没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平

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第五章 領地の拡大

第87話 失言貴族ウッカリーノ男爵(五章最終話)

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 二人の王都貴族が、俺に近づいてきた。
 二人とも仕立ての良い貴族服を身にまとい、歩く姿もどことなく洒落ている。

 一人は癖のある黒髪に口髭を生やした優しそうな中年男性。
 もう一人は、金髪をおかっぱにした若い男性だ。
 二人ともすらっとしていて、立ち姿すら洗練された雰囲気を醸し出している。

 口髭の中年貴族が、社交的な笑みを浮かべながら俺に挨拶した。

「エトワール伯爵。初めてお目にかかります。私は、ブッフォン男爵と申します。普段は王都に住んでおりますが、今は南部に足を伸ばしております」

「ブッフォン男爵。丁寧なご挨拶ありがとうございます。以後よしなに」

 ブッフォン男爵の紳士的な挨拶に、俺も紳士的に挨拶を返す。

 続いて若い金髪オカッパ貴族が口を開いた。

「やー! エトワール伯爵! 王都で噂になっていた人物ですね! へえ、没落したと聞いていたけど、元気なんですね! あっ! 僕はウッカリーノ男爵です。よろしく!」

「……」

 なんか、今、スゴイ失礼なことを言われた気がする。
 えっと、没落したとか言っていた?
 えっ? ケンカを売られたのか?

 俺はウッカリーノ男爵をマジマジと見た。
 だが、ウッカリーノ男爵は悪びれることなく、ニコニコ笑いながらワインをグビリと飲んでいる。

「いやあ、南部なんて田舎だから碌なものがないと思っていたのですが、ワインは美味しいし、食べ物も旨い! 田舎も捨てたものじゃないですね!」

「……」

 えっと?
 田舎と連発したよね?
 南部を敵に回したいのかな?
 プロレスでいうと、ゴングが鳴る前に殴られて、場外に放り出された感じなんだが……。

 周りの南部貴族の面々もポカンとしている。
 言われるはずのない悪口を言われたので、頭が追いつかないのだ。

 ウッカリーノ男爵の隣にいるブッフォン男爵が額に手をあてて深くため息をついた。

「エトワール伯爵。ご同席の南部貴族の皆さん。誠に申し訳ない。ウッカリーノ男爵に悪気はないのですが……、口を滑らせる癖がありまして……」

「あ……、ああ! 失言が多い方なんですね? いますよね~、そういう方も~。ハハハ!」

 俺はとっさにブッフォン男爵のフォローに乗っかる。
 これは俺が主催した祝賀会だ。
 ヘンテコな失言癖のある王都貴族にぶち壊されてはたまらない。

 俺がブッフォン男爵のフォローに乗ったことで、周りの南部貴族も『まあ、しょうがないか……』、『いるよな。そういうヤツ』、『仕方ねえな……』という雰囲気になってきた。

 フォロー役のブッフォン男爵が、さらに取りなす。

「ウッカリーノ男爵は、最近お父上の跡を継いだばかりでして、こういう場に慣れていないのです」

「まあ、そういうことでしたら仕方ないですね。私も父の後を急に継いで大変でしたから――」

「ああ! それそれ! お父上はギャンブル狂いで身を持ち崩したのでしょう? バカな貴族がいると噂になってましたよ! いや~エトワール伯爵もご苦労されてますね!」

 俺とブッフォン男爵が何とか場を取り繕うべく二人で軌道修正を図っていると、ウッカリーノ男爵がぶち壊した。

 ――場が凍った。

 ウッカリーノ男爵は、主催者の俺に思い切り恥をかかせたのだ。
 誰も言葉を発さない中、ウッカリーノ男爵が景気良くワインを飲む音だけが場に響いた。

 さすがに俺も気分が悪い……。

 フォー辺境伯が、ため息をついてボソリとつぶやく。

「普通、言わないだろう……」

 まあ、言わないよな。
 失言癖のある人は、確かにいる。
 このウッカリーノ男爵は極めつけだな。

 俺は冷静になろうと、オレンジジュースに手を伸ばした。
 爽やかな甘さが口の中に広がる。
 少し気持ちが落ち着いてきたぞ。

 考えてみると……、ウッカリーノ男爵の言葉には気になることがあった。

『没落した』
『噂になっていた』

 王都の貴族社会で、我がエトワール伯爵家は、どのように思われているのだろうか?

