上 下
66 / 92
第四章 国際都市ベルメールへ

第66話 貴族の流儀 殴られたら殴り返す

しおりを挟む
「主! 用があると聞いたぞ!」

 ダークエルフのエクレールが引き締まった表情でやって来た。
 ここは屋敷の裏で、ジロンド子爵から届いた壺が三つ置いてある。
 ここにいるのは、俺、執事のセバスチャン、護衛のシューさん、そしてダークエルフのエクレールの四人だけだ。
 妹のマリーも、秘書のシフォンさんもいない。
 エクレールは顔ぶれを見て、秘密の話だとわかったのだろう。

 俺はジロンド子爵の手紙をエクレールに見せた。

「なるほど……。私に顔を確認させたいのだな?」

「そうだ。頼めるか?」

「もちろん」

 執事のセバスチャンによって、ツボの蓋が取り払われる。
 悪臭が漂う。吐きそうだ。
 俺は思わずぼやく。

「夏場にこれはキツいな……」

「まったくだ。さっさと首実検をしてしまおう。主は見なくてもいいぞ」

「いや。俺も見るよ」

 これはエトワール伯爵家当主として避けてはならない。
 この壺の中身は、俺たちの命を狙った下手人の首なのだ。
 俺はグッと奥歯をかみ悪臭に耐える。

 壺の中をのぞき込むと、塩漬けの首だった。
 ガラが悪い連中だと一目見て分かる。
 スゲエな。『ムンクの叫び』みたいな顔で、首を切られて壺に押し込まれている。
 ジロンド子爵は、容赦ないな。

 次の壺、三つ目の壺も同じだ。
 ムンクの叫び三連チャンを見せつけられて、俺はゲンナリだ。
 執事のセバスチャンも俺と同じ気持ちらしく顔をしかめている。
 さすがなのはシューさんで、いつもと変わらない表情だ。

 エクレールは、ジッと三人を観察している。
 三人と数えるのか?
 三首かな?
 とにかく三つの首のコンディションは良く、誰なのか人物判定出来るだろう。

 俺はエクレールに聞く。

「エクレール。こいつらに見覚えは?」

「ああ。この三人で間違いない。主の命を狙っていたグループのリーダーたちだ。これで刺客は全員死んだ。主たちは安全だ」

「ありがとう」

 首実検が終り、執事のセバスチャンが、壺に蓋をする。

 だが、これで事件は終わりとはいかない。
 俺はエクレールを捕らえた時の事情聴取を思い出していた。

『エトワール伯爵の暗殺を依頼したのは誰だ?』

『貴族の使いだ。陰気な雰囲気の人族の男で、四十くらいだった』

 ――そうだ! ジロンド子爵が、エクレールから聞き出してくれたのだ。

 この三つの首以外にエクレールが知っている関係者がもう一人いる。
 貴族の使いの陰気な男。人族、四十歳くらい。
 この貴族の使いは、エクレールにニセの証文を渡した。
 ニセ証文には、ディング伯爵というニセ貴族のサインが記されていた。

 俺はエクレールに確認をする。

「エクレール。この三つの首は、ディング伯爵の使いを名乗る男に雇われた刺客で間違いないな?」

「うむ。間違いない」

「ディング伯爵を名乗る男は、その場にいたのか?」

「いや、いない。使いの男だけだった」

「使いの男の顔を覚えているか?」

「ああ。記憶は良い方だ」

 さて、どうするか……。

 刺客という当面の脅威は排除した。
 この陰謀を仕掛けた人物もわかっている。
 国王ルドヴィク十四世と宰相マザランだ。
 だが、証拠はない。

 証人はいる。
 貴族の使いの陰気な男。
 この男は宰相マザランの命令で動いているのではないか?
 ならば、使いの男を捕らえて、宰相マザランに突き付ければ……。

 いや、ダメだな。
 使いの男を宰相マザランに突き付けても、そんな男は知らないとシラを切るだろう。
 マザランは国の宰相なのだ。
 どこの馬の骨とも知らない男の証言など証拠にならない。

 それに、使いの男を宰相マザランに突き付ければ、俺は宰相マザランと表だって対立することになる。

『国王と宰相マザランが、エトワール伯爵家に陰謀を仕掛けた!』

 そう声高に俺が叫んでも、俺の味方はいないだろう。
 例えば、ジロンド子爵などは、心情的に俺に味方したくても、『お家の存続』を考えれば味方は出来ないはずだ。
 何せ相手は国王と宰相なのだ。

 そう考えると、使いの男を捕まえるのは悪手ではないだろうか?

