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第三章 ノエル南部に立つ!
第50話 市場経済
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マジックバッグの商談は成立した。
一旦ティーブレイクを入れて、ドライフルーツの商談に戻る。
ドライフルーツは、エトワール伯爵領の特産品であると同時に、今後は南部貴族諸侯が協力して南部全体の特産品にする予定だ。
当然、フォー辺境伯も商談に加わってくる。
「ダメだ! ダメだ! 値段が安すぎる! エトワール伯爵! もっと高い値段をつけよう!」
「いや、待って下さい! フォー辺境伯! 南部全体でドライフルーツを作れば、かなりの生産量になります! 価格を高くしすぎると、在庫がはけなくなりますよ!」
俺とフォー辺境伯が激論を交す。
フォー辺境伯は高い値付けを主張し、俺は安い値付けを主張した。
・フォー辺境伯
⇒卸値:二万リーブル
実売価格:五万リーブルから十万リーブル
・俺
⇒卸値:五千リーブル
実売価格:一万リーブルから二万リーブル
高く売りたいのは俺も同じだ。
しかし、ドライフルーツは、一年を通じて色々な種類の果物をローテーションで生産出来る。
南部全体で生産すれば、相当な量になるだろう。
そうなれば王侯貴族だけでなく、金持ちの平民がちょっと贅沢をしたい時に手が届く価格にしておきたい。
そうしなければ、供給過多に陥るからだ。
さらにいえば、北部に届けたい。
元々エトワール伯爵領は、中央と北部を結ぶ街道沿いにあった。
北部は、冬になれば雪が降る寒冷な土地だ。作物の実りが悪い。
ビタミンなど栄養豊富なドライフルーツを北部の人々に食べさせてあげたいと、俺は思うのだ。
「ご両者ともお待ち下さい!」
「お平らに! どうかお平らに!」
俺とフォー辺境伯の議論がヒートアップし、あまりの激しさを見かねた商人たちが割って入る。
商人たちも必死だ。
フォー辺境伯は、南部の有力貴族の一人。
俺、エトワール伯爵は、マジックバッグやドライフルーツなど有力な新商材を抱えた貴族。
この二人がいがみ合うようになっては、商人としても商売がやりづらい。
商人たちは、額に汗を浮かべて俺とフォー辺境伯を取り持とうとする。
俺は商人たちの姿を見て、冷静さを取り戻した。
ここは俺が頭を下げて、場を沈静化させよう。
「フォー辺境伯。どうも興奮し過ぎたようです。お世話になっている年長者に対して無礼でした。どうか謝罪を受け入れて下さい」
「いや、謝罪には及ばない。これは必要な議論だ。遺恨はないよ。ハハハ! 私こそ冷静さを欠いてしまったよ!」
「では、おあいこということで」
「そうだな。どうだ? 実際に取り扱う商人たちの意見を聞いてみようじゃないか!」
「そうですね。同意します」
俺とフォー辺境伯が落ち着いたことで、商人たちはホッとしている。
年輩の商人が柔和な笑顔を浮かべて意見を述べだした。
「フォー辺境伯様のおっしゃること。エトワール伯爵様がおっしゃること。どちらもごもっともでございます。そこでご提案でございますが、一旦ドライフルーツ一瓶一万リーブルで仕入れさせていただき、売れ行きを見させていただきたく存じます」
「一万か……」
フォー辺境伯は渋い表情だ。
フォー辺境伯の希望価格は二万リーブルだったので、一万リーブルだと開きがある。
逆に俺は五千リーブルが希望価格だったので不満はない。
売値が高くなってしまうのではないかと心配なくらいだ。
年輩の商人が説明を続けた。
「私どもは、こちらのドライフルーツを王都や王国中央部に持ち込むつもりです。王都や王国中央部は、国中から色々な産品が持ち込まれます。ですので、ドライフルーツが、いくらで、どのくらい売れるのか予想できないのです」
俺もフォー辺境伯も、もっともだとうなずく。
初めて市場に投入する商品だ。
販売ルートも含めて手探りになるのだろう。
「王都や王国中央部での売れ行きと、他のご領地で生産されたドライフルーツの仕入れ量を見て、徐々に相場価格が決まっていくと存じます」
俺は年輩商人の話を聞いて、ふと気が付いた。
年輩商人は『市場が価格を決める』と言っているのではないだろうか?
この世界は、かつて俺が生きていた日本に比べて文化文明が遅れている。
市場経済があるのだろうか?