 これから南部では、あちこちで道普請が行われる。
 道路事情が良くなるのだ。
 王都から沢山商人がやって来るだろう。

 その時に、我がエトワール伯爵家の王都での評判が悪かったらどうだろうか?
 エトワールグラスや高級家具の売れ行きが悪くなるかもしれない。

 南部では『エトワール製』がブランドとして定着しつつある。
 このブランド力を王都周辺の商圏に広げたい。

 王都でエトワール伯爵家がどのような評判なのか?
 俺は知っておくべきだ。

 思考を進めるうちに、俺はすっかり冷静さを取り戻した。
 場を取り繕うのは止めて、この失言貴族ウッカリーノ男爵にしゃべらせよう。
 俺は情報を得るべく、ウッカリーノ男爵に話を振る。

「最近の王都はいかがですか?」

 失言貴族ウッカリーノ男爵にしゃべらせまいと、ブッフォン男爵がズイッと前に出て話そうとする。

「そうですな。治安は良く、大変過ごしやすいです。国王陛下と宰相閣下のご威光――」

「ぶはは! ブッフォン男爵! 国王陛下と宰相閣下は、エトワール伯爵を追い出した張本人じゃないですか!」

 無敵だな、ウッカリーノ男爵。
 ブッフォン男爵は額に手をあて苦り切った顔をしている。
 まあ、ブッフォン男爵としては、口を手で塞いで黙らせたいだろうな。
 だが、俺はウッカリーノ男爵の話を聞きたいぞ!

 ウッカリーノ男爵は、べらべらと話し出した。

「国王陛下といえば面白い話があるのですよ。ほら、エトワール伯爵が王都から追い出されたでしょう? 次の日、ある貴族が王宮を訪れ国王陛下と面会したのですよ。すると……プププ!」

 ぶっ込んで来たな。コイツ!
 俺は何のことか察しがついたが、周りは何のことがわからない。

 ブッフォン男爵が、真っ青になってウッカリーノ男爵を止めようとしている。

「ウッカリーノ男爵! 口を慎みたまえ!」

「いいじゃないですか。ここは王都から離れた南部の果てですよ? 国王陛下のお耳には入りませんよ」

 俺は、止めようとするブッフォン男爵を無視して、ウッカリーノ男爵に先を促す。

「それで何があったのですか?」

「貴族が面会しようと部屋に入ると……何と! 黄金の玉座が、黄金の便座に変わっていたのですよ! 国王陛下が黄金の便座に座ってふんぞり返っていたのです! ブハハハ!」

「なるほど。なんとも不思議な事件があったものですね!」

 俺はしれっと相づちを打つ。
 まあ、犯人は俺だが。
 しかし、黄金の便座に座ったのかよ。

 周りの南部貴族は、エールを片手に馬鹿笑いだ。
 自分の話がウケたことで、ウッカリーノ男爵は得意顔。
 気の毒なのは、抑え役に回ろうとしているブッフォン男爵だ。

「ウッカリーノ男爵! 不敬ですよ! みなさん、この話は聞かなかったことにして下さい! いいですね! みなさんは、何も聞いていないのです!」

 ブッフォン男爵は必死である。
 ちょっと気の毒だな。
 話題を変えてやろう。

「ウッカリーノ男爵は、どちらの派閥に所属しているのですか? 国王陛下とは立場を異にする派閥ですか?」

「いえいえ! 私の家はバリバリの国王派ですよ! でも、不思議なんですよね……。私が爵位を継いだら役職がなくなってしまって……。国王派なんですから、優遇してくれても良いと思うんですよね……」

 ウッカリーノ男爵は、非常に悲しそうな顔をしてフルフルと首を振っているが……。
 どうせ失言して役職を外されたんだろう!
 失言に怒り、プルプルしている国王が目に浮かぶようだ。

 そう考えると、ウッカリーノ男爵がイイ奴に思えてきた。
 こいつを王宮に返り咲かせて、国王と宰相をイライラさせたら楽しいだろうな。
 うん、ナイスアイデアだな!