 では、使いの男の居場所を突き止めて監視する?
 宰相マザランの手下を一人一人調べて監視を付ける?

 いや、それも現実的じゃない。
 現在のエトワール伯爵家は新興貴族家と変わらない状態で、信頼できる家臣が少ないのだ。
 スパイ組織のように敵の組織を監視するなんて無理だ。

 だが、何もしないというのも良くない。
 また、同じこと――刺客を送り込まれても面倒だ。

 俺は腕を組んだまま考え込んでしまった。
 俺の迷いを感じた執事のセバスチャンが冷静な口調で問うてきた。

「ノエル様。エクレールを王都へ送り込んで、この件を調査させたいのではありませんか?」

「うん……」

「主! 喜んで王都へ行くぞ! 貴族の使いを名乗った男を捜し出す!」

 エクレールはやる気満々だ。
 俺はエクレールに悩んでいることを話した。

「エクレールのやる気はありがたいが、俺は先が決められないのだ」

「先? 貴族の使いを名乗った男を捜し出し、主たちを狙えと命じた者を突き止める」

「そして?」

 俺の問いにエクレールが、暗い笑みを浮かべた。
 俺は首を振る。

「主犯の目星はついている。国王と宰相だろう。だが、殺すのは不味い」

「なぜだ? 主たちの命が狙われたのだぞ!」

「国王と宰相を殺しても、王族が王位を継ぎ、宰相の一族が貴族位を継ぐ……。次代の国王や宰相の跡継ぎが、俺と対立するだろう。結局、命を狙われる状態は変わらない。悪くすると国王の軍勢が攻めてくる」

「なるほど。暗殺は悪手というわけか……」

 俺の悩みをエクレールが理解してくれた。
 執事のセバスチャンもアゴに手をあてて悩む。

 するとエルフのシューさんが口を開いた。

「ノエルは最終的にどうなって欲しい?」

「そうだな……。俺たちの暗殺をあきらめて欲しい」

「なら国王と宰相にメッセージを送れば良い」

「手紙を書けと?」

 俺の言葉にシューさんが首を振る。

「使いの男とその首を宰相の屋敷に放り込めば?」

「物騒な提案だね……。宰相の屋敷は大騒ぎになるぞ!」

「それで良い」

 執事のセバスチャンが、指をパチンと鳴らした。

「なるほど。宰相へのメッセージですね! 『オマエが犯人だと、わかっているぞ!』というわけですね?」

「そう。宰相が刺客を放った張本人なら、復讐を恐れて自分の守りを固め、こちらにちょっかいを出すのは躊躇する。宰相はバカじゃないでしょ?」

 なるほどな。
 確かに、宰相への警告になる。

「俺たちにちょっかいを出したら、オマエがこの首と同じ目にあうぞ……か……。かなり強い警告になる」

「ノエルは、まだ少年だからナメられやすい。荒っぽい面も見せておいた方が良い」

 確かにシューさんの言う通りだ。
 王都ではなめられっぱなしだった。
 王都を出る時に、玉座を金の便座に変えてきたが、あれは子供の悪戯の範疇……。

「ここらで国王と宰相のケツを蹴り上げるか!」

 俺の言葉に執事のセバスチャンは片頬だけで笑い、シューさんはいつもと変わらない表情でうなずく。
 そしてエクレールは、好戦的な笑みを浮かべていた。

 俺はエクレールに命じた。

「エクレール。王都パリシイへ向かい、貴族の使いを名乗った男を捜し出せ! そして宰相の屋敷に男の死体とこの三つの首を放り込むのだ!」

「主! 承った!」

 殴られたら殴り返す。
 シンプルで野蛮だが、侮られないためには必要な貴族の流儀だ。
 俺はエクレールにつられてか、好戦的に笑っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

武田信玄Reローデッド~チートスキル『ネット通販風林火山』で、現代の物をお取り寄せ無双して、滅亡する武田家の運命をチェンジ!

