男が倒れた横に、馬車が滑り込んできた。
 御者を務める女ダークエルフが、小声で急かす。

「急げ!」

 ダークエルフたちは、陰気な男を荷台に放り込む。
 素早く馬車に乗り、人気のない通りから去った。
 ダークエルフたちが、向かった先は王都の外れにある墓場である。


 陰気な男は目を覚ました。
 見慣れぬ人族の男女が、自分を見下ろしている。

(誰だ?)

 陰気な男は記憶をたぐったが、目の前に立つ男女に覚えはない。

(商人、冒険者、メイド……。心当たりがない……)

 それでも陰気な男は落ち着いていた。
 陰気な男は、裏社会で仕事をする人間である。
 なんとか切り抜けられると考えているのだ。

 陰気な男の前に立つ若いメイドが口を開いた。
 若いメイドは、人族に化けたダークエルフのエクレールである。

「久しぶりだな」

「誰だ……?」

 陰気な男は警戒する。
 若いメイドに化けたダークエルフのエクレールは、ふっと笑った。

「おっと! この姿ではわからないな。では、この姿ならどうかな?」

 ダークエルフたちは闇魔法を解除し本来の姿に戻った。
 陰気な男は、あっと息を飲む。

「お前は……ダークエルフ!?」

「ほう……。私を覚えていてくれたのか? 光栄の至り……」

 ダークエルフのエクレールは、片頬だけ持ち上げて皮肉に笑った。
 自分を騙し妹の命を危険にさらした男に復讐する……。
 心の内から湧き上がるメラメラとした怒りにまかせて、陰気な男の腹を蹴った。

「ウッ!」

 陰気な男が息を詰まらせる。
 続いて、エクレールは、硬い革のブーツの底で容赦なく陰気な男を踏みつけた。
 踏みつけ、踏みつけ、踏みつける。
 陰気な男の顔、腹、手の先、膝とあらゆる場所を、エクレールは踏みつけた。

「グウ……!」

 陰気な男は、くぐもった悲鳴を上げた。

 陰気な男の悲鳴を聞いてエクレールはさらに怒りのボルテージを上げる。
 荒い息づかい。
 反して冷静な口調で言葉を発する。

「私は誰だ?」

「あ……、ああ……?」

 陰気な男は、息も絶え絶えである。
 同時に、返事をしないことで時間を稼ぎ、何とかダークエルフたちの隙を見つけようとしていた。

 陰気な男のズルイ気配にエクレールがイラつく。

「私は誰だ? 言ってみろ!」

 エクレールは陰気な男の右手の人差し指をブーツの底で踏みつけた。
 痛みに陰気な男は、悲鳴を上げる。

「あがあぁ! 言う! 言う! 言うから!」

「ほら、早く言え! 指が千切れるぞ!」

「俺が暗殺を依頼したダークエルフだ!」

「ほう! 覚えているのだな! では、暗殺の報酬は覚えているか?」

「エ……エリクサー!」

 エクレールの目に殺気が溢れた。
 グリグリとブーツで陰気な男の指を踏みつぶし、さらなる痛みを与える。

「エリクサーなど、本当はなかった! お前は私の妹が死んでも良いと思って嘘をついた!」

「う、嘘じゃない!」

「ふざけるな!」

 エクレールは責める場所を、陰気な男の股間に変える
 エクレールが陰気な男の男根を硬いブーツで踏みつけにすると、陰気な男が悦びの声を上げるた

「ああ! 痛い! 痛い! はぁ…… はぁ…… はぁ……」

 エクレールは、ドン引きした。

「そういう趣味なのか……」

 エクレールは心底気持ち悪いと思った。
 そして、こんな気持ちの悪い男は、もう、どうでも良いと考えた。

(もう、十分痛めつけた。あとは仲間に任せよう)

 エクレールは、中年のダークエルフに尋問役を譲る。

 中年のダークエルフは、しゃがみ込み陰気な男に話しかけた。

「さてと……、あんたが宰相の執事から色々と命じられていたことは調べてある。あんたが知っていることを話してもらう」

「何のことだ……?」

 陰気な男はとぼける。
 中年のダークエルフは、サッと手を上げて男を黙らせた。

「別にあんたの意思は関係ない。ああ! 痛めつけるつもりもない! 悪いな。あんたの趣味に付き合うつもりはない」

「……」

 陰気な男は警戒する。
 拷問もせずに、どうやって情報を引き出そうというのか……。

「あんたにこの薬を飲ませる。ダークエルフの秘薬だ」

 中年のダークエルフは、懐から小さな素焼きの壺を取り出した。
 小さな素焼きの壺は、手のひらに収まるサイズだ。
 コルクで栓がされている。

 中年のダークエルフは、コルク栓を抜いた。
 甘ったるい匂いがムワッと広がる。

 陰気な男が薬を警戒する。

「この薬は非常に便利な薬だ。この薬を飲むと酩酊する。酒に酔ったのと同じ状態になるのだ。そして、何でも話してしまう。どうだ? 飲んでみるか? 飲み口は甘いらしいぞ」

「……」

「それでな……。この薬は便利な薬だが、悪い面もあるんだ……」

「何だ? 毒か?」

 陰気な男は吐き捨てた。
 結局、自分を苦しませて情報を引き出そうとするのだと、ダークエルフたちをバカにした。

 中年の男は淡々と事実を告げる。

「狂い死にする」

「えっ? 狂い死に?」

 意外な言葉に陰気な男は聞き返す。
 中年のダークエルフは、感情のない目で陰気な男を見つめた。

「そうだ。しばらくは酩酊した状態だが、酩酊状態を過ぎると狂うのだ。ヨダレを垂らし、奇声を上げ、小便を漏らし、人ではなくなってしまう。その死に方があまりにも惨いので、ダークエルフの一族は、この薬を使うことを禁じている。だから秘薬なのだ」

「ちょっと待て!」

 陰気な男が、初めて怯えを見せた。
 痛みは耐えれば良い。
 尋問には口を閉ざせば良い。
 最悪、情報と引き換えに命をつなぐ交渉も出来る。

 だが、狂ってしまえば何も出来ない。

 陰気な男は想像した。
 自分が狂い死にする。
 人として尊厳を奪われる死に方……。

「嫌だ!」

「嫌だよな。だが、あんたは、我らダークエルフの仲間を騙した。我らの主であるノエル・エトワールを殺そうとした。許しがたいことだ。ゆえに我らの長老は、この秘薬の使用を許可したのだ」

「待ってくれ! 話す! 話すから! その薬は止めてくれ!」

「あんたの意思は関係ない」

 中年のダークエルフが合図をすると、陰気な男にダークエルフたちが群がった。
 ダークエルフたちは、陰気な男の顔を上げさせる。

 陰気な男は、強く口を閉じた。
 だが、エクレールが男の鼻をつまむと、男は息が出来ず口を開いてしまう。

 中年のダークエルフがエルフの秘薬を流し込もうと、陰気な男の顎をつかんだ。

「止めてくれ! 嫌だ!」

 陰気な男が最後の言葉を叫んだが、ダークエルフたちは許さなかった。
 陰気な男はダークエルフの秘薬を飲まされ、知っていることを全て語り、狂い、死んだ。

 ダークエルフたちは陰気な男の死体を、宰相の屋敷に投げ込み王都を去った。

 翌朝、宰相の屋敷は大騒ぎになった。
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