「それで、ウッカリーノ男爵。我がエトワール伯爵家は、王都ではどのような評判なのでしょうか? 追放されたとか、没落したとか噂されているのでしょうか?」

「ええ。先代のご当主がギャンブル狂いで身を滅ぼし、幼い息子と娘は南部に追放された没落貴族だと噂されていますね。南部で野垂れ死ぬだろうと嘲笑されてますよ」

 ハッキリ言うな。
 俺は苦笑いで済ませている。
 だが、俺が叙爵した準騎士爵たちが殺気を放ち始めた。
 俺は片手を上げて、準騎士爵たちを抑える。

「なるほど。大変不名誉な噂ですね」

「ええ。でも、噂の出所は王宮らしいです。国王陛下と宰相閣下がおっしゃっていたのを宮廷に出仕する貴族が聞いて、社交界で噂が広まったようですね」

「ほほう……」

 状況から考えると、我がエトワール伯爵家の評判が悪いのは、国王と宰相の情報操作かもしれない。

 領地を没収されたのは、エトワール伯爵家の自業自得。
 醜聞があったにも関わらず国王と宰相は代替地を与えた。
 だが、不幸にして代替地の南部で幼い兄弟は死亡した。

 ふむ。ヤツらの筋書きは、こんなところだろう。
 噂を流すことで、自分の行いを正当化しようとしたな。

 俺は、はらわたが煮えくり返ったが、ニッコリと社交的な笑みで本心を隠した。

「いやあ、大変良いお話を伺えました。ところで、ブッフォン男爵とウッカリーノ男爵にうかがいますが、我がエトワール伯爵領にいらしてみて印象はどうですか?」

 青い顔をして黙っていたブッフォン男爵が、ここぞとばかりヨイショし始めた。

「いや、驚きました! 魔の森が広がる無人の土地と聞きましたが、見事開拓に成功されましたな! このブッフォン、感服いたしました!」

「ブッフォン男爵ありがとうございます。ちなみにブッフォン男爵は、国王派ですか?」

「私は中立派です。男爵など宮廷では下の階層ですから……」

「なるほど」

 中立派というのがあるのだな。
 ブッフォン男爵とは、つながりを持っておこう。

「ウッカリーノ男爵はいかがですか? エトワール伯爵領の印象をお聞かせ下さい」

「いやあ、良いところですよ! 食事は美味しいし、屋敷や調度品も大変良いご趣味です! 私も王都の屋敷に一点欲しいですな。あ、今は経済的にちょっと無理ですが。まあ、役職を得たら購入しますよ」

 よし。この男は失言をするが、ウソは言わない。
 エトワール伯爵領に好感を持ったのは事実だろう。

 二人とも利用出来るな。

 部屋の隅に控えていた執事のセバスチャンを呼ぶ。

「セバスチャン。ブッフォン男爵とウッカリーノ男爵に、一千万リーブルずつ礼金をお渡ししなさい」

「いっ!? 一千万リーブルでございますか!?」

「そうだ。お二方には大変興味深いお話をうかがった。お礼をしよう」

 俺の申し出に失言王ウッカリーノ男爵が喜色を露わにする。
 一方、年上のブッフォン男爵は、さすがに察しが良い。
 ただ話しただけで一千万リーブルをもらえるわけがないとわかっている。

 俺は優しい声で二人に仕事を依頼する。

「お二方にお願いがあるのです。王都にお帰りになったら、社交界で我がエトワール伯爵家の様子をお話しいただきたいのです。我が家の不名誉な噂が王都で飛び交っているのは困るのです」