武蔵野純平
ファンタジー
第3回まんが王国コミカライズコンテストにて優秀賞を受賞しました! 応援感謝です! 戦国時代をモチーフにした和風の異世界ファンタジー! 平凡なサラリーマンだった男は、若き日の武田信玄――十四歳の少年、武田太郎に転生した。戦国最強の騎馬軍団を率いる武田家は、織田信長や徳川家康ですら恐れた大名家だ。だが、武田信玄の死後、武田家は滅亡する運命にある。 武田太郎は、転生時神様に貰ったチートスキル『ネット通販風林火山』を使って、現代日本のアイテムを戦国時代に持ち込む。通販アイテムを、内政、戦争に生かすうちに、少しずつ歴史が変わり出す。 武田家の運命を変えられるのか? 史実の武田信玄が夢見た上洛を果すのか? タイトル変更しました! 旧タイトル:転生! 風林火山!~武田信玄に転生したので、ネット通販と現代知識でチート! ※この小説はフィクションです。 本作はモデルとして天文三年初夏からの戦国時代を題材にしておりますが、日本とは別の異世界の話しとして書き進めています。 史実と違う点がありますが、ご了承下さい。

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

左遷されたオッサン、移動販売車と異世界転生でスローライフ!?~貧乏孤児院の救世主!

武蔵野純平
ファンタジー
大手企業に勤める平凡なアラフォー会社員の米櫃亮二は、セクハラ上司に諫言し左遷されてしまう。左遷先の仕事は、移動販売スーパーの運転手だった。ある日、事故が起きてしまい米櫃亮二は、移動販売車ごと異世界に転生してしまう。転生すると亮二と移動販売車に不思議な力が与えられていた。亮二は転生先で出会った孤児たちを救おうと、貧乏孤児院を宿屋に改装し旅館経営を始める。

追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した王子・アンジェロは、隣国の陰謀によって追放される。しかし、その追放が、彼の真の才能を開花させた。彼は現代知識を活かして、内政で領地を発展させ、技術で戦争を制することを決意する。 アンジェロがまず手がけたのは、領地の開発だった。新しい技術を導入し、特産品を開発することで、領地の収入を飛躍的に向上させた。次にアンジェロは、現代の科学技術と異世界の魔法を組み合わせ、飛行機を開発する。飛行機の登場により、戦争は新たな局面を迎えることになった。 戦争が勃発すると、アンジェロは仲間たちと共に飛行機に乗って出撃する。追放された王子が突如参戦したことに驚嘆の声が上がる。同盟国であった隣国が裏切りピンチになるが、アンジェロの活躍によって勝利を収める。その後、陰謀の黒幕も明らかになり、アンジェロは新たな時代の幕開けを告げる。 アンジェロの歴史に残る勇姿が、異世界の人々の心に深く刻まれた。 ※書籍化、コミカライズのご相談をいただけます。

エンジニア転生 ~転生先もブラックだったので現代知識を駆使して最強賢者に上り詰めて奴隷制度をぶっ潰します~

えいちだ
ファンタジー
ブラック企業でエンジニアをしていた主人公の青木錬は、ある日突然異世界で目覚めた。 転生した先は魔力至上主義がはびこる魔法の世界。 だが錬は魔力を持たず、力もなく、地位や財産どころか人権すらもない少年奴隷だった。 前世にも増して超絶ブラックな労働環境を現代知識で瞬く間に改善し、最強の賢者として異世界を無双する――! ※他の小説投稿サイトでも公開しています。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした

せんせい
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ―――

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

処理中です...