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第五章 領地の拡大

第74話 ディー・ハイランドとアラン・バロール

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 夕方になり作業が終了した。
 領都ベルメールの広場にキャンプファイヤーよろしく、たき火を囲んで各班が食事をしている。

 道普請初日は、各班とも混乱が多くロクに作業が進まなかった。
 そんな中でもディー・ハイランドの班は、着実に作業を進め、初日の一等賞をつかんだ。

 デイリーボーナスは酒である。
 商人から仕入れた上等のエールをディー・ハイランドに渡すと、ニンマリと笑顔になった。
 この男、相当の酒好きと見た。

 俺とフォー辺境伯は、少し離れた場所で木製の野営用テーブルを囲み食事である。
 今日は冒険者ギルドから買ったオーク肉にパン粉をまぶしカツレツだ。
 バジルを散らし、塩をふりかけ、揚げ物でもさっぱりとした味わいだ。
 気温の高い南部でも、さっぱり味なら揚げ物もありだな。

「いや~! エトワール伯爵のところはメシが良いな!」

 フォー辺境伯は、ご機嫌でガツガツとオーク肉のカツレツを食べておかわりをしている。
 どうもこの人は道普請の最中居座る気だよ。
 まあ、いいけど。

「あっ……」

 たき火の近くで取っ組み合いのケンカが始まった。
 リーダーが止めようとしているが、ケンカしているのは血の気の多い連中のようで、リーダーの言うことを聞かない。

 これもリーダーの試練、人を率いる修行の一環だと、俺はしばらく様子を見ていた。
 だが、ケンカはエキサイトして、お互い血が出ているし、リーダーはケンカを止めることが出来ないでいる。
 さすがに不味いかな……?

 俺が止めに入とうと腰を上げると、フォー辺境伯が止めた。

「エトワール伯爵。口を出すなよ」

 フォー辺境伯は澄ました顔でカツレツを口に運びながら、俺に行くなと言う。
 俺は腰を下ろして、ちょっと考えてから返事をした。

「任せるということでしょうか?」

「そうだ。一度部下に任せたら、よほどのことがない限り口を挟まない方が良い。そうしないと部下が育たないからな。南部は結構荒っぽい。あのくらい自力で納められないようじゃ、使い物にならん。やらせとけ」

 ケンカの方を見る。
 二人が取っ組み合いになり、ゴロゴロと地面を転がる。
 回りはやんやとはやし立てて、プロレス観戦のようなノリだ。
 リーダーは、相変わらず右往左往して困っているが……。
 まあ、大事になりそうなら、回りの観戦している連中が止めるだろう。

 俺も食事に戻り、フォー辺境伯に感謝を述べる。

「なるほど。おっしゃる通りですね。アドバイスに感謝いたします」

「まあ、刃物を抜かなきゃ大丈夫さ。それにいざとなれば、執事のウエストラルが止める」

 フォー辺境伯の執事ウエストラルさんは、騎竜をも乗りこなす武闘派執事だ。

 なるほど。
 フォー辺境伯は、自領の荒くれたちが何かやらかさないか見守っているようだ。
 これはきっと年若い俺への好意だろう。
 甘えさせてもらおう。

「フォー辺境伯。そのカツレツはエールともよくあいますよ。セバスチャン。フォー辺境伯にエールを」

 俺はエールをすすめることで、フォー辺境伯の好意に感謝を示した。


 たき火の方では食事が終わり、あちこちでおしゃべりに花が咲いている。

「ドライフルーツですよ。どうぞ!」

 妹のマリーが女性と子供にドライフルーツを配っていた。
 ネコネコ騎士のみーちゃんが、護衛についている。

 子供たちは喜んでドライフルーツを受け取り、マリーに礼を言ったり、みーちゃんにじゃれついたりしている。

「おねーちゃん! ありがとう!」
「これ、すごく美味しいよ!」
「よく働いたご褒美ですよ」

「わー! 大きいネコさんだ!」
「ニャー! 尻尾をつかむニャ!」

 微笑ましい光景に頬が緩む。
 自分も何かしたいとマリーから申し出たのだ。
 エトワール伯爵領の名産品ドライフルーツを周知する良い機会だし子供は喜んでいる。
 マリーも領主一族として、張り合いがあるようだ。
 許可して良かった。