「おお! そんなことならお安いご用ですよ! エトワール伯爵は元気! エトワール伯爵家は良いところだったと話しておきますよ!」

 失言王ウッカリーノ男爵が請け負う。
 軽いな。だが、扱いやすい。

 一方、ブッフォン男爵は慎重に考えている。

「まあ、知り合いと話した時に、旅の様子を伝える範囲であれば……」

「それで結構です」

 不自然に噂をばらまく必要はない。
 失言王ウッカリーノ男爵がラウドスピーカーになって、大声で『エトワール伯爵家サイコー! 僕は一千万リーブルもらいましたー!』と騒ぎ立ててくれるだろう。

 そして、落ち着いた雰囲気のブッフォン男爵が、ウッカリーノ男爵の言葉を裏付けることで信憑性が増す。

 俺はさらに手を進める。

「ウッカリーノ男爵は国王派なのですから、何か王宮でお役職を得られると良いですね」

「エトワール伯爵もそう思いますか? まったくねえ。何で僕のように優秀な男が無役なんですかねぇ~」

 失言するからだろう!
 俺は心の中でツッコミを入れながら、顔に社交的な笑みを浮かべる。

「誰か影響力のある人物はいないのですか? その……お金を積めば、役職を斡旋してくれそうな人は……」

「それならジェニー伯爵ですね。あの人はワイロが大好きですから」

 ジェニー伯爵ね。
 ワイロなんてけしからんが、工作をする時は便利だ。
 金さえ払えばやってくれるのだから。

「では、ジェニー伯爵に私から何か送っておきましょう。優秀なウッカリーノ男爵に何かお役職をと頼んでおきますよ」

「本当ですか!? エトワール伯爵! ありがとうございます!」

 ブッフォン男爵は、ウッカリーノ男爵を微妙な目で見ている。
 そりゃ、俺が何か企んでいるのはバレバレだよな。

 ウッカリーノ男爵は喜んで離れていった。
 ブッフォン男爵は、ジトッと俺を見て『ほどほどにして下さいよ』と小声で注意して離れていった。

 俺は、失言王ウッカリーノ男爵を王宮に送り込んで、国王と宰相をイライラさせたいのだ。
 ウッカリーノ男爵が失言して、国王と宰相がムキーっとなる姿を想像すると、心が晴れ晴れする。

 黙って成り行きを見ていたジロンド子爵とフォー辺境伯が俺を囲む。

「エトワール伯爵。大丈夫なのか? あんなのに一千万も持たせて……」

「そうだぞ! それに王宮に送り込むなんて何を考えているんだ? もうちょっと気の利いたヤツがいるだろう」

 俺は唐揚げをポイッと口に放り込む。

「南部の道路事情が整えば、南部と王都が直結されます。王都も我々の商圏になるのですよ。だから、エトワール伯爵家の悪い噂は払拭しなくてはなりません。一千万リーブルは、必要経費と割り切ります」

「むっ……確かに……」

「思い切ったな。じゃあ、ウッカリーノ男爵の野郎を王宮に送り込むのは?」

「あの人は良くも悪くも裏表がありません。王宮で見た物を、そのまま教えてくれますよ。それこそ国王や宰相が黙っていろと言っても『いや~黙っていろって、口止めされたんですけどね~』とか言ってポロリと失言するでしょう」

 俺がウッカリーノ男爵の真似をすると二人は吹き出した。

「ふふ。確かにそうだね。なるほど、あんなヤツだからこそ使えるというわけか!」

「傑作だな! 国王陛下も宰相閣下も手を焼くだろうよ!」

「いやあー、大変でしょうねー」

 俺は棒読みで返事をした。

 今後は領地を開拓しつつ、南部諸侯と付き合い、王都の動静に目を配らなければならない。
 なかなかに大変そうだ。

 俺は居住まいを正して、二人の先輩貴族に対した。

「ジロンド子爵、フォー辺境伯。これからは王都との付き合いが増えると思います。どうかご支援をよろしくお願します」

「気軽に頼ってくれ!」

「一緒に儲けようぜ!」
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