市場経済が機能しているのだろうか?
俺は疑問を年輩商人にぶつけてみた。
「その方は、市場が価格を決めると言いたいのか?」
「エトワール伯爵様のおっしゃる通りでございます。さすがご慧眼にございます」
俺は驚き目を見張る。
そうか……市場経済があるのか……。
日本に比べて時代遅れの世界だけれど、自由経済が育っているんだ。
俺は感慨深くうなずいた。
俺の隣に座るフォー辺境伯は、俺と商人を見比べて首をひねっている。
「エトワール伯爵。どういうことだ? 価格を決めるのは力のある者だろう?」
何と言って説明しよう。
俺とフォー辺境伯では、前提条件となる経済知識が違うのだ。
俺はしばらく考えをまとめてから口を開いた。
「そうですね。力のある者が価格を決める。間違ってないです。例えば、我々貴族は政治力と武力があります。貴族が『これは十万リーブルで販売する』と命じれば、商人や領民は従わなければなりません」
「うん。そうだな。まあ、意見を聞く場をこうして持っているから、そこまで横暴ではないがな」
俺は商談の場、交渉の場と考えていたが、フォー辺境伯にとって、ここは商人たちの意見を聞く場なんだな……。
あくまでも価格を決めるのは支配者の領主であり、貴族であると考えているのだ。
俺は、フォー辺境伯と自分の意識が、大きく違うことに気づかされた。
俺は日本の自由経済の中で生活し、転生してからは貴族の子弟として、あまり外部との接触がなかった。
だから、フォー辺境伯の考えとギャップがあるのだ。
俺はギャップを埋めるべく、言葉を続ける。
「別の考え、別の事象もあるのです。物を売りたい人と買いたい人、需要と供給のバランスの中で価格が決まる……という考えです」
「うん? えーと、それは……。市場、需要、供給。言葉の意味はわかるぞ。だが、なぜ価格が決まるという話になるのだ?」
「先ほどマジックバッグの話をしましたよね? マジックバッグを欲しい人は沢山います。つまりマジックバッグの需要は高い。マジックバッグの需要は多い」
「うん、うん、わかるぞ。マジックバッグは商人も冒険者も欲しがっているからな」
「マジックバッグは冒険者がダンジョンで手に入れてきます。供給できるマジックバッグの数は、月に二つか、三つです。供給は少ない」
「そうだな」
「需要は多いけれど、供給は少ない。だからオークションで高い値段がつく。こういう具合に需要と供給のバランスで価格が決まることを市場経済というのです」
「なるほど。それで『市場が価格を決める』と言ったのか!」
フォー辺境伯は、市場経済について理解をしてくれたようだ。
目に見えない経済上の概念をスッと理解する――フォー辺境伯は、商売への理解が深い。
「はい。マジックバッグのように需要が多くて供給が少なければ、販売価格は上がります。逆に需要が少なくて供給が多ければ、販売価格は下がります」
「ふうん。面白いな! 需要と供給ね! ん……? んん!?」
何だろう?
フォー辺境伯が、前のめりになり膝に肘をつき考え始めた。
「なあ、エトワール伯爵……。今の理屈で言うとだな……。俺たち南部の貴族は、農作物を安く王都や中央部に売っているのだが……。実はもっと高く売れるんじゃないか?」
どういうことかわからず俺は首をかしげる。
「あの……、もう少し詳しくお話し下さい」
「国王や宰相からの要請が来るんだよ。今年は小麦をこの値段で売れとか、イモはこの値段とか。国王や宰相が決めた値段で、王都の商人が農作物を買っていくんだ」
「えっ!?」
「ああ、エトワール伯爵は王都に住んでいたから知らんのだな……。もちろん、俺たち南部貴族も意見を言う。今年は収穫が悪かったから、もっと高くしろとか。だが、今の需要と供給の話で思ったんだよ! 南部の農作物は、もっと高く売れるんじゃないかと……」
そんな事情があるとは、まったく知らなかった!