 俺は視線を男たちの方へ向ける。
 今日の一等賞であるディー・ハイランドのところに、リーダーたちが集まっていた。
 ディー・ハイランドは、工事の段取りや騎竜を使ったことをリーダーたちに丁寧に教えていた。

 ディー・ハイランドは、お人好しなのかな?
 ライバル関係にある他のリーダーたちに教えることはないと思うが……。
 俺は不思議に思い、ディー・ハイランドが何を考えているのか興味を持った。

 リーダーたちの話が一段落したところで、俺はディー・ハイランドを呼んだ。

「お呼びでしょうか?」

「うん。ディーは、他のリーダーたちに工事の段取りを教えていたよね? 教えなければ、明日も一等賞で酒がもらえたかもしれない。どうして自分のノウハウを教えたのだ?」

 俺の質問にディー・ハイランドは、ニッコリと笑ってから答えた。

「彼らは同僚になるのですよね? これから共にエトワール伯爵家を支えていくのでしょう? なら、親切にして仲良くしておいた方が、先々何かとやりやすいでしょう」

「なるほど。貸しておくと?」

「助け合いですよ! ハハハ!」

 ディー・ハイランドは、快活に笑うと自分の班に帰っていった。

「あいつ、やるなあ……」

 フォー辺境伯が、エールをグビリとやりながら感心する。

 確かに!
 班のメンバー集めの時点から先が見えていると思ったが、よく考えている。
 人柄もあるだろうが、先々の人間関係を道普請のノウハウを他のリーダーに提供した……なかなか頼もしい。

 ディー・ハイランドと入れ替わりに、違うリーダーが俺のところにやってきた。
 すっと膝をつき礼にかなった挨拶をした後、用件を切り出した。

「ご当主様。お願いがございます」

 彼の名は、アラン・バロール。
 ジロンド子爵に仕えるバロール騎士爵の庶子と聞いている。
 庶子、つまり正室以外の女性から産まれた子供だ。
 バロール騎士爵家では、居心地が悪いらしく、エトワール伯爵家に仕えることにしたそうだ。

 アランは、すらっとした長身の美青年で、礼儀もわきまえている。
 南部貴族というよりは、王都の貴族のような洒落た雰囲気の青年だ。
 今日の作業では、二等だった。

 俺は食事の手を止めアラン・バロールに向く。

「聞きましょう」

「可能であれば、作業予算をいただきたく存じます」

「ほう……」

 面白いな。
 何に使うのか知らないが、リーダーたちに予算を与えて、予算の使い方を見てみたい。

 俺は執事のセバスチャンに目配せした。
 セバスチャンが小声で俺にささやく。

「一班五十万リーブルほどなら出せます」

 五十万か……。
 それなりに大金ではあるが、こういった大規模工事を行うのだから必要経費だ。
 俺は、アラン・バロールの要望を聞き入れることにした。

「わかりました。各班のリーダーに、五十万リーブルの予算を配布しましょう。他にも何かあったら遠慮なく言って下さい」

「ありがたき幸せ!」

 俺はふと思いつきアラン・バロールに意見を求めた。

「アランは、道普請に騎竜を用いることを、どう思いますか?」

 今日の工事でディー・ハイランドが騎竜を重機のように使っていた。
 俺は合理的と評価したが、フォー辺境伯は『南部人なら思いつかない』と驚いていた。

 南部人でも、ちょっと毛色の違うアラン・バロールは、どう感じただろうか?
 アラン・バロールは、ぐっと眉根を寄せた。

「お話はディー・ハイランド殿からうかがいました。私はあまり感心しません」

「騎竜の使い方としては、ダメですか?」

「はい。騎竜は南部騎士の誇り! 牛馬のように用いるなど言語道断です! 騎士にあるまじき行いです!」

 アラン・バロールは、かなり憤慨している。俺の前で食事をしていたフォー辺境伯が、驚いて手を止めたくらいだ。

「あの男には負けません!」

 どうやらアラン・バロールは、ディー・ハイランドをライバル認定したようだ。

「アランの騎竜に対する思いはよくわかりました。健全な競争は歓迎します。ただ、足の引っ張り合いや批判の応酬は止めてください。同じエトワール伯爵家に仕えているのですから。いいですね?」

「はっ!」

 チームごとに競い合わせる。
 早くも割普請の効果が現れてきた。
 これでエトワール伯爵家の人材が育ち充実してくれれば最高の結果だ。
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