俺たちが住むルナール王国は、貴族の連合体と表現するのが一番近い。
それぞれの領地貴族は、自分の領地を自由に采配できる。
国王は一番大きい貴族と表現するのが一番近い。
俺たち領地貴族は、国王に対し納税の義務はない。
国が危機の時に、外敵と戦う義務があるくらい。
国王は、絶対君主ではないのだ。
フォー辺境伯の話を聞いた印象だと、南部がワリを食っている可能性はある。
市場経済は生き物だ。絶対はない。
俺は慎重に言葉を選んだ。
「王都や王国中央部は人口が多いです。つまり食料に対する需要は多い。恐らく他の地域にも国王や宰相は同じように『農作物を安く売れ』と要請をしているでしょう。つまり供給先は、我々南部、北部、東部、西部、あとは外国ですね」
「うむ。そうだな」
「市場の原理から言えば、需要が供給を上回れば農作物の販売価格は上がります」
王都や中央部の住民が必要とする農作物の総量 > 他の地域と外国が供給する農作物の総量
――であれば、農作物の価格は上がる。
俺は年輩商人に視線を向け発言を促した。
「商人の意見はどうか?」
「はい。小麦やイモなど日持ちする農作物は、王都の商人が買って王都や中央部に運びます。我ら南部の商人は、彼らのおこぼれ、下請けで農作物の買い付けと運搬をするので、儲けは少のうございます」
「自由にやったらどうなる?」
「あくまで私の見立てでございますが……。もう少々良い値がつくのではないかと……」
年輩商人は断言を避けたが、南部がワリを食っていると控え目に伝えてきた。
当然、フォー辺境伯も年輩商人の言いたいことを理解する。
「うーむ……。今まで、考えたこともなかったが、市場に任せるのはアリかもしれないな。南部は損をしていたのか?」
「損をしていた可能性はあります。もちろん、食料品の価格が暴騰して王都や中央部で餓死者が出るような事態は論外ですが、もう少しフェアな取引であっても良いでしょう」
「フェアか……。そうだな! いや、面白い! この件は、ジロンド子爵たちにも聞かせよう!」
「ええ! 南部が協力して、フェアで自由な取引を推進する! 王都や中央部にも、動きが波及するでしょう!」
一時、フォー辺境伯と衝突はあったが、話はまとまった。
ドライフルーツの価格は、市場に任せる。
俺は年輩商人の提案通り、ドライフルーツを一瓶あたり一万リーブルで販売することにした。
持ち込んだドライフルーツは、全部で五十個。
ドライフルーツ初回の売り上げは、五十万リーブルとなった。
そして、自由経済、市場経済を推進する!
実現すれば、あの国王と宰相にプレッシャーをかけられるだろう。
俺はジッと王都のある北をにらみ、父の敵である国王と宰相の顔を思い浮かべた。
一旦ティーブレイクを入れて、ドライフルーツの商談に戻る。
ドライフルーツは、エトワール伯爵領の特産品であると同時に、今後は南部貴族諸侯が協力して南部全体の特産品にする予定だ。
当然、フォー辺境伯も商談に加わってくる。
「ダメだ! ダメだ! 値段が安すぎる! エトワール伯爵! もっと高い値段をつけよう!」
「いや、待って下さい! フォー辺境伯! 南部全体でドライフルーツを作れば、かなりの生産量になります! 価格を高くしすぎると、在庫がはけなくなりますよ!」
俺とフォー辺境伯が激論を交す。
フォー辺境伯は高い値付けを主張し、俺は安い値付けを主張した。
・フォー辺境伯
⇒卸値:二万リーブル
実売価格:五万リーブルから十万リーブル
・俺
⇒卸値:五千リーブル
実売価格:一万リーブルから二万リーブル
高く売りたいのは俺も同じだ。
しかし、ドライフルーツは、一年を通じて色々な種類の果物をローテーションで生産出来る。
南部全体で生産すれば、相当な量になるだろう。
そうなれば王侯貴族だけでなく、金持ちの平民がちょっと贅沢をしたい時に手が届く価格にしておきたい。
そうしなければ、供給過多に陥るからだ。
さらにいえば、北部に届けたい。
元々エトワール伯爵領は、中央と北部を結ぶ街道沿いにあった。
北部は、冬になれば雪が降る寒冷な土地だ。作物の実りが悪い。
ビタミンなど栄養豊富なドライフルーツを北部の人々に食べさせてあげたいと、俺は思うのだ。
「ご両者ともお待ち下さい!」
「お平らに! どうかお平らに!」
俺とフォー辺境伯の議論がヒートアップし、あまりの激しさを見かねた商人たちが割って入る。
商人たちも必死だ。
フォー辺境伯は、南部の有力貴族の一人。
俺、エトワール伯爵は、マジックバッグやドライフルーツなど有力な新商材を抱えた貴族。
この二人がいがみ合うようになっては、商人としても商売がやりづらい。
商人たちは、額に汗を浮かべて俺とフォー辺境伯を取り持とうとする。
俺は商人たちの姿を見て、冷静さを取り戻した。
ここは俺が頭を下げて、場を沈静化させよう。
「フォー辺境伯。どうも興奮し過ぎたようです。お世話になっている年長者に対して無礼でした。どうか謝罪を受け入れて下さい」
「いや、謝罪には及ばない。これは必要な議論だ。遺恨はないよ。ハハハ! 私こそ冷静さを欠いてしまったよ!」
「では、おあいこということで」
「そうだな。どうだ? 実際に取り扱う商人たちの意見を聞いてみようじゃないか!」
「そうですね。同意します」
俺とフォー辺境伯が落ち着いたことで、商人たちはホッとしている。
年輩の商人が柔和な笑顔を浮かべて意見を述べだした。
「フォー辺境伯様のおっしゃること。エトワール伯爵様がおっしゃること。どちらもごもっともでございます。そこでご提案でございますが、一旦ドライフルーツ一瓶一万リーブルで仕入れさせていただき、売れ行きを見させていただきたく存じます」
「一万か……」
フォー辺境伯は渋い表情だ。
フォー辺境伯の希望価格は二万リーブルだったので、一万リーブルだと開きがある。
逆に俺は五千リーブルが希望価格だったので不満はない。
売値が高くなってしまうのではないかと心配なくらいだ。
年輩の商人が説明を続けた。
「私どもは、こちらのドライフルーツを王都や王国中央部に持ち込むつもりです。王都や王国中央部は、国中から色々な産品が持ち込まれます。ですので、ドライフルーツが、いくらで、どのくらい売れるのか予想できないのです」
俺もフォー辺境伯も、もっともだとうなずく。
初めて市場に投入する商品だ。
販売ルートも含めて手探りになるのだろう。
「王都や王国中央部での売れ行きと、他のご領地で生産されたドライフルーツの仕入れ量を見て、徐々に相場価格が決まっていくと存じます」
俺は年輩商人の話を聞いて、ふと気が付いた。
年輩商人は『市場が価格を決める』と言っているのではないだろうか?
この世界は、かつて俺が生きていた日本に比べて文化文明が遅れている。
市場経済があるのだろうか?
市場経済が機能しているのだろうか?
俺は疑問を年輩商人にぶつけてみた。
「その方は、市場が価格を決めると言いたいのか?」
「エトワール伯爵様のおっしゃる通りでございます。さすがご慧眼にございます」
俺は驚き目を見張る。
そうか……市場経済があるのか……。
日本に比べて時代遅れの世界だけれど、自由経済が育っているんだ。
俺は感慨深くうなずいた。
俺の隣に座るフォー辺境伯は、俺と商人を見比べて首をひねっている。
「エトワール伯爵。どういうことだ? 価格を決めるのは力のある者だろう?」
何と言って説明しよう。
俺とフォー辺境伯では、前提条件となる経済知識が違うのだ。
俺はしばらく考えをまとめてから口を開いた。
「そうですね。力のある者が価格を決める。間違ってないです。例えば、我々貴族は政治力と武力があります。貴族が『これは十万リーブルで販売する』と命じれば、商人や領民は従わなければなりません」
「うん。そうだな。まあ、意見を聞く場をこうして持っているから、そこまで横暴ではないがな」
俺は商談の場、交渉の場と考えていたが、フォー辺境伯にとって、ここは商人たちの意見を聞く場なんだな……。
あくまでも価格を決めるのは支配者の領主であり、貴族であると考えているのだ。
俺は、フォー辺境伯と自分の意識が、大きく違うことに気づかされた。
俺は日本の自由経済の中で生活し、転生してからは貴族の子弟として、あまり外部との接触がなかった。
だから、フォー辺境伯の考えとギャップがあるのだ。
俺はギャップを埋めるべく、言葉を続ける。
「別の考え、別の事象もあるのです。物を売りたい人と買いたい人、需要と供給のバランスの中で価格が決まる……という考えです」
「うん? えーと、それは……。市場、需要、供給。言葉の意味はわかるぞ。だが、なぜ価格が決まるという話になるのだ?」
「先ほどマジックバッグの話をしましたよね? マジックバッグを欲しい人は沢山います。つまりマジックバッグの需要は高い。マジックバッグの需要は多い」
「うん、うん、わかるぞ。マジックバッグは商人も冒険者も欲しがっているからな」
「マジックバッグは冒険者がダンジョンで手に入れてきます。供給できるマジックバッグの数は、月に二つか、三つです。供給は少ない」
「そうだな」
「需要は多いけれど、供給は少ない。だからオークションで高い値段がつく。こういう具合に需要と供給のバランスで価格が決まることを市場経済というのです」
「なるほど。それで『市場が価格を決める』と言ったのか!」
フォー辺境伯は、市場経済について理解をしてくれたようだ。
目に見えない経済上の概念をスッと理解する――フォー辺境伯は、商売への理解が深い。
「はい。マジックバッグのように需要が多くて供給が少なければ、販売価格は上がります。逆に需要が少なくて供給が多ければ、販売価格は下がります」
「ふうん。面白いな! 需要と供給ね! ん……? んん!?」
何だろう?
フォー辺境伯が、前のめりになり膝に肘をつき考え始めた。
「なあ、エトワール伯爵……。今の理屈で言うとだな……。俺たち南部の貴族は、農作物を安く王都や中央部に売っているのだが……。実はもっと高く売れるんじゃないか?」
どういうことかわからず俺は首をかしげる。
「あの……、もう少し詳しくお話し下さい」
「国王や宰相からの要請が来るんだよ。今年は小麦をこの値段で売れとか、イモはこの値段とか。国王や宰相が決めた値段で、王都の商人が農作物を買っていくんだ」
「えっ!?」
「ああ、エトワール伯爵は王都に住んでいたから知らんのだな……。もちろん、俺たち南部貴族も意見を言う。今年は収穫が悪かったから、もっと高くしろとか。だが、今の需要と供給の話で思ったんだよ! 南部の農作物は、もっと高く売れるんじゃないかと……」
そんな事情があるとは、まったく知らなかった!
俺たちが住むルナール王国は、貴族の連合体と表現するのが一番近い。
それぞれの領地貴族は、自分の領地を自由に采配できる。
国王は一番大きい貴族と表現するのが一番近い。
俺たち領地貴族は、国王に対し納税の義務はない。
国が危機の時に、外敵と戦う義務があるくらい。
国王は、絶対君主ではないのだ。
フォー辺境伯の話を聞いた印象だと、南部がワリを食っている可能性はある。
市場経済は生き物だ。絶対はない。
俺は慎重に言葉を選んだ。
「王都や王国中央部は人口が多いです。つまり食料に対する需要は多い。恐らく他の地域にも国王や宰相は同じように『農作物を安く売れ』と要請をしているでしょう。つまり供給先は、我々南部、北部、東部、西部、あとは外国ですね」
「うむ。そうだな」
「市場の原理から言えば、需要が供給を上回れば農作物の販売価格は上がります」
王都や中央部の住民が必要とする農作物の総量 > 他の地域と外国が供給する農作物の総量
――であれば、農作物の価格は上がる。
俺は年輩商人に視線を向け発言を促した。
「商人の意見はどうか?」
「はい。小麦やイモなど日持ちする農作物は、王都の商人が買って王都や中央部に運びます。我ら南部の商人は、彼らのおこぼれ、下請けで農作物の買い付けと運搬をするので、儲けは少のうございます」
「自由にやったらどうなる?」
「あくまで私の見立てでございますが……。もう少々良い値がつくのではないかと……」
年輩商人は断言を避けたが、南部がワリを食っていると控え目に伝えてきた。
当然、フォー辺境伯も年輩商人の言いたいことを理解する。
「うーむ……。今まで、考えたこともなかったが、市場に任せるのはアリかもしれないな。南部は損をしていたのか?」
「損をしていた可能性はあります。もちろん、食料品の価格が暴騰して王都や中央部で餓死者が出るような事態は論外ですが、もう少しフェアな取引であっても良いでしょう」
「フェアか……。そうだな! いや、面白い! この件は、ジロンド子爵たちにも聞かせよう!」
「ええ! 南部が協力して、フェアで自由な取引を推進する! 王都や中央部にも、動きが波及するでしょう!」
一時、フォー辺境伯と衝突はあったが、話はまとまった。
ドライフルーツの価格は、市場に任せる。
俺は年輩商人の提案通り、ドライフルーツを一瓶あたり一万リーブルで販売することにした。
持ち込んだドライフルーツは、全部で五十個。
ドライフルーツ初回の売り上げは、五十万リーブルとなった。
そして、自由経済、市場経済を推進する!
実現すれば、あの国王と宰相にプレッシャーをかけられるだろう。
俺はジッと王都のある北をにらみ、父の敵である国王と宰相の顔を思い浮かべた。
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